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空色少女 再始動編
444 大丈夫でしょ





「ぶふっ! 一目、惚れでっ…! 誤魔化すとかっ! おま、お前っ! ぶふふふっ!!!


 ツボに入りやがったらしい。

 ベッドにのたうち回っていると言ってもいいだろう。

 口と腹を押さえて、足をバタバタさせた。


「はぁー……」


 笑いが治まるまで、床に座って待っていれば、紅奈は深く息を吐き出す。


血を好む14歳の鮫少年が、6歳のカタギの少女に一目惚れしたか……っ! ぶはっ! くくくっ!! ひー、ひーっ!

「笑い事じゃねーだろ!?」


 落ち着いたかと思えば、再び噴き出して、腹を抱えた。

 もう苦しそうなレベルで笑ってやがる!


「それを…ホテルの廊下で……もう無理っ

「他にどうしろって言うんだ!? 下手な嘘なんて、アイツには通用しねーだろ!?」

「いや…まぁ…人の恋路の邪魔をするな、まで言ったからね……ぶふふっ!!

「笑うなっ…!!」


 ちゃんと声を抑えて言うが、紅奈はゴロゴロとベッドの上で笑い転がった。


「一目惚れ、ねぇ?」

「からかうのもいい加減に」

「いやいや、事実だろ? 意味は違えど」


 前髪を掻き上げて天井を見上げる紅奈を見て、ドキリと心臓が跳ねる。


 橙色の瞳が、こちらを向く。


一目見て、お前は餌にかじりついた魚の如く、釣り上げられたんだ。知ってる? 鮫って血だけじゃなく、光にも吸い寄せられる。あたしという光に、一目で魅入られた。事実じゃん


 紅奈の左手の指先が、オレを差す。その横顔は、不敵な笑みを浮かべていた。


 そう。事実だ。

 お前と言う光に。


 オレは一目惚れした――――。


「結論から言って、お前は大きなヘマはしてないと思う」

「! …なんで言い切れる?」

「逆に、お前は言い切れるのか? もろバレしたって」

「……いや」


 オレ達のことを、探られた。

 だが、一目惚れで強引に誤魔化したし、一先ずは乗り切ったと、そうは思いたい。


「喧嘩の仕方だって、別に不正解にはならない。
 そこは、あたしのミスだな。オッタビオの奴の車を盗んだところを、よりにもよってリボーンとディーノに見られたから」

「…オッタビオだったのかぁ……」


 気絶させて車を盗まれた被害者が、オッタビオだった。それで、オッタビオは紅奈の本性を知って、取り入ろうとしているのか。


「シャマルもシャマルだよなぁー。一回中学生の連中をのしたところでバッタリと会って、手当てしてもらったあとから、喧嘩してないか、心配してたけど……それを言うなんて。まぁ、それはそれでよかったのかも。ディーノに蹴り、入れたし」

「なんで同盟ファミリーのボスを三回も蹴ったんだぁ…?」

「え? 普通に機嫌が悪かったり、気に障ったから


 ……そこんとこだぞ、う”おい。


「出来れば、ひょいひょい家にやって来やがるリボーンも蹴り上げたいところだが……どう考えても、アイツが攻撃を受けるわけないんだよなぁ…ほんと嫌な赤ん坊だ。チッ」


 見た目が赤ん坊でも、容赦しないな、コイツ……。いい判断だが。


「どうせ診察で、あたしの身体の怪我の痕、シャマルは知ってんだ。マフィア関連のトラブルに巻き込まれたから、スク達に教わって日本でも自己防衛で喧嘩していた。不自然とは、言い難いじゃん。喧嘩については、まぁ、クリアと判断してよし。中学生との喧嘩の強さ程度なら、カタギだと思える範囲だろう」


 つまり。紅奈の喧嘩している真っ最中は、目撃されていないってことかぁ。

 流石に、紅奈の動きを見ればカタギの喧嘩の仕方じゃねぇって、シャマルの野郎には気付かれるだろう。

 跳ね馬への蹴りだって、まだ許容範囲ってことか。


「あと、あたし達の関係な。……ぶくくくっ! 一目惚れでいいじゃん! もう惚れた弱みで、引っ付かれたでいいじゃん!

「笑うなって!!」


 笑いがぶり返した紅奈が、ぼすんっと横から倒れた。

 何度笑うんだ! ちきしょう!!


