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空色少女 再始動編
486 掴まえた




「安心して、XANXUS……おじいちゃんのことは、あたしがボロクソ罵倒してやったから」

「は…………は?」


 ケロッと、紅奈が言い出す。


「クーデターが起きた日かな? それを夢で見た気がして飛び起きたら、気持ち悪いくらい胸騒ぎがして、通信機で連絡してもXANXUSにもスクアーロにも繋がらなかったもんだから、飛行機に飛び込んで来たら……ボンゴレ本部の屋敷が破損してたんだもんなぁー」


 紅奈がクーデター直後に駆け付けた?
 何故だ?

 それは……超直感か?


「XANXUSはどこかって、お前達の名前を叫びまくって捜そうとしたけど、9代目の守護者に気絶させられて、部屋に軟禁。起きたら、おじいちゃんがいたわけだから……XANXUSを出せって言うのに、全然意思を変えやしないから、全力で罵倒してやった」


 安易にボンゴレ本部の屋敷を駆け回る紅奈が想像出来た。
 その時の紅奈は、何を思ったのだろうか。

 猫被りまで捨てて、どんな言葉を放ったのだろう。


「9代目ボスとして、クーデターを起こした息子を簡単に許してはいけないってわかるけど、氷漬けにして一人にするとか、親としてどうなんだか。とりあえず、失望したから、父親失格だって罵倒してやった。愛する息子に歯向かわれた上に、可愛がっていた孫にまで軽蔑されて嫌われて、ざまぁーねーなぁ


 正直言って、XANXUSはギョッとした。


 父親失格。


 そこまで言うほど、紅奈は怒り狂ったのだろう。


 いい父親で、いい祖父と評価していたティモッテオに向かって、どれほどの怒りをぶつけたのか。


 紅奈の前世を思えば、無理もないだろうが。


 恐らくそれは、きっと。

 他でもない、XANXUSのための怒りだったはずだ。

 閉じ込められて一人にされるXANXUSを、助け出そうとした。


 今はケラケラした様子ではあるが、真っ直ぐな怒りをぶつけたはず。


 紅奈から、ティモッテオに視線を移せば、肯定するかのように寂しげな笑みで頷く。


 孫のように可愛がっていた紅奈にすら、突き放された。事実だと。


「おじいちゃんだけのせいじゃないから。私の番だね。クーデターの原因になって、すまない」

「!? ち、違うっ!! っあ。


 痛みなど無視して、飛ぶように起き上がる。


 その際、うっかりティモッテオの手の下から、XANXUSは手を引き抜いてしまった。


 離すな、と言われた手。


 紅奈が、冷めた目をしている。冷え切った見下す瞳だ。


 すぐには踵落としされなかったため、恐る恐ると紅奈の顔色を窺いつつ、ティモッテオの手に触れて手を戻す。


 腕を組んだ紅奈は、呆れた息を吐き出した。


「あたしのせいだろ。追い込まれていたっていうのに、あたしのところまで来て、話をしようとしたっていうのに……私は熱で寝込んで聞けやしなかった」


 違う。事実だが、そう否定したかったが、声が出ない。


「ベッドの上で寝込んだ弱いあたしを見て、思ったんだろ? こんな小娘に、期待しすぎた。こんな小娘には、手を汚すことは無理だ。こんな小娘に、マフィアのボスなんて務まるわけがない」


 違う。淡々と紡ぎ出された言葉を否定しようと口を開くも、やはり声が出なかった。


「家族を愛するあたしの幸せを考えて、自分が先に10代目ボスの座にどっかり座って、あたしがなることを阻止するためにも、クーデターを起こした。そうなんだよな?」


 問いかけるが、紅奈は答えをとっくに知っている。


「………あんの、クソ鮫がっ……」


 怒りの矛先を、紅奈に打ち明けたであろうスクアーロに向ければ、やっと声が絞り出された。


「そのクソ鮫ことスクアーロにも、ベルにも言ってやったんだけど……あたしの幸せを勝手に決めるんじゃねーよ


 紅奈の声は、まだ淡々としている。


 怒りは、一体どこだ。ここは怒って鋭く突き刺すように言い放つのではないか。


 怒りなんてとっくになくなって、残ったのは失望なのでは?


