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空色少女 再始動編
439 バレンタインとチョコ




 紅奈は、振り返る。

 タンタンタン。

 包丁で板チョコを切り刻みながら、怪訝な顔をした。


「あら! コーちゃん! よそ見しないで! 危ないわ!」

「あ、うん」


 奈々に指摘されて、紅奈は手元に視線を戻す。


「どうかしたの? コウちゃん」


 奈々が押さえたボールの中で湯煎しているチョコをかき混ぜつつ、綱吉がきょとんと首を傾げて見てくる。


「ん? なんでもないよ。ただ…ちょっと……何かを感じただけ」


 チラッとまた同じ方角に目をやるが、紅奈は作業を再開した。


 何かを感じたが、一瞬だけ。

 危険を察知したような直感ではないと判断した。
 気にすることではないだろう。

 そう思うことにした。






 バレンタインデー当日。

 紅奈は、困り果てた。


 お返しはやらん!


 そう宣言したと言うのに、下駄箱や机、そして机の中に、チョコの箱が詰められていたのだ。


 高学年からチョコを贈りたい、と予め言われたから、お返しが出来ないと断ったというのに……。

 積まれた。チョコの山が積まれた。

 主に、高学年の女子生徒からだ。

 嘘コク禁止宣言で、顔をしっかり覚えられた人気者。

 休み時間でサッカーやバスケをしている間、ギャラリーとなって黄色い声援を上げる女子生徒達からのチョコ。


 あたしは、アイドルか何かか。


 お返しはもらえないのは承知で、手渡されたチョコで、もう手が塞がっているのだ。これをどうやって持ち帰っては、どうやって消化すればいいのやら。


 ……このイベント。マジ面倒だ。


 紅奈は、深くため息をついた。

 教師から紙袋をもらっては、正一と綱吉にも手伝ってもらい、なんとか家まで持ち帰った。

 バレンタインデーのためにわざわざ帰ってきた家光に、大半を押し付けておく。

 もらってしまったが、悪いが食べ切れない。だから、骸達の児童養護施設にでも寄付して、と。


うちの娘! モテすぎか!!?


 その多さに、慄いた家光。


 骸と犬と千種の分は、紅奈が別に用意していたため、それも渡すように言っておく。しっかりラッピングされたそれを見て、家光は嫉妬した。


 自分はお皿に盛り付けた生チョコを出されたのに。

 友チョコだと言い切ったが、羨ましい。愛娘からの手作りチョコ。綺麗にラッピングされていて、真心を感じた。羨ましい。


 ちなみに、押し付けられたチョコの山は、しっかりと家光の部下達に分け与えられたのだった。







 目を開けば、クリーム色の空。


「やっと会えましたね。紅奈」


 空を遮るように、見下ろす骸が現れた。
 嬉しそうな微笑みだ。


「うん。久しぶり。やれば出来るじゃん」

「時間はかかりましたがね。お久しぶりです」


 起き上がれば、草原。遠くは濃い霧に包まれたかのように、曖昧にぼやけている光景だ。

 前々から、再びこの幻想世界で会えるように、試みていた。

 紅奈は日本時間で夜8時に眠り、骸はイタリア時間で午後1時に仮眠を取る。同じ時間帯に眠っては、こうして会うために、骸には努力をしてもらった。

 やっと、今日、成功したのである。


「紅奈からの手作り生チョコ。素晴らしいほどに美味しかったですよ。ありがとうございます」

「さっき電話でも聞いたし。骸達がいなくて残念。あんなにバレンタインチョコをもらう羽目になるなら、押し付けたのに……」

「クフフ……チョコが好物の僕でも、あの量は食べ切れませんよ…」


 押し付けないでもらいたい。苦笑を零しては、骸は隣に腰掛けた。向き合う形で。


「お返しを手渡したいところですが……」

「えー、やだ。チョコは、当分見たくない」

「クフフ、拒否とは悲しいですね。現実で紅奈と接触出来る口実にはなるのですが……」

「何? 今ここで渡せる情報はなく、来月には手に入るかもしれないってこと?」


 ゆらゆら、と伸ばした足の先を揺らして、紅奈は確認した。


「そうですね。残念ながら、有益な情報はまだ得られてはいません。門外顧問チームCEDEFの厳しい教育をこなしつつ、大まかな組織構成はわかった程度です」


 骸達に指示した通り。犬と千種は、力をつけるためにも、教育を受けることに専念。そして、骸は教育を受けつつも、情報を徐々に集めている最中。

 CEDEFはダミー会社を隠れ蓑にしてはいるが、主に少数の精鋭部隊が諜報活動を行う組織だ。

 認められれば、コードネームが与えられる。

 組織へ正式加入の試験とも言える教育を乗り越えれば、コードネームが与えられて、仕事につけるという流れだ。


「コードネーム、ねぇ。それ。もらえる自信はあるの?」

「クフフフ……」


 紅奈が挑発的な笑みを向ければ、骸は笑みを深めた。


「愚問ですね」


 そう言い退ける。


「一目置かれています。コードネームを手に入れるまで、そう時間はかけません」

「ヒュー。頼りになるね、骸」

「まだまだですよ。これからです」


 そうは言うが、骸は胸を張った。


「んで? 家光の方は、どうなの? 電話は毎回アイツ経由だし……暇でもしているの?」

「いえ……自分が引き取ったので、気にかけているのではないでしょうか? 連絡を取らせる約束もしましたしね」


 それもそうか、と納得する紅奈。
 しかし、骸は言葉を続けた。


「暇はないように感じますね」

「なんで?」

「バタバタしている、と感じました。家光さんを中心に……組織内が、慌ただしい。そんな印象を抱きましたね。元々そんな雰囲気の組織なのか……はたまた、今現在、危険な案件を抱えているのかもしれません。僕の予想でしかありませんがね」


