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空色少女 再始動編
446 意味の込めた口付け





 たらふく食ったところで、片付けを手伝おうとしたが、今日の主役だと言うことで、却下された。

 紅奈の母親と綱吉が、担当。

 紅奈が、オレの相手をする。


「部屋、行こー」


 紅奈はオレの背中を押して、二階の部屋へ誘導した。

 紅奈と綱吉の部屋。

 入ってみれば、中心に置かれたコタツテーブルの上に、黒い箱が置かれていた。

 紅奈がそれを持っては、ベッドに腰かける。


 ……まさか、本当のプレゼント…か?


「そこ座って」

「…おう」


 言われた通り、指差された目の前の床に座る。


「Buon Compleanno」


 誕生日おめでとう、と告げられた。


 パカッと、開かれた箱にあったのは――――義手だ。


 ポカン、と愕然としてしまう。ぱちぱちと何度目を瞬いても、その箱にあるのは、義手だ。


「え? おまっ……えっ?」

「動転しすぎ。何? 気に入らない? ルッスーから義手自体に、こだわりないって聞いたけど……」

「はっ!? い、いやっ……これ、オレへのプレゼントなのか!?」

「他に、誰がいるの?」


 紅奈は呆れ顔をしつつも、中の義手を手に取る。


「いや、でもっ、えっ? なんでだ!?」

「だから、動転しすぎ。ほら、左手、貸して。外して。ルッスーにこっそりサイズ調べてもらったけれど……確認しないと」

「お、おおうっ」


 オロオロとしてしまうオレは、左の義手を外した。言われるがままに差し出した左手に、紅奈は首を傾げつつも、つけてくれる。


「お前……これ………高かったんじゃ…? この前の冬休みに、稼いだ金で買ったのか? 活動資金だって言ったのに…」

「ん? ああ、これはマーモンの罰金で買えたんだよ。黒い手袋をはめたデザインの装飾用の義手だと、わりと安くって」


 そう言えば、紅奈のトラウマをバラしたマーモンから、罰金をぶんどったんだったっけ。忘れてたぜぇ…。

 手首の部分は、青色のラインが入っている。


「どう?」

「……問題ねぇな」

「そこにさっきの鮫ブローチ、つけておく?」

「…ちゃかすなよ……」


 頬杖をついて、紅奈はからかってきた。

 ツッコミを入れては、オレはもう一度、もらった義手を見る。


 オレもオレで、なんて言えばいいのやら……。


「あー……えっとぉー………」

「口ごもるなよ。気色悪い」

「う”お”ぉおおいっ! なんでそうオレがちょっと口ごもるだけで、そう言うんだ!?」

「え? お前がいちいち騒がしい奴だって、自覚がないの?」

「いちいち!?」


 お前の認識は、そうだったのか!?

 そんな心底呆れた目で見んじゃねーよ!!


「ああもう! 感謝するぞ!! う”お”ぉおいっ!! オレの……オレの、誕生日プレゼント………初めての、プレゼントだぁ……ありがたく、もらうぞぉ。ボス


 なんとか言葉を絞り出して、伝える。


 本当に、オレは。オレは。

 嬉しすぎる……。


「第一部下だもんね。お前だけ、特別だよ? 初めてのプレゼントだからね、高価なやつにしたんだ。……まぁ、他に思いつかなかっただけだけど」

「………」


 夏の日。オレの誕生日を聞き出したあとに、これを誕生日プレゼントに選んだのだろう。


 口元が緩むから、しっかりと引き締める。

 右手で、しっかりと押さえた。


 第一部下だから。

 特別。


「何? 照れた?」

「っ…!」


 紅奈が隠した照れに気付かないわけもなく、言い当てては笑っておく。


「ああそうだ! 照れるに決まってんだろうがぁ!! ……嬉しすぎてっ」


 右手で、ガシガシと自分の前髪を荒らす。


「なんでお前はそうなんだ!? なんでもない日に、礼を言ったり、嬉しい言葉とか言ったりっ、本当にもったいねーだろうがぁ!!」

「もったいないの? 今日はスクの誕生日だから、なんでもないわけじゃないし。てか、トマトみたいに真っ赤だよ? 顔」


 からかい続ける紅奈の指摘で、顔が熱すぎていることを自覚する。


 からかうな! オレは! 本当にっ!!

