空色少女 再始動編
408 禁止宣言
週の始め。月曜日は、全校朝会がある。
体育館に全学年の生徒が整列しては、体育座りをしては校長のくだらない話を聞く会だ。
それが終わると、最後に。
「何か連絡のある方はいませんか?」
そう教頭が声をかける。それは教師陣へ向けられた問いだ。この場を借りて、伝えたいことなど、ないかの確認だ。
「はいっ!」
幼い声が、そこに上がった。生徒の中からだ。挙手。
何故生徒が……、と疑問に思ったのも、一瞬。
立ち上がって、とととっとステージに向かっていくのは、沢田紅奈だと知ると、教師陣に緊張が走った。
あの。
沢田紅奈が。
ステージに乗ってしまった。
紅奈が綱吉をいじめた相手側に説教しては、担任教師を責め立てて辞職に追い込んだ現場にいた校長と教頭も、顔色を悪くする。
「……演台に乗ってもいいですか?」
紅奈の背では、どっしりしたタイプの演台で隠れてしまう。
一体何がしたいのか、何をするのか。
怯えて混乱する校長は、思わず頷いてしまった。
両手をついたかと思えば、紅奈は演台の上に乗ってしまう。ひょいっと備え付けられたマイクが外されて、紅奈の手に取られる。
ぽすん、と紅奈は全校生徒と向き合うように、演台の端に腰を下ろす。
「初めまして。三年一組の沢田紅奈です」
マイクで紅奈の声が、体育館に響く。
「手短に告げましょう。嘘コクーーーーつまり、嘘で告白するという行為を、この沢田紅奈が禁じます」
紅奈はにこやかに笑って見せたが、目は全然笑っていなかった。
しーん、と静まり返る体育館。
嘘コクがよくわからない教師がいれば、流行っていると知っていた教師もいる。後者は責められるのではないか、と恐怖に震えた。
「知らない生徒のために教えると、嘘コクは”好きです付き合ってください”という嘘の告白をすることです。そんな悪戯が、六年生から始まって、この学校で流行っているそうです。私は先週、泣いている生徒を四人も見ました。酷いですよね? 心を傷付ける、そんな酷い悪戯なんです」
しゅんとした様子で、肩を竦めて見せる紅奈。
「こんなくだらないお遊びをされると、本当に好きなのに、嘘だって思われてしまう子が出てくれるじゃないですか。本気で好きだって告白されているのに、嘘かもしれないって思ってしまう子がいるじゃないですか。本当に好きな女の子に、本当に好きな男の子に、勇気を出して告白する邪魔をするような悪い悪戯ですので……この私、沢田紅奈が禁じます」
穏やかな声で語りかけては、そうまた厳しく告げた。
「こうして宣言したので、嘘コクという悪い遊びするなら、それ相応の罰をこのあたしが下します。今後、嘘コクをされた生徒は三年一組にいるあたしにどうぞ、報告してください。きっちり罰を下しましょう。そして、どうしても嘘コクという遊びがしたいって言う生徒は、あたしの元に直接文句を言いに来てください」
少女は、この場の空気を支配する。
「――悪い遊びが出来なくなるようにしてやりますので、覚悟してくださいね?」
凍てつく眼差し。
静まり返った体育館の温度が下がった気がする。
まだ微かに蝉の声が残っている季節のはずなのに。
「以上、三年一組の沢田紅奈でした」
紅奈はマイクを戻すと、スタッと演台から降りては、とたとたと元の位置に戻って行った。
恐怖でカタカタと震えつつ、教頭は解散を告げる。
体育館から退場。
教室に戻るなり、クラスを持つ担任はホームルームで、嘘コクをしないようにと厳重注意をした。
念入りに釘をさしたのである。
特に、発端の六年生の担任は、必死だった。
なんとしても、沢田紅奈の粛清が、下されないためにも。
自分のクラスの生徒がやらかせば、もれなく自分に飛び火する可能性がないとは言い切れないのだ。
教師生命が危うい。もう泣きながら懇願したいくらいだった。
その日の沢田家の夕食時。
「そうだ! 今日のコウちゃん! すっごくかっこよかったんだよ!!」
綱吉が、自慢げに報告した。
「ちょうれいでね! コウちゃん、ステージに上がってね! それでマイク持ってね! ウソコクきんししますって言ったの!」
「ステージに? ウソコク? ウソコクってなんだ?」
ぱちくり、と家光は目を瞬かせる。
綱吉では情報が足りないが、紅奈は必要最小限の会話しかしてくれない。
「小学校で流行ってしまった悪ふざけだそうですよ。嘘で好きだと告白するという、相手を泣かせてしまう悪戯だそうです」
コタツテーブルで食事をする骸が、そう説明してやった。
「まあ! 嘘で告白するの? いけない悪戯ね〜」
「なんでまたそんな悪戯が流行ってんだ……」
子どもはわからんな、と家光は思う。現在進行形で、我が娘がわからない。
「それをコーちゃんが止めるために、禁止したってことなの?」
「先週、女の子が三人、男の子が一人、嘘コクのせいで泣いているの見たから……全校朝会なら全員いるし、あたしが禁止しますって言っておいた。本当に好きだって告白する子まで、嘘だろって言われたら、せっかく勇気出したのに可哀想でしょ? そんな小学校にツナくんと通うのは嫌だから、対処した」
「うん! うん! コウちゃんがかっこよかったって!! ぼくのクラスのみんなが言ってたの!」
奈々に、しれっと紅奈は答えた。
隣で、綱吉は大興奮。
(……オレの娘……かっこいいな?)
ステージに乗り込んでは、全校生徒に向かって悪戯を禁じると言い放った娘。
想像するだけで、かっこいい。なんて、家光は思った。
「コーちゃんってば! 本当に正義の味方ね! かっこいいわ! そうよねぇ、本物の告白の邪魔だものね! えらいわ〜」
奈々も、べた褒め。
確かに紅奈は根が優しいわけで、人助けとしてもやったのだろう。
しかし、スクアーロに愚痴った様子を見ていた骸達は知っている。
わりと紅奈を怒らせた悪戯だったのだ。
骸達としては、ステージに立っては、凍てつくような眼差しで禁止を告げる紅奈しか、思い浮かべられなかった。
翌日から、何故か紅奈には恋愛相談をする女子生徒が群がってきた。
しかも、全学年の生徒からである。
「あたしは、恋愛アドバイザーじゃないんで」
そうまとめて断っておいた。
ちなみに、全然、嘘コクに関する報告はなし。
ピタリと、嘘コクの流行りは終わったらしい。
[*前へ][次へ#]
[戻る]
[小説ナビ|小説大賞]