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空色少女 再始動編
434 バレンタインデー前日




「お酒のコーナーは、あっちかな」

「え?」

「買うんでしょ? お酒」

「え!? おごってくれるのか!?」

子どもにお酒をおごってもらうとか、最低か。
 違うよ、家に寄ってほしいの。一緒に行こう」

「ん? なんだ? 診察が必要か?」

「ううん。そうじゃなくて」


 紅奈はシャマルの腕を引いて、お酒コーナーに向かって歩き出す。


「紅奈!?」


 そこで呼ばれた。振り返って、紅奈はげんなりした顔になる。

 ディーノとリボーンが、そこにいたのだ。


「ななな、なんで腕を!?」

「……なんで、ここにいるの?」

(物凄く冷めた目だ…! 父親を見る目に似てる……!)


 紅奈の冷え冷えした眼差しに気付いたシャマルは、ちょっとギョッとした。

 それから、何故か、じとーと見てくるリボーンが気になる。つぶらな黒い瞳が、やけに見ているのは、紅奈が軽く腕を回している、シャマルの腕だ。


「…家に行ったら、ここにいるって聞いたからな。荷物持ちになろうと迎えに来たんだ。ちゃおっす」


 リボーンは、腕を見ることをやめて、紅奈に向かって答えた。


「だから何故、アポなしに家に来るわけ? 無礼よ」

「約束なら、取り付けたぞ? 最高の生チョコを贈るってな」


 冷めた対応だとシャマルが思っていれば、リボーンは平然と返す。

 ん……? 生チョコ?


「あっ。明日か! バレンタインデー!」


 持ってやった買い物カゴには、板チョコが何枚か入れられていた。
 確か、生チョコは、生クリームで作る。牛乳のような小さな紙パックを手にしてみれば、生クリームだった。

 紅奈は、バレンタインデーに備えた買い出し中だったのか、と納得する。野菜は、夕飯のものだろう。


「ん? なんでまたバレンタインデーの前日に、お前らが来るんだ? 紅奈ちゃんと知り合いだとは知っていたが……。紅奈ちゃんの手作りチョコをもらうんじゃなく、あげる側なのか?」


 シャマルは、首を捻る。


「日本のバレンタインデーってやつは、女の子が男に渡して、ホワイトデーに男が女の子にお返しをやるイベントだったよな?」

「そうだよ」

「紅奈からもらえるわけないと思って、こっちから渡すことにしたんだぞ」

……ちっ

((舌打ちした…!))


 物凄く嫌そうな顔を横に向ける紅奈を見て、ディーノはショックを受けて、シャマルは少々ビビった。


「はぁ……逆チョコって言って、バレンタインデーに男の子から女の子に渡すパターンもあるんだよ。シャマル先生」

「そ、そうだったのか…。そんなパターンがあるとは、知らなかったぜ」

「てか、小学校であたしの学年は、そのパターンが定着した」

「え? なんでまた定着?」

「いや、去年、クラスメイトの女子達に誰に渡すのかって質問責めにされたから……お返しが面倒なイベントだし、テキトーに、

 海外は、男が贈るから、女はどーんと構えて待つべき

 って言ったの。それで逆チョコブームになって、今年もそうなる雰囲気になってる」


 その逆チョコブームを作った本人が、呆れ顔してる!!

 ディーノとシャマルは、慄いた。


「紅奈ちゃんは、小学校の人気者だってことは聞いてたが……カリスマ性があるんだな? まぁ、紅奈ちゃんだもんな。めちゃくちゃわかるぜ」


 飛行機事故の際、紅奈がパニックを起こす大人達を叱咤する姿を見たシャマルとしては、大いに納得出来る。

 海から引き上げて、心肺蘇生をしている間、助かった大人達が声をかけて、紅奈が息を吹き返すことを祈っていた光景を思い出す。

 唯一の子どもの生還を祈っただけではない。
 自分達を無事に脱出させるために声を張り上げ、助けてくれた恩人である紅奈の生還を祈っていた。

 カリスマ性のある少女なのだ。

 そんな紅奈の頭を撫でる。


 プスッ。


 何故かリボーンにサイレンサーをつけた銃で鼻先を狙い撃ちされて、仰け反るシャマル。サッと銃を隠して、知らん顔をするリボーン。


(は!? 何故今、撃ってきたコイツ!??)


 意味がわからない。


「え、えっと! 面倒なイベントだって思ってるのに、材料買ってるってことは、やっぱり作るのか? 紅奈」


 リボーンとシャマルのやり取りを見てしまったディーノは、ヒヤヒヤしつつも、見なかったであろう紅奈に尋ねた。

 紅奈はばっちり飛んだ弾丸すら目にしたが、見なかったことにする。


「うん……まあ…。至極面倒くさいけど、クソ親父、ゴホン、間違えた」


 今、クソ親父って言ったな。


「えっと、クソ野郎、ゴホン、違うな」


 今、クソ野郎って言ったな。


「えっと、クソオッサン、ゴホン、違う」


 今、クソオッサンって言ったな。


「えっと…………お母さんの夫にも、作らなくちゃいけないから、その材料の買い出し」


 お母さんの夫……!!

 めちゃくちゃ赤の他人のような言い草にした!


(本当に相当嫌われてんな! あの父親!)

(家光の奴……なんでここまで酷く嫌われてやがるんだ…?)


