空色少女 再始動編
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「突然だぁ。家光から、紅奈に会ってくれと言われた」
「はっ……?」
意外過ぎる言葉に、思わず間抜けな声がXANXUSは零す。
あんなに引っ付く紅奈から、引き剥がしたかったというのに、スクアーロに会えと頼んだ?
クーデターに加担したスクアーロを?
「クーデターは、とっくに知られているから……正直、怒鳴り散らされたり、突き放されたり、そういうのを覚悟して紅奈の家に行った」
紅奈の家が浮かぶ。日本の庶民的な子ども部屋。
その部屋のベッドで横たわって、熱に魘された小さな紅奈。
「そこで初めて紅奈の現状を知った。………クーデターの直後、紅奈はボンゴレ本部の屋敷に乗り込んでオレ達を捜していたらしい」
「それは……聞いた」
「…日本に帰った飛行機が………墜落した」
は……?
衝撃のあまり、XANXUSは声を出しそびれた。
紅奈が。
クーデターのあとに。
飛行機事故に遭った?
「………溺れ、死にかけた……。海に沈んだ飛行機から脱出したが、危うく死にかけた」
死を嫌う紅奈が。死にかけた。
オレの光が。
死にかけた。
その事実を知ったXANXUSは、シーツを握り締めた。
「それからも……起きる度に、心肺停止状態を繰り返して、生死を彷徨ったらしい。その最中だ。紅奈は、ローナ姫の記憶を見た。ローナ姫の最期の日だとよ。クソッ。死にかけている最中に、前世の死を見るなんてなぁ……最悪だっただろうぜぇ」
紅奈は。何度も、死にかけた。
そして、ローナ姫としての死の記憶まで、思い出した。
そんな紅奈のそばに。
XANXUSがいなかった。
「てめぇーが言ったこともわかった」
沸き上がる激情に意識が行っていたXANXUSは、スクアーロのその発言に眉を寄せる。
「退院しても、紅奈はずっとベッドの上から、まともに出れなかった。一年もの間……紅奈は苦しんでいた……っ。弱い紅奈を初めて見てっ……てめぇーの言い分もわかった」
くしゃり。スクアーロは自分の前髪を握り締めた。それだけでは足りなく、ぐしゃぐしゃと乱しては苛立ちを示す。
「目を覚ましてオレを見たアイツが何を言ったか、想像出来るかぁっ? てめぇーのことだ! 最後に会ったてめぇが、直後にクーデターを起こした! 追い込まれて話に来たはずのてめぇの前で、熱で寝込んでたことをアイツはっ! 涙を零して謝ったんだ!」
XANXUSの胸に、その事実が突き刺さる。
後悔を植え付けた。
何度も死にかけた紅奈が。
一年もの間、苦しんでいた原因は。事故だけじゃない。
自分達にあるのだと。悟った。
「冷たく突き放すでもなく、怒鳴って罵るわけでもなく、半殺しにするわけでもなく! アイツはっ……過ちを犯したオレ達のボス失格だって……泣いて謝ったっ…!」
ボス、失格だと……?
そう思わせたのか。
ただ。
紅奈の幸せを願った。
それなのに、酷く苦しませたのだ。
ギリッと、奥歯を噛み締めた。
「……オレ達は、部下失格じゃねぇかぁ………。忠誠を誓ったボスが、苦しんでる時にそばにいなかった。本物の涙を零したアイツを、支えなかった。本物の弱さを……オレ達はっ。クソがぁっ」
自分への怒りを、スクアーロは吐き出す。
「余計なことまで話したなぁ。クーデターの動機を話したのは、そのあとだぁ……幸せうんたらの話だ。勝手に決めるなって言われたが、てめぇーにも言うべきだって、そのあと………紅奈は立ち直ったんだがよぉ。XANXUS、てめぇの言い分もわかったが、それでも結局紅奈に惹きつけられて、そんでもってやっぱりアイツのボンゴレが見たくてしょうがなくなった」
前髪をぐっしゃぐしゃにしたスクアーロは、苦しげではあったが、笑っていた。
「なのに、アイツは……宣戦布告をしやがった。オレ達がマフィアになることを阻止しようが、負けねぇって。それでも10代目になるとなぁ。裏切り行為をした自業自得だなぁ………あの時の絶望を、てめぇにも味わってもらいてぇもんだぜ」
ハンッと、スクアーロは嘲笑う。自嘲かもしれない。
「宣戦布告、だと……?」
結局、紅奈に突き放されたのか?
