空色少女 再始動編
459 一芝居
バンの中。
向き合う座席に座っていた六人の少年少女。
工場から十分に離れてから、ダニーは耐え切れなくなって、叫んだ。
「生きてんのかよっ!!!」
「お、おう…すまねぇ……」
バルダは申し訳なさそうに、頬を掻く。
「ふざけんな! おいコラ! ふざけんな!!」
「ヒクッ! ヒクッ!」
「うおおんっ」
涙ぐむダニーとサーラとガブリに、オロオロするしかないバルダ。
「しょうがないじゃん。一芝居打たなきゃ、一難去ったランチャーファミリーも巻き込まれるんだ。敵を皆殺しにしに来たわけじゃないんだから、これが最善の選択」
そう告げて、紅奈はキュッとハンカチの端を噛んでは引っ張り、きつく結ぶ。左手の出血を止めるために。
「う”お”ぉおおいっ!! オレだって、ふざけんなって言わせやがれ!! ブチギレ寸前だったぞう”お”ぉいっ!! てめーがいきなり手を下したかとっ!! ふざけんなクソがッ!!!」
ダンダンダンッ!
運転するスクアーロも、ハンドルに剣を外した義手を叩きつけて憤怒する。
「お前は散々暴れたくせに、まだ体力が有り余ってんの? 声枯れないの? お前のブチギレの境ってどこなの?」
「う”お”ぉいっ! 次から次へと! 暴れたくなる元凶を作ってんのは、てめーだからな!? コー!!」
こんなにも早く、手を汚したのかと思った焦りなんて、紅奈にわからないだろう。
スクアーロは、もうハンドルに、ガツガツと頭を打ち付けたい気分である。
頭に血が上りすぎて、暴走したベル並みに、その場の人間を殺戮していたかもしれない。
「だいたい! なんで一芝居のために、てめーが血を流すんだよ!? ソイツを刺せばよかったじゃねぇか!! 胸でも腹でも、急所さえ外せばそれでよかったじゃねーかぁ!!」
「心臓一突きして殺したって思わせた方が早いじゃん。他のところ刺して、呻いてたら、殺してないかもって疑われかねないし……手っ取り早い」
「だが、ソイツは死んだふりをしたよなぁ!? 刺す時、死んだふりをしろとか、耳元で言ったんだろう!? 一ヶ所刺されて、耐えさせろや!!」
「即興で、それは無理じゃない? こっちが確実。あたしの演技。流石だよね」
「自画自賛してんじゃねぇよ!!」
紅奈は運転席の方が喚いているスクアーロに、キリッと決め顔を向ける。
「本当に…な、なんでお前……そこまでするんだよっ…?」
隣に座るバルダは、尋ねずにはいられなかった。
紅奈に。
「死んだふりをしろ」
そう耳打ちをされた時には、胸に当てられた紅奈の手に、ナイフがすでに突き刺さっていたのだ。
だからこそ、バルダは紅奈に従った。
死んだふりを、したのだ。
「よそのファミリーってソイツが言ったから、お前は、どっかのマフィアなんだろ? 匿っていいことなんて、ねーじゃねぇか! ソイツが部下で、お前は上司! ファミリーの中でも、立場は相当高いはず! だったら、クワトロを敵に回すべきじゃないってわかるよな!?」
スクアーロが、よそのファミリーだと言ったのは、死んだふりをしながらも聞いていた。紅奈が、スクアーロを部下だと言ったことも。
バルダを横目で見た紅奈は、また運転席に顔を向けた。
「……スーは、ミスしすぎじゃない? どっかのマフィアの人間だってバレてるし、ヘナチョコの二つ名出すし、ヒントを撒き散らせすぎ」
「お前はなんでちょくちょくオレの質問をスルーすんだ!?」
バルダのことは、華麗なスルーである。
「そのヘナチョコの二つ名を出したミスは認めるが! マフィアだってことはバレバレに決まってるだろうがぁ!! そっちは手遅れだ!!」
「驚愕で卒倒させる楽しみを奪わないでほしい」
「んな楽しみのために隠すなよ!!」
なんてボスだ!!!
