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空色少女 再始動編
416 宣言撤回





 その後。

 早朝はべしっと腹を叩いて、犬と千種を起こしては、骸とともに二対二の稽古を行う。
 家光がひょっこりと帰って来れば、ジョギングに切り替える。
 身体を丈夫にするためにも、走っているだけだという認識のため、怪しまれない。

 何食わぬ顔で、小学校へ登校。


「紅奈ちゃん、そのシュシュ可愛いね! 最近、つけてる!」

「ポニーテール、いいね!」


 やたら話しかけてくるクラスメイトの女子達。


「ん、もらい物」

「髪の毛、カールしてるの? いつもクルクルだよね、キレー」

「ただのくせっ毛」

「ええ〜キレー! ずるーい」


 きゃっきゃっとする同級生に、適当に受け答えする紅奈。
 その紅奈の机の上に、雑誌が置かれた。
 小学校に、雑誌……。


「この髪型! 紅奈ちゃんに、にあうよ!」

「自分で出来るって書いてあるけど、むずかしいのー」


 10代の女子向けのファッション誌。
 つまり。この髪型をしろっていう意味だろうか。

 目を通したあと、紅奈は一度髪をスルッとほどいた。


「こう?」

「「「わぁ〜!」」」


 シュシュでローポニー。一度ハーフアップに結んだ髪をくるっと回しては、緩ませただけ。

 反応からして、後ろで上手く出来たらしい。

 どうやるのかと教えてほしいとせがまれたので、自分で出来るように後ろから指導。

 出来れば、歓声が上がった。そこでホームルームが始めるチャイムが鳴る。

 相も変わらず、紅奈は授業中にポーランド語の勉強。
 ノートはしっかり取っているし、テストだって百点満点と抜かりない。

 長い休み時間には、他の学年も混ざっての外遊び。
 何故か、いつの間にか、ギャラリーが集まるようになった。
 紅奈がゴールを決めれば、一際大きな黄色い声が上がるのだ。

 その光景を、家に帰れば、綱吉が擬音を交えて、奈々や骸達に熱烈に語ったのだった。





 11月に入ったあとのこと。


「紅葉が綺麗ですねぇ」


 なんて眺めていた骸が、呟いた次の日だった。


「ほんっとうに、すまんっ!!」


 パンッと両手を合わせて、家族会議を開いた家光が謝罪をする。


「今年の冬休み、休みが取れそうになくなった………本当に申し訳ないっ!」


 手を合わせたまま、頭を下げた。

 先月、あんなに気合いを入れていたというのに。
 奈々と綱吉にエールを受けたというのに。

 紅奈はダイニングテーブルで頬杖をついて、冷たく見据えたあと、そっぽを向く。


 紅奈が希望するイタリア旅行の阻止のためだろうか。

 いや。違う。

 それなら、わざわざ気合いを入れて、宣言するはずがない。その必要はないだろう。

 つまりは。また厄介な仕事がある。
 それとも。まだ同じ仕事に手こずっているのか。

 半年近くも続くような大事……?


「あらあらー。じゃあ、コーちゃんのイタリア旅行の計画……だめね」

「え? コウがイタリア旅行の計画を立てたのか?」

「ええ! ほら、骸くん達、イタリアにいい思い出がないからって、イタリアの素晴らしいところを見せてあげたいって張り切ったのよ! ほんと、コーちゃんはイタリア大好きね〜!」


 奈々が言う通り、イタリア旅行の計画を立てていた。

 奈々の目の前で、わざと立てていたのだ。こうして家光に報告してもらうためにも。

 そっぽを向いたまま、コンコンコン、と指先をテーブルに落として音を鳴らす紅奈。


「…イタリア、行きたい」


 ぼそっと、紅奈は呟く。
 紅奈の機嫌は、悪そうである。家光は、緊張した。


「す、すまん、コウ。世界のあっちこっちで工事現場の交通整理をする予定が……立て込んでしまってな…。父さんが現場にいないと、いけなくて……!」


 コンコン、紅奈の指先がテーブルを叩き続ける。
 横顔から見える紅奈の目は、冷たく他所を向いていた。


「だが! 来年! 来年の春休みや夏休みは、頑張って休暇をとるぞ!! 家族旅行をしよう! なっ!?」


 コンコン。


 ……しーん。


 紅奈の指が止まる。


「スクアーロお兄ちゃんと行っていい?」


 目を合わせることなく、紅奈は口を開いて尋ねた。


「そうね。スーくんとも、お約束したものね」

(スクアーロの奴! また来てたのか!!)


 来ていたのである。


 どうしましょう、と頬に手を当てて、奈々は首を傾げた。


「い、いや、だめだぞ? コウ。スクアーロだって、まだ未成年! 大人じゃないんだ!」

「もう連れて行ってもらったのに…」

「そうよ? スーくんは、しっかりしているわ! 無事にコーちゃんも、骸くん達も連れて来てくれたもの!」


 すでに骸達の捜索のために、紅奈を連れて行ったし、無事に連れて帰ったスクアーロの信頼度は高い。


「今回は旅行だもの〜」

「いやいや、スクアーロにはスクアーロの予定もあるだろうし」

「あら? もう約束したのよ? 冬休み丸ごとって、約束なのよ?」


 予定は、確保済み。


「優しいわよね〜。スーくん。コーちゃんのためにも、骸くん達のためにも、頑張ってくれて!」


 奈々のスクアーロに対する好感度まで高い。


 お・の・れ、スクアーロ。

 何故ああも紅奈に応えてやるのだろうか。
 ベルもそうだ。

 いや、紅奈にそういう魅力があるからだろう。

 ……だから好かん!!


「で、でも、ほらっ。オレとしてはだな、奈々? 家にいてほしいんだ。早く帰って来れたら、家に誰もいないと、オレは寂しいぞ…?」

「まあ! それなら、わたしがいるわね! あなたを待ってるわ!」

「奈々!」


 なんとか家に留まらせる作戦に出る家光。


 やはり我が愛しの妻! 素晴らしい!


 熱いハグをしていれば、紅奈から冷気を感じ取った。

 イタリア旅行の阻止。なるべく紅奈の怒りを、最小限にして行わなくてはいけない。


「だがしかし、そうなるとお母さんが一人ぼっちになっちゃうなぁ〜」


 チラチラと綱吉を見る家光。
 がびーん、とショックを受ける綱吉。


「じゃあ、ぼく、じゃなかった! オレがお母さんといっしょにいる!」


 紅奈の冷気が、さらに悪化した瞬間である。

 家光にしか感じない冷気なのだろうか。最近、寒くなったな…。

 二人が残るなら、自然と紅奈だって残るはずだ。


「でも、コウちゃんはイタリア行きたいからっ。んーと、んーとっ! オレ、お母さんといっしょにるすばんする!」


 ギョッとした。家光は目を飛び出しかけるほど、見開いてしまう。


 紅奈にべったりな綱吉が、送り出す。


 紅奈だけ旅行に連れて行ったあとに帰れば、号泣してタックルのような抱き付きをしていたあの綱吉がっ……!


 正直、紅奈も驚いて、綱吉を見た。
 紅奈の望みを叶えて、また送り出してくれるのだ。


「帰ってくるよね?」

「…うん。行ってきていい?」

「オレもお母さんといっしょに待つーっ!」


 むぎゅーっと、こちらも熱いハグをする。


「……」

「ツナくん、あなたに似てきたわね! どんどんかっこよくなるわ、きっと!」


 家光がどういうことだと目をやると、奈々はおっとりと笑った。

 そうか、綱吉も成長か…。

 涙ぐみそうである。……って違う!







 

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