空色少女 再始動編
471 嘘ではない嘘
「お母さん。夏休みは、イタリアでおじいちゃんのお仕事、することにしたの」
家光が、次に帰るのは、夏休みあとだと言っては、出勤していってから数日後。
夏休みまで、一週間を切った。
「まあ! お仕事?」
「うん。前々から、手伝いたいって思ったの。スクアーロお兄ちゃんも、働いてるって知ってるでしょ? 詳しくは話しちゃいけないから、言えないけど、おじいちゃんと同じところで働いてるんだよ」
「そうだったのね! スーくん!」
「お、おう…」
夏休み、紅奈一人のイタリア行きを、奈々に納得してもらうため、スクアーロの同席のもと、それを話す。
大丈夫なのか、これ…。
スクアーロは、内心ヒヤヒヤだった。
あながち、嘘ではないのだ。
そう。あながち。
おじいちゃんこと9代目がボスを務めるボンゴレ所属で、働いている現状。
「それって、コーちゃんが手伝っていいものなの?」
「あー……紅奈だからこそ、働いてもらいてぇって、部下達の意向が強いんだ。つまり、そう! 紅奈の将来に、大きな期待されているってことだぜ!?」
「あら! コーちゃんが!? すごいわ! コーちゃん!!」
奈々への接し方にまだまだ戸惑いがあるが、紅奈をイタリアに連れて行かないといけない場面だ。スクアーロは、言い切ってみせた。
紅奈の台本通りであり、事実である。
部下達は、紅奈の将来に大きな期待をしている。
紅奈の部下が。
紅奈がボンゴレボスになる将来に。
特大の期待をしている。
のである。
ぼかしているだけで、嘘とは言えない範疇。
「そういうわけで、紅奈をまたイタリアに連れていきてぇが……帰せる日が決まってない。長くても、夏休みが終わる前に、帰せるようにしたいんだがぁ……。冬休みと春休みに続いて、二人を家に残す形になるがぁ、それでも構わないか?」
「そうよね……またコーちゃんがいないお休み……寂しいけれど………コーちゃんは、お仕事を手伝いたいのよね?」
困り顔になって、頬に手を当てる奈々。
「うん。あたしにしか出来ない仕事だよ? やり甲斐がある」
キリッと言い退ける紅奈。
「なんでも出来ちゃうコーちゃんだものね!!」
もう奈々は誇らしげにウキウキした。
「外国でお仕事なんて、お父さんに似たのかしら?」
「……」
「………」
奈々が地雷を踏んだため、紅奈から一瞬殺気を感じたが、一瞬のこと。隣で、紅奈はニコッとしたままだ。
スクアーロは、気付かないフリをしておいた。
「そのお父さんのことなんだけど」
スクアーロに緊張が走るが、平然を装う。
「会えるかはわからないけど、仕事で会って、驚かそうと思うんだ。だから、内緒にしてくれる? お母さん」
にっこり。
紅奈は、大事な口止めを頼んだ。
家光にはイタリアに発ったことも、いることも、隠しておきたい。
そう。ギリギリまで。
「お仕事であの人に会えるの?」
「関係ある仕事だから……まぁ、会うだろう」
関係あるというか、最早、家光の仕事に首を突っ込むため、否応でも会うのだ。
首を突っ込むは、生易しい言い方だった。
正確には、仕事を掻っ攫う、だ。
「え? なになに? パパにサプライズするの!?」
またもや、ウキウキな奈々。
「うん。ビックリさせるよ」
満面な笑みの紅奈は、無邪気にサプライズを企ている子どもに見えるが。
悪意に満ちたサプライズだということを、スクアーロは知っている。
「じゃあ、パパと仲直り?」
「………」
だめだ、この母親。
天然すぎて、紅奈の地雷を踏みまくってくる。
スクアーロは、ヒヤヒヤだ。誰か、冷房を上げてくれ。
「……どーかなぁ。ビックリさせるだけさせて、あとは仕事をちゃちゃーって片付けて、お父さんだけでも先に帰れるようにするかな。そしたら、あのワンピースで、デートに行ってね」
紅奈は、静かにそう微笑んだ。
「コーちゃんが、パパの手伝いまで出来ちゃうの? やだー! ステキだわー!! コーちゃんは、デキる女ってやつね!!」
興奮ではしゃぐ奈々。
仲直りについては曖昧な回答をしたのに、大はしゃぎである。
「それで……許可はくれるって、ことでいいんだな?」
「ええ! …あっ! 待って、スーくん!」
「「?」」
許可をはっきり出したかと思えば、奈々が待ったをかけた。
「条件があるの!」
「条件? また定期連絡とかか?」
「それも、もちろんしてほしいわ。別のことよ……」
「え……?」
奈々が珍しいことに、テーブルに組んだ手を置いて、真剣に見てくる。
常におっとりした奈々が、珍しい。むしろ、意外過ぎる。
少々、身構えたスクアーロ。
「スーくんに、ちゃんとわたしを呼んでほしいの!」
「はい…?」
真剣な顔つきで、何言ってんだこの人。
目を点にしたスクアーロの前で、コロッと奈々はおっとりな雰囲気に戻る。
「ほら、スーくん、わたしと仲良くなりたいってことで、みんなと同じ普段の口調で話してくれるようになってくれたじゃない? でもよくよく考えたら、スーくんはわたしのこと、呼んだことないわーって気付いて! だから、呼んでちょうだい!」
キラキラーっと目を輝かせる奈々に見られるスクアーロは、全然関係ない条件を出された上に妙な要求すぎて困惑した。
この母子は、どうして他人を困らせたがるのだろうか。
隣の紅奈に目を向けたのだが、こちらを見向きもしない知らんぷりである。
「な、なんて……呼べば…?」
実際、スクアーロは、奈々の呼び方がわからないまま、会ってきた。
忠誠を誓うボスの、何も知らないカタギの母親に対して、なんて呼べばいいのやら。
「そうねぇ………コーちゃんママ? とか?」
それは、同級生が友だちの母親に対しての呼び方ではないだろうか。
スクアーロは、紅奈の同級生ではない。
あと、ママ呼びは、普通に抵抗がある。
「…イタリア語だと、マンマだよ。お母さん」
紅奈が参戦しやがった! 絶対にからかいのためだ!
