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空色少女 再始動編
490 手放さねぇ







 ベッドの上で、XANXUSは繰り返しビデオを見た。


 二年前の冬のイタリア滞在中のビデオ。


 他にもあるとは言うが、何故かお預けを食らっている。


 なので、暇潰しで繰り返し見ていた。


 ついつい、見てしまう。


 酔って無防備に笑っている紅奈。


 なかなかどうして。

 飽きないのだろうか。


(紅奈は10歳になるのか……日本の成人は20歳。あと10年か。成人したら………何を呑ませてやるか)


 先に成人するXANXUSは、未来のことを考えた。


 その頃には、もう正式な10代目になっているはず。


 まったりと、部屋で酒を静かに飲み合う。その際は、何を呑ませてやろうか。


 上物を今のうち、用意すべきだ。


 なんて、XANXUSは呑気なことを考えてしまっていた。


 紅奈が双子の弟と同じ格好に執着していたから、将来も男勝りな格好をするかと思っていたが、目覚めた時に会った紅奈の格好を見る限り、その心配はなさそうだ。


 10年後には、美しさに磨きかかり、魅惑的に微笑む美女になるはず。


 そんな美女が、グラスを片手に、誘うような目で見ては不敵に笑う――。


 ………ハッ!


 慌てて、想像を振り払っておく。

 なんで無邪気な幼い紅奈を眺めながら、未来の妖艶な紅奈を想像しているのやら。

 そこで、扉がノックされた。


「おい、腹が減っ」
「おはよーXANXUS」


   スパンッ!!


 スクアーロ辺りが来たかと思い、食事を要求しようとしたが、入ってきたのは紅奈だ。

 思わず、開いていたノートパソコンを、勢いよく閉じてしまった。


 その大きな動作と、爽快すぎる音。


 当然、紅奈はXANXUSの膝の上のノートパソコンに、注目した。


「………起きて早々に、エロビデオ?」
ちげぇえーっ!!!



 何故か、憐みの目を向けられたXANXUSは、全力の否定をする。

 興味はないようで、紅奈は自分の長い髪を、空色のシュシュで後ろに束ねた。

 そっと、XANXUSは枕の下に、ノートパソコンを移動させておく。


「お昼、これから来るよ。一緒に食べよう」

「……ああ」


 今日の紅奈は、淡いオレンジ色のパーカーを着ていた。丈が長いせいで、白の短パンが隠れてしまいそうだ。

 黒いニーソを穿いた足の先は、サンダル。

 ゆらゆらと、後ろで高い位置で束ねた栗色の髪を揺らしては、ぽすんっとベッドに腰を落とした。


 三年で、変わるものだな……。


 なんて、しみじみ考えた。

 普段から男の子だと見間違えていたのに、今やどこからどう見ても、少女である。


「そんなに気になる?」

「あ? 何が?」

「絶対領域」

「絶対? なんだ?」


 紅奈が小首を傾げて指を差したのは、太ももだ。

 ニーソと短パンの間にある、露出した肌。

 ぷに、と指が食い込むほど、ちゃんと柔らかい肉がついている。

 その間を、絶対領域という。

 XANXUSも、知っている。

 ……気になる? 気になる!?


