空色少女 再始動編
484 目覚めの時
城の二階の窓辺から見下ろす。
黒いスーツを着た黒髪のまだ少年に見える年頃の男性がいた。
ひらひらと手を振れば、彼も手を上げては応える。
場面は変わった。
庭園。息絶えた樹の下。
黒髪の少年がいた。そばには騎士がいると感じつつも、黒髪の少年が差し出した一本の薔薇を受け取る。
その少年は、XANXUSにとても似ていた。
仏頂面ながらも、頬を掻いては照れた仕草を見せていた彼は、俯いた顔を上げては愛おしげに見つめてきたのだ。
フッと、意識が浮上した紅奈は、傾いた身体を戻す。
目の前には、今夢に見た黒髪の少年と、よく似たXANXUSがベッドの上で眠っていた。
まだ目覚めない。
「紅奈ちゃん。休んだらどうだい?」
隣で椅子を並べて座っていた9代目ティモッテオは、うたたねから目覚めた紅奈にそう声をかけた。
「んーん。XANXUSが起きるまでいる。あたしがいなくちゃ、大暴れするだけよ」
きっぱりと言っては、紅奈は腕を上げては背筋を伸ばす。
「おじいちゃんだって、目覚めるまでは離れられないでしょ」
お互い、三年間眠っていたXANXUSの目覚めを待たずにはいられない。
気持ちがわかるのだ。
だから、ティモッテオは、それ以上は言わないことにした。
「ボンゴレの2代目も、ローナ姫と面識があったって聞いたけれど、そうなの?」
ぽすっと椅子に背を預けた紅奈は、横目で見上げて尋ねる。
「ああ。面識があっただけではないよ。2代目の憤怒の炎、XANXUSも使うことは知っているかな? それを覚醒したきっかけが、ローナ姫の死だ。彼はローナ姫を愛していたからね……。2代目と会った記憶はないのかい?」
「話した通り。ローナ姫の記憶ではっきりしているのは、最期の日だ。自分の死期を悟って、最後の力を振り絞って、ボンゴレ初代ボスのジョット達に街を案内してもらっていた。いつも城から眺めていた美しいイタリアを、ボンゴレが守る街を、自分の足で歩いて見てみたかったんだ。……そして、庭園で息を引き取った。初代を含めた守護者達に見守られていたけれど……でも、2代目はそこにいなかったはず」
庭園の樹の下。
ジョットと話す最期の時。
はっきりあるローナ姫の記憶。
「でも、今うたた寝してたら、2代目らしき少年の夢を見た。同じ憤怒の炎を持っているせいかな……XANXUSに似てた」
紅奈が指差すXANXUSを、目を丸めてティモッテオは見た。
「薔薇、渡された。……愛していた姫が死んで……怒り、ね。…ジョットが連れ回して死を早めたものだから、それで憤怒したのかな?」
ケラケラする紅奈を見て、ティモッテオは苦笑を零すしかない。
その姫の生まれ変わりだというのに、笑い退けている。
「ローナの死は、多くの人に悲しみを与えたのね……」
「……存在そのものが、とても大きな影響を与えていただろうかね」
ぼんやりとした紅奈の横顔を見つめて、ティモッテオはそう優しく言葉を返す。
「聞いてもいいだろうか? 初代が君と”ある約束”のために、10代目候補に入れた、と言ったね。その、ある約束とは?」
「ん? ああ、聞きたい?」
顔を向けて紅奈は、覗き込むように見上げた。
もちろん、とティモッテオは穏やかな眼差しで頷く。
「死ぬ間際、ローナ姫は願った。強く凛々しく美しい……ジョットの姉として生まれ変わり、それから共に生きていく。ジョットはローナが愛したボンゴレとこの街を守ると約束をした。前から話してたの。ローナ姫は、同じ金髪と青い瞳を持つジョットとそっくりだって言って、それから来世はジョットの姉になりたいって言い出した。そして史上最強のボンゴレボスになると宣言。最高の人生を送り、自由にしたいがままに生きる。そんなローナ姫に、ジョットは来世の”生き様を魅せてくれ”と言っては、腕の中で息絶えるローナ姫を抱き締め続けた」
意味もなく上を見上げる紅奈の横顔は、懐かしげな穏やかな顔にも見えるが、悲しげにも見える。
「ローナの生まれ変わりが、あたし。ジョットの生まれ変わりが、綱吉。
綱吉の方は、流石に記憶も自覚も全くないけどね」
ぱっと顔を向けた紅奈は、無邪気な笑みを零す。
「まー癪ではあるけれど、ローナ姫の希望通りなんだ。あたしは弟を守る強い姉。強く凛々しく美しく生きることだって、別に不満はない。史上最強のボンゴレボスだって、上等。最高の人生を送るよ。自由にしたいがままに生きる」
年相応の少女の愛らしい笑み。
しかし、意志を込めた言葉は強い。
きょとんとして見てしまったティモッテオだったが、微笑んだ。
「聞いているでしょ? あたしが一年も心身ともに病んで引きこもってたこと」
「……ああ、聞いたよ。見舞いに行かず、申し訳ない」
「いやいや、来られても罵倒しては、ぶっ倒れただけだから、見舞いに来なくて正解」
紅奈が飛行機事故のあとも、部屋からもまともに出られないことは聞いていた。
話してくれた家光もつらそうだったが、紅奈の言う通り、自分が言っても何も出来ないどころか、悪化させることぐらいはわかっていたのだ。
過ぎたことだから、紅奈はあっけらかんとしていた。
「両親はスクアーロが来たおかげで、立ち直っただなんて思っているけれど……正確には違うんだ」
「正確には…?」