「あ〜………問題は、どこまで疑っているか、だよなぁ……。あたしが、どこまで、知っているのか。そして現時点で、どこまで知っていると、思っているのか、だ」


 起き上がった紅奈は、真面目に、話に戻った。


「どうせ、リボーンの奴が発端だろうな」

「…そう思うか?」

「先月、リビングでチョコを食べさせたんだ。リボーンの奴が、最高の生チョコをやるとかほざいて来やがったから、どっちが最高の生チョコかどうか、シャマル達にジャッチしてもらった」

「……お前の圧勝か」

「とーぜん」


 勝つ自信があったんだろうなぁ……本当に美味かったし。

 紅奈は、鼻を高くした。


「その際に、ディーノの部下が、うっかりディーノをボス呼びしたから、お母さんが気に留めちゃったんだ」

「マジかぁ……」

「前にもあたしがそいつとの関係を聞いてたから、それを教えて、スクの同級生で、同じくイタリアで働いてるってことにした。その前の際にあたしが関係性を尋ねた時、あたしも探ったんだよ。一体、リボーンとディーノはどこまであたしを知っているのか、を。答えたのは、リボーンだ。上司と部下ってな。ディーノはあわあわしてた。先月のボス呼びの際も、ディーノと部下とシャマルが、焦ってたんだ。大方、家光には家族に正体を明かすなって、言われてるんだろう」


 まぁ、普通は、それを念入りに釘を刺しておくだろう。


「他の三人は焦ってはいたと言うが、リボーンの方は?」

「あたしの生チョコを、バクバク食べてただけ」


 平然とバクバク食べていたのか……。


「リボーンと9代目の仲は深いだろう。10代目候補だって……聞いている可能性は、なくはないな」


 沢田家光の娘が10代目候補だという事実は、非公式だ。

 それでも、リボーンは9代目に信用されている。知らされていても、おかしくはない。


「だがしかし、非公式故に、リボーンだって言い触らすことはしない。教え子のディーノにすら、教えやしないだろう。よって推測するに……あたしがマフィアを知っている、ってことは、疑っているだろう」


 そこは確実、と思える口ぶりだ。


「昨日探ったのは、やっぱり、スク達との関係だ。スク達の正体を知った上で、付き合っているかどうか。マフィア、ボンゴレを知っているのではないか……その疑い、だろう」


 マフィアを知っている。そして、ボンゴレさえも。


「………」


 腕を組んだ紅奈は、黙って目を閉じた。

 黙考中だろうから、声をかけずに待つ。


 やがて、瞼が上がる。

 橙色が込められたブラウンの瞳。


まっ。大丈夫でしょ


 明るく言い退けた声が、楽観的すぎて、昨日同様にずっこけかけた。


「根拠はっ!?」

「例え、10代目候補だと知っていようとも、アイツに口出す権限は一切ない」

「!」

「ボンゴレ9代目に頼まれれば、接触をしては探るだろうが……9代目と家光との関係が最悪な状態で、9代目がそれを頼むわけがないと、あたしは踏んでいる。火に油じゃん。
 家光の方は家光で、家族に秘密がバレることを恐れているわけで、許しやしない。
 よって、あたしに尋ねたりはしないだろう。マフィア、知ってんのか? だなんて。そうだと答えたところで、何になる? 水面下で活動していることさえバレていなければ、あたしはボンゴレと関わる気がないって思うんじゃない?」


 大きなクッションを脇に置くと、紅奈はそこに腕を置いては頬杖をつく。


「そうとわかれば、家光はその意思を尊重するだろうな。他に10代目候補がいるんだ。修復を試みている娘を、嫌がっているのに無理に関わらせるわけないだろう?」

「……だがぁ…オレ達だって、ボンゴレだぞ?」

「お前達を出禁に出来ようもんなら、とっくにしてるさ。ベルは、上手くお母さんと綱吉に取り入ったし、スクだってスーくんって呼ばれては信用されてる。引き離そうとすれば、それこそあたしの逆鱗に触れることはわかりきってるから。ボンゴレだと知っていてもなお、スク達は許容範囲で付き合っている。そう思うだけに留めておける」


 ボンゴレ以前に、暗殺部隊の人間。そんなオレ達を拒めないのは、やはり紅奈が原因で、家に出入りを許すしかないから。


「懸念するのは、活動がバレることだ。骸達が潜入に成功して、ちょうどいい案件に目を付けたって言うのに、おじゃんになる」


 不快そうに、紅奈は顔をしかめた。

 そうだ。それが一番、懸念する点だぁ。

 中途半端な発覚。そうなると、XANXUSの救出が、さらに難しくなる。


「だからこそ。マフィアを知っている程度に、留めてもらわなくちゃいけないが………ヴァリアーのコスプレの件は、大丈夫そう?」

「あ? …まぁ、そうだなぁ。微妙なところではあるが……カタギと喧嘩程度の強さだって思ってんなら、任務に参加しただなんて本当に思いやしないはずだ。ヴァリアーに、失敗は許されねぇ。失敗は、死だ。そこにお前を関わらせるとは考えにくいはずだろう。違うか?」


 紅奈がヴァリアーの格好で変装した件を見られてはいるが、ここまでならば、参加させたなんて考えにくいはずだ。


 ボンゴレを知っていても、カタギに身を置く少女。


 その認識をしてるなら、留まるはず。


「違わないだろう。砦はシャマル、か」

「砦?」

「十中八九、リボーンがバレンタインの帰り道で、シャマルから何かを聞き出しては、これを口にした。そこにいたのは、シャマル、ディーノ、その部下の一人、そしてリボーン。シャマルが、口止めをしたはず。あたしがマフィア関連を知っているなんて話を、他言するなってな」


