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空色少女 再始動編
431 猛獣達





 白い毛だが、うっすらと虎模様を持つホワイトライガーは、庭でぐったりと横たわっていた。


「ベスター!」


 しかし、名前を呼ばれて、バッと起き上がる。


「ベスター! うわあっ!」


 愛しの紅奈が駆け寄るため、ベスターも駆け寄って飛び付いた。

 ヒヤッとするスクアーロ達。しかし、杞憂だ。


「うわ、大きくなったな。ごめんね、夏休み、会いに来れなくて」


 抱き締めてくれる紅奈に、ベスターはグルルッと喉を鳴らしては、頬擦りをする。紅奈も、頬をすりすりとし返す。


「ほら、ブラシ。してやる」


 紅奈の手にあるブラシを見て、爛々と目を輝かせたベスターは、その場に座る紅奈の膝の上に、ポスッと顎を乗せた。


「いつもならブラシは、引っ掻き付きで振り払われたり、飛び付いて噛み砕かれるんだがなぁ……」


 どうして、ああも紅奈のみに、懐いているのやら。

 不思議でならないスクアーロが、独り言のように零す。おかげで、ベスターのブラシのストックが山のようにある。


「あれ以上、大きくなったら、どうするのですか…?」


 まだ子どもだが、恐らくあと一年もすれば成獣。大人になるはず。そんな大きな猛獣がいて、本当に大丈夫なのか。

 骸は心配してスクアーロに尋ねたが、答えたのは振り返った紅奈だ。


「鬣が生えるんだよ? かっこよくない?」


 嬉しそうな笑みだが、そうではない。そういうことではないのだ。

 紅奈を含むその他諸々の人間の身の危険を、心配しているのである。


「お前はもっとイケメンになるんだよー?」


 紅奈はそう笑いかけては、すりすりと額を擦り合わせた。


「……コー。現実に考えてさー…ソイツ、どうすんの? このまま、独り身?」


 素朴の疑問みたいに、ベルは首を傾げて尋ねる。


「………雌も飼うべき?」

「う”お”ぉおおいっ! 余計なこと言ってんじゃねぇ!!」

「ベスター。奥さん、欲しい? ライオン? タイガー? ライオンなら、ハーレム作る?」

「やめろよ!? ここはライオンの飼育所じゃねぇからな!?」


 紅奈がベスターの頬を両手で押さえつけて、訊いてみる。

 ここは暗殺部隊の屋敷であって、ライオンの飼育所ではないのだ。


「でもベスターが孤独で可哀想」


 むぎゅっとベスターと頬を合わせて、同情を誘う紅奈。


「お前が構ってやれよ!」


 騙されるものか。
 紅奈とベスターは、猛獣なのである。
 可愛さで同情を買えると思ったら、大間違いだ。


「ええー。無理難題」

「ライオンハーレムの方が、無理難題だぞ!? う”お”ぉいっ!」

「んー。イタリアと日本の距離感……。じゃあ、どこでもドア作らせてよ」

「は? なんだそれ」

「どこでも繋がるドア。とりあえず、ここと日本の家の庭に繋がるドアでよろしく」

「しししっ、何それー。ワープってやつ?」

それこそ無理難題だぞう”お”ぉおおいっ!!!

