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空色少女 再始動編
432 潜入開始







 沢田家に、無事帰宅。


「コウちゃあああんっ!」

「ツナくん! お母さん! ただいま!」

「おかえりなさい! コーちゃん、骸くん、犬くん、千種くん!」


 ムギュッと抱き締め合う双子。

 奈々はほんわかした笑顔で、出迎えた。

 おかえり、と言われた骸は、目を見開く。
 温かく出迎えられる家。


 案外、一番、自分が寂しくなるのではないだろうか。なんて、思ってしまった。


「ただいま戻りました」


 そう骸は、微笑みを返す。


「スーくんも、おかえりなさい! ちゃんとこの子達を連れ帰ってくれてありがとう!」

「ああ、はい…」

「スクアーロお兄ちゃん、タメ口」

「あ。」


 スクアーロも、おかえりと言われる。

 紅奈に言われて、スクアーロはハッと思い出す。


「……娘を返しに来たぞう”お”ぉおいっ!

「だから誘拐犯か」


 またもや、奈々への態度に混乱したスクアーロは、言葉のチョイスを誤るのだった。


「うふふ! スーくんは面白いわね! 中であったまって!」


 冗談だと笑っては、スクアーロを招き入れる。

 今回の旅費は全額、家光持ちなため、紅奈は容赦なく、お土産を買い込んだ。


「パスタ! ソース! チーズ! インスタントリゾット! いっぱい作ろうね、お母さん。あと、ツナくん達とも食べるチョコ! あとお母さんにはね、これ、帽子。それから花のネックレス」

