空色少女 再始動編
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紅奈の健やかな寝顔を見ていたら、ランチアもコクリコクリと頭を揺らしては、眠り落ちてしまった。
「……あのお嬢ちゃん。寝ちゃいましたよ」
「…ランチアまで……」
ファミリーの一人とランチャー6代目が、四人を見る。
紅奈とベルはすっかり眠ってしまったし、ランチアはつられたように寝落ちてしまった。
スクアーロだけは、目を閉じているだけだ。左の剣を背凭れの後ろでぶら下げているが、いつでも振るうことが出来るだろう。
ここは、マフィアの屋敷。
紅奈達もまた、マフィアだろうが、同盟ファミリーですらないのに、眠ってしまっていることが信じられない。
敵と認識をされず、信用されていると思うべきか。こちらの方が、舐められていると思うべきか。
「……集中しよう。この件を、片付ける」
ガチャン、と弾丸を込めた弾倉を、銃の本体に入れたランチャー6代目は告げた。
「発端は、オレのファミリーの罪だ。それがシマを巻き込んで、こんな大事になった。コーお嬢さん達の手を借りて、終止符を打つぞ」
「「「……はい。ボス」」」
ランチャー6代目の決断。意志は、もう固まっている。
「……つまり。あの三人を信用していい……ってことっスよね?」
若者が問う。
手元を見つめたランチャー6代目は、一度目を閉じてから、答えた。
「すまん。正直、信用出来るとは言い切れん」
ぶっちゃけた本心。
信用するには謎すぎて、そして異質すぎる少女達なのだ。
ランチャー6代目の気持ちはよくわかるため、一同はなんとも言えない顔になってしまった。
「だが、しかし………あのお嬢さんは、無駄な嘘なんてつかないだろう」
「無駄な嘘?」
「……最初にランチアに連れられて来た時は、イタリア語がわからないふりをしてたじゃないか」
「あっ…」
大晦日に紅奈とトンボラをしたファミリーの一員は、そうだった…と思い出す。
紅奈は演技でこの屋敷にすんなり入ってきた上に、平然とゲームをしたのだ。
「あの時は、オレ達の見定めが目的だったらしい。とりあえず、手助けするに値するファミリーだと判断されたんだろう。だから、やってきた」
「……なんで、見定められるのですか…?」
「わかれば、困惑はしないんだ…」
「…ですね……」
遠い目をしてしまうランチャー6代目だ。
見定められた理由がわかれば、困っていない。
紅奈の正体は、なんであれ……格上に違いないのだ。自分達を見定めるほどの強者のはず。
本当に目をつけられたのが、運の尽き。諦めよう。
今回は、少なくとも、味方として動いてくれるというのだから――――。
ランチアがフッと目を覚ますと、目に入るのは、見上げてくる黒髪の紅奈。
ギョッとしてしまったが、そう言えば、紅奈に膝枕をしていたのだと思い出す。見張りを頼まれたというのに、紅奈の寝顔を見ながら寝てしまったことに恥ずかしさを覚えた。
「ねぇ、ランチアお兄ちゃん。なんで、このファミリーにいるの?」
「え? ええっと……オレは、元々孤児でな…。拾ってくれたのが、ランチャー6代目ボスなんだ。それから、家族同然に育ててもらった。ボスは、オレの父親とも言える人なんだ」
紅奈の問いに、ランチアはすんなりと答える。
(……紅奈の奴…口説き始めたのかぁ?)
寝たふりをしているスクアーロは、聞き耳を立てた。
「父親、ねぇ…?」
「ん? どうしたんだ? コー」
「……いや、別に」
何か、紅奈の声が、妙に感じた気がして、スクアーロは目を開きそうになる。
クッションに顔を埋めていたベルは、前髪越しに紅奈の横目で見た。
「………」
「コー? 全然、別にって顔じゃあないんだが…?」
「……んー。ランチアお兄ちゃんの、父親はいい……。あたしの知る父親どもは、どうにもダメ野郎ばかりで」
「ダメ野郎!?」
ビクッと、震えてしまうランチアだ。
(家光や9代目のことかぁ…? 猫被りはどうした、コウ…)
(……前世も、含めてるのかな。確か、前世の父親もよくなかったって……。てか…もう毒吐いていいの?)
