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空色少女 再始動編
436 ベタ惚れ





「なんでまた、あんなに嫌われてんだ? お前ら」

「出逢い方が最悪だったんだぞ。ディーノがぶつかっては下敷きにして潰したんだ。その後、紅奈の蹴りを受けた」

「いや、そのボーズだけじゃなく、明らかにリボーン、お前も嫌われてる対象だぞ……?」


 他人事のように話すリボーンに、シャマルは念のために言っておく。

 あの冷たすぎるイタリア語の言葉は、ディーノとリボーンへ向けられた。

 ディーノは、それどころじゃない。暗雲を漂わせて項垂れては、リボーンに頭を乗られている。


「……紅奈にとって、最低最悪の日に会っただけだ」

「最低最悪だと?」

「そういうことで、最低な印象から、好印象に上げる努力中なんだぞ。成果は今のところ空回りだがな。ヘタレディーノのせいで」

「オレのせい!?」


 紅奈にとっての最低最悪の日に会った。それに関して詳細を話す気はないらしい。

 気になりはしたが、シャマルは探ることはやめておいた。


「印象が最悪だからって、なんで好感度を上げようとしてんだ? お前ら。紅奈ちゃんは、あの沢田家光の娘だが……関わって利益でもあんのか?」

「え? いや……別に、利益なんて求めちゃいねーよ…」


 好感度アップなどする必要があるのか。

 恋に無自覚だというのに、何故来るのやら。

 マフィアのボスとして、まだまだ育てている家庭教師のリボーンだって、未熟な恋のためにこんな風に唆すだろうか。
 相手が相手だし。


「紅奈の笑顔が、見たいだけなんだよ…」

「!」


 ポリポリと頬を掻いて、ディーノは照れ笑いをする。


「その……初めて会った日は、マジで紅奈の機嫌が最悪で、おっかねー女の子だと思ったんだけど……泣いてる姿、見ちまって」


 紅奈が、泣いた。

 シャマルも見たことがある。

 弱さもある紅奈の儚い一面。


その姿がこびりついちゃったみたいでさ……。どうしても、笑わせたいって、考えちまうんだ

「お前……」


 はにかんでいるディーノを見て、シャマルは納得する。気持ちは、わかるのだ。


 シャマルが紅奈の弱さを守りたいと、似たようなもの。

 弱さを見たから、紅奈の笑顔が見たい。そういうことなのだ。


……ベタ惚れじゃねーか…!!

「は!?」


 そこまで考えてるくせに、何故無自覚なのだ。


「はぁあっ!? 別にそんなんじゃねーよ! 純粋にだな!!」


 真っ赤になって慌てふためくディーノ。


 初恋か。
 気付いてないとは……。
 やれやれだ。


 大人なシャマルやロマーリオは、肩を竦めた。リボーンも同じく。


「お前こそ、やけに紅奈に肩入れしてんな、シャマル。定期的に診察しては何かあれば治療する主治医になるって、自分から言い出したらしいじゃねーか」

「ん? 紅奈ちゃんに命を救われて、命を救った縁でな。
 ……何より、紅奈ちゃんは超絶可愛いからな!

「んな!? 下心かよ!!」


 リボーンの問いに、答えたシャマルだが、そんな下心がついでだと、リボーンは見抜いている。


「救い救われたって、どういうことだ?」

「あー。聞いてないのか。偶然、同じ機内に乗り合わせてな……海にズボンって墜落したんだよ」

「え! それって! 飛行機事故か!!?」

「飛行機事故…」


 話していいものやら。シャマルは迷いつつも、これなら医者の守秘義務を破っていないと判断し、話すことにした。


 顔色を変えるディーノの頭の上で、リボーンは橙色のおしゃぶりを持つアリアを思い出す。


 紅奈と日本行きの飛行機で会ったのだと。
 飛行機で事故に遭って、紅奈に助けられたとは言ていたが……。


 ハワイで再会して、虹の下で、垣間見た紅奈の笑顔が脳裏に過る。


「それは……二年前ぐらいの話か?」

「なんだ、知ってるんじゃねーか」


 予知するシャーマンであるアリアが、事故に遭う飛行機に乗った。


「おい、詳しく聞かせろ。その話」

「なんでだ?」

「オレ達が会ったのも、二年前だ。一人でイタリアに来ていたところに会ったんだぞ」

「あー、なら、そのあとだな。確かに紅奈ちゃんは一人で、イタリアから日本行きの飛行機に乗ってた」

「! じゃ、じゃあ……オレ達と会った直後に、紅奈は……事故に…」


 出逢ったあとに、紅奈は飛行機事故に遭ったのだ。

 それも話の流れからして、紅奈はシャマルに命を救われたのだ。つまり。


「紅奈のやつ……死にかけたのか?」


 ハットを深く被り、その下からシャマルを見上げた。


「………オレが海から引き上げた時には、心肺停止状態だった」


 前を見据えるシャマルの横顔は、険しい。

 あの少女が、死にかけた。飛行機事故で、海に溺れて、呼吸も心臓も止まったのだ。

 ディーノは言葉を失い、リボーンは黙り込む。


「あれはすごかったなぁ」


 しかし、コロッとシャマルは、明るく言い退けた。


「紅奈ちゃんは、オレを含む乗客達を救った救世主だ」


 シャマルが、ニカッと笑って見せる。

 不謹慎すぎて、ディーノは呆気に取られてしまう。


「へ? 救世主?」

「海に沈む機内で、乗客達は大パニック。あのままだと、全員が海の藻屑だったんだよ。その大パニックを止めたのが、紅奈ちゃんさ。唯一の子どもが、声を轟かせては一喝。すぐに脱出するために、最善な選択で指示を下した。あれがなきゃ、本当にやばかったぜ」

「子どもの紅奈が、指示を…!?」

「一人ではなかったがな。オレンジ色のおしゃぶりをつけたべっぴんさんと協力して、な」

「!」


 リボーンのおしゃぶりに、シャマルは一度目を向けた。
 やはり、大空のアルコバレーノのアリアも、乗り合わせていたのか。


「それでオレは救われたわけだが……海に沈んだ機内から、子どもが上がることは不可能で、他の怪我人を海面から出して迎えに行ったら、心肺停止状態だったわけだ。海岸が近かったとはいえ、ギリギリだったんだよ。心肺蘇生がな。…その最中だ」


 シャマルと乗客達が救われて、自力で海から出られなかった紅奈が心肺蘇生を受けた。


「乗客全員が、あの子が息を吹き返すことを願って祈った。小さな命だからだけじゃなく、自分達を救い出してくれた恩人のためにも、必死に声をかけていたんだ。息を吹き返したあの子を見て、大歓声が沸き上がった。あんな光景、二度とお目にかかれないだろうなー。一人の命救ったことで大勢に感謝されて、さらには大喜びされたんだ」


 あんな光景。一生で、一度きりだろう。

 闇医者であるシャマルが、あんな光景を見るとは、夢にも思わなかった。


 聞いているだけで、ディーノは息を呑んだ。その光景を、想像した。それだけでも、すごいと思える。


「そんな紅奈ちゃんを――」


 そのあと、紅奈は苦しみ続けたが、そこは医者の守秘義務で伏せるべきだ。


「――救い続けたくなっちまった。オレも、ベタ惚れみたいなもんだな」


 それが紅奈の主治医に志願した理由だと、シャマルは言っておいた。


 不思議な縁で出逢い、そして救われて救っている関係になり、それから弱さを守ってやりたいと強く思ったのだ。

 そこまでは、明かしたりはしないが。








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