 怒りを爆発させて、ぶつけて、それから――裏切りだと吐き捨てる。裏切りを心底嫌うからこそ、憤怒を見せるはず。


 そんな紅奈が予想出来るのに。


 紅奈は、静かだった。

 XANXUSは、愕然とそんな紅奈を見てしまう。


「何勝手に決めてんだ。あたしは弱いさ。まだ餓鬼だもん。それでも貴方達は、あたしを選んだ。大きすぎる期待? 上等だ。餓鬼にかの有名なボンゴレボスになれって期待が、小さいわけないだろーが。あたしがその大きな期待に押し潰されないように、支えて強くしてやんのが、年上の部下の務めだろ。呆気なく放棄しやがって、情けなくてバカな奴」

「……怒れよ……」


 どうして、そんなに静かなんだ。

 声を荒げろ。罵声をぶつけろ。


 全部。全部。甘んじて受ける。


 だから、吐き出してしまえ。


 聞いてやるから。不満も怒りも、失望だって。


 吐き出してしまえ。


 不気味なほど静かに言うなっ……!


「普通の餓鬼なら、カタギで家族と幸せに暮らせって思うだろうけれど……XANXUS。貴方が選んだのは、普通の餓鬼じゃない。確かにまだ弱い、病気に負けるくらい脆い。それでも、10代目ボスになるって宣言してんだ。それについていくって決めておいて、何邪魔しようとしたの。ほんと、バカ」

「……怒れって……」

「あたしの幸せはあたしで決めるし、あたしの意志を無視するな。貴方に教えてもらうが、従うなんて言った覚えはない」

「……怒りやがれっ……!」


 もっと強く、ぶつけるように、怒ってしまえ。

 そうXANXUSが言った直後。


   ボスンッ!


 白い枕によって、XANXUSはベッドに沈められた。


「怒ってんだよ」


 確かに怒りを込めた声を放つ紅奈に、枕で押し込められている。もがくが、病み上がり状態のXANXUSの抵抗は虚しいだけ。


「紅奈ちゃん……」


 二人の話のため、黙って見守っていたティモッテオだったが、流石に止めるべきだと思い、そっと紅奈の名前を呼んだ。


「止めないで、おじいちゃん。ザンザスお兄ちゃんと大事なお話をしているから」


 しれっと返す紅奈。


 おじいちゃん。そして、お兄ちゃん。


 自分達親子を、三年前のように呼ばれることが懐かしすぎる。こんな日が戻ってくるとは、思わなかった。


 ただ。病み上がり状態の息子の息の根を止めかねない孫に、苦笑が零れてしまう。


「ぷはっ!」


 押し付けられた枕が退かれて、息を吸い込むXANXUS。


 そして、サラッと栗色の髪が左右を遮るように落ちてきて、真上から見下ろす紅奈を見た。


「勝手に貴方達のいない幸せを押し付けるな」


 息を呑む。

 XANXUS達のいない幸せ。

 紅奈の幸せの中に、自分達がいる。


 あたしは幸福者でしょ?


 昇ってきた朝陽の逆光でよく見えない微笑んだ顔が、脳裏に浮かぶ。


 紅奈の幸せには双子の弟がいて、優しい母がして、秘密主義でも愛してくれる父がいる。

 前世とは違っていい家族がいて。

 それから。

 仲間がいる。XANXUS達がいるから、紅奈は幸せだと微笑んだ。

 自分達もいてこその、紅奈の幸せ。


「このっ……欲張りめ……」


 苦痛で顔が歪むXANXUS。


 全てを手に入れたままなど、なんて欲張りなんだ。


「知らなかったの?」


 フッと不敵な笑みを浮かべる紅奈。


「貪欲にもっ、ほどがあんだろーがっ……!」

……だめ?