「見てねぇー!!」

「ふぅーん」


 紅奈は自分の太ももに食い込ませた指を動かしては、ニーソの中に入れる。その仕草を目で追ってしまったXANXUS。


 見てしまっている。


 目が合った紅奈は、にんまりと笑っては「ふぅーん」とまた意味深。


 XANXUSは、顔を背けて、もう黙るしかなかった。


 このまま小悪魔を保つどころか、上げていっては、美女になったら、とんでもないはずだ。


 常に、翻弄される未来しか思い浮かばない。


 ……現時点も、翻弄されているようなものだが、未来は未来でとんでもない翻弄のされ方をされそうで、末恐ろしいのだ。


「あ。明日、帰るね」

「ゴフッ!」

「XANXUSお兄ちゃん、汚ーい」


 食事が始まると、紅奈がいきなり帰国を告げたため、喉を潤すために飲んだ水を噴き出してしまった。

 呆れ顔になりつつも、紅奈は拭き取ってやる。


「ゲホゲホッ……! な、なんでっ!?」


 その手を掴んで、XANXUSは問い詰めた。


「いや、学校の夏休みが終わる前に帰らないとだし、綱吉が待ってるから」


 しれっと、紅奈は帰国理由を話す。

 一切、悪びれない。

 三年も会えなかったXANXUSに対して、その態度はなんなんだ。

 信じられない、とわなわなと震えた。


「………お前、本気なのか? あの家にいる家族も、オレ達も……両方手に入れる気なのか?」

「手に入れてるけれど?」


 再確認するが、紅奈はしれっとしている。


 そうじゃない。

 紅奈の幸せを保ち続けるのか。

 カタギである母親と双子の弟のいる家。

 そしてマフィアであるXANXUS達のいる世界。

 傲慢に、両方を手に入れて、保っていく。


「……家光の野郎とは、違うだろうが」


 家光の方は、妻にも子どもにも隠しては二重生活をこなしている。

 だが、紅奈は立場が違う。


 これを機に、もう表舞台に、上がったも同然だ。


 ボンゴレの若獅子と謳われた沢田家光の娘、沢田紅奈が10代目ボス候補。


 クーデターを起こしたXANXUSは、上層部内では、悪名高いだろう。

 XANXUSのクーデター自体はともかく、解放するために立てた功績ごと、ボンゴレファミリー内には知れ渡る。


「はん? 今までも隠しきれたんだから、これからも可能だけれど? なんなら、家光は任務の現場で遭遇して、初めてあたしがマフィアを知っていることに知ったくらいだぞ? 隠し通せるだろ」

「………」


 不機嫌顔な紅奈が、言い退ける。


 家光と違って、紅奈の方が隠すことが上手い。言われてみれば、そうだろう。


 いや、だから、話が違ってくるだろうが。

 あのおっとりした母親と間抜けな弟ならば、隠し通せるだろうが……。


「これからは、名前が知れ渡るけれど、顔バレは当分ないない。なんなら、変装して活動する。隠れて稽古していた時と、大差変わらないわ」

「………そうか」


 まだ当分は、紅奈の幸せは続くのだろう。

 あの家の幸せは。


「……弟は、相変わらずなのか?」

「成長したよ? こうして出掛けても、ちょっと寂しい顔するだけで見送ってくれるし、帰って行けばお母さんと笑顔で出迎えてくるの。………その他諸々は、うーん……うん」


 紅奈が愛してやまない片割れは、どうやら泣き虫を卒業したようだ。

 しかし、どうやら、他の成長は乏しいらしい。

 面倒を見ているであろう紅奈が、一番その成長のなさを痛感している。口ごもり。


「……なんだ。その調子なら、姉離れもするんじゃねーのか? そのうち、反抗期も来るだろうよ」


 遠い目をしている紅奈を横目を見ながら、そんなことを言って即座に後悔する羽目になった。


「それは……泣ける………」

「……!?」


 胸を押さえて、涙目になる紅奈が、暗い。


 泣くのか!? これしきで泣くのか!? 重度のブラコンだな!?


 片割れへの愛が大きいとは思っていたが、相当だ。

 焦ったXANXUSは、紅奈の背中をさするしか出来なかった。


「あー……そうだ。話があるんだろ? さっさと話せよ」


 そして、話をすり替える。


「それなら、XANXUSからでしょ?」


 きょとん、と見上げる紅奈。

 XANXUSは、気まずげに目を泳がす。


「………オレは、別に……」

「三年前に、あたしの部屋まで来て、何を話したかったの?」

「………」


 話が会って、あの日、紅奈の元にやってきた。その話。


 胸くそ悪い話だ。


 紅奈が照らしては払拭してくれたはずの怒りを、くすぶらせるような戯言を耳にしただけ。


 紅奈に会って、それも、吹っ切れた。


 なのに、紅奈の弱さを見て。


 その思いが、過った。


 強くなった。

 幸せな家にいる紅奈を。

 マフィアにしてもいいのか。


「ザンザースぅ?」


 ぐりぐりーっと、紅奈が背伸びしては、頭を撫でてきた。

 振り払いたいところだが、そのままにしておく。


 意外だったが、紅奈はそのまま撫でてやった。


「いいだろうが、もう。………てめぇーを、手放さねぇ……


 紅奈の手を掴んでは、そっと握ったまま置く。
 ぼそっと呟いては、そっぽを向く。


……てめぇーの幸せに、オレ達がいるんだろ? だったら、もうオレ達から離れられると思うなよ


 すぐに顔を戻しては、挑発的に、嘲笑ってやった。

 それを見て、紅奈は笑い返す。


「ははっ。あたしは、好きなようにするけれどね」

「………」


 ここは受けて立つ、とか言え。

 挑発を、一蹴された。

 離れない、とか言えよ。なんなんだ。









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