空色少女 再始動編
435 生チョコ
「ドクターは、ずいぶんとお嬢さんと仲が良いんですね」
ロマーリオが、シャマルに声をかけた。
シャマルは、ニカッと笑みで応える。
「まーな。定期診察で毎月会うし、何かあればすっ飛んで会いに行く、お嬢ちゃんの主治医だからな」
「そんなシャマル先生に、日頃の感謝を込めて、今日チョコをあげる」
「マジか!?」
「去年は会うタイミングがなかったから、渡せなかったんだよね」
「連絡くれれば、すっ飛んで行ったのに。……つーか、結局作るんだな?」
「わざわざチョコのために主治医を呼ばないよ。バレンタインデーは、お母さんが自分の夫のために作るって張り切るから、付き合うだけ。そのついで、だった」
また実の父親を、他人のような言い草!!
ディーノはディーノで、敗北感を覚えた。
なんでコイツはショックを受けた顔をするくせに、恋に無自覚なんだ? と疑問でならないシャマル。
「おっと! そう言えば、紅奈ちゃんの小学校では、逆チョコブームなんだよな? 紅奈ちゃんは、モテるからいっぱいもらうんじゃないか?」
ディーノのように、逆チョコを紅奈に渡す者が他にもいるだろう。
興味本位で、シャマルは尋ねてみた。
「ああ、去年、友チョコだって言って、机に置いて走り去ったクラスメイトが何人かいたな……」
「おお! 青春だなぁ。その中に、本命になりそうな子がいたりするのか?」
絶対に友チョコと称した本命チョコを渡されたに違いないと、シャマルはニヤニヤする。
「いや、それはないね。ただの遊び相手だもん」
「「遊び相手!?」」
きっぱりと否定した紅奈に、目が飛び出そうなほどシャマルとディーノは震え上がった。
「ん? ああ、違うよ。休み時間に外で遊ぶ相手って意味で……子ども相手になんの想像してるの?」
紅奈は呆れ顔。
確かに9歳の子どもの遊び相手は、健全な方の遊びだろう。
「す、すまんっ…! どうも紅奈ちゃんが大人びた発想を言うから、時々大人な発言だと思っちまって……」
何故か紅奈なら、大人な遊びをしていそうだと思ってしまったのだ。
よくない思考になってきてしまっている。
そこで紅奈が、また不敵な笑みを浮かべた。
「フッ。見た目は子ども。頭脳は大人。その名も! ……………」
「「「「………?」」」」
「……小学三年生の沢田紅奈!」
絶対考えることを放棄して、中途半端な決めゼリフにしたな!?
それでも、どやっと言い切った紅奈であった。
そんなこんなで、沢田家に到着。
ロマーリオが遠慮しようとしたが「ロマーリオさんもジャッチに参加してください」と紅奈が誘ったため、中に入った。
「あら! シャマル先生! ディーノくんにリボーンくんだったかしら?」
奈々は快く出迎えては、リビングに通す。
どどーん。
ディーノとリボーンのテーブルを挟んだ向かい側に、紅奈がふんぞり返るように座っている。
「それでは、ディーノが用意した生チョコと、あたしが作った生チョコ。どっちが最高に美味しいのか、判定してもらおう」
「んな!? 紅奈の手作り!?」
「オレは紅奈ちゃんのチョコが、最高に美味い」
「自分も同じく」
「まだ食べてねーし! ロマーリオまで!」
シャマルは、もう紅奈一択である。
ロマーリオは、自分の若きボスをからかった。
「まぁ、身内の贔屓にも配慮して……どっちのものか、わからないように、置いたわけだ。AとB。どっちが美味しいか、答えて」
二つのお皿には、四角い生チョコが並べてある。
ディーノと紅奈にしかわからない。
ちなみに、AがディーノでBが紅奈である。
つまようじを刺した生チョコを、それぞれが口に入れては食べ比べた。
「Bだ、ダントツでBだ」
紅奈のものだと見抜いたと言わんばかりに、シャマルが強めに答える。
「どっちも美味しいわ〜。どちらかと言えば、Bかしら?」
「んー。オレもB!」
奈々と綱吉も、ちょっとだけ悩んでは、紅奈のものを選ぶ。
「Bの方が、とろけ具合が最高だと思いますぜ。勝敗をつけるなら、Bの勝ちだな」
ロマーリオの判定も、紅奈のものが勝利。
ディーノは、突っ伏した。完全敗北である。
そんなディーノに、リボーンは肩に手を置いた。
「…どんまい」
「なんでオレだけ負けたみたいに言うんだ!? お前だってシェフ選びしたよな?!」
実質、ディーノとリボーンが用意した生チョコなのである。ディーノが一人負けしたように、慰めないでほしい。
