[携帯モード] [URL送信]

空色少女 再始動編
426 失くす







 スクアーロは、手が塞がっている紅奈に、携帯電話を耳に当ててやった。


「うん、とっても寒いの! 雪は降ってないよ? でもこっちの予報では大晦日に降りそうなんだって」


 電話の相手に、紅奈は明るく話す。


「うんうん、ガチガチに凍っちゃうかもね! ツナくんは、ずっとコタツでゲームでしょ? 冬休みの宿題はやった? ドリルやプリントのわからないところは、あとで見てあげるから、ちゃんと自分で頑張ってね?」


 双子の弟の宿題について。

 ちなみに、紅奈は冬休みのクリスマスイブとクリスマス中に、大方は終わらせた。


「またね。Ti amo ツナ」


 チラッと、骸とベルが紅奈を見る。

 優しい笑みを浮かべた紅奈が、そこにいた。

 ただし、手には札束があって、一枚一枚数えている。


「えー? 忘れちゃったの? 愛してるって意味だよ、ツナくん。てぃ、あーも。そうそう。うん。お母さんにも伝えて。じゃあね」


 もういいよ、とスクアーロに目配せして、紅奈は札束を数えることに集中した。

 一つのベッドの上。紅奈と骸とベルが、イタリア紙幣をせっせと数えた。


「えーと、合計は」

「「1550ユーロ」」


 紅奈の問いに、骸とベルの答えが被る。
 バチバチ、と火花を散らす二人。


「日本円にすると、だいたい20万だっけ。んぅー、まだまだ欲しいな」

「なんでお金が欲しいの? 今回の旅、全額お父さん持ちなんでしょ?」

「これは旅費用じゃなくて、念のための活動資金」


 ベッドに寝そべったベルに、確認されたので、紅奈はそう答えた。


「もっと中堅ファミリーとポーカーするか……」

「待て紅奈! マフィアのアジトは、カジノじゃねぇんだぞ!? う”お”ぉおおいっ!


 スクアーロがツッコミつつも、止めることを試みる。


 マフィア巡りを始めた一昨日と昨日で、二つのファミリーと一つのギャングのアジトに乗り込んだ。

 どこも中小であり、新生だった。

 子どもぶって保護を求め、保護者代わりの兄が来るまで、ポーカーしようと持ちかけてやっては、巻き上げたのである。


 マフィアの一方は、子どもに負けたとゲラゲラ笑っては、素直に兄役として迎えにきたスクアーロと一緒に帰してくれた。

 もう一方は、ベロンベロンにお酒に酔っていたこともあり、紅奈が一人勝ちした最後には、ほぼ寝落ちていたので、そのまま勝ち取ったお金だけをもらって退散。

 ギャングの方は、ブチギレたため、スクアーロ達が乗り込んで制圧。まとめて縛り上げて、警察に通報しておいた。


 元々、紅奈は一人で乗り込んで、交流をするという話だったが、スクアーロが断固反対。


 紅奈はむくれつつも、骸とベルの同行で譲歩。スクアーロは、近くで待機しては、盗聴器で様子を把握していた。

 紅奈がポーカーを提案して、お金を巻き上げるとは聞いていなかったため、大いに驚愕。

 マフィア交流イコール賭けゲームとなってしまっている。


「パン! 買ってきたぴょん!」


 そこで朝食を買いに行かせた犬と千種が、戻ってきた。


 ここは、家族向けが使う宿泊施設の部屋。

 昨日借りておいて、ベロンベロンに酔ったマフィアのアジトから、深夜に帰ってきては、ベッドに倒れ込んで、すやーと寝た。

 寝起きから巻き上げたお金を数える10歳前後の子ども三人。
 スクアーロは、この冬休みで何回かわからない遠い目をしてしまった。


「流石に、中堅ファミリーのアジトはやべーんじゃん?」

「なんで?」


 むしゃむしゃとクロワッサンを食べながら、紅奈はベルに首を傾げて見せる。


「それなりにアジトは広いわけで、いざって時に、スクアーロの加勢が遅れるじゃん。アジトのど真ん中って言えるし、囲まれてるってなると、キツいだろ。中堅マフィアなら、昨日の昼にのしたギャングとはわけが違うし。せめて、退路を把握してから、行動すべき。潰すだけならまだしも、コウはちょっかい出して金もらっておきたいだけなんしょ?」

「意外と冷静な意見を言えるのですね」

「カッチーン」


 紅奈の前でなければ、喧嘩をおっぱじめる険呑な空気を出す骸とベル。


「念入りに計画して、安全確保、か。………それじゃあ、ワクドキのアポなし北イタリアのマフィア巡りにならないじゃん」


 紅奈が、悲しげに眉を下げて見せた。


「そこにこだわる必要あるのか…?」

「目標額は100万円」

「だからマフィアのアジトは、カジノじゃねぇー!!! 目的変わってるぞ!? 真の目的は実戦!! だったろ!? う”お”ぉおいっ!

