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空色少女 再始動編
423 精神世界




 ぱちん。
 目を開くと、クリーム色の空。


 ん……?


 起き上がってみれば、草原が広がっていた。

 なんだか、夢の中でジョットと、会っていた場所と似ている気がした紅奈。

 だが、ジョットはいないし、それにそことはまた違う気がする。


「……紅奈……?」


 名前を呼ばれたから、振り返った。
 そこには、ポカンとした顔の骸が立っていたのだ。


「………」

「………」


 ぱちくりと瞬く紅奈。

 ぽっかーんと呆けた骸。


「……なんでいるの? 骸」

「いえ、こちらのセリフなのですが……」

「いや、あたしの夢じゃないの? 不法侵入?」

「僕は他人の夢の中に入る能力を持ち合わせていませんよ…」


 肩を竦めた骸は、紅奈が座った隣に腰を下ろした。


「自分の夢の中で、他人が入り込んだのなら、普通は驚きませんか?」

「ん? 夢なんて、なんでもありでしょ」


 寝ている間に、誰かと会うことには慣れていたので、驚かない。


「まぁ……紅奈について、驚くことにはもう疲れました……」

「疲れるの早くない? これから、まだまだ付き合いが長くなるのに」

驚かせることをやめるつもりはないのですね…?


 遠い目をする骸に、紅奈は笑ってやった。


「で? ここ何?」

「…僕は、幻想世界と呼んでいます。精神世界、と言えばわかりやすいでしょうか? 幻覚によるマインドコントロールをする天道を持っているせいか、または実験の結果の副作用なのか……眠っている最中に、こうして、現実とは違う世界を練り歩けるのですよ」


 苦笑のような、自嘲のような、そんな笑みを零して、骸はそう手短に説明をした。


「……最早、幽体離脱によるあの世の散歩では?」

「…………。紅奈がそう解釈したいのならば、それでいいですよ…」


「いいんだ…」


 幽体離脱をして、あの世の世界を彷徨っている説でいいのか。
 骸は、また遠い目をしてしまう。


「紅奈は、初めてですか?」

「うん」


 ここは、初めてである。
 ぽすん、と紅奈は背中から倒れて、クリーム色の空を見上げた。


「何故、今日はこうして会えたのでしょうか…? ……会いたいとは、思ったのですが」

「元凶それじゃない?」


 それしか、原因が思いつかない。


「呼び出すとは、何様よ」

「クフフ、申し訳ございません。……こうやって会えるなら、早く会いたかったですね。肉体がそばにあるからでしょうか? 会えなかった間は、当然会えませんでしたし……」

「肉体、ね。あり得なくもないけど……。なんで同じ機内にいるのに、会いたいとか思ったの?」


 居候生活中は、もちろん隣の部屋で寝ていたため、会いたいと願って眠っていなかっただろう。
 しかし、今はイタリア行きの機内にいる。


「……厳密に言えば、二人きりになりたかったのですよ。居候生活が終わる前に、聞いておきたかった……と思いましてね」

「何を?」


 紅奈は、きょとんとした。
 しかし、心当たりを、すぐに思い付く。


「別にいいけど……なんで、ベルもだけど、そうあたしの前世なんて、気にするの?」

「逆に気にならない方がおかしくありません?」

「どうして?」


 わからない、と怪訝そうな顔で見上げてくる紅奈に、骸は困ってしまう。


「一体、前世が誰なのか、気になりますよ?」


 すると、紅奈は起き上がって、ずいっと顔を近付けた。
 いきなりの至近距離に、骸は驚いてしまう。


「あたしはあたしなんだけど」


 この世界の中でも、橙色が込められたブラウンの瞳が、見透かすように見つめてくる。


「沢田紅奈であることは変わらない。貴方と出逢い、約束を果たして救って、ボスとなったあたし。今、現在、このあたしを知っているだけじゃあ、不満なの?」


 惹きつけて止まない瞳。

 呆けて見つめ返してしまう。


 骸の返答を待つことなく、紅奈はまた、ぽすん、と草原に背中を預けた。


「精神的には、前世の続きって感じだから、あたしの思考回路は年相応ではない。ただの子どもじゃない理由が、前世の記憶があるから。……それ以上に知る必要、あるとは思えない。何が訊きたい? 答えるかは保証しないけど、お好きに質問、どうぞ?」