 ドア越しに盗み聞きした通りなら、確かに口止めをしたのはシャマルだと予想が出来る。


「そうらしいがぁ……なんで奴が、そう口止めをするんだ?」

「あたしが、彼の患者だから」


 オレは、怪訝になった。


「……医者は医者でも、闇医者だぞ? そこまで患者を庇うのか? これは治療とも、関係ねーし…」

「命を助け続け、心肺停止状態になる度に蘇生させては、一年看病してきただけじゃない。そのあとも、定期的な診察と、いざって時にかけつける主治医にもなった。医者として、主治医として、あたしは信用している。過保護さなら、お前といい勝負じゃない?」


 真剣に告げたあと、紅奈はニヤリとオレをからかう笑みを浮かべる。

 誰のせいで、過保護になっていると思ってっ……。


「主治医としては、患者に害になるものなんて、避けるに決まっている。あたしが酷い状態に戻りかねないことを、言わせるわけにはいかないだろう? マフィア関連について知っている。それを言えば、家光がお前達を遠ざけないとは、正直百パー言い切れない。阻止のためにも、誰にも他言するなと釘をさした。そんなところじゃない?」


 紅奈が酷い状態に戻る危惧からの、口止め、か。

 ベッドに苦し気に寝伏せった紅奈を診続けたんなら、そうするのも頷ける、か。

 何度も紅奈の命をこの世に繋ぎとめたアイツは、信用するに値すべきだろう。

「ディーノの方は、確か、シマの住人を愛する優しいファミリーのボスだって評判だよね?」

「…ああ。生易しい野郎だ」

「そんな奴が、カタギの少女を引き込ませるなんて反対する。部下は、それに従う。よって、その二人は心配することないだろう。問題は、リボーン」


 だろうな。跳ね馬ならば、他言しない約束は守る。昨日だって、止めたがっていた。

 だが、跳ね馬が止めても、肝心のリボーンだ。


「リボーンは、今後も探りに来るのか否か……。こっちに来る口実は、今のところ思い付かないが……アポなんて取らずに勝手に来る身勝手な奴だからなぁ…」


 身勝手な奴か……紅奈といい勝負じゃないのか?


「おい、今、身勝手さなら、あたしといい勝負とか思っただろ?」


 …何故わかった……う”お”い。


「こんな感じで、読心術も使える奴だったな、確か」

「読心術だったのか……お前も」

「読心術なんて、表情なんかで考えを推測するだけの技術。相手の性格や言動の把握さえすれば、考えていることなんて、予想出来るもんだ」


 紅奈は自分のこめかみを、ツンツンと人差し指でつついた。

 紅奈の人を見抜く目があれば、読心術なんて簡単なんだろうなぁ…。


「骸はともかく、犬と千種との接触は避けるべきだな。特に、犬がポーカーフェイスを貫けるとは思えない。その点に、気を付けようか」

「あの野郎が、CEDEFにいる犬と遭遇すると思うのか?」

「それはないだろう。接触するなら、この家だな。こっちに帰ってきた際に、鉢合わせするのは、避けないと。念のため、ベルにも知らせて、動揺を堪えろってことを伝えないとね」

「わかったぞぉ」


 紅奈はクッションに置いた腕で頭を支えながら、視線を落として考え込んだ。


「……最悪の場合、シャマルとリボーンを味方につける、って手段も必要だが………それは避けたいものだ」

「! ……味方に、つける自信があんのか?」


 シャマルとリボーンを味方につけて、今後の活動を阻ませないようにする手。

 それがあるのか?


「シャマルの方は、何とかなるとは思う。あたしのトラウマの詳細は知らない。溺れたことによる恐怖の他に、元凶があるってことだけ。その元凶を取り除くためだって、説得するなら……なんとかね」

「……なるほど」


 トラウマの元凶。XANXUSだ。XANXUSの救出で、トラウマは解消されるはず。

 その手伝いをしろとまでは言わなくても、邪魔はしないだろう。


「……リボーンの方は?」

「………」


 苦虫を潰すような顔をする紅奈。


「奴には交渉、だな。心底嫌ではあるが………背に腹は代えられない。シャマルには他言するなって約束をしていて、一応は守っている。シャマルを味方につけたのちに、立ち会ってもらって、何故探るかどうかを聞き出しては、どうしたいのか、何を望むのか……話し合いで解決、だな。本当にマジで嫌だけど


 ……本当にリボーンの野郎が、嫌なんだな、紅奈は。


「味方にならなくていい。邪魔だけはさせないようにしないと……。てか、なんなの? あたしに付きまとう理由。笑顔が見たいだぁ? ストーカーめ


 ケッと吐き出す紅奈を見る限り、アイツらは好感度を上げることは難しいはずだ。

 その交渉が穏便に済む気がしないぞ、う”お”い。


「探りに来るようなら、その対処をしよう。それまでは、こっちは迂闊に動かない。いいな?」

「……わかったぞぉ…」


 何もしない方がいい……そういうことだ。











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