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空色少女 再始動編
427 青年と迷子の少女






 どうしたものか。


 青年は、困っていた。


 先程から、ちょこちょこと、少女が後ろをついてくるのである。

 足を止めれば、少女も足を止めた。

 振り返れば、じっと見上げてくる。


 栗色の髪をふんわりと下ろして、白いマフラーで口元までしっかりと首に巻き付けた少女。

 大きな瞳で、見上げてきた。


 何故、自分についてくるのだろうか。


 青年は、心底わからなかった。

 お世辞でも子どもに好かれるような顔立ちではない自分に、どうして。

 むしろ、怖がれると思うのだが。


 もう一度歩き出すと、少女はちょこちょことついてきた。


 どこまでも、ついてくる気なのだろうか……?


 また足を止めると、ピタリと少女も止まる。

 周りを見回してみたが、少女の保護者らしき人はいなさそうだ。


「あー……」


 そっとしゃがんで見る。間近で顔を近付ければ、流石に怖がると思ったのだが、少女は反応しない。


「……迷子、か?」


 そう尋ねた。

 少女は、不思議そうに見つめてくる。
 青年も、不思議に見つめ返す。

 どうにも、少女の瞳は、綺麗に思える。


「パパやママは? はぐれたのか?」

「……」


 少女は何も言うことなく、小首を傾げた。


「まさか……イタリア語、わからないのか? 外国人っぽいな…」


 外国観光客なのか。

 迷子なら、とんでもない。
 外国で迷子なんて、親がいるなら、その心配は計り知れないだろう。


「ええっと、ホテル! ホテルはわかるかっ? ホ・テ・ル」

「……」


 なんとか宿泊施設を聞き出そうにも、少女は反応を示さない。


「やはり、警察に送り届けるか……?」


 普通は考えてそうするべきだろうが、自分の素性を考えれば、そう簡単にはいかないのだ。


 青年は、困り果てる。


 すると、少女が動いた。

 手を伸ばしてきたかと思えば、ぴたり、と頬に当ててくる。


「冷たっ!? なんで手袋してないんだ!? 今日は雪が降るかもしれない気温だぞ!?」


 少女の手はかじかんでいて、氷のようだ。

 カタカタと震えている。
 心なしか、泣きそうだ。


「オレのをはめろ! 足りないか!? 行くぞ!!」


 一刻も早くこの少女を温めるべく、青年は許可もとり忘れて、抱きかかえて走り出した。




 こうして、青年は迷子の少女を、マフィアの屋敷に連れ帰ってしまったのだ。




 強面の青年が、小さな少女を抱きかかえて帰ってきたため、ファミリーはびっくり仰天した。


 少女は、パチパチと弾く音を鳴らす暖炉の前に、座り込んだ。


「お前……それで少女誘拐してどうすんだ……ぶふふっ!」

「凍死…するかと思って……。すみません」


 事情を聞いたファミリーは、お腹を抱えて笑いたかったが、なにぶん自分達はマフィア。

 そんな大の大人に爆笑されては、迷子の少女が怖がるかもしれない。必死に耐えた。


「とりあえず、若い衆の何人かで、観光客の子どもを捜しているか、調べさせておくか」

「すみません、ボス。自分もこの子の親を捜して、うおっ?」


 いつの間にか暖炉から離れた少女が、青年のズボンを握る。引き留めているかのようだ。


「……なんか、好かれてねーか?」

「やっぱり…そう、なんですかね…?」

「何した、お前」

「何も……気付いたら、ついてきてたんですよ…」


 自分が聞きたい、と青年は困り果てた。


「で? その子、名前は?」

「あっ、聞いてませんでした。……名前、言えるか? 名前」

「……」


 青年は再びしゃがんで、少女と視線を合わせる。
 無言を返されてしまった。


「ネーム。ネーム、ならわかるか?
 オレは、ランチアだ。オレ、ランチア」


 なんとか少女の名前を聞き出そうと、身振り手振りをする。

 強面青年ことランチアが、必死に名前を聞き出そうと、自分を指差しては名前を教える姿。