 骸達はイタリアのある施設で、教育を受けている真っ最中。特に軟禁されているわけでもないが、外出は許可をもらわないといけない身だ。

 新人の教育だけが目的の施設ではなく、CEDEFの者も出入りしては会うらしい。

 家光を含めて、その者達から慌ただしさを感じ取れた。


「……あたしは、例の案件が一件落着したようには思えない。それが長引いている可能性は、なくないな」

「おや。つまり、冬休み中に片をつけようとした案件……またもや、失敗、ですかね」

「相当逃げるのが上手い相手なのかもね。失敗したのなら、またまたなりを潜められちゃうんじゃない? 目下血眼で探し中かもね」


 冬休みに家族旅行を宣言を撤回しなくてはいけなくなった案件が、片付かなかった。

 紅奈達の予想通りならば、逃してしまっては、隠れられてしまい、ただ今、探し回っているのかもしれない。

 しつこいほどに追い回している。野放しに出来ないほど、相当に重要なはず。


「狙い目、ですね。紅奈がこんなにも気にするのですから、なかなか大きな獲物の可能性が高いかと…」

「そう思える。コードネームをもらって、その案件についての情報は得られそう?」


 小首を傾げて、紅奈は尋ねた。
 骸は笑う。


「ボス。得られそう、ではなく、得ろ、と。そう命令してください。なんだか、未熟さを心配されている気がしてなりません。
 僕は、貴女に差し出すと宣言したのです。自信はありますからね


 決意表明をしたのだ。

 紅奈が派手な表舞台デビューをするための踏み台にする案件を見付け出しては、差し出すと。

 みくびってもらっては困るのだ。


「未熟さは、図星じゃん」


 グサリ、と紅奈に言い放たれる。


「あたしが初めて与えた任務だ。これからこなすかこなせないか、それで骸の評価が決まる。いや、実力、か。あたしは信用はしているが、見定めてもいる。気に障るなら謝るけど、あたし達はまだまだ未熟。事実だ」

「……そうですね」

「自信があれど、焦るな。慎重に、な。躓いちゃ困る。これはあたしだけの踏み台じゃない。あたしが率いる最強のファミリーになる、貴方達の踏み台でもある」

「…はい。ボス。手放しで信じてもらえるよう、成果を出します。焦らず、慎重に、コードネームを得ては、情報を渡しましょう」


 もうその案件に狙いを定めているのだ。

 下手を踏んでは、大きな損失になりかねない。

 絶好の機会ならば、獲物を狙い、身を潜めながらも草むらで徐々に近付く猛獣のように。

 慎重に、慎重に、慎重に。
 確実に食らい付く。


「信じて待ってる」


 ぽすん、と紅奈は、草原の上に仰向けになる。


「………そういえば、骸」

「はい。なんでしょう?」

「チョコレートは大昔、媚薬だったって説があったけど、確か科学的根拠はない、ってテレビで言っていた気がする」

「は、はあ……?」


 チョコレート? 媚薬?


 何故そんな話を出してきたのやら。

 はてなマークを頭上に並べつつも、骸は紅奈を横から見下ろして、話のオチを待つ。


「でも、口の中でチョコレートを溶かすために舌を動かすのは、ディープキスをしているような興奮感を覚えるらしいよ。
 あれ? それ以上だっけ? 似たような動きだから、そうなるって話だったような……。まぁ、とにかく、チョコを食べるのは、キス並みに興奮するってこと。
 あ! いや、確か、四倍だって言われていた気がする。
 生チョコだと、やっぱり口の中で溶かして味わうでしょ? チョコの中でも一番興奮するんじゃないかなーって」


   ぱちり。


 骸はすっかり見慣れてしまった施設の天井を見た。

 目が。

 覚めてしまった。


話のオチはなんですか!!?


 がばっと飛び起きては叫ぶ骸に、そばで休憩していた犬と千種はびくりと震え上がる。


 気になる!

 物凄く気になる!


 紅奈は何故チョコレートでキス以上の興奮云々の話をし始めたのか。


 理由はなんだ!

 どういう意図の話だったんだ!


「……ハッ! チョコが好物の僕だから……キス好き、だと思うという話なの、か…?

「「??????」」


 そう思われてしまったのだろうか。


 まだ。まだ!

 たった一度しか、キスを経験していないというのに!

 その相手に、キス好きと思われたのか!?


 くっ……! ディープキスは、未経験な10歳だというのに!!


 紅奈は! 一体! どう考えたのか!


 骸は、頭を抱えて呻く羽目となった。


 その後。
 大事に取っておいた紅奈の手作り生チョコを食べては、赤面することになる。


 舌の上でとろける甘さ。想像せずにはいられない。


 耐え切れず、悶絶しかけたくらいだ。その都度、犬達に心配されたのであった。








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