スクアーロも、ベルも、ランチアを口説くのではないのか、とちょっと疑問に思う。
「な、なんだ? 親と、仲が悪いのか…?」
「うん……激おこぷんぷん丸中」
「激おこ……?? んん!?」
((あ。まだかわい子ぶってる))
紅奈の小悪魔に敵わないであろうランチアに、絶賛可愛い子を被っている紅奈である。
「怒ってる、ってことなんだな?」
「怒ってんじゃないの……」
「違うのか?」
「激怒してるの」
「激怒かっ…!」
ただ怒っているのではない。激怒なのである。
「な、仲直り……出来るといい……って、なんだ、その顔は…?」
絶対に、紅奈はお怒り顔になっているに違いない。スクアーロは、そう予想する。
ベルが横目で見たのは、むっすーっと口を尖らせた紅奈だ。まだマシなお怒り顔である。
「やだ。許さん。仲直りなんてしない。」
「し、しないのか……」
ランチアは、頬を掻く。
もう別室で休んでいる父親代わりのランチャー6代目との思い出を振り返るが、そんな経験がない。
「オレはそんな大喧嘩をしたことがないんだが………理由があるんだよな? コー。とても大きな理由が」
「もちろん。おかげで……苦しんだ」
「……コー…」
スクアーロは、目を開いてしまう。横目で見れば、紅奈は自分の目元を片手で覆ていた。
「相談に乗れたらいいんだが……すまん、コー」
「別に相談してるわけじゃないよ。愚痴っただけ。ランチアお兄ちゃんの大事な家族を守る手助けをするよ」
ただ。父親の話をしたから、紅奈もしたまでのこと。
「……そうか」
深い意味などない、愚痴。
「…コーは、どうして……守る手助けをしに来てくれたんだ? 帰国するとか言っていたが……わざわざ外国から来た、ってことか?」
「だから、危機を聞きつけたって言ったじゃん。それに、ランチアお兄ちゃんのファミリーを害さないって言ったでしょ。敵になるつもりもないし、悪くないファミリーの危機を救って、貸しを作っておきたかっただけのこと」
紅奈が、遥々外国から助けに来た理由。
「……やっぱり……オレが、最強の用心棒だとか有名になったせいか?」
「ん? まーそうだねぇ………でも、出逢いは必然的なもの。出逢うべきして出逢った運命。いい関係を保っておこうよ、ランチアお兄ちゃん」
ぱちくりと目を瞬かせるランチア。
出逢った、運命。
この少女は、本当に異質だ。
なんと思えばいいのやら。
「そ、そうか……。…もう一つ、訊いてもいいだろうか? コー」
「なあに? ランチアお兄ちゃん」
「その、兄呼びは……何故だ?」
「え?」
次は紅奈が、ぱちくりとする。
「ランチアお兄ちゃんが、妹が出来たらこんな感じか、とか言ったからだけど?」
「そ、それで、兄呼びなのか!?」
そんな理由でお兄ちゃん呼びされたことに、驚いてしまうランチアだった。
(絶対に、それでつけ込めるとか思ったんだろうなぁ……妹ポジションに入られて、陥落かぁ)
憐れ、ランチア。お前はもう、紅奈から逃げられない…。
スクアーロは、同情だけはしておいた。
「こんな顔のオレなんて、兄なんて呼ばなくていいぞ。怖いもの知らずとはわかるが……無理して呼ばなくても」
「別に無理なんてしてないし……」
お兄ちゃん呼びなんて、苦ではない。
紅奈はあることを思い出す。
「あれ? そういえば、お兄ちゃん呼びするのは……極悪面ばっかりだな」
「極悪面!?」
「誰が極悪面だう”お”ぉおおいっ!?」
ショックを受けるランチアと、反応してしまったスクアーロ。
紅奈にお兄ちゃん呼びされた経験がある二人。
そこまで言われるとは、心外である!!!
「わかったわかった、ガラの悪い強面ってことで」
「大して変わらないよなぁああ!?」
「もう一人も、ガラの悪い強面だから、ランチアお兄ちゃんは顔面を気にしなくていいよ」
スクアーロを、へらりと紅奈は笑い退けた。
顔面を気にするな、とは慰めの言葉なのだろうか。
ランチアは、傷付いていた。
子どもに好かれない強面だと自覚はしているが、わざわざ言われてしまうのは、ダメージを受けてしまうのだ。
「それとも、あたしにお兄ちゃんって呼ばれるの……嫌?」
「うっ…! い、嫌ではないぞ……?」
「じゃあ、いいじゃん」
「お、おう…」
紅奈の甘えた声と悲しげな眼差しに、ランチアは動揺。
そうやって、弱みに付け込まれているのだ。憐れ、ランチア。
スクアーロは、またもや同情だけはしてやった。
「あのね、ランチアお兄ちゃん」
「なんだ?」
「お腹空いた」
「あっ! 朝食か!! わ、わかった!!」
すぐさま、ランチアは紅奈達の朝食を、慌てて用意。
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