スクアーロの言うように、とっくにカタギではないとわかっているし、ギャングでもないと理解されているはず。よってマフィアだということは、もう隠せない。
「あたしはね。出逢いってやつは、運命で決まっているって思ってるんだ」
膝の上で寝かせたベルの前髪を摘みつつ、紅奈は告げる。
「その後、どうなるかなんて、本人達次第。味方になるのか、敵になるのか。はたまた無関係になるか。有益な存在になるのか、害悪な存在になるのか。はたまた無益無害な存在になるか。努力で、なりたいものになれ」
バルダだけではない。向かいのダニー達にも、告げられた言葉だ。
「ランチャーファミリーに迷惑かけた償いでパシリに使われながら、当分預かってもらいなさい。あたしの正体を明かした時に、また選ばせてやる。あたしの何になるのか」
射抜くような瞳は、橙色の光が宿るブラウン。
気圧される。圧倒される。
この少女から感じる強さに。
「あたしについてきた奴らは、ちゃんと自分自身で選んだ。自分の意思で選んだ」
ベルの金色の前髪を掴み上げては、さらりと落とす。
「そういうわけで、私の味方になることを選べ」
「「それは強制じゃねーか!!」」
バルダとダニーが声を合わせて、ツッコミを入れた。
「なりたいものになれって言った口でっ……! 選ばせる気ないだろ!?」
「バルダの双剣は、多分拾って持ってきてくれるさ」
「お前には時々オレの声が聞こえてないのか!? スルーすんな!!」
「うっさいなぁ。お前お前言うなよ。命の恩人に対してさぁー」
「ハッ! す、すまないっ!」
バルダは、紅奈に命を救われたのだ。
スクアーロの剣の軌道を逸らしてもらえなければ、喉を貫かれていた。
それに、左手に怪我を負ってまで、芝居をして助けられている。
お前呼びは無礼だと、反省した。
「とりあえず、あたしのことは、コーって呼んで」
「コー……さん?」
「なんでもいいよ。敬称なんて、なくてもあっても、気にしない」
ヒラヒラ、と手を振りながら紅奈は、呼び方に躊躇するダニーに言っておく。
「えっと…じゃあ、コーさん。ありがとうございます! それから、すみません! バルダを殺したと思って……さっきは従うって言ったのに、すぐに逃げるなんて言ってしまって…」
バッとダニーが頭を下げれば、サーラもガブリも遅れて頭を下げた。
「いいよ。お前達の反応で、信憑性は増したんだ。全員騙されてくれた。……まぁ、ランチャーのボスさんは、もう気付いたけど」
ハンカチを差し出したのは、この止血のためだろう。紅奈は左手を翳しては、見上げた。
あと、ランチアも、気付いたって顔をしていたな。
「……そのランチャーファミリーは、オレを預けることに、承諾はしてないよな…?」
バルダは、恐る恐ると問う。
「え? 拒否権はないけど?」
ケロッと、紅奈は言い退ける。
ランチャーファミリーに、拒否を許さない。
「いやっ、フツーは爆弾も同然なオレを預かるわけないよな!? 全力拒否するよな!? ランチャーだってシマも命も、守るためにも、オレを追い出すに決まってる!!」
拒否させてやれよ!
もう、そう叫びたいバルダ。
「貸しがあるなら、返すべき。今まで通り、身を潜めてれば、ランチャーに火の粉は降りかからない。ランチャーもお前自身も、死ぬ気で隠し通せ」
紅奈はビシッと人差し指を、バルダの鼻先に突き付けた。
「他のファミリーに匿ってもらえるなんて、クワトロだって思いやしない。追手の気配もないのなら、今までより、安心は出来るんじゃない? まぁ、用心に用心を重ねておけ。拘束力の高いファミリーから、逃げ出したんだ。隠れて生き抜くことは、覚悟済みなんだから」
「……あ、ああ………」
隠れて生きていく。それはもう、バルダが覚悟した生き方なのだ。
他人に強く言い放たれて、改めて思い知る。
これからの自分の人生だ。
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