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空色少女 再始動編
456 拾う



 少年の肩を掴み、左に寄せる。紅奈自身も頭を左に動かす。

 そうすれば、流れ弾が飛んできて、紅奈を横切り、少年の頬を掠めた。


あたし、今機嫌がいいの

「えっ……?」


 今。

 少年は。

 紅奈に救われた。


 そして、紅奈の機嫌のよさを教えられても、ただただ混乱するだけ。


出逢いってやつは、必然。こうしてあたしが機嫌がいい時に会ったのは、ラッキーな運命かもね


 なんて言って、紅奈は笑いかけた。


「選択肢は、二つ。大人しくして捕まって警察に突き出されるか。または、あたしについてくるか」

「は……?」


 一体、何を言われているのか。

 きっと混乱していなくても、少年にはわからなかっただろう。


「まぁ、考えておいてよ。そこの物陰にでも身を隠しておきなさい。ここはしっかり包囲されてるから、逃げ道はない。やり過ごす方が安全。どちらにせよ、その足で動き回るのは、よくない」

「っ…!」


 立ち上がりながら、紅奈が後ろの積み上げられた箱を指差す。


 そんな紅奈を鉄パイプを振り下ろそうとした太めの体型の少年が迫ったが、スパッと鉄パイプは両断された。

 スクアーロの左の剣だ。


「やめてくれっ!」


 紅奈の目の前の少年が、声を上げた。


「あん? ひよっこのクソガキを斬る趣味なんて、ねーよ」

「うっ!」


 太めの少年の頭を右手で掴み、地面に叩き付けるように、スクアーロは押し飛ばす。簡単に太めの少年は、地面に倒れた。


「ロープは、ソイツのためだったのかぁ……」

「ん。流れ弾が掠っただけで暴れる奴だもん。敵味方を無差別に、殺戮させてどーすんの」

「流れ弾を避け切れなかったのかぁ……だらしねーなぁ」


 まだ紅奈に背中を踏まれているベルを、気遣うことはしないでおくスクアーロ。紅奈に手間かけさせた罰である。


「ギャングの中に、動きもしねーガキどもがいるがぁ……ソイツらと、何話してんだ?」

「ハナから戦闘の意思なしのギャングの子達。せっかく、きちょーなイタリア行き権を一回使用したんだ。…収穫出来るもんは、収穫しようじゃん」


 なんとか這っては、少年の元に辿り着いた太めの少年。彼の手を握りながら、少年は自分達を見下ろす紅奈を見上げた。


「収穫だぁあ?」

「それにあたし、機嫌がいいし」

「いや意味わからねーぞ」


   ドォン!


 そこで爆発が起きたため、スクアーロはサッと紅奈の盾になる。


「は? 車に引火爆発か? 爆弾でも、持ってきたの?」


 紅奈は不機嫌に眉間にシワを寄せると、少年達に尋ねた。


「えっ…いや、持ってきてないはず……」

「車か。ランチャーファミリーが、巻き込まれてないといいけど……確認するわ。コイツ見てて、スー」


 ひょいっとベルの上から降りては、紅奈は爆発の元へ駆けていく。


「はぁ!? ふざけんな! う”お”ぉい!! クソがぁ!!」


 また爆発するかもしれないというのに!

 スクアーロはベルを担ぎ上げては、紅奈を追いかけた。


 残された少年達は、ポカンと見送る。


 幸い、爆発で死者はいない。

 ランチャーファミリーの一員が、飛んできた車の破片を太ももに突き刺されて倒れていたため、応急処置で止血をしてやった。駆け付けた他の仲間に、運ばせる。


「……派手な終幕音だな」


 耳をすませば、銃声はもうない。爆発が、戦いの終わりを告げたかのようだ。

 メラメラと燃え上がる車を見ては、背伸びをした。


「コー! 怪我はないか!?」

あ”ん!? コーの戦いを見ておきながら、怪我なんてすると思ってんじゃねぇえぞう”お”ぉい!!


 ランチアが鋼球を背負って、紅奈の無事を確認しに来るも、ベルを脇に抱えたまま、スクアーロは怒鳴る。

 そんな二人を交互に見た紅奈は、横っ腹を押さえた。


「……っ! ここに弾丸が掠ったの!」
「「何!!?」」


 バッと、ランチアとスクアーロは、紅奈を振り返る。


「いや、嘘。」

「嘘だと!?」
「なんだと!? う”お”ぉい!!」

「過保護だね、お兄ちゃん達」

「そんな嘘をつくな! コー!」
「おちょくるなよ!!」

「面白いから、つい」

「つい!?」
「ついだとぉ!?」


 そんな嘘をついてはいけない、ふざけるのも大概にしろ。
 そんなことを喚く過保護者を置いて、紅奈は引き返す。


 少年達の元に戻れば、いない。


 ひょこっと、指を差しておいた物陰を覗けば、そこに三人はいた。

 自分達の応急処置は、済ませたようだ。


「名前は? なんでギャングにいるの? ギャングって言えば、確かぁ……ちょっとおいたがすぎる不良の集団だっけ。まー、人身売買の犯罪だって手出ししたんだから、おいたがすぎるじゃあすまないっか。戦闘要員として来たはずなのに、まともに戦闘してない。何しに来たの? しょうがなく?」


