空色少女 再始動編
428 貸し一つ
「おー。迷子の女の子がいるって聞いてみれば……これまた上玉になりそうな子じゃないか」
そこに新たに現れた男の声が響くと、シンと静まり返った。
ランチアも、眉をひそめる。
「ランチアに物怖じしないってことは、肝が据わってんなー……外国の子なんでしょ? ボス」
「ああ、そうだ。イタリア語がわからない」
「へぇ……こりゃあ、また……旅行先で、行方不明だなんて、可哀想に」
その男の見る目が怪しげに光った気がして、ランチアはそっとコーを片腕で抱き締めた。
「ちょっかい出すな! このお嬢さんの用心棒は、ランチアだぞ? 痛い目見たくないだろう? ヌリオ」
「…へいへーい」
ボスに追い払われたその男・ヌリオは、ひらり、と手を振って部屋を出ていく。
「……ヌリオの奴、懲りてねーのか?」
「まったく…なんでボスはアイツを許しちゃうんですか? 成人したての女の子に手を上げて、酷い青あざを顔につけたんですぜ?」
「…口論の末にカッとなったんだ。双方が悪いってことで落ち着いた。許すのは、一度きり。根は、悪い奴じゃないのさ」
ひそひそとボスに声をかけるファミリーの一員。ボスは、頭を掻いた。
「………」
ランチアは、黙り込む。
(アイツには……他にも黒い噂があるんだが………)
あくまで噂。ボスの判断に、従うまでだ。
「アイツとは関係なく、お前が連れて来たんだ、ランチア。お嬢さんを、しっかり守っておけよ?」
「! は、はい!」
「トンボラ!」
ぺしぺしぺしっと、両手でテーブルを叩くコー。
早くゲームを始めようと急かす様子が可愛らしく、一同は笑って明るさを取り戻す。
コーがいるだけで、笑いが絶えない。不思議だと思う。
しかし、子どもだからこそ、なのかもしれない。
一緒にゲームをするファミリーの誰かが、コーを微笑ましそうに見つめては「子どもいいな、欲しいな」と零せば「先ず結婚しろ」とツッコミが入っては、また笑い声が上がった。
「お! 二つ揃ったぞ、コー! アンボだ! アンボ!」
「アンボ!」
ランチアが教えれば、コーは幼い声を上げる。
「アンボ賞はお菓子だ〜。好きなの選んでいいぞ、お嬢さん」
コーのために用意されたも同然のお菓子が並ぶ。
コーは一つ一つ見たあと、一口サイズのチョコレートの入った袋を選んだ。
すぐに開けると、包みから取り出して、ランチアの口に差し出す。
目を見開いてしまったが、差し出されたので、ランチアは食べてやることにした。
「お前、ほんと、その子に好かれたな!」
「一目惚れでもされたんじゃないか!?」
「十年後、結婚してやれ!」
「いい加減からかうのやめてくださいって……。でも妹が出来たら、こんな感じですかね?」
ゲラゲラと笑われる中、ランチアは胸がむずむずして、言ってみる。
「似てねー兄妹!!」と、どっと一際大きな笑い声が湧いた。
どうやら、ずっとからかわれそうだ、とランチアは諦める。
「テルノ!」
「おお、よく覚えてたな! 三つ揃ったから、テルノだ」
再開すれば、またコーが声を上げた。
本当に賢い、と感心するランチア。
「テルノ賞は、おもちゃのアクセサリーだ〜」
「……」
コーは、一つの賞品を手に取る。
そして、じっと見つめては、首を傾げた。
「これって……本当におもちゃのアクセサリーなんですか? 真ん中の石…ルビーに見えるんですが?」
「え? ああ、それは拾った。落ちてたんだよ」
「えっ」
ケロッと買い出した者が、言い退ける。
しーん。
拾ったアクセサリーに、ルビーがついている。
「本物なら、ラッキーだったな! お嬢さん!」
拾ったもの勝ちだ。またもや、爆笑。
「いや、だめですよ! 持ち主と問題でも起きたらっ…」
ランチアが慌てて取り上げようとしたのだが、ズボッとコーが自分のコートのポケットにしまった。素早い動きだ。
「気に入ったみたいだな」
ケラケラと笑うボス。
「だ、だめだぞ、コー? 別のに」
「大丈夫だって。どうせ安物さ。問題なんて起きない起きない」
「し、しかし」
「トンボラ!」
「おいおい、お嬢さん。まだトンボラ賞は、先だぜ?」
「いや、今のは再開の催促だろ」
ぺしぺしぺしっと、コーがテーブルを叩いて急かすので、ゲーム再開。
心配でしょうがないランチアは、こっそりとルビーの賞品を取り上げようと、コーのコートのポケットに手を伸ばす。
すると、くるっとコーが振り返った。
「……」
少し考え込むように視線をよそに向けていたが、口を開く。
「お手洗い」
「!? わ、わかった! ちょっと失礼します!」
ランチアはコーを抱えて、部屋を飛び出す。
それを見送るボス達は、笑いが絶えない。
「アイツは案外、世話焼きだなー。はははっ」
一頻り笑ったあと、ふとボスは気付く。
