空色少女 再始動編
478 仲直り
「最初から、あたしは知ってたんだよ。マフィア、ボンゴレ。家に9代目が来た日。あたしが10代目ボスの候補になったことだって、聞いてた」
告げられた言葉に、目を見開いてしまう。
「まぁ、その前から、とある人から、言われてたんだけど……」
「は、はっ?」
「それは一先ず置いておこう」
登場からずっと、どこまでも混乱に突き落とされてしまう家光は、口元をひくひくさせてしまった。
9代目ティモッテオが言うより前に、一体誰に言われたというのだ。
「イタリアにしつこく行きたがっていたのは、スクアーロ達と会うためだった。最初にイタリアに行った時、あたしはさらわれたでしょ。アンタのせいで」
ビシッと指を差された。咎められている。
「アンタの娘だからって、さらわれたって言われたよ?」
娘は――――もうそこで、知っていたのか。
「いつからはわからないけれど、死ぬ気モードになってた」
ケロッと、紅奈は言う。
「鮫の如く、血の匂いを嗅ぎつけて、結果あたしを助けたスクアーロだって、あの時言ってたでしょ?」
ハッとする。
紅奈がさらわれて助けが到着した時。すでに現場で暴れていたスクアーロが、結果的に紅奈を助けた。
そして、言い張っていた。
紅奈の額には炎があった、と。
死ぬ気の炎を出していたのだ、とスクアーロはしつこいほどに言っていたのだ。
本当に――――。
「そんなわけで、その時に一目惚れされてスクアーロが第一部下になった」
「ぶふっ!?」
一目惚れという単語に過剰反応してしまい、家光は噴いた。
「二番目がXANXUS。とりあえず、二人にヴァリアーを牛耳るように命じた。三番目がベル」
「………!?」
声が出ない。
妙に紅奈が懐いては、妙に拒めない様子だったXANXUSが。
あのXANXUSが。
紅奈の部下に、なったのか……?
10歳も幼い紅奈の下に…?
いや、それは……矛盾する。
「うん。あたしが10代目になるって宣言したから、支持した部下達。今、加勢中。ええーっと、ヴァリアーのルッスーリアとマーモンとレヴィも、連れて来た。信用出来る隊員も、各々で使ってる。この敵、逃がせないんだろ? ちゃんと囲わせてるから、とりあえず、あたし達は仲直りを済ませよう」
瞠目する。ヴァリアーの幹部をほぼ引き連れているじゃないか。
しかも、今回の敵についても、よく知っている様子。一体、どこから情報を手に入れたんだ。
そして。
なんなんだ?
仲直り、とは。
「んーっと。先ずは互いにマフィアのことを黙っていて、ごめんなさいしよう。はい、ごめんなさい」
「……ご、ごめんなさい」
ぺこっと、頭を軽く下げる紅奈につられて、家光も下げる。
「それからぁ……お母さんにはもう謝ったけれど、アンタにも謝るべきだ。アンタの愛妻に向かって、母親じゃないだなんて、傷付けることを言ってごめんなさい」
「コウ……」
俯いた紅奈の言う通り。
その謝罪は、愛妻の奈々から聞いた。
スクアーロが来て、立ち直ったあと。
真っ先に、謝りに来てくれたのだと。
「八つ当たりだ。あたしのせいなのに……あたしが悪いのに………あたしが弱いから……あんなことになった」
顔を上げれば、紅奈は息を吐いた。
すぐに不快そうな顔に歪む。
「スクアーロ。ほんっとうっさい」と、イヤホンを耳から外した。どうやら、スクアーロがまた騒いだらしい。
「八つ当たりをしてごめんなさい。一年もの間、大事な家族を苦しめてごめんなさい。一年もの間、あの家から温かな笑い声も奪ってしまって、ごめんなさい」
「……っ!」
紅奈の大きな瞳は、涙で濡れていた。
そんなことを、謝る必要はない。
家族の一人が苦しめば、家族みんなが苦しむのは当然だ。あの家から笑い声が消えてしまったのは、紅奈のせいではない。
自分の力のなさだ。
父親だというのに、何も出来なかった自分なのだ。
「ごめんなさい、お父さん」
お父さん。
そう呼ばれるのは、一体いつぶりなのだろうか。
泣きたくなった。
嬉しいのか、苦しいのか、わからなくなるが。それでも、泣きたい。
娘が。愛する娘が。真っ直ぐに目を合わせては、そう呼ぶのだ。
そっと、伸ばした手が、紅奈の頭に触れる。黒いウィッグを被っているのだろう。その頭に触れても、紅奈は振り払わない。
引き寄せれば、自分の身体に寄り添う形になった。それでも、紅奈は嫌がる素振りを見せない。
こんな交戦現場で銃が手放せない状態でなければ、両腕で力強く抱き締めていたところだ。
「父さんこそ、ごめんな。すまない。すまない、紅奈」
零れ落ちてしまいそうな涙が落ちてしまう前に目をきつく閉じて、ギュッと紅奈を片腕で抱き締める。
本当の父と娘として、謝り合う。
娘を取り戻した。
娘が帰ってきてくれた。
こんなに喜ばしいことはあるだろうか。
「……これで、仲直り?」
少しの間だけ、黙っていたが、紅奈が確認する。
「ああ、仲直りだ…」
これで、仲直りだ。
「はい! 仲直り完了!」
「!?」
どんっと突き飛ばされては、紅奈が離れた。
「コウッ……!? 紅奈!?」
なんだ! いきなり! しんみりした仲直りの空気が、ぶち壊された!