「どんまい、ボス」
「ロマーリオまで…!」
部下にまで憐みの微笑みを向けられて、ディーノは涙目になった。
「え? ボスってなあに?」
奈々が、気に留めてしまう。
しまった、とディーノとロマーリオ、そしてシャマルが焦った。
三人の脳裏に、鬼の形相の家光が浮かぶ。
マフィア関連について、バレてはいけないのだ。
それが、この家に来るための絶対条件だった。
「ディーノが上司で、ロマーリオさんが部下なんだって」
紅奈は、さらりと奈々に教える。
しまった、とディーノは青ざめた。
以前、リボーンが、それを紅奈に答えたせいである。
「スクアーロと同じで、イタリアで働いてるんだって」
「まあ! スーくんと同じでもう働いているのね! えらいわ〜」
「へっ? ……スーくん???」
なんか回避されたようだが、ディーノは”スーくん”に気を取られた。
「あらぁ? そういえば、スーくんのお友だちだったかしら、ディーノくん達は」
「そう、スクアーロの友だち。同級生だったんだって」
「まあまあ! イタリアの男の子達はすぐに働くのねぇ、かっこいいわー」
「ええっと、待ってください。…スーくんって、その、スクアーロのこと、ですか?」
混乱のあまり、ディーノは奈々に向かって尋ねる。
「ええ! そうよ? 紅奈ちゃんはコーちゃん。綱吉くんはツーくん。それからスクアーロくんは、スーくんなの!」
ほんわかと奈々は、笑って答えた。
最早、スクアーロが家族と同じ呼び方をされている事実に、特大のダメージを受けたディーノ。
スクアーロが、スーくん、という可愛らしい呼び名をつけられている点など、気にしていられない。
シャマルとロマーリオの同情の目を受けた。
「ボロ負けだな、ディーノ」
そう言いながら、リボーンは紅奈の生チョコを一人、テーブルの上でパクパクと食べていた。
食べすぎだろ、コイツ。と紅奈はジト目で見たが、どうせ余り物である。構わない。
ふと、リボーンの口元に、ココアパウダーがついていることに気付いた。
手を伸ばす。親指で拭ってやった。
ピタリと止まったリボーン。
そのまま、紅奈は親指についたココアパウダーを、ペロッと舐める。
「そういうところだぞ!? 紅奈ちゃん!!」
「え? 何が?」
「今のは! 異性を! オトす! テクだ!!」
強めのツッコミをせずに入られないシャマル。
「ええー? いつも弟にやるし……なんなら今日もやったし」
「弟ーっっっ!!!」
天然テクの元凶である弟は、シャマルの大声を聞いて、びくりと震え上がった。
「まぁ、そういうわけだから」
紅奈は残った自分の生チョコをつまようじで刺すと、ディーノの口元まで運んだ。
ドキッとしたディーノ。
恐る恐ると、それを口にした。
本当に美味しい。
あっという間にとろけては、消える。
程よい甘さの生チョコ。
「(最高の生チョコを贈るだなんて、大見得切っておいて、情けないわね)」
「!?」
イタリア語で、紅奈は刺々しく言い放つ。
しかし、顔はにっこりとした笑みだ。
「(敗者はとっとと尻尾巻いて帰りなさいよ。そして、二度と来るな)」
「……!!」
人畜無害なにっこりした笑顔なのに、とんでもなく鋭利に刺さるイタリア語を言い放たれた。
もう、本当に、ディーノは、涙を零しそうである。
(容赦ねー!!)
ディーノの嫌われっぷりと、紅奈のドライアイス対応に、シャマルは驚愕しては震え上がった。
ロマーリオも、散々ディーノが冷たくあしらわれていることに笑っていたが、流石に笑えなくなった。
「よ、よし! なんか親父さんの分のチョコも作るらしいな!? オレ達はここでお暇するぜ!」
「あ、シャマル先生。これ、タッパーで悪いけれど、日頃の感謝を込めて。一日早いけど、ハッピーバレンタイン」
「お、おう! サンキュー!」
「お返しは要らないから、大丈夫だよ」
「いやいや。こんなイベントでもらっておいて、返さないとか、男じゃないぜ。ちゃんと来月、楽しみにしててくれ」
「だから、来月は用事があるの」
「あ。そうだったな。じゃあ、次の診察の時に」
小さなタッパーを受け取って、シャマルはショックのあまり意識を手放しそうなディーノを連れ出してやった。
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