「…てめっ、ふざけっ!」


 眉を下げて甘えた声を出す小悪魔さをいきなり出す紅奈に、わなわなと震えてしまう。

 女の子らしさを得て、小悪魔さがレベルアップしているようだと感じた。


「部下なら、欲しがるもの全部、ボスに差し出しなさいよ」

「なっ………!!」


 なんて暴君なのだ。
 横暴さまでレベルアップしているじゃないか。

 XANXUSは、絶句した。


貴方達があたしを選んだように……あたしだって貴方達を選んだ


 紅奈はスッと身を引いたが、すぐにXANXUSの胸の上に頬杖をつく。


「あたしは本物が欲しい。本物の忠誠心と本物の絆で繋がったファミリー。それが先ず、貴方達だ。貴方達を率いて絆の強い最強のボンゴレを魅せる。それがあたしの夢。叶えることが、あたしの幸せでもある」


 紅奈の夢。
 プールのそばで、それを聞いたと思い出すXANXUS。


「あたしを幸せにしたいんだろう? そういうことで、氷の中で寝てないで叶える手伝い、しろよ」


 無邪気な笑みを向ける紅奈。


 凛々しくも魅惑的で。

 眩く綺麗な笑み。


 相変わらず、魅了する。


 その笑みに、存在に

 そして、その声に、誘われていく。


「話を聞いてやるって言っておいて、会えなくなるとか、酷いんじゃないの? ザンザスお兄ちゃん」


 つんっと鼻先を摘ままれた。


「話したいこと、山積みだからね。まったく。まぁ、今すぐに聞けとは言わないから、さっさと回復して。先に貴方の話から聞いてやる」

「……」


 話を聞き合う約束は、まだ生きていたのか。


 話、か。……話。


 瞼が重いと感じ始めたXANXUSは少し考えたが、今話したいことは一つだ。


 手を伸ばす。


 今度こそ、紅奈の髪に触れた。

 記憶にある紅奈の髪の感触と、変わらない気がする。柔らかい。


……お前は、海底の光りだ…


 海底で覚えれていたオレに差し込んだ光り。


「オレの


 長い髪を引き寄せようとすれば、スルスルッと滑らかに指を通っていく。


「オレは、お前を………手放さない……」


 長くなった髪は、XANXUSの口元まで届いた。そこにXANXUSは唇を押し付ける。


 それから、ゆっくりと力を抜いた。糸が切れたかのように、枕に頭を沈めては、寝息を立て始める。


 きょとん、とした紅奈は、XANXUSの顔の前でふりふりっと手を振った。


 完全に寝てしまっている。いや、気を失ってしまったと言えるだろう。


「海底、ね……」


 おかしくて紅奈は、笑ってしまう。

 目を閉じれば、水の中。




 ブクブク。


 溢れ出す泡の音。

 暗い青い色の海の中。

 息が出来ない。

 水面に出ようともがく。

 上に手を伸ばしても届かない。

 眩い先に、影が見えた。

 手を。

 手を伸ばさなきゃ。

 掴まなきゃ。

 なのに届かない。

 届かない。




 伸ばした手が、ぺちっと眠るXANXUSの顔に触れた。

 届いた手。


「掴まえた」


 紅奈は、安堵の息を零す。

 伸ばし続けていたその先を、掴めたのだから。


「紅奈ちゃんも、休もうか」

「ん〜……うん」


 このままXANXUSのそばにいてやりたいが、病み上がり状態なのだから、気を遣うべきか。


 それにスクアーロ達にも、目が覚めたと報告するべきだ。


 ティモッテオの言葉を素直に聞いて、起き上がった紅奈の前に、両腕が差し出されていた。

 紅奈を抱え上げるための腕。


「……あたし。もう28キロ近く体重があるんだけれど?」

「大きくなったね。大丈夫だじゃ」

「ええ? おじいちゃん、腰痛めたらどうするの。責任取らないよ? まだ9歳なのに、もうボスの座を明け渡すの?」

「はは。まだまだ明け渡したりしないさ。君がしっかり成長するまではね。おいで」


 ティモッテオは穏やかな眼差しのまま、許可を待つ。


 三年前より、当然成長したわけだ。大きくもなる。

 三年前のように、抱えられるわけがない。


 そう疑いの目を向けても、抱えることを諦めようとしないから、紅奈は肩を竦めた。


「お姫様抱っこ一択ね」

「ふふ。わかった」


 ティモッテオが、両腕で紅奈を抱き上げる。本当に、大きくなった。

 三年ぶりの温もりは、とても大きくなっている。温かなそれに安堵を覚えた。


 じっと、ティモッテオが本当に大丈夫かを見上げているから、ニコッと笑ってみせる。


 紅奈もニコッと笑い返すと、XANXUSに視線を落とす。


 ティモッテオも同じだ。眠る愛する息子と、抱える愛する孫娘。


 幸せだと、涙が込み上がりそうになった。









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