「まあ! 可愛いわ!」

「あと、靴。デートにどうぞ」

「まあまあ!」

「骸達と選んだんだよ?」

「まあまあ! ありがとう! みんな!」


 ひょいっひょいっ、と紙袋を差し出して箱を積み上げて奈々に渡す紅奈。


「一押しはこれ! 壁飾り! 一目惚れしたの。組み立てて、飾ろう?」

「あら! とっても綺麗ね!」

「クフフ、紅奈は一番、それを熱心に選んでいたのですよ」


 何個かを並べる箱を開けて見せる。色とりどりの壁飾り。

 紅奈が時間が許す限り、選び抜いた土産だと、骸は明かす。


「あ。これは、骸達の部屋に」

「えっ? ……僕達の部屋に、ですか?」

「うん。気に入らない?」


 骸達の部屋。

 そこに飾るためのもの。虹色のように色とりどりの蓮のような花のデザインの壁飾り。


「…いえ。ありがとうございます」


 もう居候生活を終えるというのに、壁飾りをもらってしまった。
 そんな必要などないのに……。


「あそこは、骸達の部屋」


 紅奈は、そう告げた。

 例え、居候生活が終わろうとも。あの部屋は、骸達のもの。変わらず、骸達の部屋。

 犬と千種も、壁飾りの入った箱を覗き込む。

 骸は、口元が緩む。犬はムズムズして、千種はキュッと口を閉じた。


「この白い花もいいわね」

「こっちの蝶を上の方に、飾りたいな」

「あら! いいわね!」

「あそこなんてどうかな?」


 紅奈は楽しげに奈々と相談。綱吉は、チョコに気を取られていた。

 温かい飲み物を一杯飲み終えたスクアーロは、帰国。





 翌日。紅奈と綱吉は、小学三年生の三学期が始まる。
 ギリギリまで、稽古。


「……あの、紅奈」

「ん?」


 今日の稽古の終わり。
 骸は切り出そうとしたのだが、言葉に詰まる。


「……………」

「…何?」


 汗を拭き取り、高い位置で結んだ髪を解いた紅奈。ふわっと、栗色の髪が舞い落ちる。


 恋焦がれる少女。

 半年も、そばにいた。同じ家で生活をしていた。

 今まで会えなかった分のように、長い時間を過ごしたのだ。

 それも、もうすぐ終わりだ。

 次は、潜入をする。きっと。なかなか会えなくなるだろう。


 幻想世界では、一度しか会えていない。

 自由には、会えないのだ。

 あの温かな家から出ることも、もちろん躊躇してしまうだろうが。

 一番は、紅奈のそばから離れることだ。


「……何よ?」


 紅奈は怪訝そうな顔で、骸の目の前まで来て、少し背の高い見上げる。


 去年の最後の日。

 ベルに奪われた唇を見てしまった。

 紅奈は仕返しをすると言うだけで、特に気にした様子はない。

 口付けぐらいでは、心は奪えないということだろう。

 紅奈がスキンシップ好きだとは、十分理解した。ゲームをしていれば、ベッタリとくっついては肩に顎を乗せてくるし、スクアーロに抱っこを要求するし、しょっちゅう腕を組んでくるほどの度が過ぎるが。

 なら。
 自分も、また紅奈にキスをしてもいいのだろうか。

 離れ離れになる前に。

 一度だけ。もう一度だけ。

 その唇に、触れてもいいだろうか。


「…嫌なら、別にいいのだけど?」

「えっ」


 小首を傾げる骸は、目を見開く。

 どうやら、潜入のことを嫌だと思ったようだ。


「クフフ、ご冗談を。稽古相手以外に、役に立つ仕事が回ってきたのです。嫌ではないですよ。何故、そう思ったのですか?」


 紅奈にキスの許可を求めようとしたなんて、見抜かれなくてよかった。


「…まぁ、多少は寂しいですがね。本心では」

「前も言った通り、いつでも、来ていいよ。あそこは、骸達の部屋。お母さんだって、そう譲らないから」


 踵を返す紅奈の髪から、仄かにローズの香りが届く。

 骸は、手を伸ばした。

 けれども。届かなかった。


 紅奈を、抱き締めるには、一体どうすればいいのだろうか。
 紅奈に、もっと近付くには、一体どうすればいいのだろうか。


「生きていれば、光がある。希望はあるんだ」


 何故か、この場所で聞いた紅奈の言葉が、今過った。


「骸? 帰らないの?」


 紅奈が不思議そうに振り返って、こちらを見る。
 橙色の煌めきのあるブラウンの瞳。


「……紅奈。マーモンという術士に頼んで、水の幻覚を見せてもらって、荒治療はしないでくださいね」

「………頼みはいいって言っちゃったから、それは出来ない」


 むくれる紅奈に、骸は苦笑する。


必ず。貴女が取り戻したい部下を救い出せる案件を、見付け出しては貴女に差し出します


 さぁああ。

 冷たい風が吹いて、二人の間を通り過ぎた。


「最強のボンゴレボスになる貴女に、これからついていくのです。最高の表舞台に立つべき踏み台、この僕が用意してみますよ、我がボス」


 意思表明。

 今はこれでいいのだ、と骸は自分に言い聞かせた。


「だから、お風呂で溺死なんでしないでくださいね?」


 冗談で締めくくる。お風呂に潜って荒治療はやめてほしい。

 そうやって、焦ってしまわないでほしいのだ。

 だから、自分も焦らないようにする。


 この先も、紅奈についていくのだ。

 焦らずに、心を近付ける。

 いつか、自分を想ってもらえるように――――。


「はいはい」


 紅奈は噴いて、笑った。
 骸も、笑みを零す。


それを差し出した時のご褒美は、何がいいの?


