空色少女 再始動編
433 奇遇
少しの間、沢田家はしんみりとしていた。
三人もの、同居人がいなくなってしまったのだ。
一度、イタリアの児童養護施設に到着したという連絡をもらい、家光を通じて電話で骸達と話が出来た。
しかし、どうせ家光が用意したセリフだろう。
たくさんの子どもがいて、いい部屋があって、勉強も始める、と。
次に、家光が帰ってきたかと思えば、骸と全く同じをセリフを吐いたものだから、紅奈は呆れた。
もっとマシな嘘を作って使えって。
〔第一関門は、突破かぁ?〕
「失敗の合図なし。恐らく、教育してもらっている最中だろう」
ジョギングの最中、通信機でスクアーロと会話。
〔そうかぁ。んじゃあ、コウが気にする例の案件の情報が得られるかもしれねぇなぁ……。アイツらの有望さを見せつけられればの話だがな〕
「もう潜り込んだんだ。まだまだ浅いだろうが、一歩一歩慎重に奥へ進んで、情報を得てくれるはず。連絡は許されてても、そこから情報は迂闊に渡せない。安全な隙を見付けては、受け取らないとな。スクには、まだ接触ないんでしょ?」
〔ああ、ねーぜ。教えた携帯電話は、うんともすんとも言ってねーな〕
念のための連絡手段として、スクアーロを介することにしている。
連絡の取り合いがバレたところで、スクアーロにも恩があると言い訳するだけ。
「まぁ、気長に待ちましょう。夏休みまでに、何かしらの情報が得られれば御の字だと思いましょう」
〔……そうだな。お前がもぎ取ったイタリア行き二回も、慎重に使うんだろう? 春休みも夏休みも、来るのは避けとくのか?〕
「もちろん。……まぁ、一回ぐらい、骸と接触するためにも、行くべきかな。会えるかどうか、堂々とした連絡で待ち合わせを決めて会うわ」
〔で。残り一回は、いざって時に取っておく、か〕
そういうわけだ。
はぁ、と白い息を吐く。
すると、通信機の向こうで、別の人物の声が聞こえた。スクアーロも、それに応える。
「任務ね」
〔おう。こっちもこっちで、何か引き続き探っておくぞぉ。じゃあな〕
「了解。またね、ダーリン」
〔ダーリン言うな! う”お”ぉおい!〕
ヴァリアーとCEDEFの双方から、探り探っていく。
スクアーロのツッコミを最後に、紅奈は通信機を切った。
「……ふむ。寂しいわね」
骸達のいない家を見上げては、一人、呟いた。
原作と違って、ずいぶん早くにマフィアが転がり込んだ沢田家。
中学生になったら、どう変わるのやら。
まぁ、そんな先は考えている場合ではない。
目の前の目標を達成することに集中だ。
今年の抱負を、忘れてはならない。
家光がひょこひょこと帰ってくる度に、奈々も綱吉も、骸達の様子を尋ねた。
毎回毎回、元気だと答える家光。今回は会わなかった、だなんて言わない。
家光は、骸達の顔を見れる環境に、いるようだ。
そして、家光はどうやら、イタリアを中心に行き交いしているもよう。
家光の携帯電話で、骸と話した際に、本当にイタリアにいることを確かめるためにも、時間を尋ねてみた。
時差は、七時間ほど。合っていたので、間違いなく、イタリアだ。
今抱えている案件は、イタリアにあるのか。または、元々教育の場はイタリアにあるのか。
あるいは、骸達が他に喋れる言葉がイタリアだから、そこで教育しているだけなのか……。
少々悶々としつつも、家光がいない隙にやってくるベルやスクアーロ、二月に入ればルッスーリアもやってきて、稽古相手を務めてくれた。
スーパーで、紅奈はある商品を睨みつけるように見る。
免疫力向上。
そう書かれた文字のシールが、貼られた飲み物。
免疫力向上。
その文字を睨むように見つつ、手に取る。
免疫力向上。
買うか、買わないか。紅奈は、真剣に悩んだ。
しかし、ひょいっと上からその飲み物は、奪われた。そのまま、棚に戻される。
「やめとけ。こういうのは、あんま効果ねーぞ? 紅奈ちゃん」
「シャマル先生…」
「よぉ。奇遇だな」
真上を向く形で見れば、主治医のシャマルだ。
「スーパーで会うなんて、本当に奇遇。先生は、なんの買い物?」
「オレはちょっと飲みたい気分で、お酒とおつまみだ。そしたら、可愛い可愛い紅奈ちゃんの後ろ姿を見付けてな。紅奈ちゃんは……ちっこい牛乳か? それ」
紅奈の買い物カゴには、他にも野菜やお菓子があったが、先に目がついたのは、小さな紙パック。牛乳のものと同じ形だ。
「違うよ。
……シャマル先生は、女の人がお酒を注いでくれる店でしか、お酒を飲まないと思ってた」
「そんなイメージを持っていたのか……」
ギクリ、と肩を強張らせたシャマル。
そんなシャマルを見上げて、紅奈は憐れみの眼差しを向けた。
「……ドンペリ、頼むお金がないの?」
「ドンペリ!? どこでそんな言葉を!」
「テレビ。」
「テレビを観るのもほどほどにな!」
「ドンペリって、いくらするの?」
「それは本当に知りたいのか?」
「いや、全然、全く」
何故、聞いた。
「もうこれで全部か? レジまで持ってやろう」
「ありがとう、先生」
「これくらい、お安い御用だ」
手を出せば、紅奈はすんなりと買い物カゴを渡す。シャマルは、自分の買い物を後回しにして、レジまで運んでくれるらしい。
流石、イタリア男である。
ただし、ここはオレが払う、と決め顔をした方が株が上がるはず。
しかし、金欠らしきシャマルには、無理だろう。紅奈は求めることも、指摘することも、やめておいた。
最近の自分は、気配りが優れている気がする。
えらい、と自分を心の中で褒めた。
「!」
「?」
スッと、シャマルの腕に自分の腕を絡めると、びくりとシャマルが軽く震える。
「………紅奈ちゃん。モテモテだろ?」
苦笑するシャマルに、きょとんとした。
軽く絡めた腕を見ては、納得したように頷く。
「何、先生。ときめいたの?」
フッと不敵に笑う紅奈に、シャマルは動揺する。
「正直、グッときた…!」
「腕を絡めただけで? 夜のお店が並ぶ通りで客引きのお姉さんにやられたら、あっさりついていくんだね。だから金欠になるんだよ?」
「ぐうの音も出ないっ! 客引きとか、またそんな言葉を覚えちゃって…!」
9歳の少女に心配される大の男が、そこにいた。
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