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空色少女 再始動編
454 朗報



 昼間のうちに、工場へと向かう。

 内側の下見を済ませては、夜まで持ち場についた。


 薄暗くなった頃。


 中にいるいう証明に、明かりはつけた。

 耳をすませば、聞こえる。多くの車のエンジン音。響く急ブレーキの音。

 敵の堂々の乗り込みだ。想定内。

 まんまと罠にかかった敵マフィアとギャングをもてなす時間。


   バンッ!


 紅奈は、照明弾を撃ち上げて、合図した。

 すぐさま鳴り響く銃声に、乗り込んだ敵一同は慌てて身を隠すが、狙いは違う。

 逃げる手段を失くすために、狙撃組が車のタイヤを撃ち抜いたのだ。


 もう。戦いの火蓋は、切られた。


 挨拶は、なしだ。

 設置したライトでも、照らされた敵の元に突っ込む。


 膝蹴りで、相手の意識を奪う紅奈。

 素早く駆け抜けては、銃を両断し、脚を切り付けて倒すスクアーロ。

 投げ付けるナイフで、武器ごと手を突き刺すベル。

 そして、鋼球を振り回しては数人を吹き飛ばすランチア。


 この四人が主戦力として、敵を次々と戦闘不能にしていく。


「あ”あん!? おい! コー!! 電話だぞ!?」

「電話ぁ? …ああ、ちょーだい」

「間のわりぃ野郎だなぁ! おらよ!」


 スクアーロがこんな最中に電話だと言うものだから、紅奈は誰からだよ、と一瞬思ったが、無視できない急用の電話の相手ならば一人しかいない。

 紅奈は投げ渡された携帯電話を受け取り、ダンッと一台の車のボンネットに降り立つ。


〔おや? 取り込み中ですか? 賑やかですね〕


 耳に当てれば、やはり骸の声。
 彼にも飛び交う銃声が聞こえる。


「(誰?)」


 紅奈は、日本語で尋ねた。これは、合言葉を求めた問いだ。念のためのやり取り。


〔僕は希望です〕


 正しい合言葉の返事。


「(初めての電話だから、警戒しちゃうなぁ……ちょっと質問に答えてよ。再会した時、貴方はあたしに何をした?)」

「そこの子どもを人質に取れ!」


 後ろから伸びた手を掴み、紅奈は捻り上げた。そして、蹴りを入れて肩を外す。相手は痛みで地面にのたうち回った。


〔取り込み中に、悠長ですね…。抱き締めました〕

「(そのあとは?)」

〔……。さては、楽しんでいますね?〕


 電話の向こうの骸は、紅奈がからかいの笑みを浮かべていると、安易に想像が出来る。


「(感極まって、あたしに何したっけ?)」

〔っ…! 唇を奪いました! 満足ですか!?〕


 動揺しているだろう骸を想像して、紅奈はニヤニヤした。

 そんな紅奈の背中を狙った敵三人を、鋼球がまとめて吹き飛ばす。


〔手短に報告します。コードネームを与えられました〕

「(おっ! 朗報じゃん。一ヶ月で手に入れるとか、優秀だね。骸。さっすが)」


 コードネームを与えられた。

 正式にCEDEFの一員と認められたということ。またもや、前進である。


 弾丸が向かってきたため、紅奈は避けるためにも後ろに飛んでは宙返りして着地。そこには鋼球があった。落ちないように溝部分にブーツの踵を引っかけるようにして、器用に立つ。


〔それだけではありませんよ? 例の案件にも、携われるようです〕

「(何それ。貴方が優秀すぎて、怖いなぁ……)」

〔クフフ。差し出すと、約束しましたからね。僕の能力を買い、そして現場経験のためにも、参加させるとのことです〕


 例の案件まで、手が届く。
 とびっきりの朗報だ。


〔どうやら、まだまだ長期戦となるようです。次こそは逃さまいと確実に包囲をするとのことですから、準備期間も長いでしょう。情報を多く掻き集めて、次の連絡の際には、お渡しします〕

「(へぇ? そりゃまた、大物な案件みたいだね。楽しみにしてるよ)」

「お、おいっ。コーっ。退いてくれっ」


 紅奈が武器の上に乗っていると、振り回せないとランチアは降りることを急かす。


「(あ。ちょっと待って、骸)」


 紅奈は、鋼球を蹴るようにして飛ぶと、携帯電話を持っていない方の手で、腰に巻き付けたロープをしゅるるっと外した。


 携帯電話を落としてしまわないように、一度口に咥えては、ベルの背中を踏み潰す。


「うっ! あ”あーん!?」

「まったく」


 倒れないように、踏み留まるベルの身体に素早く巻き付けたロープを、引っ張って締め付ける。


 背中に乗った紅奈を落とそうと仰け反るが、紅奈は肩に踵落としをして、前に倒れるように仕向けた。


 それでも暴れるため、紅奈は携帯電話を片手に持ったまま、首に腕を回しては、締め上げる。


「ごめんねー。コイツ、たまに意識ぶっ飛んで、暴走しちゃう奴でさー」

「うっ、うぐっ…!」


 呻くベルが気を失うまで締め上げながら、紅奈が笑いかけるのは、若者だ。

 紅奈より少し歳上そうな少女と少年。見たところ、ギャングのメンバーだろう。

 少女の腕には、ベルのナイフが突き刺さり、座り込んでいた。その少女を庇うように、少年が片膝をついている。もう片方に、ナイフが突き刺さっているせいだろう。

 ベルがガクリと意識を完全に手放したあと、紅奈はパッと放す。そのまま、ベルは地面に顔を落とす。

 血を流して暴走したベルを捕らえるためのロープだったのだ。


「っ!!」


 いきなりの紅奈の行動に呆けてしまったが、少年は持っていた銃を紅奈に突き付けた。

 ベルの上にしゃがんだ紅奈の額に、銃口が定まる。

 しかし、自分より幼いであろう紅奈の頭を、撃つことに、躊躇う。

 自分には、幼い少女の頭を撃ち抜けない。震えた手で、紅奈の動きを止めるだけの怪我を負わせようと肩に銃口を向けた。


 そんな銃を紅奈に掴まれたかと思えば、呆気なく、銃倉が外されてしまう。


「なっ…!」

「一発も撃ってないじゃん」


 その銃倉の弾丸は満杯。一発足りとも撃っていない。触れた銃は、全く熱を帯びていないため、使われていない銃だとわかった。

 戦場にいるというのに、攻撃をしていない。


「(ごめんごめん。報告は以上?)」

〔はい。次回は、夏前には報告をします。秋には片付けることが目安のようですからね〕

「(わかった。コードネーム、手に入れてご苦労様。引き続き、よろしく頼む)」


 紅奈は携帯電話を耳に当てて、そう告げる。
 目の前の少年と少女を、目を細めて、眺めながら。


「(あっ。待って。もらったコードネーム、教えてよ)」

〔ナツメグですよ。香辛料からコードネームをつけるそうです〕

「(ナツメグかぁ。じゃあ、またね、ナツメグ)」

〔また〕


 電話は、切れた。






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