空色少女 再始動編
482 交渉のカード
「……XANXUSを、解放するためにかい?」
ティモッテオの静かな問いに、空気は重くなる。
「それ以外に何かある?」
紅奈はそう返しては、組んだ足を変えた。
「9代目がXANXUSを閉じ込めた氷は、七つのボンゴレリングがなければ、溶かせない。だから、そのリングを借りて、XANXUSを解放する。済んだら、即返す。信用ならないって言うなら、あたしにリングを渡すことなく、XANXUSを解放してくれればいい。あくまで要求は、XANXUSの解放」
はっきりと告げる紅奈。
右腕である守護者二人が、ティモッテオの横顔を見た。視線を落としている。
実の息子のように愛したXANXUSを自らの手で、凍らせたティモッテオには、つらい話だ。
「………何故、それをこのお嬢さんが知っている?」
右腕の一人、長髪の守護者コヨーテが、家光に眇めた目を向ける。
「オレは………話していません」
「あたしがマフィアについて知っていることは、父も知ったばかり。彼からは聞いてませんが、まぁ、それは些細でしょ? もう知っているわけで、その事実は変わらない」
家光は、困惑する。
XANXUSを氷に閉じ込めた技。『死ぬ気の零地点突破』による氷は、ボンゴレリングで溶かせる。しかし、その事実を知るのは、ごく僅かである。
些細などではない。
正直、XANXUSの解放を要求するとだけ聞かされた家光は、ボンゴレリングから言い出すとは思いもしなかったのだ。
「お嬢ちゃん……。ボンゴレリングについて知ってるなら、おいそれと貸せないってわかるだろ? 三年前のあの日……坊ちゃんの名前を叫んでいた様子からして、クーデターのこともわかってるはず。なら、解放だって、無茶な要求だとわかるよな?」
今ならあの日の紅奈の様子も、理解出来る。
ティモッテオのもう一人の右腕の守護者ガナッシュは、言い聞かせるように紅奈に言う。
「……今回の功績では、足りない、と?」
「クーデターに加担したその二人から聞いていないのかい? 坊ちゃんのクーデターは、ボンゴレ史上最大のもの。そして、9代目ボスの命を狙った大罪だ」
横目でティモッテオを気遣いつつも、ガナッシュは事実を告げた。
「大罪、ね。それって、三年もの間、氷漬けにされただけでは償えないの?」
ガナッシュを見ていた目を、紅奈はティモッテオに移す。
「目を逸らさないでいただきたい。あの時。貴方を最低だと罵った時は、あたしから目を背けなかったはず。父親失格だって言い放った時でさえも、貴方は私と目を合わせていた。今更逸らすな」
最低だと、父親失格だと、紅奈に罵られた。
苦しげに歪めた顔をした家光は、淡々と言葉を放った紅奈から、ティモッテオに顔を向ける。
守護者達に動揺が走る。
そんな話は、聞いていない。
守護者達だって、ティモッテオが紅奈を実の孫のように可愛がっていたことを、話で聞いていたというのに。
そんな孫のような存在の少女の罵倒を受けた。
「……」
ティモッテオは、視線を上げて、紅奈と目を合わせる。
最後に見た、軽蔑の眼差しは、今はない。
XANXUSの解放のためにも、隠しているのだろうか。
「まだ……あんな暗く冷たい場所に、愛する息子を閉じ込めるつもりなの?」
ティモッテオは、すぐにその瞳から目を背けたくなった。
「あたしはあの時、息子にしたことを思い出して、毎日悔めと言った。覚えてる?」
「……ああ、もちろんだ」
「息子の怒りを全て受けろとも言った」
「……ああ」
「七年後、つまりはあと四年先まで、貴方もあたしも、それからXANXUSも……苦しまなきゃいけないの?」
「………」
ティモッテオの瞳は、悲しげに揺らぐ。
「クーデターの元凶は、貴方だけじゃない」
「お、おいっコウ! っ!」
スクアーロは止めようとしたが、紅奈の右手が上がり、黙るように指示されてしまい、押し黙った。歪めた顔を伏せる。
「XANXUSと初めて会った日から、味方になってもらった。その時点では、とっくに知ってたよ」
とっくに知っていた。
XANXUSは、すでにティモッテオとの本当の関係を……。
紅奈に会った日から、味方になっていたXANXUSは、もう10代目の座を諦めていた、のか。