「なんか知らんが……てめぇが出てきてから、ボス争奪するとか言っていたが……完全には突き放されなかった。それからしばらくの間、泊まった」
「……は? 紅奈の家に……泊まった、だと?」
「ああ……強制的に……」
XANXUSは紅奈の家にスクアーロが泊まった事実に、キレたかったのだが…。
スクアーロはスクアーロで、わからないという表情をするし、心なしか顔色が悪い。
「コキ、使われた……」と呟く。
……なんとなく、同情が湧く。
「すぐに家光が来るとかで追い出された。……あ、そうだぁ。てめぇーは、知ってるか? トライデント・シャマルだ。闇医者の」
「あ? ……確か、ヴァリアーにスカウトされて蹴った、フリーの殺し屋でもある野郎」
いきなりなんだ。その野郎がどうした。
「紅奈の主治医になった」
「はっ……?」
「飛行機事故で関わってから、紅奈の命を救い続けていたらしい。今も定期的に診察してやがるぞぉ」
闇医者が、主治医。
どうなってやがるんだ、紅奈の周りは。
「オレのあとに、ベルも来たが、同じだなぁ。宣戦布告をされたが、やっぱり完全には突き放されなかった」
「……ハッ! 生ぬりぃ奴だ……裏切りを嫌うくせに……」
「……裏切りの原因が、自分なんだからなぁ………」
完全に突き放さなかったのは、他でもない紅奈自身が、裏切りの元凶。
「そのあと、紅奈が立ち直ったってことで、家光がハワイに家族旅行に連れて行ったから、オレとベルもこっそりついていった」
「は? 何ストーカーしてやがんだ」
「ち、ちげぇええっ! ベルが行くから止めに!」
「止めに、ハワイに行った? ストーカーじゃねぇか」
XANXUSは、流石に引いた。
完全ではなくても、一応宣戦布告をされては突き放されたというのに、旅行先にまでまとわりつくとは。
ストーカーではないか。
「だ、だがっ!! よくわからないがっ!! 紅奈は吹っ切れたんだぞ!! う”お”いっ!!」
サッとストーカー話を、スクアーロはすっ飛ばした。
「吹っ切れた?」
「ああ。誰かと会って、跳ね馬を連れて戻ってきたかと思えば………クソ可愛、ゴホンッ! 久しぶりに無邪気な笑みを見せやがってな」
跳ね馬。キャバロッネファミリーのボスか? なんでまたそんな野郎と関わりを……。
つうか、今このカス鮫は、可愛いと言いかけなかったか?
紅奈の可愛い無邪気な笑み?
クソ可愛い笑みだと?
は???
「跳ね馬の客を死ぬ気モードでボッコボコにしたあと、何故か、本当によくわからんが………突き放すことを撤回したんだぁ。そばにいていいって、許可をもらった」
「………意味が、わからねー」
「オレだってわからねーが………オレの忠誠は再び受け入れてもらったってことだぁ。もう二度と、紅奈の邪魔はさせねぇからな」
急だろう。何故意味がわからないまま、紅奈に受け入れられているんだ。
XANXUSは解せないと睨みつけたのだが、ノートパソコンが戻ってきたので、そっちに意識が移る。
「そういうことで、ハワイ旅行の次に、イタリアでスキー旅行したわけだぁ」
「……話がなげぇ、クソが」
「聞きたがったのは、てめーじゃねぇかぁあっ」
文句を吐き捨てるXANXUSに青筋を立てつつも、スクアーロは再生ボタンを押した。
白銀の景色。
まだ幼い紅奈が、映る。
スノボーのボードを固定した紅奈が、ルッスーリアに呼ばれて振り返った。
不思議そうに見上げる紅奈。
これが立ち直ったあとの姿なのだろう。
〔ほら、あたし天才だし〕
ハンッ。
思わず、XANXUSは鼻で笑い退けてしまった。
相変わらずの自信家だ。
スキー自体未経験だというのに、一日で滑るとは。
笑わずにはいられなかった。
スクアーロは気持ちがわかったため、あまり視線を向けずに、同じく画面を見つめる。
流石に即上手く滑れるわけもなく、スキー未経験の紅奈は苦戦していた。
意地でも上手くなる。そう言いたげなしかめっ面が映っているものだから、XANXUSの口元も緩む。
ベルに雪をぶっかけられても、紅奈は練習を続ける。
スクアーロが支えては、教えていた。
「……おい。近すぎだろうが」
カッと目を見開いては、殺気立つXANXUS。
紅奈を抱き締める形で教えているスクアーロが、画面に映る。
「見ろ」
明後日の方向を向くスクアーロは、パソコンの画面に目を戻すように言った。
戻ってきたベルが。
スクアーロの腕の中の紅奈を、さらったのだ。
ド初心者な紅奈が、仲良くベルと走行できるわけもなく、コースアウト。盛り上がった雪の中に、二人揃って突っ込んだ。
ぷっ。
これは、ベルに紅奈がキレる。安易に想像が出来て、XANXUSは笑う。
そして、想像は的中。
ボードをつけたまま、キレた紅奈がベルを攻撃。
逃げたベル。追う紅奈。
……ボードのまま。
滑っていく。
「おいっ!?!?!?」
思わず、パソコンを掴んでは、スクアーロを交互に見た。
ド初心者の紅奈が、真っ直ぐにベルを追っている。直進だ。
どうなるか、これもまた予想がつく。
ブレーキを覚えていたとしても、その超スピードで止まれるはずがない。
つまりは、紅奈が大怪我を負う!
しぶい顔をして、スクアーロはまた見るように促した。
スクアーロも、すぐさまボードをつけては追いかけたのだが、間に合うはずがない。
次に、紅奈を映した時。
紅奈も、ベルも、スクアーロも、仲良く倒れていた。
転倒でダメージを受けたが、大怪我は免れたようで、力が抜ける。
「てめー、カス鮫……」
「ほら、次だ次」
紅奈に、何かあったらどうしてくれたんだ。
そう問い詰めようとしたが、またスクアーロはビデオを見るように促す。
ビデオの中で、スクアーロがやめるかと問うと、紅奈は続けると言った。
コツが掴めたのだと、ニッと笑って見せた紅奈は、リフトで上がったあと、躊躇なく滑り始めた。一度は転んだが、楽しげに笑っては、順調に滑っていく。
終盤には、ベルと競争して滑っていた姿を見る。
………ど素人、だったよな?
………ど素人、だったなぁ。
目を合わせたXANXUSの無言の問いに、スクアーロは無言で答えては頷いた。
スキー自体が初心者の紅奈が、一日でスノボーを乗りこなしたのだ。
本当にとんでもない天才児である。
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