「お手洗いって……結構、しっかりした発音だったな」
イタリア語が喋れないはずのコーが、しっかりとお手洗いと口にしたことに疑問が過った。
そこで、携帯電話が鳴る。
コーをお手洗いの場に入れて、ランチアは廊下で待ってやった。
そこで、自分を呼ぶ声を耳にする。
ボスが、自分を呼んでいるのだ。
おろっと迷った。
見知らぬ場所でコーを一人には出来ないが、ボスの呼びかけに応えないわけにはいかない。
「コー! 待っててくれ! ステイ! ステイだぞ!!」
英語ならわかると思って、ノックしてから伝える。そして慌てて、ボスのいる部屋に戻った。
「どうしましたか!?」
「コーの連れを見付けたそうだ。少年で、友だちらしい」
「友だち? 保護者じゃなく?」
「なんでも保護者と一緒に、友だち数人で旅行に来たんだと。……コーは?」
「あっ、まだお手洗い中で。連れてきます!」
コーの連れが見付かったという連絡を、もらったらしい。
トンボラ参加者のファミリーは、残念だと言いながら、片付けを始めた。
それを一瞥をして、ランチアはお手洗いの場まで引き返す。
ドアが開いている。
「コー?」
コーの姿を捜したが、中にはいなかった。
廊下を出てしまったのか、とランチアはすぐに捜し始める。
「コー! っ!?」
コーは、廊下を曲がったところで見付けた。
あの男・ヌリオだ。コーを抱えている。
コーは気を失ったように、たらりと両手を垂らして俯いていた。
「何をしているんだ!?」
「ランチア…! 見逃してくれれば、金を山分けしてやるよ!」
「なんだと!?」
「この小娘なら、高く売れるぜ! 外国旅行者なんて、帰ったって言えば、バレやしないんだから!」
その男の発言に、カッとなったランチア。
だが、コーの首を握ったヌリオ。
こちらが動けば、コーの細い首がどうなるか、わからない。
「お前っ……! 噂は本当だったんだな! お前が連れた少女が、そのあと行方不明になったって!」
「へへっ。ちょっとしたお小遣い稼ぎさ」
「下劣なことをっ!」
「見逃せって! ランチア!」
距離を取ろうとするヌリオを追えば、コーが傷付けられるかもしれない。
どうすればいい?
ランチアが焦っていれば。
ガツンッ!
コーの後頭部が、男の顎に衝突。
「ぶっ!? な、なんで、起きてっ…!?」
衝撃でコーを放すヌリオは、ランチアの元に飛び込むコーを驚愕してみた。
薬を嗅がせて、眠らせたはずなのに!
だが、そんな悠長にしている場合ではなかったのだ。
コーを受け止めたランチアは、そのまま、片腕に抱え、もう片方で、ヌリオの顔に右ストレートを決めた。
鈍い音が響き、吹っ飛んだヌリオのせいで、派手な音を立てて、ガッシャンと窓が割れる。
殴られたダメージが大きすぎたヌリオは、ぴくぴくと痙攣したまま、そのまま起き上がらなかった。
「大丈夫か!? コー!」
首を確認すれば、痣はない。他にも、怪我はなさそうだ。
コーが、コクコクと頷いたため、ホッと安心した。
その騒音を聞きつけたボス達に、ランチアは事情を説明する。
ボスは沈痛な表情になり、額を押さえて顔を俯かせた。部下にヌリオを拘束するように指示を下す。
ランチアとボスは部屋に戻り、コーをソファーに下ろす。
「……コーは、どうしましょう」
「そうだな…。アイツのボスとして、親御さんに謝罪をしたいところだが……あえて黙っておくべきだろうか。こんな目に遭ったなんて、本人も両親も、知らない方がいいのか……どうしたものか」
「…オレのせいです。オレが、そばから離れたから。……そもそも、ここに連れて来なければ……」
「ランチア。お前が自分を責めるな。ボスとして、ちゃんと部下を見ていなかったオレを責めてくれ」
「そんな!」
「何か……このお嬢さんに、償いをしたいが………」
ソファーに座るコーの後ろで、ランチアとボスは真剣に話した。
事実を知らせないままにするべきか。または、事実を保護者に明かして、償いをするべきなのか。
一体どうするべきなのか、選択に迷う。最善は何か。
「じゃあ、あの男が、繋がってる犯罪者。ちょーだい」
そこに聞こえてきたのは、幼い声。
ここにそんな声を出すのは、一人しかいない。
だが、その子は。
イタリア語が話せないはずだ。
ひょいっと、コーがソファーの背凭れに座って、こちらと向き合った。
包み紙から取り出した一口サイズのチョコレートを口に入れる。
「こっちで片付ける。……あー、でも。自分の部下の過ちだし、そっちで対処したいかな?」
口の中でチョコレートを転がしながら、コーはぺらぺらとイタリア語で話す。
「……コー?」
ぽっかん、と口をあんぐり開けてしまうランチアは、名前を呼ぶ。
「なぁに? ランチアお兄ちゃん?」
コーは、にっこりと笑って見せた。
同じ、少女、なのか……?