 そう尋ねられて、骸は瞠目した。


 蠱惑的に目を細めて、不敵な笑み。

 骸が感極まって唇を奪ってしまったあとに、見せた笑みと似ている。


 もしや。

 自分がキスの許可をもらおうか、迷っていたことは、見抜かれていたのだろうか。

 紅奈が、一歩、近付いてくる。

 ドクン。

 また、一歩。

 ドクン。

 もう一歩。

 ドクン。


「っ……頬にキス、するっ…許可をくださいっ…!」


 頬を赤く染めた骸は、そう言うことが精一杯だった。

 現在、10歳の男の子。
 これが限界だったのである。


「そんなのでいいの? 別にいいけど。わかった。いいよー」


 紅奈は、あっさりと承諾。

 ご褒美、頬にキスをする許可だ。


 ちょっと脱力をするが、10歳の少年には、想い人にその許可をもらえれば、十分ご褒美なのである。

 あと、二、三年。そのくらいには、唇へのキスの許可を得よう。

 骸は、そう決意を密かに固めた。








 家光が帰ってきたのは、三学期が始まって二日目の夕方だ。


「ただいま〜!!」

「あなた、おかえりなさい!」

「おかえりなさい! お父さん!」


 力一杯に、妻と息子を抱き締める家光。その後、一応出迎えに来た紅奈も被害に遭う。

 ついでに、骸達も出迎えるから、ぽんぽん、と頭を撫でてやる。染みついた習慣だ。

 紅奈は、横目で観察した。頬に治りかけの切り傷がある。


「家光さん。大事なお話をしたいのですが……あとでよろしいでしょうか?」


 酒好きな家光が、晩酌で酔い潰れてしまう前に、骸は先手を打つ。


「お? ああ……わかった。じゃあ、夕食のあとでもいいか?」

「ええ。お願いします」


 これで、酔い潰れないで、話を聞いてくれるだろう。

 一瞬だけ目を合わせた骸と紅奈。

 第一歩の勝負の時は、夕食後だ。

 スクアーロが出してくれた旅行中の出費の請求書を見て、家光は渋い顔をしてしまったが、愛する妻の料理をもりもりと堪能。

 お酒を少しだけ飲み、その後、骸の話を聞くために、骸達の部屋に向かった。


 紅奈はあえて、隣の自室には行くことなく、リビングで綱吉と待つ。

 紅奈は携帯ゲームをして、綱吉は正一から借りたテレビゲーム機で音ゲーを楽しむ。

 骸が買ってくれたゲームソフトは、本当に暇を持て余している時に、ちまちまとストーリーを進めている。夏休みに買ってもらったというのに、このペースでは今年の夏休みまでかかりそうだ。


 ふと。


 帰ってきた際の家光の様子を思い出す。

 晴れやかな様子には思えなかったのは、紅奈の願望だろうか。

 例の気になる案件。まだ片付いていないのだろうか。

 ゲーム画面から目を逸らして、くるくると毛先に指を絡めた。

 やがて、家光がリビングに戻る。


「奈々〜! 酒だぁ!」


 陽気に、酒を求めた。これから浴びるように飲んでは、大きないびきをかくのだ。

 絡まれて捕まる前に、退散。

 ゲームを片付けた綱吉の手を引いて、部屋へと向かった。
 骸達の部屋の前に、骸一人が立っている。


「おやすみなさい、紅奈。綱吉くん」

「おやすみ、骸」

「おやすみ!」


 にこり、と微笑むと、自分の部屋に入った。


(今のところ、問題はなし、か)


 失敗の合図はない。

 とりあえず、家光に素性を打ち明け、恩返しをしたい旨を訴えた。そして、家光もカタギではない。ならば、どうにか力にならせてほしい、と。

 その流れで、問題は起きなかった。

 即座に、決断は下されないはず。先ずは、考える、と言われただろう。

 この家から出てけ、と拒絶されていなければ、今は十分だ。

 その後、処遇が決まる。

 骸が上手く情を刺激したのなら、潜入の成功率は高い。





 翌日だ。

 紅奈と綱吉が学校から帰って来れば、しょんぼりした奈々と肩を抱く家光が出迎えた。

 とととっと、骸達もやってくる。

 骸から、合図はなし。まだ処遇は、はっきりしていないようだ。


「紅奈。綱吉。骸と犬と千種は、イタリアに戻ることになった」


 呼ばれてテーブルにつけば、家光が告げた。

 ガビーン、と綱吉は口をあんぐりと開けては、固まってしまう。

 イタリア、か。
 骸からの合図はない。イタリアで一般人として暮らせ、と明言されたわけではなさそうだ。


「……なんで?」

「骸達が引き取ってくれる、いい施設が見付かったんだ! 三人揃って、そこで暮らして、学校にも通えるんだ!」

「……」

「………っ」


 紅奈が黙り込む横で、綱吉はぷるぷると震えた。そして、号泣。
 そんな弟を、紅奈はひしっと抱き締めた。そして、呟く。


「寂しい……」

「寂しくないぞ! 骸達と会えなくなるわけじゃないんだ! また会えるぞ! なんて言っても、二階のコウとツナの隣の部屋は、骸達の部屋だ! ここも骸達の家みたいなもんだからな! 帰ってくる時もある!」


