空色少女 再始動編
409 10月10日
紅奈は、”揺りかご”と呼ばれたボンゴレ史上最大のクーデターが起きた正確の日を知らない。知りたくもない。
それにしても”揺りかご”とは、とても皮肉な名付けをしたものだ。
XANXUSが眠っているからか?
誰が名付けたか、わかったら、ぶん殴ってやる。
そのクーデターを知るのは、加担者、またはボンゴレ上層部や応戦した精鋭ぐらいだ。
「(骸、一人になりたいから、弟を頼む)」
イタリア語で伝える。紅奈は綱吉達をリビングに置いて、一人部屋に戻った。
骸の返答など、聞かない。
「……綱吉くん。紅奈は、今日何かありましたか?」
「えっと…わかんないけど……怒ってるというか……悲しそうだよね?」
「悲しそう?」
「うん……ぼく、コウちゃんといる」
紅奈の機嫌は悪い。ピリピリしているとわかるが、悲しいのだろうか。
紅奈を追いかけようとする綱吉の手を、骸は慌てて掴んだ。
「一人になりたいそうですよ? 少しだけ、そっとしておきましょう?」
「………うん」
紅奈のご命令だ。
少しの間だけでも綱吉を引き留めては、紅奈に一人の時間を与えてやろう。
ずっと、綱吉の面倒を見続けていたのだ。一人になりたい時間ぐらい、必要だろう。
綱吉は不安げに二階を見上げたが、しぶしぶと戻った。
ベッドに横たわる紅奈は、ぼんやりと天井を見上げる。
無駄な時間だ。くしゃくしゃと、頭を掻く。
のっそりと紅奈は起き上がっては、ベッドのそばに膝をつく。それから、ベッド下に手を入れては伸ばす。
奥に奥にしまったヴァイオリンケースを引っ張り出す。
思ったより、埃を被っていない。それを開いてみる。
これを贈った人物を思い浮かべて、紅奈は舌打ちをしたくなった。
少しの間、見下ろしたが、そのヴァイオリンを持ち上げては。
ベッドの上に戻る。
保存状態は、問題ない。最後に触れた時と、変わりないと思う。
(アイツとおんなじ……いや、アイツと違って……コイツは出てきた)
肩に置く。弓を添えて、引いてみた。
ブランクは、約二年である。流石に、ぎこちない。
ギコギコと鳴らしつつも、チューニング。
「指、動かん」
ちょこちょこと覚えているフレーズを弾いてみたが、弦を押さえる指が思うように動かない。
一度ヴァイオリンを膝の上に置いては、指のストレッチをしてみる。バラバラと動かしては、ぐぐぐーっと伸ばす。
もう一度、構えては弾いてみる。
「これぐらいでいいっか」
紅奈は、通信機を取り出しては、イヤホンを耳にはめた。
かけた相手はもちろん、スクアーロである。
「今、暇?」
〔任務終わりで、寝るとこだったがぁ、なんだぁ?〕
「そっかー、お疲れさん。ちょっと聴いてほしかったんだけど。寝たい?」
〔いいや、聞いてやるぜ? なんだ?〕
「話じゃなくて、曲を聴いててほしくて」
〔曲だぁ?〕
スクアーロの怪訝な声が聞こえるが、お構いなしでヴァイオリンを鳴らす。
「聴こえた?」
〔ああ……ヴァイオリン、だな〕
「そそ。今日はXANXUSの誕生日じゃん」
10月10日。XANXUSの19歳の誕生日である。
〔そうだなぁ…〕
「ほら。スクアーロは雨の守護者になる予定じゃん」
〔予定は余計だ〕
確定にしておけ、と思うスクアーロ。
雨の守護者が一体なんの関係があるのやら。
「雨の守護者ってあれだろ? 戦いを清算し、流れた血を洗い流す鎮魂歌の雨……」
〔…そうだが?〕
「そういうわけで、アイツに捧げる鎮魂歌ということで、雨の守護者(予定)のスクアーロが代わりに聴いて」
〔う”お”ぉおいっ!! とんでもないブラックジョークをかますな!! アイツは死んでねぇだろうが!!〕
鎮魂歌は死者を鎮めるための歌である。
XANXUSは死んでいないのだ。
助け出したいと思っている紅奈からのとんでないほどのブラックジョークに、眠ろうとしていたスクアーロはベッドから飛び起きたのだった。
「二年ぶりだから、変な音出すと思うけれど、ご愛嬌ということで。どうせアイツには届かないから、文句は言われないけど、ちょっと第一部下として第二部下の代わりに聴いてよ」