 本当に、三年前からっ! なんで紅奈はっ!!

 伝わっているだろうに! 冷たくあしらったかと思えば、ちゃんと願掛けに髪伸ばすし! 熱意が伝わっていないみたいな演技したり! からかってきたり!

 ほんっっっと! 翻弄しまくってきやがるボスだな!!?


 ハッ! と気付く。


 からかいの笑みを浮かべている紅奈だが。


 瞳は、なんとも、優しげに細められている。


「え? なんで、さらに真っ赤になった?」

「っ!」

「大丈夫? 爆発するの?」


 オレの誕生日を祝っている。本当に。心の底から。

 ちゃんと、第一部下として、特別に、祝ってくれている……。


 オレへの感謝。


 初めてのプレゼントが、その感謝の証である義手。


するかもな!?

「するんかい」


 真っ赤になりすぎて、もう爆発しそうだ!!!


 少しだけ。


 ほんの少しだけ、考えたオレは、深く息を吐く。


 それから、真っ直ぐに紅奈を見上げた。


「ん?」


 紅奈は、きょとんとする。

 そんな紅奈の左足を、義手で持ち上げた。それから、サッと右手でもこもこした靴下を引っこ抜く。


「え、何、いきなり。寒いんだけど」


 暖房をつけていない部屋だが、我慢しろぉ…。

 晒した足は、陽に焼けていない色白で、小さい。



   ちゅ。



 そんな足の甲に、唇を押し付けた。


 足の甲への口付けは、強い服従の表れ。

 全てに身を任せるように、信頼をする紅奈に向けて。



   ちゅ。



 次はつま先へ、唇を押し付ける。


 足に指先への口付けは、崇拝心の表れ。

 到底敵わない紅奈に、敬う気持ちを向けて。



   ちゅ。



 最後に足の裏へ、唇を押し付ける。


 足の裏への口付けは、強い忠誠と依存の表れ。

 紅奈に全て従うという意志、紅奈のいないこの世に生きている意味はないという依存の気持ちを向けて。


「Ti saro` fedele per tutta ia vita.」


 お前に一生忠誠を誓う、と言葉を添えて、真っ直ぐに見上げて紅奈に伝える。


 オレは何度だって、忠誠の言葉を告げるぜ、紅奈。

 オレは、一生ついていく。一生だ。

 出逢った瞬間から――――お前が、オレの世界の全てだから――。



「………スク。寒いから、もう靴下履いていい?」

「っ! お前は、本当にっ……!
 そうだと思ったがな!


 またはぐらかすように、台無しにされるとは思っていたさ!!

 ちゃんと左の義手で押さえながら、右手で穿かせた。


「足へのキスって……意味は、忠誠だっけ? お前はしつこいほど、忠誠忠誠って言うね」

「……何度だって言うからなぁ、覚悟しろぉ」

「どんな宣言だ。………フッ。お前は、髪の願掛けに引き続き、足にキスとか……女々しいっ

笑うんじゃねぇよっ!! う”お”ぉおおいっ!


 口を押えて、紅奈は肩を震わせて笑う。

 今朝みたいに、笑い転げそうだ。


 人の真剣な誓いを、笑いやがってっ!

 どうせ、照れていると思っておくぞ!

 ……それはそれで、こっちが照れるがっ!!


 ああクソ! どう転んでも、敵わないなオイッ!!