 しゃがんで頬杖をついて、紅奈は質問をする。


「元はと言えば、そっちのギャングの犯罪のせい。隣のマフィアまで巻き込んで、マフィア同士の抗争に発展。被害は、拡大。こんなことになるとは思わなかった? 手に負えなくなった? 今更しり込み? 戦場で?」


 質問責め。

 そんな紅奈が、抜き取ったであろうベルのナイフを、床から拾った。


「ちなみに、あたしはその人身売買の被害に遭いかけたんだよ?」

「っ!」


 ぺしぺしと、ナイフが止血した足に当てられて、少年は顔を歪ませる。


「早く質問に答えてくれないと……選択肢の二つ目、逃しちゃうよー?」

「!?」


 「選択肢は、二つ。大人しくして捕まって警察に突き出されるか。または、あたしについてくるか」


「あたしは、気が長い方じゃないんだ。機嫌がいいうちに、答えた方がいい。黙秘するなら、あたしは一つ目の選択肢を選んだってことで、放っておくよ」


 一つ目、警察に突き出されるか。
 二つ目、紅奈についていくか。

 警察に捕まって収監される方がいいのか。または、得体の知れない紅奈についていくことがいいのか。

 紅奈についていって、悪いようにされない。なんて、確信出来る情報はないのだ。
 選択なんて、出来ない。


「……オレは、ダニー。妹のサーラ。コイツは、ダチのガブリ。ギャングには……入るしかなかった」

「へぇ、兄妹。あたしにも、弟がいるんだ。守りたくなるよねぇ」


 金髪の少年が、ダニー。
 ボブの金髪の少女が、ダニーの妹のサーラ。
 黒髪の太めの少年が、ガブリ。


「戦闘要員では、あるが……サーラは違うし…こんなこと、望んでなんかいないっ……!」


 望んでギャングにいたわけでもないし、ここにも来たくて来たくなかった。


「入るしかなかった、ね…。身寄りがないってことか。ふぅん……」


 身寄りがないから、ギャングに入って、生き延びるしかなかった。


「っ! 警察に突き出せよ!」

「それもいいかもねー。その方が、やり直して、真っ当な人生を歩めるかも。……でも、あたしについてくるのも、選択肢にもある。あたしの元には、わっるいマフィアから逃れた子達もいるんだ。悪逆非道のマフィアから、な」


 骸達の話だ。悪いマフィアのモルモットにされて、マフィアを恨み復讐を目論んだが、紅奈が阻止して救った。


「相手のマフィアが、そうじゃなくてよかったね。報いで拷問されてもおかしくなかったけど……ランチャーファミリーは、そんなことをするつもりはないんだ。じゃあ、選んでおいてね」

「え!? な、なんだよそれ! それだけで選択を迫るとか! 意味わかんねーよ!」


 紅奈が立ち上がって離れようとしたため、ダニーは引き留める。


「ん? 逃れたマフィアの子達も、大してあたしのことを知らなかったけど……とりあえず、選んだよ。迎えに行ったあたしの手を取った」


 ナイフを持っていない手を差し出して見せた。


コイツだって、直感で決めて、あたしについてきた


 ナイフで示すのは、不可解そうに顔を歪めて見下ろす、野球帽のスクアーロだ。


「いや? 本能か?」

「……どっちも大して変わらねーだろぉ」


 ニヤリと笑って見せる紅奈に、スクアーロはそう返す。


「そういうことで、自分の直感で決めろ。まぁー……気になってるなら、答えは決まっているようなものだろうけれどねぇ?」


 その不敵な笑みを、紅奈はダニー達に向けては、スクアーロと同じくついてきたランチアの間を通った。


「あんなチンピラのガキども……必要かぁ? ひょいひょいと拾うなよ、う”おぉい」

「そんな片っ端から味方につけてるわけじゃないのに」

「片っ端とは言ってねぇぞ!? やめろよ!」

「いいじゃん。片っ端から、敵を不用意に作るより」

「片っ端から、作るなよ!? ……叩き斬ってやるが」

「暴れた直後で、まだ血を求めるのかよ、獰猛鮫」


 追いかけるスクアーロに、紅奈は呆れた様子は見せない。
 どうせ、血の気の多い奴なのだ。


「拾ったあとは? オレに預けるわけねぇよなぁ? ぜってぇーお前の家なんて連れてかねぇぞ」

「当たり前じゃん」

「…アイツらのためなんかに、活動資金を?」

「んー。答え次第。
 ねぇ? ランチアお兄ちゃん

「え?」


 ついてきたランチアの手を、紅奈は握った。


「……え?」


 にっこり、と笑う紅奈。

 ランチアは、目をパチクリさせる。頭の上には、はてなマークが並んだ。


「……マジかぁ…」


 スクアーロは、心の中だけで同情をしておいた。







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