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空色少女 再始動編
481 大勝負の開始





 ボンゴレの屋敷。


 9代目ボスであるティモッテオは、守護者達を連れて、大きな応接室に入った。

 一つのソファーに座っていた家光は、すぐさま立ち上がる。

 緊張で強張った顔の家光と顔を合わせたティモッテオは、呼び出した本人に目を移す。


 ボンゴレ10代目ボスの候補として、現ボスであるティモッテオを呼び出したのは少女。


 栗色の髪を左側へまとめて、一つにカールさせてエレガントに垂らし、真っ赤なドレスまとう美しい少女・沢田紅奈。


 ティモッテオは、二年ぶりにその姿を見た。


 カールさせた髪は、胸下まで届き、その胸下には黒いリボンが巻かれていて、ウエストをキュッと締めている。

 アシンメトリーな裾は前の方が短く、組んだ足がちらっと見えた。靴は白いパンプス。

 全然違うが、些細な試練としてマフィアだらけのパーティーでヴァイオリン演奏をさせた際に、着てもらったドレス姿を思い出す。

 あの時よりも、女の子らしく成長をした孫娘のような少女。


 紅奈は、こちらを見ない。


 だが、紅奈から声をかけてくれた。


 三年前から、拒絶されていたというのに――――。


「来るの早いね。急だったから、まだ一時間以上待たされること、覚悟したんだけれど……ちょっと待って。このラスボスを倒すから」


 紅奈がこちらを見ないのは、手に持つゲーム機から目を放せなかったからだ。

 エレガントな格好の少女が、携帯ゲームをしている。


 マフィアの本拠地である屋敷の中で、そのマフィアのボスを呼び出しておいたというのに。


 肝が据わっているにもほどがある。


 守護者達は異質な紅奈を見ては、その親である家光に目を向けながらも、紅奈の向かい側のソファーに座るティモッテオについていく。

 家光は、なんとも言えない顔を強張らせたままだ。


「ゴホン。紅奈。ゲームはもうやめなさい。いらっしゃったぞ」

「うん。次のターンで、このラスボス仕留める」

「いや、だから、やめなさい」


 咳払いして、親としてもしっかり紅奈に注意をする家光だったが、紅奈は一瞥することもなく、ゲームを続ける。


「あ。コウ。そっちの技の方がよくね?」

「は? これでいいんだよ」

「そうですよ、そのままで」

お前ら離れんかーっ!!!


 紅奈の右にはベルが引っ付いてゲーム画面を覗き込み、左側からは骸が覗いていた。

 二人の少年も、黒いスーツをまとっていたのだが、呑気にゲームのアドバイスをしている。

 愛娘と距離が近すぎると、家光は怒声を上げた。


「……紅奈ちゃん。素敵なドレスだ」


 ティモッテオは、そう声をかける。用があるから、話はしてくれるはず。だが、これは無視される可能性はあった。

 無駄な話は、してもらえないかもしれない。

 それほど、自分は嫌われてしまっているのだと、ティモッテオは自覚している。


「ん。お父さんが盛装するべきだって言うから、ベルとこっちの骸が張り切って選んでくれたの。前にヴァイオリン演奏をさせにパーティーへ送り込んだ時に着たドレスを思い出した」


 カチカチとボタンを押しながら、紅奈は平然と言葉を返してくれたものだから、ティモッテオは目を丸めた。


 それから、”お父さん”という単語の驚く。


 家光から、もうずっとそう呼ばれていない、と前に会った時にも聞かされた。


 パーティーへ送り込んだ。

 あのパーティーの目的を知っている口ぶりを確かめるために、紅奈の後ろで立っているスクアーロに目をやった。
 同じくスーツを着込んだスクアーロは、家光と似たような顔である。なんとも言えない。

 現状でゲームをしている紅奈に対して、なんとも言えないのである。


「うしし。倒したじゃん」

「クフフ。爽快な演出ですね」

だから、ちかーいっ!!!


 こつん、と頭が触れ合っている密着度。

 スクアーロはベルを、家光は骸を、肩を掴んで引き剥がした。


「コウ! もうラスボスを倒せたなら、ゲームはしまいなさい!」

「え〜。エンディングがまだ」

「ラスボスを倒したらって言ったじゃないか!」

「はぁー。わかった。あれ? これってスリープしててもエンディングは流れないよね?」

「ええ、そのはずです」

「スリープ機能があるなら、初めからそうしろぉおおっ!!