「じゃあ、コーちゃんマンマがいいかしら!?」
「ふ、フツーに! フツーに、奈々さんと呼んでいいかぁ!?」
名前呼びが無難である!!
紅奈が焚きつけて、どんどん恥ずかしい呼び方が出される前に、スクアーロは先手を打つ。
物凄く紅奈が、つまらない! って顔を向けて見上げてきた。
やっぱり、遊ぶ気満々だったな…。
「わかったわ! スーくん! では、夏休みも紅奈ちゃんをよろしくお願いね!」
「お、おう、奈々さん。……娘は預かったぞぉ」
「言い方が、どうしても誘拐犯なんだよね……顔のせい?」
「誰が誘拐犯の顔だ。」
他にどんな言い方をすればいいのだ。
とにかく、家光への口止めしつつも、イタリア行きの許可をもらった。
「将来は、スーくんに、お義母さんって呼ばれるかしら〜?」
「………」
最後にとんでもない爆弾発言を落とされる。
被爆したスクアーロは、真っ赤になった顔をテーブルに突っ伏した。
奈々の中では、紅奈のお婿さん候補、ダントツ一位なのである。
続いては、綱吉に報告。
「コウちゃん、お仕事!? すげー!!」
お口あんぐりな綱吉。ひっくり返りそうな驚き方だ。
「そっかぁ……コウちゃんも、夏休み……いないんだね…」
「ごめんね、寂しいよね…?」
「う、うん…。でも! コウちゃんが、大好きなイタリアでお仕事するんだもんね! オレは、お母さんと待ってる!!」
フシューフシューと鼻息荒く、息巻く綱吉。
イタリアで仕事。効果覿面な理由だった。
普通、9歳の少女に仕事を任せるなんて、あり得ないのだが……。
紅奈が普通じゃない、天才少女のせいで、すんなりと信じられてしまう。
「ちゃんと、待ってるから! …帰ってくるよね?」
こてん、と首を傾げて尋ねる綱吉は、寂しげに眉を下げて、見つめてくる。
ちゃんと、帰ってくるかどうか。
またそんな確認。
「もちろんだよ、ツナくん。あたしはちゃんと、帰ってくるよ。ツナくんのそばにね」
紅奈が綱吉の手をしっかりと握り締めて、優しく笑いかけた。
子どもの体温のあったかい手。
綱吉は、むぎゅっと紅奈に抱き付いた。
紅奈は、むぎゅっと抱き締め返す。
「……それでね、ツナくん。夏休みの宿題のことなんだけど」
「ハッ! …しゅ、しゅくだい……あるんだった………」
完全に頭の中から消えていた夏休みの宿題の存在。
綱吉は、すっぱいものを口にしたような、歪んだ顔をした。
本当に忘れっぽい奴だ、と傍観していたスクアーロは呆れる。
宿題。紅奈が手早く片付けては、綱吉の分を手伝っている姿を思い出す。
「…日本の学校は、夏休み中のクソほど宿題が多いよなぁ? イタリアの普通の学校だと、全くないんだが?」
「そ、そうなの!? いいなぁー……犬くん達も、いっぱい休みあるし……」
「外国は、ほとんどそうなんだよ、ツナくん。いーっぱい、休んで、遊んで、それから学校行きたーいってなってから、たっぷりと学校で勉強するの。遊ぶ時は、遊ぶ。勉強する時は、勉強する。そうやって、チェンジするんだ。日本は日本、外国は外国のやり方が違うの」
「ほげー」
紅奈の教え上手は、絶対綱吉の世話で培ったものに違いない。
「いいな、いいなぁー。オレもイタリアの学校がいい」
「! 移住するか!?」
「だめだよ、ツナくん。…イタリア語、お母さんと一緒に勉強しないと。暮らせないよ?」
「うっ……そうだった………オレにはムリ…」
沢田家がイタリアに移住! 紅奈とほぼ毎日会える生活! という夢を一瞬見たスクアーロだったが、呆気なく砕かれたスクアーロは、脱力。
外国語の一つや二つ、頑張れや……。
そんなこんなで、ほぼほぼ作業ゲーのような宿題を終わらせるための計画表を立ててやる紅奈。
予め、担任教師から、夏休みの宿題の内容を全て聞き出したため、綱吉が一人で出来るものと、難しいものに分けた。
紅奈は紅奈で、夏休みが始まる前に、終わらせられるものはサクッと終える。
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