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空色少女 再始動編
463 多分、特別




「ハァ…ハァ……」

「ふー…」


 濡れた口元を拭う紅奈を、スクアーロはポーッと見てしまう。


はい、特別


 ぽん、と肩を叩かれても、スクアーロはまだポーッとしてしまった。


「・・・・・・は!?」


 ようやく我に返ったスクアーロは、やっとこのキスの意味を理解する。


「と、特別って……お前っ」

「あたしから初めてのキスをした。はい、特別」

どどどっどんな特別だよ!? そうじゃねぇよ!! そうじゃっ、ねぇーんだよ!! だからお前はそこんところだ!! そこんところっ!! いい加減にしろよ!!

「また爆発しそうなトマト顔なんだけど?」

「おっ、おまっ、お前のせいだぁああっ!!!

「嫌だったの?」

「うっ……! うっ……うぐあああっ!!!


 湯気が出てる、トマトのように真っ赤に火照った頭を、スクアーロは抱えて床に両膝をつく。


 そんな特別扱いは、求めていなかったのだ。

 異性の部下に対しての配慮は、どうしたのだ。

 異性に対しての警戒心のなさどころの話じゃない。


「スクにとっては、一番特別なものになると思ったんだけど…」

―――!!


 トントン。

 紅奈が指差すのは、自分の右の手首だった。

 そこは、先月のスクアーロの誕生日に、告白の予告として口付けた場所。


   ボンッ。


 スクアーロは、さらに真っ赤になった。爆発寸前だ。


「え、大丈夫? 赤を通り越して、黒くなりそうだよ? 顔」

し…死ねる……

「いや、生きろよ。死は嫌いだって話をしてたんだから」


 紅奈は、スクアーロの気持ちを理解した上で、特別扱いを示した。

 だから、違うのである。そんな特別は要求していない。

 別に、いらなかったわけでもないのだが…。

 順序だ。順序。

 先に告白させろ。

 嫌とかではないのだ。

 だがしかし、違うのである。そうじゃない。

 つまりは、もう。


 究極の混乱状態である。


「はぁー……!」


 深く息を吐いた。そして、吸う。

 向かいの座席に戻っては、深呼吸を続けた。

 そっぽを向いて、俯く。


「……お前…経験が、豊富なのか……?」

「ん? なんの経験?」

「いや、わかれよ…! ベルにキスされようが! 異性の目の前で服ぬごうが! 平然としているのは!!」


 前世の経験について。
 紅奈は、きょとんとした。


「いや、知らん。その手の経験の覚えはない」

「は……?」

「あたしが前世について覚えているのは、最悪な家庭環境で実の父親だと思っていた男がクソだったってこと、それで孤独だった」


 頬杖をついて、違う手で指を折って数える。


「だからこそ、今の家族への執着が強いんだろうなぁ…。綱吉が、あたしの孤独を救った」


 また一つ、指を折った。

 紅奈を支え続けた綱吉は、想像以上に大事な存在だ。

 前世の孤独から、死後の孤独から、救った片割れだからこそ。


 執着。それは、違うだろう。


 横目で見たスクアーロは、ポツリと呟く。


「ガラじゃねーこと言うが……それは、執着じゃなくて……愛じゃねーのかぁ」

「ふふ……あたしは、そうでもないと思うけど


 ガラではない。

 紅奈の微笑に、優しさが見えて、サッとスクアーロは顔を背ける。

 落ち着きを取り戻したのに、また顔が熱くなりそうだ。


「前世からの知識も、色々あるっちゃあるよ。経験は本当に覚えがない。男の前で着替えるなんて、今現在が子どもだからであって、肌を晒そうと気にする必要ないからだ。たかが、キスじゃん。そんなんで、動揺してもしょうがなくない?」


 たかが、キスでは、動揺しない。


 眉間に深く深くしわを作ったスクアーロは、目をきつく閉じた。


 動じてない。
 動じていない。
 動じていないのだ。


 そう自分に言い聞かせた。


「何よ、スクアーロ」


 コツン、と膝の上に重みを感じて、つい、目を開いてしまう。

 そこにあったのは、紅奈の右足だ。


「あたしとのキスーーーー感じたの?


 ニヤリ、と紅奈は妖艶な笑みを浮かべた。


「っい、いい加減にっ、う”お”ぉおおいっ!!!


 座席の背凭れに、スクアーロは自分の顔を押し付ける。


 本当に、頭を爆発させるつもりなのか!

 翻弄するにもほどがある!!