父と娘の仲直りをしたはずなのに、突き飛ばされた家光は、またもやショックを受ける。
上げて落とされた気分だ。
「ずっと被ってた猫捨てて、それから素で避けたのに、急にデレデレベタベタするわけないだろ」
「ずっと猫被り!?」
「はぁ? それも気付かなかったの? 親の欲目も度が過ぎるでしょ、盲目?」
冷たい。
娘が冷たい。
とんでもなく娘が冷たい。
昔、あんなに甘えていた娘は、ずっと猫を被っていたと言うのだ。ショックは大きすぎる。
「距離は、徐々に詰めろ。そして、スキンシップもいきなりすんな。撃つぞ」
「コウ……お父さんに銃を向けてはいけません」
「さっき娘の背中に狙いを定めていたお父さんが言うの?」
「す、すまん……」
今すぐにも撃つと言わんばかりに、銃口を向けてくる紅奈。
ズバッと言い返されてしまい、謝罪をするしかない家光。
「まったく。本当は一生許すつもりはなかったんだからね、お父さん達を」
はぁーっと、苛立ったため息を吐いては、紅奈は銃口を降ろす。
「お父さん、達?」
もしや、9代目のことも含めているのだろうか。
「でも意地張っててもしょうがない。大事な部下を救うためなら、んな意地なんて捨ててやる」
紅奈は、はっきりと言い放つ。
強すぎる。そう思えるほどの瞳で。
「例え、加齢臭にまみれるみたいに抱き締められようとも」
「加齢臭!? 父さんはまだ若いぞ!? 待てコウ! 加齢臭なんてしないよな!?」
「例え、チクチクする無精髭で頬擦りされて、つやつやな柔肌を削られようとも」
「剃る! ちゃんときっちり剃るから!!」
「甘んじて拷問を受ける」
「父さんの愛情表現を拷問だと言わないでくれ!!」
くっ、と悔しそうに俯く紅奈に、父は必死だった。
仲直り、した、のか? これは本当に、仲直りしたのか?
「アイツのボスとして。先ずはあたしとお父さんが、仲直りしておこうと思った。急遽だ、急遽。よって、今すぐに距離と縮めるとか、無理。ちまちまと歩み寄って。急接近とか、マジ無理」
最早、拒絶に近いと思うのは、家光だけなのだろうか。
これでも、紅奈の譲歩なのだろうか?
「……アイツ?」
アイツのボスとして。
アイツのために、仲直りした。
アイツとは……?
「コウ。無線機をつけてください」
そこに、音もなく現れた少年が、紅奈の耳にイヤホンをつけ直した。
「ナツメグ!?」
少年は骸と言う名であり、今回家光が連れて来た仲間の一人である。
与えたコードネームが、ナツメグ。
「親方様。突然ですが、組織を抜けさせていただきますね」
「はっ!?」
突然現れては、突然の脱退宣言。
「クフフ。紅奈の元に戻ります。ああ、いえ。元々、ずっと、紅奈の部下なのですけれどね」
「はぁ!?」
骸も、紅奈の部下。
にこやかに笑いかける骸を見て、やっと理解した。
この状況下に、ヴァリアーが。
否、紅奈達が加勢したのは、この骸が情報を渡していたからだ。
元々、骸達は紅奈が拾ってきたようなもの。
実は元マフィアだと明かされて、多少は使えるはずだと自分を売り込んだ少年。
紅奈とお世話になった沢田家の恩のためにも、と。
家に転がり込んできたから、好都合にも離すために、教育をしたのち、骸の能力が使えると思い、今回の任務に初参加させたのだ。
これもまた。
紅奈の差し金だったのか?