 ファミリーは肩を震わせて、笑いを堪えることに必死だ。


「ランチア」

「! そ、そうだ! オレがランチアだ! で。君は?」


 やっと少女の声を聞いたランチアは、ぱっと顔を明るくした。

 次は、少女の名前である。


「……」


 少し考えるように首を傾げた少女は。


「コー」


 そう名乗った。
 にっこり、と愛らしい笑みで。


「コー? それが君の名前で、間違いないな? コー」


 コクコクと、少女ことコーは頷く。

 言葉の通じない少女から、情報はこれ以上聞き出せないと判断し、ファミリーのボスは、若者達にこの少ない情報を与えて、親を捜させることにした。


 ランチアも行きたかったのだが、どうにもコーに放してもらえず、残ることになる。


 コーは渡されたココアを、フーフーと冷ましては、飲んだ。


 ソファーに座って、ブラブラと足を揺らす。
 暇そうである、とランチアは気にした。


「……なんか、子どもが遊べるようなもの、ありましたっけ?」

「ポーカーで使ってるトランプでもするか?」


 ぴくっとコーが反応したが、誰も気付かない。
 コーは大人しく、ココアを啜る。


「あっ。トンボラでもしましょうか? この子の暇潰しに!」


 比較的若い男が、そう提案した。


「ははは、そりゃいいな。オレはもう何年もしてねーなぁ……賞品は何にするか」

「肝心のトンボラも買わねーと」

「オレ、買ってきます、うっ?」


 一番年下のランチアが、買い出しに行こうとしたのだが、またコーに引き留められる。


「いい、いい! お前は、その子にいてやれって! 今日は最強の用心棒と謳われるランチア様の護衛対象は、その子だ!」


 ボスがそう言えば、ついに他のファミリーはゲラゲラと笑い出した。


「やめてくださいよ……その最強の用心棒ってのは」

「事実じゃねーか。そんな用心棒に、引っ付くとはぁ……お目が高いな! お嬢さん!」


 恥ずかしがるランチアを笑い退けて、ボスと呼ばれる初老の男性は、コーの前にしゃがんだ。


「×××××××?」


 微笑んだコーが、そう何かを言った。


「ん? なんて言ったんだ? どこの言葉だろうな…?」


 ボスは首を傾げつつ、頭を撫でてやる。


「しっかし……キレーな目をしてるなぁ。大人しい雰囲気だが……この目は、きっと強気な性格に違いない! 案外、強い子に育つかもな! お前みたいに!」

「ランチアの弟子にしますか? もう懐いてますしね!」

「冗談も、そこそこにしてください…」


 またもやゲラゲラと笑われ、ランチアは肩を竦めた。

 それから、コーを見てみる。視線に気付いて、見上げてくるコーの瞳。

 言われてみれば、大きな瞳にあるのは、強さなのかもしれない。


 少しして、トンボラと賞品が用意された。


「この子にルール、伝わるのか?」

「そこは懐かれたランチアが教えてやれ」

「オレですか!?」


 丸投げされたランチアは、ギョッとした。

 とりあえず、ゲームをするためにも、大きなテーブルにつく。

 小さなコーのためにも、クッションを置いた椅子を用意したのだが、何故かランチアの膝の上に乗った。

 それを見て、ファミリーは爆笑。

 ランチアは、赤面した。


「これはイタリアの大晦日のゲームだ、コー。ゲーム。このカードと同じ数字が出て、横一列に並んだら、賞品がもらえる」


 根気強く、ランチアはルールを教えようとする。

 しかし、コーはあっさりと、ルールを把握したもよう。


「ほーう、賢いじゃないか。……見る目もあるし、賢いとは……将来有望だな!? 本当にウチに入れておくか!?」

「冗談がすぎますって…」


 どっと、笑いが上がる。

 自分はとんでもないところに、少女を連れて来てしまったのかもしれない。ランチアは、少々後悔した。

 まぁ、本当に冗談なので、大丈夫ではあるが。







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