 元からスリープ機能があったというのに、ラスボス戦を続けていた紅奈に、家光のツッコミが応接室に響く。

 スリープモードにしたゲーム機をスクアーロに渡した紅奈は、ようやく向かいに座ったティモッテオと目を合わせる。


 ティモッテオが目にするのは、あの日から向けられた鋭い怒りが込められた敵意の瞳ではない。


 あえて言えば、感情は読めなかった。


 ただ、強い輝きのある大きな瞳だ。橙色に煌めくブラウンの瞳。


 それがティモッテオを真っ直ぐに射貫くように見ると、彼の周りに立つ幹部である守護者達に移る。


「こうして、勢揃いすると……」


 小首を傾げた紅奈は、こう言い放った。


イケおじな幹部よね


 イケおじ。

 一同は、それを心の中で反芻した。


 イケているおじさん。


 ……いきなり、褒められている!?


 まんざらでもない守護者達は、動揺を隠した。


「紅奈!? 好みが! 好みが変わったのか!?」

「何、好みって」

「身体は華奢だけれど筋肉質で俊敏で顔が整っている男が好みだって言っていたよな!?」


 娘のタイプをここで暴露してしまう父親がいる。しかも、外見の好みだ。9歳にして、その好みはいいのか。

 バッと、紅奈に注目が集まった。
 紅奈は家光を見上げて、不思議そうな顔になる。


「ん? ……ああ、それ、シャマル先生に言ったやつね。そうね、華奢っていうか……腰が細い方がグッとくる」


 グッとくる!!?


「そのくせ、筋肉質なら、なおグッとくる」


 グッとくる!!?


 この少女にそんな好みを覚えさせたのは、一体誰だ!?


 自分の腰を確認してしまっているベル、骸、そしてスクアーロに、注目が移る。

 そして、家光の怒りの矛先は、一点にスクアーロに向けられた。一番当てはまる。


「まぁーでも……初老となると……大胸筋がムキムキな感じだとやっぱりイケおじでいいよね」

!!? お父さんは!? お父さんも大胸筋がムキムキだぞ!? 初老にならないとだめなのか!?

「はいはい、若い若い、まだまだ先」


 しっしっと振り払われる家光は、涙目である。娘にいい加減にあしらわれている父親に誰もが注目している最中。

 9代目ボスが自分の胸を撫でて、大胸筋を確認するところを、右腕の一人である守護者が見てしまったのだった。


「お嬢ちゃん。オレは、まだまだ若いんだけど?」


 一番若い守護者が、紅奈に声をかけた。

 へらっと笑いかけて、紅奈の評価を求める。


「……誰ですか?」

「会うの五回目だよ!?」

「いや、六回目」

「え? そうだったか?」

「ロミオとジュリエットの本を渡した時に四回目だって言った。そのあと、あたしを気絶させた時が五回目、その仕返しに脛を蹴り上げたのが六回目」

「ああ、そっか……ってしっかり覚えてるじゃないか!!」


 とぼけたと思えば、さらっと顔を合わせた回数を訂正した紅奈は、すぐにその守護者から興味を失くしたように、ティモッテオに顔を戻した。

 一番若い守護者は、紅奈を気絶させた事実で、睨まれる羽目となる。


「あ。そのロミオとジュリエットの本、返しそびれた。……どこにしまったか、覚えてない」

「ああ、構わないよ。紅奈ちゃん」

「そう……」

「……」

「……」


 紅奈も、ティモッテオも、相手の出方を待つかのように見つめ合った。


 家光が二人を見守るように交互に見つつも、ソファーに腰を下ろし直す。


「じゃあ、単刀直入に言わせてもらうわ」


 口火を切る紅奈。


「今回、次期10代目ボス候補のあたしが率いる直属の部下達で、門外顧問CEDEFの任務中の交戦に加勢して、敵を完膚なきまでねじ伏せた。任務失敗の場合、ボンゴレファミリーだけではなく一般市民まで巻き添えを受けて危害を加えられる計画を立てていた敵を倒した功績を讃えて、報酬をもらい受けに来た」


 威風堂々と言い放つ紅奈を見て、家光は息を呑む。

 その報酬を与えられない、とティモッテオは目を背けてしまう。悲しげに目を伏せた。


――――七つのボンゴレリング


 ピリッと。守護者達に緊張が走る。


貸して。


 続いた言葉に、拍子抜けした。


 次期10代目ボス候補としてやってきた紅奈が、ボンゴレリングを求めたのだ。


 一瞬、身構えたのも無理はない。ボンゴレリングは、ボンゴレのボスと六人の守護者が継承されるものだ。


 今回の報酬に、10代目ボスの座を、遠回しに要求された。そう思ってしまったのだ。


 だが、しかし。


 紅奈は、ただ、借りることを求めた。


「ちょっとだけ。貸して?」


 首を傾けて、上目遣いで、甘えた声を出す。


 可愛いおねだりではあるのだが。


 求めているのは、ボンゴレリングである。

 ちょっとだけと言われても、貸していい代物ではないのだ。








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