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空色少女 再始動編
475 死ぬ気で仲直り



「あと。オレとしては……怒るって疲れません?」


 ヘラッと、バルダは笑った。


「疲れる?」

「オレにこれを刻み込んだ親のこと。外せない首輪をつけた親のこと。許せません。……ですが、一生は怒りませんよ。疲れるじゃないっスか」


 自分の首を指差したあと、紅奈の前でしゃがむと、バルダは見上げる。


「正直、とっくに疲れて、怒るのはやめてます。……実は、出てくる時、書き置きしたんスよ。受け入れられずごめんって………ちょっと会うのは最後だと思ったら、やっぱり家族の情が残ってたんスよね。あそこを受け入れて、ファミリーになりきれなくて、ごめんって。それまで散々葛藤はしたんですが……やっぱり、オレは出ることを選択したッス。だから………まー、んー、なんつーか……一回だけ許して、だめそうなら、もう決別でもしたらどうですか?」


 難しそうな顔で悩んだ末に、そうバルダは提案した。

 バルダの経験からの助言のため、しょうがないが……やっぱり、最後は余計だと思う。


 決別を選択肢に入れるのは、まずいだろう。後戻りが出来ない。


 ランチアとランチャー6代目が、紅奈に目を戻す。

 紅奈が両手を伸ばした。そして、バルダの顔を両手で挟んだ。


お前は悪くないよ

「!」

「そりゃ、家族の情は残りもするさ。ちゃんと育てられたし、親子喧嘩もしたり、仲直りをして家族だった。それなのに、もう会わない選択をさせられたんだ。お前のせいじゃない。罪悪感が残ってるなら、怒りと同じところにでも一緒に捨てておきな」

「え……あの……オレを励ます、話では……ないっスよね? い、いま…」


 真っ直ぐに告げられた紅奈の言葉に、刺激されてしまい、バルダの目からポロッと涙が落ちた。

 一度溢れ出したら、止まらなくなってしまい、ポロポロと次から次へと落ちてしまう。


「バルダには、非がなくても…………まぁ、あたしには、アイツに謝ること、あるんだよねー」


 ポンポン、とバルダの額をあやすように手を当ててながら、紅奈は独り言のように零す。

 滂沱しているバルダなど、さして気にしていない様子である。


 どうすればいいのだろうか、この状況。


 親子喧嘩の話をしていて、9歳の少女に仲直りを勧めたのに、14歳の少年の家庭事情から助言を伝えようとしたら、罪悪感を払拭させる言葉をかけられて少年が泣かされている。


 オロオロしつつも、ランチアはバルダの肩にかかったタオルで目元を拭ってやった。


「コーお嬢さんの方に、何か、非があるのかい? だったら、互いに謝るのはどうだ? それが、仲直りだろう?」

「……仲直り………謝る………か……」


 ランチャー6代目の言葉を聞いてから、コーは背凭れに後頭部を置く。


 空を見上げて、考えに耽る。

 目を閉じた。


「……決別は、流石に無理なんだよなぁー………」


 決別は選択肢から除外してほしい。そう思う、ランチアだった。


「………アイツを解放したあとのこと……ちゃんと考えてなかったな…。二人の仲……」


 くしゃくしゃ、と紅奈は自分の髪を掻き上げる仕草をしては、細めた目で空を見上げ続ける。

 解放したあとのXANXUSと、そして9代目の関係。


「…むぅ。なんで10歳も年上の部下と、高齢の父親との仲を取り持ってやらなくちゃいけないんだ……あたしは9歳なのに」

((子どもぶった……!))


 むっすーっと口を尖らせた紅奈。

 しかも、10歳も年上の部下がいるのか。それが今回救いたいファミリーなのだろう。


………アイツはアイツで……息子でありたかっただけなのに……


 そう呟く横顔は、苦しげで、悲しげだった。


 そんな紅奈の目で、ランチアに向けられて、ドキッとする。


「ランチアお兄ちゃんは、ランチャー6代目の息子のようでありたい?」

「え……? それは……もちろん…」


 本人を前にして言葉にするのは気恥ずかしいが、本心だけを紅奈に伝えるランチア。


「…そう………」

「……コー? …大丈夫か?」

「………」


 また空を見上げる紅奈の横顔は、儚げだ。

 心配になる。返答がないということは、大丈夫ではないのだろうか。

 それとも、考えているだけなのか。

 その小さな身体に、大きすぎる何かを抱えすぎていないだろうか。


「あたしのせいでもあるんだ……あたしが、ちゃんとしていれば………あんな衝突には……」


 目を閉じて、呟く紅奈。

 衝突。喧嘩のことだろうか。

 その部下と、その父親の喧嘩。


「どうしてだ? どうして、コーに、非があるんだ?」


 さっき言ったように、どうして10歳も年下の紅奈が、仲を取り持つようにするんだ。


あたしが、アイツの理解者だから。
 …あたしと出逢ってなければ、もっと早くにアイツの怒りは爆発してた……あたしがいたからこそ、怒りを鎮めてくれていたのに……でも、あたしの力が足りなかった…」


