[携帯モード] [URL送信]

空色少女 再始動編
485 オレの光






 光りを認識して、目を開く。

 見覚えのあるような天井だ。


 XANXUSは温もりを感じる左手の方に視線をやる。


 そこには、少女がいた。


 栗色の長い髪はくるんとカールしていて、胸下まで伸びては広がっている。見知らぬ少女が何故いるのか。
 疑問が浮かぶ前に、目を合わせた。


「……紅奈………?」


 大きな瞳が、じっと見てくる。

 橙色の輝きを秘めたブラウンの瞳から、感じ取れるのは、強い意志。



 オレの



 一度、重たい瞼を閉じて、その少女を再び見る。


 裾から水色に染まっていくような白いキャミソール。薄手の白いパーカー。
 組んだ足は、黒いニーソと黒のロングブーツを露わにした白い短パン。
 少女らしく、やや膨らみを持った足。


「……紅奈?」


 その少女は、紅奈なのだろうか。


 XANXUSは、知らない。


 好んで女の子らしい格好をするような性格ではないのだ。男の子のような格好して、弟と同じ姿をしては、悪戯を仕掛ける。そんな小悪魔。


 知らない。


 こんな少女は知らない。


 紅奈に似た少女。
 紅奈よりも、年齢が上のようだ。


 それがなんでまた、長い髪を下ろして、足を組んで、ベッドに横たわる自分のそばにいるのだ。


「おはよう。XANXUS」


 眩い無邪気な笑み。嬉しそうなそれを見て、XANXUSは撤回した。


 知っている。


 紅奈じゃないか。


 オレの光だ。

 オレを照らす。

 オレを救う。




「……紅奈……」



 ホッと息を吐くように、少女の名前を口にする。



 海底まで沈み、もがくオレに差し込んだ光。



 しかし、安堵をしたのも束の間。

 手を握っていたのは、紅奈だけではないと気付く。


 ボンゴレ9代目。ティモッテオ。
 XANXUSの養父だ。


 その顔を見るなり、最後の記憶が蘇った。


 この養父をボンゴレボスの座を引き摺り下ろして、紅奈になりかわって10代目ボスになるために、クーデターを起こしたのだ。
 溜め込んだ怒りも憎しみも、ぶつけた相手。


 重ねられた手を引き抜こうとしたが。


   ズボッ!


 その前に、立ち上がった紅奈の手によって、ベッドに沈められるように押さえ付けられた。


「動くな」

「……っ」


 にっこり。笑みで言い放つ紅奈は、有無言わせない圧をかけている。


 間違いなく、改めて、紅奈だと、XANXUSは思い知った。


 サラッと紅奈の髪が肩から流れるように落ちる。

 栗色のその髪に触れようと右手を上げたのだが、思うように動かない。全身の肌が引き攣るようだ。


「ああ、安静にしてなさい。貴方は三年も氷漬けにされてたのだから、すぐには身体を動かしちゃだめだって。まぁ、長くても七年はかかちゃうって思ってたけど、事態好転。四年も早く解放されたことに感謝してほしいわね」


 XANXUSとティモッテオの手を押さえるように手を置いたまま、紅奈は椅子に腰を下ろす。


「は……?」

「まぁー、先に謝罪ね。XANXUSはクーデターを起こしてごめんなさい? おじいちゃんは氷漬けにしてごめんなさい? はい、どうぞ」


 わけがわからない。


 XANXUSは、しかめっ面をした。現状がまだ把握しきれていない。


 睨むように紅奈を見た。


 ベッドに頬杖をつくと、紅奈は見つめ返してくる。

 見透かすような、その瞳を見て、悟った。


「……お前……何歳だ?」

「9歳」

「……ハンッ! ………オレは……失敗したのか?」


 ティモッテオの前で、クーデターの話をしている。三年も自分は氷漬けにされて閉じ込められた。


 紅奈のためでもあったクーデターだというのに。

 失敗した。


 その上。


 もう紅奈は。


 ティモッテオに、知られてしまっているじゃないか。


 自嘲が漏れる。たちまち、自分への怒りに変わる。


「そんな顔するな。あたしとの話は、後回し。先ずは父子で謝罪し合え」


 ぺしっと、眉間に紅奈のデコピンを受けた。


「何がっ! 父子だっ!? んなもん! 初めからっ」

「XANXUS」

「っ!?」


 紅奈の手が頭に移り、撫でられる。

 宥めるような声で呼ばれた。

 湧き上がる負の感情を拭うように、触れられた。


「ちゃっちゃと仲直りしてくれないと、あたしと貴方の話が出来ないんだけど? 貴方から謝る。ほら、早く」


 ポンポン、と頭を叩くように掌が跳ねる。


「…………」

「…………」


 広々とした部屋は沈黙により、静まり返った。


 ティモッテオは、ずっと一言も発していないし、XANXUSは紅奈としか話していない。


9歳の女の子に、まだ親子の仲介をさせる気なの? 年上のプライドなしなの? あ?


 そう長く待つ気のない紅奈は、苛立った低い声で沈黙を破る。


 見た目はずいぶん女の子らしくなったというのに、中身が変わっていやしない。


「XANXUSのクーデターの動機は、二つ。あたしのため。そして、父親の貴方への怒り」


 クーデターの動機。一つ目の理由に、びくりとXANXUSの手が震えた。


「その手を引いたら、病み上がりだろうが、踵落としをするからな」

「……」



 本当に変わっていない。容赦のなさ。

 9歳になっても、鬼畜が健在である。


「XANXUSは、貴方と血の繋がりがないと知った。それでも、親だ。貴方はXANXUSの父親だ。愛してるんだよ。そんな父親に事実を隠されていた怒りが、爆発した」

「やめろ……やめろっ、紅奈っ」


 重かろうが、痛がろうが、XANXUSは代弁するような紅奈を止めようと右手を伸ばしては、腕を掴んだ。


 こちらに向けられた瞳は、見透かす。


 いや、XANXUSをとっくに理解している。だからこそ、代弁などしてほしくないのだ。


 そんな必要はない。


 じっと、見下ろしてくる瞳。


 促す。

 促される。


「………オレは……っ………オレは、てめぇの……息子だ……


 その瞳に、情けない姿を見せたくなくて、せめてもの足掻きで、紅奈を掴んでいた手で目元を覆って隠した。


……クソ親父………悪かった……


 掠れるほど小さな声ではあったが、静まり返った部屋の中では、二人の耳にちゃんと届く。


「……すまなかった。私の愛する息子……XANXUS………すまなかった」


 ティモッテオも、ようやく口を開いた。


 ギュッと手が握られて、XANXUSは肩を震わせたる。顔を背けて、なんとか隠したかった。


 そうだ。


 こうして、紅奈が仲介してくれなければ、こうはいかない。


 XANXUSが一人ならば、実の父親だと思っていたティモッテオの手を振り払っては、罵倒したはずだ。


 ただ拒むだけだっただろう。何を言われようが、聞くことすら拒んだはず。


 目元を拭って、指の隙間から、紅奈を見た。


 目が合えば、笑う。穏やかだ。



 結局。
 オレを救う光だ。






[*前へ][次へ#]
[戻る]

[小説ナビ|小説大賞]