紅奈を見てみれば、平然な様子だった。
「どうなったの?」
「追い込みましたよ。スクアーロとともに、犬も千種も、逃げ道を塞ぎました」
「よし」
骸の差し出した手を取って、紅奈は立ち上がる。
犬と千種。骸と同じく、家光の組織で育てている最中の少年達ではないか。
家光は、頭を抱えたくなった。
「そういうことで、この手柄はもらっておくから。お父さん」
歩き出す紅奈を追おうと、家光も立ち上がる。
「一網打尽。そうすれば、かなりデカい手柄でしょ? これを逃せば、被害は計り知れなかった。けれど、それをあたし達がしっかりとぶっ潰す。根絶やしに捕縛したご褒美、ちゃーんともらうから」
堂々の手柄の横取り宣言からのご褒美の要求。
「はっ? ご褒美って……一体……?」
「XANXUSの解放」
「!!?」
先程、口にした”アイツ”は、XANXUSのことだ。
この場に乗り込んできたのも、急遽の父と娘の仲直りも、彼のため。
ボンゴレ史上最悪のクーデター”揺りかご”の直後に、ボンゴレ本部でXANXUS達の名前を叫んで捜していたと話を聞いた。
クーデター自体を、知っているとはわかっていた。
超直感が働いたのか。それに突き動かされるように、日本から駆け付けて、取り乱していた紅奈は、XANXUS達が9代目に刃向かったことは知っているという認識だったのだ。
9代目には、ただ怒った、としか聞いていない。父親失格とまで言われたのだと。
だが、紅奈は真実を知っているのだろう。
もう。全てを。
今、XANXUSがどうなっているか。
大事な部下を救う。
それが、紅奈の目的。
そのための行動。
「コウっ……それは」
「あたしの要求は、XANXUSの解放だ。あとは9代目と一緒に話そう。お父さん」
断固として譲らない。
そんな強さを確かに感じ取った家光は、無理な要求だと言いかけたが、その言葉を呑み込んだ。
何故だろうか。
突如現れた愛娘なら、それを叶えてしまいそうに思えてしまう。
まだ9歳の少女。
それなのに、もうとっくの昔から部下が出来ていて、従わせて引き連れている。
骸と並んで廊下を歩いていく紅奈の背中を見て、思わず呟く。
「オレの娘は、すごいな……」
本当に、心から思ってしまったことが、口からポロッと出てしまった。
くるっと、紅奈が振り返る。
「あたしのファミリーがすごいんだよ」
無邪気に笑った娘は、自慢げに言い退けた。
ぐぅっ!! 可愛いっっっ!!!
愛娘から向けられた無邪気な笑みに、場違いにも家光は胸を押さえて、危うく蹲りかけた。
長い間、見なかった笑顔だ。効果は抜群だ。
今すぐにも駆け寄っては、力いっぱいに愛しい娘を抱き締めたいのだが、あいにく、その娘は銃という凶器を所持している。
さっき言った通り、急なスキンシップをすれば、撃ち抜かれかねない。必死に堪えた。
硝煙の匂いを吸い込む。
こんなところに、愛娘がいる事実に、しんみりした。
娘は確かに10代目ボス候補の資格を持っている。だが、争いには、巻き込まれてほしくはなかった。
なのに。
娘は、ここにいる。10代目ボス候補として、動いているのだ。
「そうか………全部、知っていたのか……」
大人びた娘がコロコロと無邪気な態度を見せていたのは、全ては猫被りだったのだろうか。
さっきの笑みを見れば、少々疑ってしまう。
年相応な愛らしい少女だ。
冷めたような態度をしようが、家族を思いやる根が優しい娘。
そんな愛娘のファミリー、か。
「………………」
誇らしげにファミリーだと呼んだメンバーを思い浮かべて、ぴくぴくと家光は眉間を震わせた。
「全員男じゃねーかぁあああああっ!!!」
交戦最中の現場で、家光の声が木霊する。
紅奈がファミリーだと呼んだメンバーは、盛大に一つのくしゃみをしたのだった。
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