信じられないと、目をぱちくりと瞬かせた。
「だめだよ? 幼い子どもだからって、ひょいひょいとマフィアのアジトに連れ帰っちゃ。わっるーい子だったら、どうするの? 悪魔な子かもしれないよ?」
そう目を細めて、コーはからかいの笑みを見せる。
「お嬢さんは……一体…?」
「そこは置いておいて」
ボスの問いを、コーは後回しにする。
「あたしを売ろうとした男と繋がっている犯罪者。くれるの? くれないの? ランチャーファミリーのボスさん? 決断をどうぞ?」
異質な少女を見て、ランチャーボスは少し警戒で身体を強張らせた。
足を組んで頬杖をついて、コーは決断を待つ。もぐもぐと口の中でチョコレートを噛み砕きながら。
「……もしも、お嬢さんにその犯罪者の情報を渡したら、どうなるんだ?」
「ん? そうだねー…犯罪組織なら丸ごと潰す」
コーは、あっさりと言い退けた。
「野放しは、よくないでしょ? 完膚なきまでに、潰す」
にっこりと笑ったあと、強い声で告げる。
気圧された気がした。
この異質な少女は、本当に悪魔の子なのか…?
ランチャーボスは、たらりと汗を出す。
「やだな、そんな緊張しちゃって。制圧したら、警察に突き出すだけだよ?」
「「!?」」
ケラッと、コーは明るく笑い退ける。
子どもらしかぬ強い声は、最早、皆殺しにすると言っているようにしか聞こえなかったのだが……。
「いや、でも……制圧って…」
犯罪組織を相手に、制圧をするとはどういうことなのか。
ランチアが尋ねようとしたが、コーは初めて会った時と変わらず、大きな目で見上げてくる。
今なら、わかるのだ。
強い。その瞳が、少女自身の強さを示している気がしてならない。
ゴクリ、と息を呑んだ。
「……悪いが、うちのファミリーの問題だ。巻き込まれたお嬢さんには悪いが……別の方法で償わせてほしい」
ランチャーボスは、そう返答した。
「そう。わかった」
コーは、あっさりと引き下がる。
「んじゃあ……貸し一つってことにしようか?」
「………ああ、そうしよう」
貸し一つ。
この少女に貸しなど、少し怖い気がするが、ランチャーボスは頷くことにした。
「それで……一体、お嬢さんは何者なんだ?」
「それは、また今度。あ。トンボラ、初めてやったけど、面白かった。ほんとはポーカーをやりたかったんだけど、最強の用心棒さんのファミリーがどんなものか見たかったんだよね。次来た時にでも、ポーカーで遊んで?」
再び、コーに後回しにされてしまう。
ランチャーボスは、チラッとランチアを横目で一瞥する。
ランチアを最強の用心棒だと知っていて、ついてきた。
そして、ランチャーファミリーを見定めたのだ。
しかも、ちゃっかりと、次に来る気満々である。
「お前……とんでもない娘を連れてきたな?」
「す、すみません…?」
もうどう思えばいいか、わからないランチアは、まだ混乱中だ。
「まぁまぁ。ランチアお兄ちゃんを責めないでよ。ただ凍えそうな少女を温めようと連れて来て、ココアを飲ませてやって、イタリアの大晦日の遊びを一緒にしただけじゃない。実害なーし」
別に責めているわけではないのだが、元凶本人に言われると、なんとも言えない気持ちになってしまうランチャーボスであった。
「そろそろ合流しないと。これ、どこに落ちてた?」
コーは、コートのポケットから、ルビーのついたアクセサリーを取り出す。
「これ。友だちに、あたしがプレゼントした物なの。アイツが簡単に落とすと思えないんだよねぇ……初めての誕生日プレゼントだから、今頃必死に探してるかも」
大冠のデザインのブローチ。
偶然にも、コーの友だちの物だったらしい。
「それなら、お嬢さんの友だちだと名乗る少年が、見付かったんだ」
「外見は?」
「青っぽい髪の少年だそうだ」
「あ〜。そっちかぁ。じゃあ、帰るね。ココアとチョコ、ご馳走様」
スタン、とコーは床に着地。
「その子、どこ?」
「あっ。オレが! オレが案内する! いいでしょうか? ボス」
「…ああ、責任持って送ってやれ」
横切りながら尋ねるコーを連れて来たのは、ランチアである。責任持って帰すべきだと、自分のボスに確認。
「ランチアお兄ちゃん」
「あ、ああ」
手を伸ばされたから、ランチアは手を繋いだ。
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