「そういうわけで、駄々こねないでよ、スク。最初に聞かされなかっただけでさ。本当に前世の話は、どうでもいいんだもん。そんな隅から隅まで、あたしを把握するなんて、おこがましいぞ?」

「ぐぅ〜っ!! だからってお前っ! 物理的に口を塞ぐとか!! ねーだろうがぁ!!」

「間近にスクの顔があったから」

「はあ!? 目の前にあれば誰でもすんのかよ!? てめー!!」

いや、スクだけ


 ピタリ。
 スクアーロは、その声を聞いて動きを止めた。


「誰にでもはしない」

「………っ」


 見てみれば、紅奈は真面目な顔だ。


 誰にでもはしない。

 スクアーロだけ。


「――っ、じゃあもう二度と! 二度自分からすんじゃねーぞ!?」

「それって……スクからならするって意味?」

ちげぇよ!!


 スクアーロは、震え上がって、怒鳴る。


「頼むから、唇を奪われるのも奪うのもやめてくれ!!」

「何故に、そんな頼みを、私が聞かなければいけないの?」

「っ!! オレが特別だって言うなら! これまでだ!!


 がしっと、紅奈の右手首を掴んだスクアーロ。

 こちらも真面目に、真剣に、告げる。

 その掴まれた右手首を見て、紅奈はスクアーロを見つめ返した。


「…わかった」

「……そ、そうか…」


 一応、承諾。

 そーっと、スクアーロは手を引いた。


「でも、自分からしないってことしか約束出来ない。不意打ちとか、責められても困る」

「お、おう……それはその、気を付けてくれ」


 ベルなどの不意打ちは、無理なのである。

 そこはなんとか、自分で防いでほしい。


「これまで、約束はしてやる。でも……勘違いはするなよ。これは別に、お前が伝えたいことへの確約なんかじゃない」


 トントン。

 また紅奈は、自分の手首を指で叩いた。


 スクアーロの求愛の告白まで。それまでは、紅奈から他者に口付けはしない。そんな約束。

 だが、いい返事が待っているわけではないのだ。


「…わかってるぞぉ……。別に、オレは………変な期待はしてねーぞぉ…」


 伝えたいだけなのだ。

 いい返事だけを、期待していない。


 紅奈は決めたことは、頑ななほど譲らないが、気まぐれ屋でもある。


 けれども、紅奈は恋愛ですら、真っすぐだ。

 そして、紅奈の中に想いがあるのならば。

 待つことなどしない。

 紅奈から、想いを告げてしまうだろう。


 今は、ただ。スクアーロの告白を、待ってやるだけ。


「なんであれ、オレは変わらない。オレの忠誠は、不変不動だぁ」


 一生の忠誠の誓いがある。
 どんなことがあっても、変わらない。


「…――」


 けれども。

 少なくても。

 今現在。


 スクアーロのことは、紅奈にとって、特別なのだ。


 求愛の告白を待ってやるくらいには。

 他の者に口付けしないと、約束をしてくれるくらいには。

 スクアーロだけに、自分から口付けをしてくれるくらいには。

 望みは、薄くないのだ。

 それが。変な期待を、湧かせそうだ。


「わかってるよ。ふぅ…。んー? 結局、あたしは何を言いたかったのやら……」


 紅奈は話を戻そうとしたが、思い出せずに、首を捻った。

 ピクピクと眉を震わせたスクアーロは、立ち上がる。


「思い出しておけよ」


 トイレの方へと向かう。


「ごめん。」

「あ? 何が?」

「あたしはともかく……思春期の少年は大変よね」


 紅奈の謝罪に、振り返ったスクアーロは、硬直した。

 憐れみを込めた眼差しが、紅奈から注がれる。

 しかし、口元は、紛れもなく、嘲笑。


「興奮させすぎて、ごめんって意味」

「言うな! わかってても言うな!!」

「はいはい」


 早く行けばいい、と紅奈はしっしっと手を振った。

 プルプルッと震えるスクアーロ。このまま、トイレには行けない。


「う”お”ぉいっ! 音楽でも聴いてろ!!」

「ボスに向かって要求多すぎ。何様だよ。まったく…」


 面倒くさそうにしながらも、紅奈はそばの鞄から音楽プレーヤーを取り出してはイヤホンを耳にはめた。

 ちゃんと要求を呑んでくれるじゃないか。


 なんなんだ、この翻弄しまくる女ボスはっ!
 精神年齢が、正真正銘子どもじゃない前世持ちなら、納得したがな!!









 その幼い暴君
 恐らく、根は優しい?

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