「ええ? わりと出来そうだと思うけど?」

「荒唐無稽だ!!」


 紅奈は、首を捻ってしまう。

 未来に行けるバズーカがあれば、転移するドアぐらい作れるだろうが。
 解せぬ。


「マーモンとその手の技術者で、そこをなんとか」

じゃあ、マーモン見付けたら、言っておくー。それあったら、毎日会えるし♪

「!」


 荒唐無稽な要求を、そこをなんとか、で頼む紅奈に無理だと突っぱねようとしたスクアーロは、毎日会える可能性に心が揺らぐ。


 ……やれるだけやらせてみるか。

 スクアーロが深く頷いていると、庭に誰かがやってきた。

 その人物を目にして、眇める。


「紅奈お嬢様。新年早々、お会い出来て光栄です」


 程よい距離で、立ち止まっては、紅奈だけに挨拶する男・オッタビオ。実質、ヴァリアーをスクアーロとともに動かしているXANXUSの補佐だった人物だ。

 一度、一瞥した紅奈は、ベスターをブラシで撫でたあと、顔を向けて笑いかけた。


「こんにちは。ベスターと遊ぶ?」

「……いえ。そちらのベスター様は、紅奈様にしか懐かないとお聞きしました。遠慮させていただきます」


 オッタビオも、紅奈のためにホワイトライガーを飼っていることは知っている。そして、紅奈以外には、情け容赦ないということも、噂で聞いているのだ。
 猛獣相手に遊ぶなど、ご遠慮したい。


「今回はどれくらい滞在なさるのですか? 紅奈様」

「今日帰る。ベスターに会いに寄っただけ」

「それは残念です。今度はご訪問の際は、お知らせください。紅奈様のお好きなタピオカジュース、ご用意いたします」

「…へぇ? 美味しいの?」

「ええ、巷で人気のタピオカジュースです」

「ふぅん。わかった」

「では、また今度。気を付けてお帰りください」


 うやうやしく一礼すると、オッタビオは去った。

 チッとスクアーロは舌打ちして、背中を睨みつける。

 紅奈も、スッと冷めた目で見送った。


「おや? すごく嫌っているようですが………彼ですか? 僕達をヴァリアーに入れない理由の信用ならない者、とは」


 骸はスクアーロと紅奈を交互に見てから、確信していたが、確認する。


「気持ち悪い、きらーい」


 おえっとしそうな露骨な顔を見せる紅奈。


「そうですね……腹に一物がありそうな人間に見えましたね」


 骸も横目で、いなくなった方を向いた。


「いや、見ればわかるじゃん。紅奈に取り入る気満々。お前の目、節穴?」

「クフフ……貴方こそ、節穴を前髪で隠しているのでは?」



 バチバチと火花を散らしては、ゴゴゴッと重たい雰囲気をまとうベルと骸。


「家光の娘だからかぁ? なんで紅奈に気に入られようとすんだか」

「ああ、言ってなかった? あたし、一回アイツの車を奪うために、気絶させたことあるんだ」


 車を奪うために、気絶させた……!?


