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空色少女 再始動編
411 一人称オレ





「ベスターも、待ってるしなー。なんか夏の間、しょんぼりしてたらしいぜ」

「ベル達、遊んであげてる?」

「いや、オレ達がまともに遊べるわけないじゃん……」


 ニヤニヤとベスターをだしにするが、ベルは変な反撃を食らう。

 あの猛獣とじゃれられるのは、紅奈だけなのである。
 骸達も一度しか見ていないが、それはわかっていた。


「ベスターって、春休みに連れて来たっていう大きな猫だったか?」

「そう! おっきくて白くて! もようがあるの!」


 話でしか聞いてない家光に、綱吉は元気に答える。


「でも綱吉、全然触れなかったじゃーん。怖がり〜」

「ええっ。だってぇ……。でも! ぼく! コウちゃんがだっこしてる時は、いい子いい子できた!」

「ベルだって、全然触れないくせに」

「えっ、いや……うししっ」


 紅奈の指摘通り、紅奈が抱っこしている間に、撫でられるのは綱吉や奈々ぐらいなのだ。

 もうベル達では、迂闊に触れないのである。もれなく、べりっと引っ掻かれるのだ。
 引っ掻かれるだけなら、まだましである。噛み付かれれば、なかなか放さない怒りん坊なのだ。

 紅奈にしか媚びない、ヴァリアーの暴君である。

 紅奈曰く、XANXUSの代理。ちなみに、日頃の被害者レヴィ。

 もうそんな猛獣の話はしないでほしい、とスクアーロはひやひやした。

 家光に、まだ大きな猫だと思われているうちに切り上げろ、と念じる。


「そういえば、綱吉。お前もう9歳じゃん。そろそろ、自分のこと、オレって言わないの?」

「へっ? お、おれ?」


 唐突である。


「ぼくより、オレの方がかっこよくなーい?」

「…クフフ」


 一人称が僕である骸への喧嘩を売っているベル。


「おれ? おれぇ?」


 かっこよくなりたいが、しっくりこない綱吉は、首を左右に傾けてしまう。


「最近は聞かないけど……紅奈もオレオレ言ってたぜ?」


 ベル。余計な発言。

 ギッと紅奈に睨まれて、身を縮める。


「なっ…本当か!? 紅奈が!?」

「まぁ! コーちゃんが、自分をオレって言ってたの!?」


 タイミング悪く、テーブルに料理を置いた奈々まで聞いてしまった。

 初耳の両親が、ギョッとしている。


 紅奈は男勝りな口調を超えては、男そのもののような粗暴な口調になっていることがしばしばあった。基本、キレている時ではあるが。


 それは間違いなく、猫被っていない紅奈であり、両親が知る由もない紅奈の姿だ。

 バラすなど、あとで紅奈に叩きのめされるだろう。

 自業自得だ、とスクアーロは、ベルには同情しなかった。


「だって! XANXUSお兄ちゃんが、かっこよかったから真似したかったんだもん!!」
「ぶふっ!?」


 まさかのXANXUSが犠牲となってしまい、スクアーロは驚愕のあまり噴いてしまう。


「XANXUSお兄ちゃんは、かっこいいもんっ!!」


 グッサーッ!

 家光に、突き刺さる。

 ベタベタとXANXUSに懐いていたのは、かっこよかったからなのか……!?


「でも女の子だから、かっこいい男の子の真似はよくないわよ? ザンザスお兄ちゃんも、きっと可愛い女の子が好きなはずよ〜」

「そうかな?」

「そうよ! コーちゃんは、もう十分かっこいいもの! 男の子の口調をしなくてもいいのよ? ママは女の子らしく喋ってほしいわ〜」

「うん、わかった。頑張るわっ!」

「その調子よ!」


 ニッコニコな奈々に、コクコクと頷いて見せる紅奈。


 なんとかこの場を切り抜けたが、ベルは稽古で叩きのめされることは決定した。

 いい気味だ、と骸は心の中で笑う。


「そういえば、ザンザスくんは今日来られないの?」


 奈々が、それを尋ねてしまった。
 家光だけではなく、スクアーロ達も少し焦る。


「一回、家に来て、コーちゃんの看病してくれたけれど……」

「え!? アイツが来たのか!?」

「あら? 言わなかったかしら? イタリア旅行に行った夏休み明けに、一人で遊びに来てくれたのよ?」

「それって……」


 家光が顔色を変えて問うと、奈々はきょとんとした顔で答えた。


 紅奈の飛行機事故の前である。
 クーデターの前である。
 二年前のことである。


 XANXUSが、この家に来ていた。しかも、紅奈の看病をした。風邪で寝込んでいただろう紅奈のそばにいた。


「XANXUSお兄ちゃんは、今日は来れないの」


 奈々を見上げる紅奈の顔は、ちょうど背を向いていて、家光からでは確認出来ない。


 XANXUSについて、どこまで知っているのか。家光は、未だに知ることが出来ない。

 XANXUSが、会いに来れないことを知っている。それを9代目にも、そして家光にも、怒りを抱えて責めていた。

 今も、まだ。紅奈の怒りは、治まっていない。


 許さない。そう憎んだ目で叫んだ紅奈。

 それから我に返ったように目を見開いた紅奈は――――怯えたような苦しそうな顔をした気がする。

 そのまま、崩れるように倒れてしまい、呼吸が止まりかけたパニックを起こした姿。


「XANXUSお兄ちゃんの誕生日、四日前だったの」

「そうだったの? あ! もしかして、だからヴァイオリンを弾いたのかしら!?」


 ヴァイオリンを弾いた? 紅奈が?

 家光はそれを聞いて、目を見開いて驚く。

 9代目にもらったヴァイオリンは、ずっと見ていなかった。もちろん、今までも弾いていたと聞いていない。
 冬休みのイタリアで会っても、拒絶していたのに……。


「うん。会えないけど……XANXUSお兄ちゃんのために弾いたの」


 XANXUSのために、弾いた。ただそれだけ。


来年は、目の前で弾いてあげたいんだ


 紅奈のその言葉を聞いて、ギュッと家光は胸を締め付けられた。

 その願いは叶わないのだから……。

 娘の背中から、目を背けてしまう。


「じゃあ、いっぱい練習しないとね!」

「うんっ」


 来年も。届かないXANXUSに向けて、ヴァイオリンを弾く娘。


 苦しくなるが、家光は今日は娘と息子の誕生日だ。祝わないと。


 二回分も、盛大に祝うのだ。誕生を祝して。感謝を伝える。


「おれ……おれぇ……おれ」


 綱吉は、ブツブツと苦戦していた。


「クフフ、無理をしなくていいのですよ? 綱吉くん」


 骸は口を開いて、止めようとしたが、綱吉はブンブンッと首を振る。


「コウちゃんがかっこいいって言うなら! ぼっ、ぼくじゃなくてっ! オレにするっ!!」


 どーんと綱吉は宣言した。


「はい、綱吉くん。自己紹介してください」


 ひょこっと綱吉の前に戻った紅奈は、そう優しく笑いかける。


「ぼ、じゃなくて、オレ! オレは沢田綱吉! です!」

「わぁー! かっこいいね! ツナくん!」

「ツーくん! かっこいいわ!」

「うしし、その調子ー!」


 綱吉、一人称オレデビュー。








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