 もう惚れた弱みが、やべーなぁ……ちくしょう…。
 本当に可愛すぎるコイツに、惚れていると、昨日は他人になんかに言う羽目になった。


「え? 何? 拗ねたの?」


 顔を押さえて俯いていれば、紅奈がポンポンッと頭を撫でてくる。

 恋愛対象だと仄めかした発言が過ってしまって、また耳まで熱くなったことを自覚した。


「………お前。なんか、鮫について、詳しいよな……? 鮫が、光にも吸い寄せられるとか…」

「ん? ああ、映画で言ってた」

「映画の知識かよぉ……」

「あれ? 間違い?」

「いや、正解だぞぉ…」


 紅奈が、コレも知っているかは、わからねぇが………。


 ……オレは。


「あっ、今度は何?」


 紅奈の右手を取る。空色のシュシュごと袖を捲り、晒した細い手首に噛み付いた。


「わっ、何っ?」


 ただ、軽く噛んだだけだ。歯の痕だって、残していない。


 そんな手首に、ちゅっと吸うように口付けをした。



「紅奈。お前が正式に10代目ボスになったら、告げたいことがある」



 今は、紅奈が10代目ボスにすることに、集中する。


 誓った忠誠を貫く。


 それまで、この想いは、胸のうちに留める。


「それを、絶対に覚えておけ」


 ただ、ただ、伝えたいだけだ。


 紅奈への想いを。ただの一方通行でも。伝える。


 そのあとだって。オレは変わらず、紅奈につき従う。


「……そう。わかった」


 紅奈が、意外にも、あっさりとした反応をするから、拍子抜けした。


 ……からかい、は、なし、か…?


 不思議そうに紅奈は、自分の右手首を見てから、サッとシュシュと袖を直す。


 ……からかいがないことが、逆に心配だ……。まぁ、いいか。紅奈が10代目になった時に、想いを伝える。それだけだ。


「もうこんな高価なプレゼントは、用意すんなよ、コウ。……これだけで、十分だからなぁ。祝いの言葉だけでいい」


 左手の義手。初めての誕生日プレゼント。
 再びの誓いをした、この日の証。これで、十分なんだ。


「わかったぁ。ぶっちゃけ、どいつもこいつも、毎年プレゼントを用意して贈るのは、怠い」

「お前って奴は……まぁいいが。どうせガキじゃねーんだから、プレゼントなんて必要ねぇぜぇ」


 怠いとか言うな、と言いたいところだが、まぁしょうがねぇな。イベントを面倒くさがる紅奈だ。いちいち自分の直属の部下の誕生日を祝っては贈り物を用意してられない。今後だって、部下は増えていく。
 せいぜい、初めての誕生日プレゼントしか渡さないだろうなぁ。


 なんて、思っていれば。


 紅奈の両手が、オレの顔を押さえた。


 かと、思えば。


   ちゅっ。


 前髪越しに、額に口付けをされた。


「あたしはまだまだ子どもだから、用意しておいてね。よし、今日はまったりする誕生日。予定通り、泊まっていきなよ、スク」


 ぐしゃーっと前髪を乱すように撫でては、紅奈は先に部屋を出ていく。


「? ……ん? ……あ”!?


 髪や頭の口付けは、確か……愛おしさの表れ。

 親から子、祖父母から孫、そんな相手へ向けられるものだ。


 ……今のは……ボスから部下へのものだよ、な……?

 部下が……愛おしいってことか……!?


 ん”ん”!? わかってるのか!?

 なんなんだ!?

 またもやっ、翻弄かよ!!


「クッソがっ……!!」


 結局、オレは紅奈に敵わず、赤面して床に転がってしまった。



 17歳の誕生日。

 生涯の忠誠を誓ったボスへ、再びの誓いをした。


 それから――――求愛の予告。



 特別な贈り物である、この左の義手が、その証だ。


















 鮫は、胸ビレに噛み付いて、求婚をする。離れずに支える、求愛行動。

 手首への口付けは、強い好意の表れ。

 いつか、それを言葉にして、伝える。――――そんな宣言だ。


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