「将来有望で、甘い汁が吸えるとか考えてるんじゃん? どうせXANXUSの補佐も、その下心でやってただけ。あたしに乗り換えるってところだろう。気色わるー」


 なるほど。
 幼いながらも、紅奈に気絶させられて、本性を知ったオッタビオは、紅奈を見込んで取り入ろうとしているのか。

 ……絶対に奴を遠ざけよう、とスクアーロは決めた。


「……紅奈は、車を奪って…その、運転を自分で?」

「うん」

「…どうやって?」

「スクアーロ達の運転を見て、軽く覚えた。何その目。スクアーロ達だって、無免許運転だよ?」

「……」


 骸はなんとも言えなくなった。


 無免許運転は、無免許運転なのだが。

 紅奈の体格で、どうやって運転が出来たのかが知りたいのである。

 骸がスクアーロに目をやれば、額を押さえて俯いていた。


 この問題ありありなボスは、手に負えないのである。


 将来の自分達の苦労を想像すると、乾いた笑いが零れてしまうが、仕方ない。

 自分達は、将来最強のファミリーを率いる紅奈を見たいがために、ついていくのだから。

 まだ子どもな猛獣と戯れた少女を、一同は眺めた。







 プライベートジェットの機内。

 ズズズッと、紅奈はストローでタピオカを吸い込もうとしていた。


「んで? 今回のイタリア滞在成果は?」

「むぅー……あと30万円、欲しかったね」

「そうじゃねぇーよ…」


 今年に入ってから、ボンゴレと同盟のファミリーを訪ねたが、留守。どうやら、ボンゴレと新年パーティーをしに行ったらしい。

 仕方なく、残っていた下っ端相手にポーカーでお金をぶんどった。ボンゴレファミリーと同盟だけあって、泣く泣くお金を支払い、送ってくれた、いいマフィアだったのだ。


 最後に乗り込んだマフィアは、下種な笑みを浮かべていたから、突撃のパターンだな、と予想すれば的中。チョロすぎて、相手は大負け。

 ブチギレたため、同行した骸とベルが応戦。スクアーロと犬と千種も乗り込み、大乱闘。鎮圧後、さっさと退散。

 収穫は、日本円にして70万である。100万円が目標だったのに、と紅奈は肩を竦めた。


 もぎゅもぎゅと、タピオカを咀嚼。


「結局、また失踪したじゃねーかよ! 前回は、骸達と会うためだとか言ってたくせに! またどっかの奴の勧誘かぁ!?」

「ん〜。人脈作り? 縁を作って損ないと思って」

「誰だよっ!!」

「今度紹介するよ」


 かわす紅奈は、またズズズッとタピオカをストローで吸おうとする。


「ランチャーファミリー。中堅マフィアですね」


 骸があっさりと明かしてしまう。


「骸……さてはマインドコントロールで聞き出したな?」

「責めないでくださいよ。どこの誰が、我がボスを保護したのか、調べるのは当たり前じゃないですか」


 子ども相手に教えるはずはない。接触したランチャーファミリーの若い衆から、情報を聞き出したと安易に予想がつく。今回のマフィア巡りの際も、その手で、情報収集を何度かしたのだ。


「ランチャーファミリー…? どっかで聞いた覚えが……ああ! 最強の用心棒だとか言われている野郎がいるっつーファミリーだな!」


 スクアーロは、記憶からその情報を掘り起こした。
 紅奈は、つまらない! と顔に書いて唇を尖らせる。


「ソイツの勧誘かぁ!?」

「プン!」

「プンじゃねーよっ…!」


 膨れっ面で、そっぽを向く紅奈。


 なんなんだ! なんでそんな可愛い仕草を、いちいち見せるようになったんだ!

 小悪魔か!? 小悪魔としての成長もしているのか!?


「ランチャーファミリーと、ボンゴレは接点ないはずだがぁ……その用心棒を引き抜きたいのかぁ?」

「もらえるものなら、もらいたいけど……彼はファミリーで可愛がられてるもの。ファミリー愛だって強いはず。まぁ、難しいだろうけれど……貸しは一つ作っておいたし、いつかは会いに行って、ポーカー相手してもらう」

「ポーカーしすぎだぞお前。……待て。どうやって貸しを作ったんだ?」

ポーカー楽しい

「おいコラ答えろ!!」


 めんどくさそうなので、人身売買されかけたことは黙っておこう。

 絶対によくないことを隠していると勘付くスクアーロ。


「さてさて。日本で家光が帰ってきたら、行動開始だ。骸、犬、千種。心の準備、したか?」


 話を変える。


「問題ありません。我がボスのために、無事潜入しては利益になる情報をお届けしましょう」


 骸が代表になって、微笑んで告げる。


「ハンッ! ずいぶんと自信満々だなぁ?」


 腕を組んで鼻を鳴らすのは、スクアーロだ。

 骸は波風を立てないように、ただ微笑みを見せる。


「そうだ。もう一つ、情を刺激する内容を思い付いた。ミラノに着いた日に、マフィアとギャングの抗争に仲裁に入ったじゃん?」


 あれは仲裁ではなく、乱入して双方をねじ伏せただけだ。喧嘩両成敗。


「"紅奈を巻き込まないように、僕達は密かに戦ったのです。それで思いました。この力を役立てたいのだと"」

「それ、僕のモノマネですか?」

「クフフのフ」


 哀愁を漂わせて、真剣に訴える紅奈の演技。
 自分がするべきなのか、と骸はツッコミを入れた。


「オレ達は、暗殺部隊ヴァリアーで。骸達は、門外顧問チームCEDEFで。ボスがご所望のデカい案件を見付け出す」

「「「虎視眈々と」」」

「絶好の機会を待ち」

「食らい付く!」


 ギラリと獰猛に目を光らせ、ニヤリと笑みを吊り上げるスクアーロ、骸、そして紅奈。


 三人の威圧に、犬も千種も、気圧されて、ゴクリと息を呑んだ。


 強い野望を持ち、好機という名の獲物を狙う、猛獣。











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