 紅奈は瞼を開くと、ランチアに目を向けた。


 橙色の光を宿したブラウンの瞳が、強い。


 先程感じた儚さを掻き消すほどの強さに、気圧される。


あたしが、アイツのボスになったからだ


 ファミリーのボスとして。

 紅奈には、責任があると言い放つ。


「別にボスに選ばれたからって、過度な期待に応えるために躍起になっているわけじゃない。あたしはあたしのしたいようにしているだけ。目指す先に……あたしを選んだファミリーが、あたしが選んだファミリーがいなくちゃいけない。ファミリーの一人、救い出せなくて、何が最強のボスだ。もがき苦しんでるって理解しているのに……そのファミリーを放ってはおけない」


 空を睨みつけた紅奈は、やがてギュッと目を閉じた。

 苦悩が浮かぶ横顔だ。


「そうだな……交渉を変えよう」

「え?」

「アイツら父子に仲直りさせる。その前に、ボスとしてカッコつかないし、あたしも父親と仲直りする」

「「!」」


 スッと姿勢を直した紅奈は、深く息を吐いて、仲直りを選択した。


「そ、そうか。上手く行くといいな!」

うん。交渉材料にもいいしね

「…んんん? ……仲直り、だよな? コー?」

仲直りだよ。
 ……バルダは、いつまであたしの足元で泣いてるの?」

「ず、ずみまぜん……」

「号泣か。」


 仲直り……なのだろうか…?

 紅奈の考えている仲直りが、自分達の考えている仲直りが、だいぶ違うような気がしてならないランチアとランチャー6代目だった。


 そこで、置いていた携帯電話が点滅しては鳴る。
 素早く手にした紅奈は、確認してから、ニヤリと口角を上げた。


「ベル! マーモン!」

「「…マーモン?」」

「見えない友だちの名前。」


 未だ、マーモンの存在はバレていない。


「連絡来たー?」

「やっとかい?」


 駆け寄ったベルとマーモンも、合図が届いたと予想出来た。


「ああ。三日後に、決行が確定した。今のところ、計画に支障も変更もなし! 集合地点で落ち合う」

「うしし、りょーかい♪」

「ついにか」


 紅奈は携帯画面のメール内容を見せ付けたのちに、立ち上がる。


「そういうことで、泊まらせてくれてありがとう。ひと段落するまで、またこの子達、よろしく頼むよ」

「あ、ああ。わかった。コーお嬢さん」

「なんでコイツ、泣き崩れてんの? コー、泣かした?」

「うん。」

「え。なんで? なんで泣かした??」

「ああ、相談ありがとう、三人とも」


 ぐすんと鼻を啜るバルダを見て首を捻るベルの腕を引きながら、紅奈はそう笑って礼を言う。


「コー!」

「何?」

「…本当に、大丈夫か? 手を貸すべきか?」


 ランチアは、やはり手を貸すべきかどうか、考えてしまう。


 紅奈には、決死の覚悟すら、ありそうだ。


 自分の力が本当に必要ならば、貸さなければいけないように思えてならない。


「いいんだって。ランチアお兄ちゃんは、ランチアお兄ちゃんのファミリーを守ってて。ついでに、あたしのファミリー候補達もね」


 紅奈は、明るく、無邪気に、笑って見せた。

 そう言うなら、大丈夫なのだろう。

 少し、ランチアは、力を抜く。


「何、相談って」

「父親と仲直りすることにした」

「え。お父さんと? マジで?」

「うん。……嫌々ながらも、死ぬ気でガンバルヨ」


 嫌々ながら、死ぬ気で仲直り……???



 頑張るが、棒読みである。

 本当に大丈夫なのだろうか。心配しつつも、荷物をまとめて出発する紅奈達を、ランチャーファミリーの一同は見送った。












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