空色少女 再始動編
474 仲直りの提案
紅奈は、ベルとマーモンとランチャーファミリーに滞在中、バルダ達に稽古をつけて、街をフラッと観光。
サーラとお菓子作りをしたり、ファミリーの夫人達からイタリア料理を学んだりした。
時には、ランチャーファミリーの仕事にも首を突っ込み、内容を聞いては質問と意見を出す。シマが広がったこともあり、管理が大変だという。
そうやって、時間を潰していったのだが、携帯電話は一向に鳴りそうにない。
もう八月に入ってしまった。
ベルがバルダ達の稽古相手を務めている間、紅奈はヴァイオリンを弾きつつも、そばに置いた携帯電話を睨みつけた。
「…ピリピリしているな、コー」
「うん。気が焦る」
歩み寄ってきたランチアに、紅奈は振り返ることなく、そう簡潔に返事をする。
「……ファミリーを救うためだから、焦るのも無理ないな…。何かで、気を紛らわせてやりたいんだが……オレでは手合わせも…な……」
「そんなしょげないでよ。ランチアお兄ちゃんの攻撃は大ダメージすぎて受けられないから、攻撃される前に沈めるのは定石になるよ?」
「コーは、素早いからなー……」
遠い目をするランチアは、懐に入ったり背に回った紅奈に、撃沈されたことを思い出す。
ランチアの攻撃を受ければ、紅奈もまずいため、避けて避けては、戦闘不能にしてくる。本当に紅奈は強い。
「そんな気を遣わなくていいよ、ランチアお兄ちゃん。世話好きなのはわかるけど」
「世話好き、なのか…? コーが一人でピリピリしているのに、放っておけないだろ」
「んー。それもそうだけどー」
隣に腰かけるランチアの苦笑を見てから、紅奈はヴァイオリンをケースにしまった。
「このピリピリのストレスも、仕事場に乗り込んだ時に驚いた顔をしたダメ親父を見れば、発散すると思うから大丈夫だよ」
「待ってくれ、コー。とっても悪いことをしようとしてないか?」
「あれ? 前に言ったじゃん。あたしはいい子じゃないって」
「悪いことなんだな!?」
不仲であろう父親の仕事に乗り込む。絶対によろしくない。
ガビーン、とショックを受けるランチアだった。
「や、やっぱり、仲直りしてないんだな……絶対に許さないって言っていたが………」
「うん。絶対に許さない。ぜつゆる!」
「………」
腕を組んだランチアが、気遣いがちにこちらを見てきたため、紅奈は首を傾げる。
「もしかして……その救いたいファミリーと、父親との不仲って………関係が?」
「………意外と鋭いんだね? ビックリだよ、ランチアお兄ちゃん」
「鋭い自覚はないが、鈍いと思われていたんだな…?」
心底驚かれて、ガクリ、と頭を垂らすランチアだが、紅奈と向き直った。
そこで、紅奈の横に置かれたタオルを取りに来たバルダが会話に加わる。
「そういえば、オレを殺すフリをする時、親は選べないって……言ってたッスよね。…相当、コーさんに酷い仕打ちを?」
恐る恐るながらも、バルダは確認した。
「家族なんてそれぞれだ。血が繋がろうがなかろうが、仲がよかろうが悪かろうが、やっぱり十人十色。いい父親もいれば、悪い父親もいる。……あたしは、悪い父親ばっかり見てきたから……嫌悪感が強い」
悪い父親ばかりを見てきた、という言葉に妙な引っかかりを感じつつも、ランチアもバルダも紅奈の話を聞く。
「いい父親だと思っていた野郎が………裏切った」
紅奈の顔が歪む。
怒り。そして憎しみ。
そんな感情が読み取れた。
「事の発端は、親子喧嘩だな。嘘のせいで、偽りのせいで……子は、父親に裏切られた。父親になったくせにっ……! 最後まで、子を愛しやがれってんだっ……!」
怒声を上げないためなのか、紅奈は奥歯をギリッと噛み締める。
紅奈の話のようで、紅奈の話ではない気がした。
しかし、ぼかされている部分だ。追及すべきではないだろう。
「こちとら、子は怒り爆発。むしろ、大爆発。……許さない。裏切りは、大っ嫌いだ…!」
膝を抱えて顔を俯かせた紅奈が、年相応の小さな女の子に見えた。
異質なほど子どもらしくなくても、子どもは子どもなのだ。
紅奈だって、誰かの、子ども。
「……だが、コー。父親と不仲が関係あるなら……避けては通れないんじゃないのか…?」