「ごめん、本格ポーカー、楽しくて」


 てへぺろ、する紅奈。


「それに、これは保険。万が一にも、骸達がCEDEFに潜入出来なかった場合の活動資金だって必要じゃん? ……あたしが100万円稼いでやんよ」

「9歳のボスに、よく知らねぇマフィアのアジトに乗り込ませて、ポーカーさせ続ける部下なんて……いるかぁあああっ!!!

「うわ、うっさ」


 どやっと言い退けた紅奈に、盛大に大声でツッコミを入れるスクアーロ。


「もういいだろ!? ヴァリアー戻って、稽古だ! あとベスターに会ってやれ!」

「あー、なんかめっちゃ拗ねてたぁー。紅奈は来ねーよって声かけたら、ブッチギレたけど、言葉通じるんかな? うしし」

「それは普通にベルの態度が、おちょくってるってわかったんじゃないの?」


 ヴァリアーで稽古を推すスクアーロに、ベスターをだしに出された。

 ベルは来る前のベスターを面白おかしく教える。きっとその不機嫌は、世話係担当のレヴィにぶつけられるに違いない。


「このまま北イタリアのマフィアを尋ねるために動き回るというザックリした予定ですが……年越しはどうするのですか? 紅奈。特に変わらず、ですか?」

「ん? イタリアの年越しってなんだっけ……ああ、爆竹や花火を盛大に鳴らすんだったっけ。カウントダウンには、借りた部屋の庭で爆竹を鳴らしたり、打ち上げ花火でもする?」


 イタリアの年越しでは、悪いものを払うために、大きな音を立てる習慣があって、爆竹や花火が盛大に鳴らされるのである。


「いーね、いーね。盛大にやろっか。犬と千種もやりたいでしょ?」


 ぱぁっと犬は目を輝かせて、サンドイッチにかぶりつきながらも頷く。

 千種は少し考えた素振りをして、怠そうに頭を下げた。


「てか、キングは赤い下着用意した?」


 ベルの発言に、スクアーロはギョッとして、骸は固まる。


「赤い下着?」

「あっ、知らねーの? 花火とおんなじ、魔除けみたいなもん。または幸運を呼ぶ感じ? 大晦日に身につけて、次の日にポイってするってさ。あ。そう言えば、他人からもらった赤い下着じゃなきゃ、だめだったっけ。オレ買ってくるー♪」

「待てコラこのクソガキぃいいいっ!!!」


 首根っこ掴んで、スクアーロはベルを捕獲。


「異性に対して、全く礼儀のなっていない人ですね……」


 呆れればいいのか、怒ればいいのか、骸はわからなくなった。


「ハワイで紅奈の下着買ったくせに、棚に上げんなよ、カス」

「そうそう、別によくない? だいたいそう言う風習なんでしょ?」

「……!!」

「「「………」」」



 確かに風習である。

 そしてスクアーロは、紅奈の下着を買い与えた経験あり。

 骸と犬と千種の視線をチクチクと受けるスクアーロは、その視線に込められたものは判別しないでおいた。知りたくない。

 違うのだ。事情があったのだ。違うのだ。


「つーことで、買ってくる♪」

「いってらー」


 ベルを放すしかないスクアーロだった。
 骸は悩む。ここはベルと競うべきなのだろうか…。


「あっ。」


 ベルは、くるっと振り返った。


「紅奈って、ブラデビューした?」

そういうとこだぞクソガキぃいいいっ!!!


 遠慮なしの質問。
 思春期前後な少年達の中で紅一点状態で、礼儀なんて一切なし。


「ああ、あたしは」
言うんじゃねぇええっ!!!


 スクアーロは、素早く紅奈の口を右手で塞いだ。
 ぼすん、と勢いよく倒してしまう。


「お前はそこんとこも成長しろ!! 男の前で脱ぐな! 下着買わせんな! 肌晒すな! これからしっかりと危機感持て!!」


 身体の成長ではなく、常識を身につけてほしいと訴える。その点の成長を求む!