「寝伏せっていたあたしに立ち上がる力をくれたのは、綱吉なんだよ。スクアーロは居合わせていたんだ。綱吉が将来の夢を書いた作文を読み上げてくれた。大好きなお姉ちゃんに憧れているって、それから――――そのお姉ちゃんの笑顔を守る強くてかっこいい守護者になりたいって」
優しい笑みだ。
愛する弟の将来の夢を語る紅奈は、本当に優しい笑みだった。
「なんでも出来て、強くてかっこよくて可愛い大好きなお姉ちゃんだって言われたら、ずっと寝伏せっていられないでしょ?」
はにかんだ。
そんな紅奈を眩しげに、ティモッテオは見つめていた。
(ローナ姫と初代ボスのジョット……生まれ変わりが紅奈ちゃんと綱吉くん、か………)
「XANXUSがあたしをマフィアにするかーってことで、クーデターに加担しやがったスクアーロとベルと色々あったけれど、まぁ見た通り。結局、あたしについてくるってことを再度誓ったわけ。XANXUSもそうなるから、安心して」
ひらひらと、紅奈は手を振った。自信満々である。
恐らく、その自信しかないのだろう。XANXUSの怒りを鎮められる。
紅奈の幸せのためにも、動いたXANXUSを、きっと。
「………紅奈ちゃん。綱吉くんは、知っているのかい?」
紅奈が知っているように、綱吉は知っているのだろうか。そんなわけがないとは思うが、ティモッテオは確認した。
ぴたりと動きを止めた紅奈は、ティモッテオから顔を背ける。
「お父さんがお母さんに隠し通すつもりでいるように、あたしも綱吉に隠し通すつもりだよ」
ティモッテオに向かって、紅奈は静かに答えた。
「あの一年。両親も苦しんだ。そんな両親を拒み続けていた間、綱吉がせっせとあたしの世話をして支えてくれた。大好きなんだ、弟の綱吉が。愛しているんだ、片割れの綱吉が」
沈んだ声になる。俯かせた顔は、暗い。
「そんな綱吉に……マフィアになんかならないでって言われたら………どうしたらいいか、わからなくなるから」
だから、隠し通す。
支えてくれた綱吉が、ならないでほしい。そう頼み込んで来たら、紅奈はどうすればいいのか。
本当にわからない。
「……紅奈ちゃん………」
そっとティモッテオは頭を撫でた。
「紅奈ちゃん。もしも、ジュリエットだったら。そういう話をしたことを覚えているじゃろうか?」
「ん……? …ああ。ジュリエットの家を行く前の日だっけ」
「そうじゃ。その時、紅奈ちゃんは、好きな人が出来たのなら好きな人と好きなように過ごす、と言い切った」
ぱりくり、と紅奈は目を瞬かせる。
「家族がそれを許してくれず、引き裂こうとするなら……家族だからこそ、わかってもらう。因縁があるなら壊してしまえばいい。愛で。それでいいんじゃないかな? もしも、綱吉くんが知ってしまって、ならないでほしいと言われても………紅奈ちゃんの大事なファミリーといたい。それをわかってもらえればいい」
好きな人ではなく、大事なファミリーと置き換えて、そして引き裂こうとする家族にわかってもらう。
綱吉に、わかってもらえばいい。
頭を撫で続けるティモッテオの手の下で、紅奈はおかしそうに笑みを零した。
「やだ。」
「え?」
きっぱり。拒絶の言葉が放たれた。
「やだ。綱吉には、隠し通す。」
引き裂こうとする家族になってしまう前に、隠し通せばいい。
強情な紅奈に、ティモッテオは苦笑を零さずにはいられなかった。
そして二人は、まだ目覚めないXANXUSに目を戻す。
「……ああ。そうそう。もう一個。聞きたいことがあったんだ」
危うく忘れかけた紅奈は、首を傾げるように隣のティモッテオを見た。
「XANXUSの別荘の庭園。ローナ姫が愛した庭園を忠実に再現されてはいたけれど……一つだけ違った」
「違う? どこがだい?」
「肝心のローナ姫が息を引き取った場所。樹があったの。でも、別荘の庭園には、ベンチが置かれてた。他は忠実なのに……どうしてそこだけ違うのかなぁーって不思議で。何か知っている? おじいちゃん」
今度は、ティモッテオがパチパチと目を瞬くことになる。そして、考え込んだ。
「いや……それは知らなかったな。じゃが………あの庭園を再現して残し続けると決定した初代は、直後に引退をした。所有権は、2代目に移ったんだ。それからはずっと保ち続けているはずなんだが………変えたとなると、2代目じゃないのかい?」
「2代目が……あそこにベンチを置いたってこと?」
「2代目はよく……あの別荘を訪れていたという話も聞いているんだ」
「……ふぅーん。あそこに座って……ローナ姫との思い出に浸っていたのかしらね」
そうかもしれないね、とティモッテオは言葉を返す。
XANXUSとよく似ていたという2代目が、あのベンチで愛したローナ姫を想う姿を思い浮かべてしまった。
「起きるね」
そこで見つめていたXANXUSの瞼が震えた。XANXUSが、目を覚ます。
すると、紅奈がティモッテオの手を取ると、ベッドの上に置かれたXANXUSの上に重ねた。
「紅奈ちゃん……これは、えっと……やめた方が」
「怖気づかないの。父親でしょ」
「………」
絶対にXANXUSが怒る。
そう言おうとしたが、紅奈はぴしゃりと叱った。
紅奈もティモッテオが手を離さないためのように、手を重ねる。
仲を取り持ってくれる紅奈に従うしかないティモッテオは、息子のXANXUSが目を開くこと待つ。
その赤い瞳が、開かれるまで、紅奈とともに、見つめ続けた。
†救う光の幸せ。
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