紅奈の味方について、10代目ボスの座を……。
ティモッテオは、驚いた。
XANXUSに紅奈は懐いて、嫌々そうな顔をしながらも、なんだかんだで紅奈の世話を焼いていたXANXUS。兄と妹のようにも見えた微笑ましい関係。
紅奈の存在は、きっと。
XANXUSにとって、癒しで救いだったのではないか。ティモッテオは、そう思えてならなかった。
「理解が足りなかった……支えが足りなかった……強さが足りなかった……」
紅奈は、一度目を伏せる。
「XANXUSも、あたしの部下だ。あたしを10代目ボスにしようと、力を貸してくれて動いてくれた。
でも……考えを変えたんだ。あたしをマフィアにしないためにも、貴方をボスの座から引き摺り下ろしては、先に10代目ボスになろうとした」
再び目を合わせた紅奈は、苦しげな表情をしていた。
XANXUSのクーデターの動機は、ティモッテオと紅奈にあったのだ。
だから、先程、三人で苦しまなきゃいけないのか、と言った。
「バカな奴だよな。私の幸せのためにも……マフィアにしない。阻止をする。そう決めて、クーデターを決行した。本当に、バカな奴」
零した苦笑は、泣きそうにも見える。
XANXUSが紅奈を本当にマフィアにしないためにも、クーデターを起こした事実に、紅奈の父親である家光も苦しさを覚えた。
「XANXUSのクーデターの動機である貴方とあたしで、決めよう。氷の中で閉じ込められても、償いは出来ない。解放して、償いをさせよう」
そう告げる紅奈の眼差しは、穏やかなものだ。
「氷の中で仮死状態って……そもそも罰が重すぎない? 何年そのままにする気なの? その間、あたしも9代目も、罪悪感で潰れるんだけど、正しいの?」
すぐに冷めた目に早変わり。
家光から始まり、9代目の守護者を見回しては、ティモッテオに戻す。
「XANXUSの怒りは、あたしが鎮め、クーデターの償わせよう。
つまり、氷の中で監禁よりも、出して償わせるべきだと進言する」
どーんっ、と言い放った。
そう言われてしまうと、判断に困ってしまう。
仮死状態であるXANXUSは、実質、時間を奪われているだけだと言える。
そして、紅奈とティモッテオの方が重たい罪悪感がのしかかり、二人の方が罰を受けている現状だ。
これは、どうしたものか。
「門外顧問CEDEFを率いる父は、緊急時にはボンゴレの実質No.2の実権を持つはず。そうでしょ? お父さん」
「……よく、知っているな」
「今は十分、緊急時。ハーフボンゴレリングは、父と、そして9代目の貴方が持っているはず。よって、二人の決断を聞かせてもらいましょうか」
現時点のボンゴレボスのティモッテオと、No.2である家光に決断を迫る9歳の少女、紅奈。
幼いながらも、凛々しく美しい姿であり、その瞳には揺らがない自信があった。
愛娘が、罪悪感を押し潰されて続ける。そう明かされて、動揺しない父親はいるだろうか。
孫のように可愛がっていた少女まで、巻き添えで罪悪感で潰れるだと言われて、決意が揺さぶられるのは、無理もない。
決定を下すのは、トップの二人だ。
重たい沈黙が降りる。
「――ちなみに」
また沈黙を破ったのは、紅奈だった。
「気付いたと思うけれど、父の家光とは仲直りをしました。貴方と一緒に、絶対に許さないって決めていたけれど、全部撤回」
絶対に許さない。それを撤回。つまりは、許す。
「今ならなんと、じゃじゃじゃーん。貴方とも仲直りをします」
じゃじゃじゃーん…………。
まるでお得だと勧める通信販売番組のような言い方である。その後押しは、どうなんだろうか。
そんな疑問を、大半が思ったが。
ティモッテオには、わりと効果覿面だったりする。
「ええー? 足りない? ん……。ああ、そうだった。9代目に10代目候補に選ばれた時より前から、あたしは知っていたって話をしようか」
なかなか決断が出来ない二人を見ては、紅奈はむっと口を尖らせてから、思い付く。
「9代目は、日本にある家に遊びに来た際に、あたしが死ぬ気モードになったのを見て、候補に加えた。でも、その前から決まっていたんだ。とある人に、告げられた」
とある人。
家光を始め、ティモッテオ達は怪訝な顔をしてしまった。
ティモッテオより先に、10代目候補に選んだ者とは?