 まくし立てるスクアーロを、紅奈は口を押さえつけられたまま、じっと見上げた。

 ぜーぜー、と言い切ったスクアーロの右手を、ツンツンとつついて、紅奈は手を退かしてもらう。


「わかったか!?」

「スク。それってお前達の忠誠心を疑って、常日頃裏切りを警戒しろって意味?」

「……!!?」


 忠誠心を……!

 疑われる……!?

 常日頃……!?


 紅奈に嘘偽りない本物の忠誠心を捧げているスクアーロは、衝撃を受ける。


 プルプルと震えた。


 それは。

 それは、嫌である。


「スクアーロ。ボスと部下の前に、男女なのです。常識、常識が必要です。年上の部下として、男女の常識が欠けた年下のボスをフォローをすべきです」

「ハッ!?」


 わりと強めの骸の冷めた指摘に、スクアーロは我に返った。


「常識なんて人それぞれじゃん」

「紅奈………せめて、異性の部下への配慮してください。女性として無防備でいないでください…」

「配慮? えー? しょうがないなぁ……」


 骸が額を押さえて言えば、めんどくさそうに紅奈は、しぶしぶ頷く。

 部下の配慮をするのなら、早くしてほしかったものだ。とりあえず、スクアーロは胸を撫で下ろす。


「で? 結局、ブラデビューは?」


 空気を読まないベルに、その後、スクアーロの怒号が響き渡った。









 吐く息が、さらに白くなった気がする。

 ぺったりとセーターの中に貼りつけたカイロが活躍して温めてくれるが、顔は外気に触れて冷えた。

 マフラーで覆った口元から吐く白い息が、睫毛に水滴になってくっつく。鬱陶しい。


「はぐれんなよ、コウ」

「ん」


 骸達が情報収集した結果で見付け出したファミリーに接触しようと、紅奈達は街を歩いていた。

 少々、人通りが多く、見失わないように、スクアーロは紅奈と手を繋いだ。

 しっかりと黒いウィッグの上に、ニット帽を被った紅奈は、スッと周りを見て、目をぱちくりさせた。


(おっ! 見つけたんじゃない?)


 マフラーの下の口元を、二ッと吊り上げる。


 紅奈の密かな目的。


 あわよくばではあったが、どうも自分は出会い運が、すこぶるいいらしい。


 ピタッと、前方を歩いていたベルが足を止めた。


「……コウ、どこ?」


 ベルの問いに、スクアーロはしかめっ面をする。
 骸達も足を止めて、振り返った。


「は? 何言ってやがる、ここに……」


 いるはずの紅奈は、いなかったため、スクアーロは驚愕。


 スクアーロの手の中には、紅奈の手袋しかない。

 軽く握っていただけで、全く気付けなかった。


「紅奈!? おい紅奈!!? う”お”ぉおおいっ!! クソ油断した!!!


 キョロキョロと辺りを見回しても、紅奈は見当たらない。


 白いニット帽と黒髪の少女の姿は、ないのだ。


「どこ行きやがったう”お”ぉおおいっ!!!」


 スクアーロは、引き返す。


「アイツ……マジでいなくなったぴょん…」

「……」


 青ざめる犬。唖然とする骸。
 紅奈の失踪癖が、ついに発揮された。


「…犬。匂いで追いなさい」

「! はい、ぴょん!」


 犬のカードリッジ、ウルフチャンネルを使用。狼の入れ歯で、嗅覚を底上げ。

 これで紅奈を捜す。


 だが、しかし。

 そこは、お晦日のせいで、人通りが多すぎた。

 紅奈の匂いが辿れず、ウロチョロ。


 地道に捜すしかない、と骸は肩を落とす。


「どこ行ったんだ? キング……どーせなら、オレを誘ってくれればいいのに」


 勘頼りに紅奈を捜そう。そう思ったベルだったが。


「…ベルフェゴール」

「なんだよ、バーコード」

「……ブローチ」

「は?」

「ないけど」


 千種に呼び止められたかと思えば、胸の辺りを指差された。


 ブローチ。

 首に巻き付けた紅奈から、もらった誕生日プレゼントの耳当てマフラーに取り付けた王冠のブローチだ。


「は……?」


 ベルは、絶句する。

 そこにブローチは、なかったのだ。















[*前へ][次へ#]
[戻る]

[小説ナビ|小説大賞]