XANXUSには、届かない。
それでも、XANXUSに贈るための弾く曲である。
〔…なんの曲を弾くんだ?〕
まさかハッピーバースデーの曲ではないだろうな、と過ってしまったスクアーロ。
鎮魂歌などブラックジョークをかましたが、真剣に贈りたいはず。
「簡単な曲が限界だから……アメージンググレイスにしておく」
そのチョイスは、またブラックジョークなのだろうか…。
素晴らしき神の恩寵という意味の讃美歌。
通信機から聞こえる声音ではわからないが、紅奈の機嫌は最高に悪かったりするのだろうか。
スクアーロは、心底心配した。
「いくよ?」
〔…おう〕
ひょいっとベッドから降りては、紅奈は立つ。
スクアーロの返事を聞いてから、そっと弓を引いた。
時折。
本当に時折だけ。
不器用な音になってしまったが、スーッと滑らかに響き渡るヴァイオリンの音色。
届かない者に贈る音色は、とても静かで、穏やかだった。
元々、その曲の特徴のせいか。または、弾き手の思いの表れなのか。
スクアーロは、目を閉じて、黙って聴いていた。
「……誕生日、おめでとう。XANXUS」
曲が終われば、紅奈は囁くように告げる。
それもまた、届かない声だ。
紅奈に。なんて言葉をかけるべきだろうか。
薄っぺらい言葉は浮かぶが、スクアーロはそれを口にしない。
「来年は、直接聴かせたいな…」
それを叶えてやる。
無責任な言葉も、言うつもりはない。
それに紅奈だって、聞くつもりはないだろう。
嘘など、偽りなど。要らないのだ。
紅奈が望むのは、本物のみ。
「再来年以降なら、このヴァイオリンをあの老いぼれに叩き付けてかち割ろうかな」
〔おっ……落ち着けっ!!〕
老いぼれ。9代目のことだろう。
現ボスの頭を叩き割らせるのは、まずい。
やっぱり紅奈の機嫌は最悪なのだろうか。無理もないが。
〔明日飛行機で向かう予定だったが、今日すっ飛んでおくか? 相手してやるぞぉ〕
「いいよ、どうせクソ親父と被るんだ。稽古はお預け。マジで来るんだ? 誕生日会に参加しに」
〔ベルとなぁ。……初めて、ボスの誕生日を祝うし〕
ぼそっと、スクアーロは柄にもなく、小さく呟く。
そう言えば、初めて誕生日を部下に祝われる、と気付いた。
〔マーモンとルッスーリアのプレゼントも預かったから、渡すぞぉ〕
「え? 二人は何くれるの?」
〔ルッスーリアは、双子コーデがどうのこうのって言ってたなぁ。マーモンは知らん。中を見てのお楽しみでいいだろ。……やばいものではないはず〕
両親の前で見せてはいけないようなものではない。はず。
〔オレのは、前言った通りだが……ブームは終わってねぇよなぁ?〕
「うん。かなり気に入ってるから、当分は大丈夫じゃないかな。じゃあ、楽しみにしておくよ。またじゃあ、おやすみ」
〔……おやすみ、ボス〕
通信機が切れたあと。
スクアーロは、ベッドに背中から倒れた。
気が逸る。紅奈の方が、きっとそうだろう。
それでも。待つしかない。
絶好の機会を。
そして。
ともに、本物を掴み取る。
紅奈が部屋のドアを開けてみれば、家にいた全員が集合していた。
遠慮なく、弾いたのだ。ヴァイオリンの音色は、一階まで響いただろう。
「コーちゃん! 久しぶりに弾いたのね!」
ルンルンした様子の奈々が、笑いかける。
「うん。んー。やっぱり、久しぶりだと、上手く弾けなかった」
「とっても素敵だったわよ。アメージンググレイスよね?」
「そう、アメージンググレイス」
答えつつ、紅奈はグーパーと手を開いては閉じた。
その手に触れた骸は、マッサージをするように揉んだ。
「痛めましたか?」
「いつもと違う動きしたから、筋肉痛になるかな」
「無理しないでくださいね」
骸は、そう微笑む。
「コウちゃん! またれんしゅうするの? いっぱいひくの?」
綱吉がしがみついて尋ねた。
「んー……そうだね。来年の今日のために、練習しようかな」
紅奈はそれだけ言っては、綱吉の頭を撫でる。
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