「あたしが初めてまともな死ぬ気モードになったのは、9代目と初めて会ったイタリア。直後に、お父さんのせいでさらわれて人質にされた。でも、死ぬ気モードで、脱出。力尽きて倒れたけど、スクアーロが結果的に助けてくれた。そして、その死ぬ気モードを目撃した唯一の人。そんな経緯で支持者となり、第一部下になった」
紅奈は振り返ることなく、スクアーロを指差す。
スクアーロは、誇らしげに鼻を高くした。
「気を失ったあたしは、夢の中で会った」
スクアーロも、ベルも、骸も。
紅奈を、静かに見つめる。見守った。
「ボンゴレ初代ボス、ジョット」
他の者達は何を言い出したのかはわからなくて、反応が出来なかったが、ティモッテオだけは目を大きく見開く。
「初代は、私を10代目と呼んだ。厳密には、ボンゴレX世ね。ある約束のためにも、彼はあたしを10代目候補に入れた」
初代ボンゴレボスが、10代目と呼んだ。
ようやく、遅れて衝撃が走った。
「いや……待って……へ?」
ガナッシュは、口元を引き攣らせながらも、待ったをかける。
紅奈は、華麗に無視をした。
「それからも、イタリアに来る度に夢の中に出てきた。何度かあたしのことを姫だと呼んでいたわ。最初は気にしなかったけれど……」
また足を組み直しては、上の足をゆらゆらと揺らす。
「ところで、守護者の皆さんも知っているかしら? XANXUSは9代目から聞いたって言っていたから、当然知っているわよね」
コロッとまるで話題を変えるように、紅奈は明るく言い出す。信じがたい話は、続いている。
「初代ボンゴレが結成した自警団、のちにボンゴレファミリーになるそれに、資金援助をした古代イタリアの王族の姫君。XANXUSの別荘に、その姫君の愛した庭園に似せたものがある。……懐かしさを感じた」
脳裏に浮かぶ庭園。
ローナとしての最期を思い浮かべながらも、紅奈を続ける。
「名前は、ローナ。ローナ姫。自覚は薄いけれど、それでも事実。ジョット達と過ごした最期の日なら、はっきりと記憶にある。あたしは――――ローナ姫の生まれ変わり」
目を見開く。家光達は、口が間抜けに開いたままになる。
少年達は、平然としていた。あらかじめ、聞かされていたのだ。
ずいぶん前から知っていたベルだけは、ニヤニヤしては、固まっているように瞠目した大人達を眺めた。
「知っての通り、ローナ姫の資金援助がなければボンゴレファミリーは成り立たなかった。つまり、ローナ姫は、ボンゴレファミリーの恩人である。無茶苦茶な押し付けではあるけれど………ローナ姫の生まれ変わりであるあたしからの、お・ね・が・い」
凛々しい口調は、最後には幼く甘く変わる。
「後押しに、ローナ姫への恩返しのため。はい、決断をどうぞ」
「いやいやいやいやっ」
決断を下すその後押しは、荒唐無稽とも言えて、ガナッシュが代表のように首を激しく横に振った。
「なんですか? ローナ姫はボンゴレファミリーの恩人ですよ? ろくに恩を返せないまま、ジョット達は若くして病死したローナ姫に、感謝の意を込めた庭園しか残せていないのよ? 恩着せがましいのは重々承知しているけれど、恩返ししてよ」
「恩着せがましいって自覚はしっかりあるじゃないかっ」
恩着せがましいと自覚しておきながら、ぐいぐいっと押しの強い恩返しを求めてくる紅奈。
「本当なら、初代にボンゴレX世だって呼ばれたことも、ローナ姫の生まれ変わりだとも、あたしをブチギレさせた、このどーしようもないダメ父親どもを許すことも、話すつもりもなかったし、仲直りする気はなかった」
ダメ父親だと突き刺すような声を放たれては指を差されて、家光とティモッテオにダメージがいく。
「きっかけは初代にボンゴレX世だと呼ばれたからだけれど、それだけの理由を振り翳して10代目ボスになろうとは思っちゃいない。
あたしは正々堂々と他のボンゴレ10代目候補を蹴散らして、その座に座ってやる。
当然、今はその時ではない。力をつけて必ず、10代目ボスになる」
威圧的に放たれた宣言。
まるで、宣戦布告だ。
9歳の少女とは思えない威圧を、大人達は確かに感じた。
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