 嘘つきな家光のその言葉を、鵜呑みにしていいものか。


「骸達だって、学校に通って勉強しなくちゃいけないんだ。大人になるためにもな!」

「ほほらじゃめなの?」

「な、なんだって? ツナ?」

「ここじゃだめなの、って。ツナくんが」


 むせび泣く綱吉の言葉を、紅奈が通訳しておく。


「う、うん! 元々、骸達はイタリアから来たからな! イタリアがいいんだ!」

「ふえええんっ」

「大丈夫さ! ツナ! ほら! 電話! 毎日とはいかないが! 繋がる電話をさせてやる! 仲良しな三人とお喋りをしよう! なっ!?」


 電話の許可、か。さてさて。それを守るかどうか。
 どちらにせよ、その電話から骸が手に入れた情報をもらうのは、得策ではない。


「……いつ?」

「え? あ、ああ……急なんだが……明日だ! 明日、オレが連れて行くんだ!」

「急すぎるわ…」


 しゅん、とする奈々。


「すまんな! 冬休みから連絡してて、色々準備しては、春の新学期に入学することになったんだ! 明日行かないと! 骸は今年11歳だろ!? イタリアだと中学生になるんだぞ! すごいだろ!?」


 素早く奈々の肩を抱いては、家光はめそめそと泣く綱吉の気を逸らそうとした。


「そのためにも、早く勉強しないとな! 今まで学校に通えなかったんだ! しょうがないことなんだ。わかってくれるか?」


 にかっ、と家光は、明るく笑いかける。


「……うわあああんっ!」

「泣くらよ! 綱吉! うぐっ、うぐぐっ!」


 綱吉が一度は堪えたが、泣き喚き、犬がつられて涙ぐむ。千種まで、俯いて目元を押さえる。

 三人に合わせて、骸も悲しげに顔を俯かせた。紅奈も、無言。

 おろっとする家光。必死に泣き止ませようと、必死となった。





 骸達は、荷物をまとめた。
 奈々もシクシクしつつも、骸達を一人ずつ抱き締める。


「泣くら! 男らろ!」

「うっ、うんっ!!」


 またもや泣きそうな綱吉は、犬と一緒に涙を落とさないように、懸命に堪えた。

 やはり、犬が一番、この家から出にくいのかもしれない。
 なんて、骸が思っていれば。


 ぎゅっ。


 抱き付かれた。
 不意打ちに、紅奈からの抱き付き。


「絶対に、またこの家に帰ってきてね?」

「っ……は、はいっ…」


 いきなりすぎる。抱き締め返していいのか。
 迷っている間に、家光から引き剥がされた。


「行くぞ!!」


 青筋立てた家光に、連行される。

 家の外まで、見送られた。車に乗り込んだ骸達は、紅奈達に手を振られ続けられる。

 こちらも、振り返し続けた。見えなくなっても、しょぼんと犬は後ろを見続ける。


「……寂しくなります。紅奈や綱吉くん、そして奈々さんには、本当にお世話になりました。家光さん」

「いや……お前達のおかげで、紅奈だけじゃない………あの家を賑わせてくれたことには、感謝しているんだ」


 骸が話しかければ、運転席の家光はそう返した。


「…こちらこそ、感謝してもしきれません。この恩を返すことが、出来ればいいのですが……。本当は、どこに連れて行ってもらえるのでしょうか?」

「……。本当にイタリアだ。簡単ではないが……厳しい教育を受けてもらうぞ。音を上げれば、児童養護施設へ送ってやる」


 厳しい教育。

 家光の組織で、教育を受ける可能性は高いだろう。


「……ええ、覚悟しましょう。――貴方達への恩返しのために」


 どうやら、第一関門は突破できそうだ。

 ――――骸は、ほくそ笑む。








 

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