 酷すぎる嫌われようである。


「も、ってことは、本命チョコでも作るのか?」


 父親の話から、逸らそう。

 紅奈のことだから、きっと大事な弟にでもあげるのだろうと、シャマルは予想がつくが、冗談まがいに笑いかけてみた。


「んな!? ま、まさかっ…! 居候人の奴に!?」


 ガン! と見るからにショックを受けたリアクションをするディーノに、シャマルは気が付く。


(はっはーん。コイツ、まさか、紅奈ちゃんにほの字だな? 確かイタリアマフィアのキャバロッネファミリーの若いボスの跳ね馬、か。だから、わざわざバレンタインデーに、手渡しか…)


「居候人? ああ、居候の三人なら、イタリアよ。居候生活は終わった」

「あっ…そ、そうだったのか……知らなかった」

貴方に知らせる筋合いはない

「うぐっ!」

(……コイツもコイツで、嫌われてるのは何故だ…? リボーンにも、ドライというよりドライアイスな対応だし……)


 二人を嫌がる紅奈に、疑問を抱かせずにはいられないシャマル。


「去年はベルが当日に渡しに来たから、どうせ来ると思ってその場でお返しをしようかと。来月は別の用事が入ってるもの」

「ベルフェゴールは、アポなし訪問を許すんだな?」

ベルは友だちだもの。貴方達と違って


 まだ友だち認定されていない!!!

 突っぱねる紅奈に、ディーノは涙目である。

 想い人にここまで拒絶されるとは、哀れな奴だ、とシャマルは同情した。


そうつれないこと言うなって。最高に美味い生チョコを贈るって言っただろ?

「……最高?」


 リボーンの言葉に、胡乱げな目を向ける紅奈。


「お、おう! 専門のシェフに依頼して作ってもらったんだ! 生チョコって日本から生まれたんだな! 知らなかった!」

「なんで今日?」

「いや、明日帰らないといけなくて……こういうのは、手渡しがいいかなって!」


 照れ照れしつつも、ディーノは一つの箱を差し出した。

 こんなにも拒絶されている態度をされているのに、健気だな。
 ちょっとだけ、シャマルは感心した。


「……ふぅん? …フン」


 しかし、紅奈は鼻で笑い退ける。
 嘲笑いにも思えて、ディーノは顔を引きつらせた。


「まだ時間ある?」

「へっ!? えっと……ま、まぁ、今日中に発てばいいから、時間はあるけど…」

「じゃあ、シャマル先生。ちょうどいいから、ジャッチをお願いしてもいい?」


 ディーノから予定を聞き出すと、紅奈はシャマルにそう頼んだ。


「「「ジャッチ?」」」


 シャマルもディーノもリボーンも、聞き返す。


「最高の生チョコかどうか……判定してもらう」


 紅奈はそう、子どもらしかぬ不敵な笑みで告げたのだった。





 買い物をすませて、沢田家に向かおうとしたのだが。


「紅奈。荷物持つぜ。荷物持ちに来たからな!」


 ディーノが、手を差し出す。じっとその手を見る紅奈。

 まさか、こんな親切すら拒絶されるのか!? とディーノは身構えた。


「おっ! じゃあ、よろしく頼むぜ! ボーズ」


 紅奈の買い物を取ると、自分の物も一緒にシャマルが押し付ける。
 アンタは自分で持てよ、と思いつつも、なんとか紅奈の荷物持ちの役が出来て、ディーノはちょっぴり安堵した。

 シャマルの分は、ボスには持たせられないと、ついてきたロマーリオが、サラッと持つ。

 すると、自然に紅奈が手を繋いできたのだ。シャマルの手に。


「だ、だから……。紅奈ちゃんは、そうやって男をオトすのか?」

「何。またこれしきで、ときめいたの? 先生、チョロすぎ」

「いや、ナチュラルにスキンシップするから、ドキッとするんだよ。これは最早、ボディタッチで異性の気を引くテクニックだぞ?」


 また心配する紅奈に、シャマルは苦笑しつつも、手を握り返しては教える。


 リボーンがまたサイレンサー付き銃を構えたため、ディーノは慌てて止めた。

 紅奈の前でやめろ! マジで!


「そう? 生まれてからずっと弟とべったりしてたから、あたしは嫌いな相手じゃなければ、別に何とも思わないけど……」

「なるほどな。双子の弟がいるから、異性と触れることになんの躊躇もないわけだ。でも、相手はそうじゃないぞ? 紅奈ちゃんほどのカワイ子ちゃん相手だと、コロッとオチちまうもんだ」


 チラッと、ディーノを振り返るシャマル。

 それに気付いたディーノは、意味がわからず、怪訝な顔になる。


(ん!? なんだこの反応!? まさかっ……無自覚かコイツ!? ありえねー!!)


 リボーンを見たが、リボーンは肩を竦めて見せた。

 恋に無自覚のまま、遥々イタリアからチョコレートを届けに来るとは、自分でおかしいと思わないのか!?


「先生。恋に落ちるのは、その人の勝手だと思うの。そこからズブズブとハマっていくのも、その人の勝手だから、あたしに責任を取れなんて理不尽。
 よって、今後言動を改めるつもりはない」


 キリッと言い退ける紅奈であった。


「いや、ズブズブとハマるって……。責任取れとまでは言わないが、控えた方がいいって話であってな」

「私は誰構わずベタベタしないよ? 気を許した相手だけ」


 ギュッと握られた手。

 だから、そういうところなんのだ! 普通に、ときめくからな!


「気を許してくれているのは、嬉しいんだが……やっぱりときめいちゃうぞ?」

「先生が命の恩人でも、責任は取らないよ?」

「うーん、嘘でも責任を取って、結婚してあげるって言ってほしいな……」

「もうっ。先生ってば、ワガママ」

「ははっ」

「歳の差考えろ、ロリコン。」


 そこで、トゲを刺すリボーン。

 いや、冗談である。ボンゴレの若獅子と謳われた家光の愛娘に、それを本気で求めるわけがないだろう。

 そして、お前だけには言われたくねぇ…。








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