 立てた足を組むと、プラプラと上の足を揺らした。

 かなりめんどくさそうな態度である。

 そう言われてしまうと、根掘り葉掘りと質問しづらい。
 黙ってしまい、沈黙が降る。


「………骸。憑依弾、使ったこと、ある?」


 骸達のいたファミリーが、生み出した、他人の身体を乗っ取る弾丸。


「……ええ、まぁ」

「自分の頭を撃ち抜いて、他人の身体に移るって話だけど……その際、ここみたいな世界を見たりする? 臨死体験みたいなやつはある?」


 沈黙のあとから、憑依弾の話になって、不可解だとは思ったが、骸は答えることにした。


「この幻想世界は見ませんでした。ただ、意識が途切れ、そして目を開けば、契約した相手の身体に出入りが可能となります。前に話したと思いますが、僕の場合は三叉槍の刃で傷付けた身体が契約とし、憑依弾を使用後に乗り移るのです」

「そう………」


 紅奈は、ぼんやりしたように、空を見上げる。


「あたしも前に話したと思うけど……死んでる間は、真っ暗。闇の中」


 それを聞いて、骸は目を見開く。


「それは……死にかけた時の話とばかり……」

「実は前世の死後の話」


 悪戯が成功したような笑みを見せた紅奈。
 骸の方は、笑えない。


「でも、まあ、同じ話だ。万人共通かは知らないけど、あたしの場合、死は絶望の闇だった。まるで箱に閉じ込められてるみたいだったけれど………光が差し込んで」


 ジョットが手を差し伸べた。


「そして、沢田紅奈として生まれた」


 転生したのだ。


「あたしは、誰がなんと言おうと、沢田紅奈だ。文句ある?」


 前世が誰であろうと、紅奈は紅奈。

 勝気ながらも、無邪気な笑みで言う紅奈を見て、骸は肩を竦めた。


「……文句なんて、ありませんよ。紅奈は、紅奈です。それで……十分ですよ」


 それでいい。骸は、そう思えた。


 前世が誰であろうと、紅奈に変わりない。

 骸が恋した相手だ。変わらない事実。


 しん、と静まり返る。

 今度は、嫌な沈黙ではない。まったりした時間を過ごしている。そんな気分だ。


「……もったいないですね。離れていても、こうして会えれば、CEDEFに潜入中であっても、盗聴などの心配もなく情報が渡せるのに」

「それもそうね。なんとか頑張って?」

「……善処します」


 何気なく、半分冗談で言えば、いい案だと言わんばかりに、紅奈は離れていても会えるように努力してみろと、やんわりと言ってきた。


 本当に、半分冗談だったのに。

 半分は本気で、紅奈と秘密の逢瀬がしたいと望んだだけだ。可能なら、そうなるのだが。


「そう言えば、その憑依弾。骸は永久に葬る気はないの?」

「永久に、ですか?」

「今後、使う必要ある? 最後に潰した隠れ蓑で精製方法の資料があったから、破棄してやったけど……忌々しくない? あたしとしては、葬ってほしいんだけど」


 永久に葬る、か。


「……そうですね、忌々しいです」


 それさえなければ、別の人生があったはず。

 正直、憑依弾を使って、憎むマフィア世界をめちゃくちゃに破壊してしまおうと思っていたのだが。


 変わったのだ。


 隣にいる、紅奈が、変えてくれた。


「我がボスが、そう望むと言うのならば、従いましょう」

「じゃあ、そうして」

「クフフ、仰せのままに」


 骸も、紅奈の隣に横たわって、クリーム色の空を見上げる。


「眠る度に、試してみてもいいでしょうか?」

「あたしを、こうして呼び出せるのか?」

「ええ。物は試しです」

「そうね…。潜入している間、ノーリスクで接触が出来る方法だもの。頑張って?」

「クフフ。努力いたします」


 紅奈を独占出来るのならば、気合いが入ってしまうに違いない。

 しばらくの間、黙ってクリーム色の空をぼんやりと眺めていたが、目を閉じた。








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