「………義務的な会話をしていく覚悟はした」
「……いつまでも…怒っていていいのか? それで、大丈夫なのか?」
「………」
事の発端が、親子喧嘩なら、解決は仲直り。それしか思いつかない。
根本的な解決には、ならないだろう。
紅奈が黙り込んでしまったため、ランチアもバルダも、沈黙する。
「どうしたんだ? 珍しくコーお嬢さんが、沈んでいるように見えるんだが?」
膝を抱えた紅奈に気付いて、ランチャー6代目は歩み寄ってきた。
まさにそうなのである。
ランチアとバルダの深刻な表情を見て、陽気に話しかけてしまったランチャー6代目は、この場から離れたくなった。
「6代目は。」
「な、なんだい?」
「息子のようなランチアお兄ちゃんに、絶対に許さないって怒られたらどうする?」
「ランチアに…? ……それは、やはり、それ相応に怒られる要因があるって場合の話だろうか?」
「もちろん」
紅奈が顔を上げて、ランチャー6代目に話しかける。
いい父親と紅奈に認識されているランチャー6代目を、ベンチに座ったままランチアは見上げる。ランチャー6代目も、ランチアを見下ろす。
「怒られたことないからなー……。想像が難しいが…。なんであれ、オレに非があるなら、謝るさ。家族がいつまでも険悪になってちゃ、悲しいじゃないか。仲直りに努めるさ」
そう答えて、ランチャー6代目は、ランチアの頭をガシガシと撫でた。
「それなら……! コーの父親も、仲直りしようと頑張っているんじゃないのか?」
「……まぁ…あたしのご機嫌取りをしようとはしてたね……。んなことより、他にやるべきことがあんのに。ケッ!」
「「「……。」」」
悪態をつく紅奈は、露骨に不快感を顔に出している。
少々怖い…、とランチア達は、身を引きそうになった。
「コーお嬢さんの父親が、許せないほど怒らせたって話なのか?」
「怒らせたんじゃなくて、激怒させたの。」
怒り具合を強調する紅奈に、苦い乾いた笑いを零してしまう。
この父親は大変だろうな、と同情する。それ相応の過ちをしただろうが、紅奈からの許しなんて、到底もらえそうにない。
「コーさん。いつから、それ……えっと、絶交状態っスか? 続いてるんスか?」
「三年前」
((三年も…!))
バルダに答えた紅奈。
思ったより長い、父親との絶交期間だと、驚いた二人。
「ダニーから聞きましたけど、弟がいるとか…」
「うん。双子の弟がいるの」
「へぇー、そうっスか。弟さんも強いんスか?」
「いや、運動音痴で……究極ってくらい」
((究極の運動音痴???))
紅奈と弟は、天地の差なのか…?
「オレは一人っ子っスけど……ダニーとサーラがちょっとした喧嘩中の時、気まずかったことがありました。弟さんも……気まずい思いをしているのでは? 大丈夫っスか?」
「……そうだね。気を遣ってくれる、かな……。だから、家では、必要最低限の接触で済ませてる。あっちもあっちで、悪化しないように必要以上に近付かないし」
「んー。オレのも、いい親ではないんで、なんとも言えないっスけど………父親の方と大喧嘩した時、母親の方が必死に仲直りさせようとしてたんで、オレが折れて、しぶしぶ仲直りした記憶があります。ちっこい時に。
…まぁ、最終的には、こうして家出るくらいに怒り爆発したんっスけどね!」
やめろ、お前! 仲直りを後押しする流れじゃないのか!?
ランチアとランチャー6代目は、余計な一言を付け加えたバルダに、言ってやりたかった。
だが、事実なのである。致し方ない。
「ケースバイケースで、許してやるって時も、あるんじゃないっスか? 全然事情はわからないっスけど……なんとなく、仲直りの必要がある気がしたので…」
「そ、そうだ、コー。親子喧嘩が、発端だと言ったから……解決は、仲直り、じゃないか?」
「………」
そうそう。仲直りに話を持っていこう。
ランチアはまた逸れてしまわないように、慎重に提案した。
じとり、と紅奈に見られてしまう。
言うのは、簡単。出来れば、こうして話していないのだろう。
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