空色少女 再始動編
419 大きな勝負
「三回勝負って話だけど……まだするの?」
「うっ、ううっ……」
奈々に背中を擦られて慰められる家光は、旅費全額を取り消すチャンスはある。だが、そのために勝負をするのはいかがなものか。
かといって、イタリア旅行の許可であるジョーカーを取りに行くのは、どうなのだろう。
それを紅奈が取り戻させてくれるはずがない。
ジョーカー二枚が、イタリア旅行の許可権。一枚を奪われれば、イタリア旅行自体がなくなり、もちろん旅費の件も意味をなさなくなる。
紅奈に、利点がない。
賢すぎる紅奈は、もちろんジョーカーを賭けに出してくれないはず。
逆に、紅奈が三回目勝負で、ジョーカーを賭けてくれるほどに相応しいものを賭けに出せればいいのだが。
これ以上は、何があるだろうか……?
「そっちが一発逆転するチャンス。あげようか?」
スッと、紅奈は腕時計を自分の方に引き寄せた。
「な、何かあるのかっ?」
流石、根は優しい娘である! 母に慰められる父に、チャンスをくれるとは!
ぱっと目を輝かせた家光に、紅奈はチャンスを告げる。
「冬休みのイタリア旅行のジョーカー二枚。旅費全額の腕時計。あたしは、これを賭ける。そっちは、今後二回だけ、好きなタイミングでイタリアへ行く許可」
紅奈はハーフアップに留めていた骸からの髪飾りであるオレンジ色のバレッタを、家光の前に置いた。
「……冬休み以降にも…イタリアに行く、許可……」
オレンジ色のバレッタ。
紅奈の好きなタイミングで、イタリアに行く許可を与える、か。
この勝負に勝てば、家光は冬休みのイタリア旅行の阻止が出来る。
負ければ、冬休みを含めて、娘に合わせて三回、イタリアに行く許可を与えることとなる。
大きな勝負だ。
「……一応、奈々に聞くが…この賭けは、いいか?」
二回とは言え、自由に、イタリアに好きなタイミングで行かれてしまう許可だ。
母親である奈々の意見も、確認してみる。
「うん! 頑張って!」
最早、奈々は勝利の行方が気になって、ワクワクしているだけだ。
ルールを全く知らなくても、楽しめるとはすごい。
「わかった! その勝負! 乗った!! 娘に提示された大きな勝負から、逃げるなど父親ではない!」
どーんっと家光は、胸を張った。
「まあ! あなた、かっこいい!」と奈々が褒めるが、笑みを貼りつけた骸は、娘とそんな賭けポーカーをする時点でどうなんだろう、と疑問に思っていたりする。
(僕の警告……すっかり忘れていますね)
紅奈が勝負に出た時は、勝ち目がないと言ったのに。
二度目はない。
紅奈にとって、その二回のイタリア行きの許可が必要なのだろう。
許可を得ていた方が、いざという時に都合がいいはず。
「では、さっきと同じ、シャッフルにしましょうか?」
骸は集めたカードをまたザックリと半分に分けては、紅奈と家光に渡した。
紅奈は軽く、家光は念を込めてのシャッフル。
それを受け取っては、骸がシャッフルしたのち、交互に五枚配っていった。
家光はドキドキと緊張しながら、そのカードを確認する。
そして、突っ伏したくなった。最早、テーブルにガツンと頭を叩き付けたい。
まさかの50パーセントの確率でくる最弱ハンドのハイカードになってしまった。
ペアがなければ、数が並んでいるわけでもない、負けカード。
燃え尽きそうであった家光だったが、向かいの紅奈の表情が変わっていることに気付いた。
ずっと無表情のまま、淡々とゲームをしていたというのに。
眉間にしわを寄せた、しかめっ面。
どうやら、希望は捨てなくていいらしい。
流石に強いハンドが二回渡ってきた紅奈も、今回はよくないカード。
ここぞという勝負で、そんな顔。弱いはずだ。
つまり、ハイカードに違いない。
それならば、最弱なハンドのハイカード同士でも、強い弱いがあるわけで、それで勝敗が決ま――。
「ロイヤルフラッシュ」
スラッと滑らせるように、紅奈は表にしたカードを並べた。
そのカードを見ては、一度固まった家光は、ヒュッと喉を鳴らす。
ストレートフラッシュの中でも、強い。その確率、0.0015パーセント。
「クフフ。紅奈の勝ちですね」
「え!? コーちゃんが勝ちなの!? もう勝ちなの!?」
「ええ、最早ポーカーで一番強い組み合わせです。これに勝てるハンドは……家光さんにはないようですね」
コーちゃんすごーい! と愛妻がはしゃぐ隣で、家光は真っ白に燃え尽きた。
紅奈に大勝負を持ち掛けられた時点で、負けは決まっていたのだ。憐れ、家光。骸はさっさとトランプを片付けた。
紅奈、完全勝利。
収穫、冬休みのイタリア旅行と旅費。そして、二回イタリア行き許可。
「そういうわけだから、スク」
〔いや、通信が繋がるなり、開口一番でそう言われてもわからねぇぞ?〕
紅奈はご機嫌に伸びた髪をくるくると指に巻き付けながら、笑って告げた。
「ロイヤルフラッシュを決めて、冬休みは、丸ごとイタリア滞在決定」
〔は? ロイヤルフラッシュ? ポーカーか?〕
よくわからない発言だが、スクアーロは冬休みのイタリア旅行は決定したことだけは理解した。
「9歳の娘が、ポーカーでロイヤルフラッシュを出すって、どうなんだろうか…?」
「え? 先ず、ポーカーしませんよね? 9歳の女の子は」
暗雲漂わせて肩を落とした家光のぼやきに、部下は真っ当なツッコミを入れた。
。
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