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空色少女 再始動編
405 嘘コク






 ベルが帰国した、翌朝の稽古。


「やるじゃん」


 腹部に強烈な蹴りを受けて吹っ飛ばされた骸に、紅奈が褒め言葉をかける。


「何が、でしょうか?」


 呼吸を整えながら、骸は意味を確認する。


「何って。今さっき、畜生道、使ったじゃん。今まで他の能力に切り替えられてなかったのに、その余裕を作れたこと」

「ああ……まぁ……どうせ、紅奈の足止めにすら、ならないとは思いましたがね」


 人を死に至らしめる生物の召喚をする能力、畜生道。毒蛇を召喚したが、紅奈は容赦なく、頭を踏み潰しては絶命させて、骸に蹴りを食らわせた。


「あと幻覚だね」

「?」


 ぐーっと背伸びをして言う紅奈に、小首を傾げる。
 今、地獄道の幻覚など使ってなどいなかった。


「あのベルに気付かれずにやり過ごしたじゃん」

「!」


 なんのことを言っているのか。

 骸は、知る。

 紅奈とベルの会話を盗み聞きしたことを、言われているのだ。


「隠密行動にも役立つよねー、幻覚。門外顧問チームに、骸を送り込んだら、その手のスキルを磨きつつも、いい情報を得てくれそうだ。わりと真剣に考えてみるべきかな」


 特に、紅奈は怒らない。

 怒る理由には、ならないからだ。
 前世の記憶がある。
 そんな話をしていたというのに。

 そのまま、紅奈は稽古を切り上げては、いつも通りに登校していった。


「……訊けば、話してもらえるのでしょうか」


 ぼそり、と独り言を零す。


 自分の身体には、六道地獄全てを巡った前世の経験が刻まれているだけ。だから、六つの能力を持つ。


 紅奈は、記憶を持っているらしい。
 生まれ変わる前の記憶。

 どうりで子どもらしかぬ言動をするわけだ。そう納得しつつも、気になる。
 必要ないから、話さないと言っていた。

 そして、今朝も言うつもりはない様子。

 恋敵のベルだけが、知っているとは。


(嫉妬はこんなにも湧き上がるものなのですね……)


 積極的に、紅奈を知りたい。そう言ってみようか。


(……紅奈は、他人を驚かせるネタが尽きないのでしょか…)


 どれほど自分に衝撃を与えて、脅かしてくるのだろう。

 本当に、紅奈を、知りたいものだ。本心から、そう思える。

 それは、ずっと。

 出逢った時から、今も変わらない。






 小学校。

 授業が終わり、放課後となった。

 教材やノートをランドセルに詰める。体操着も持って帰らないと、と横にぶら下げた袋を取った。
 ランドセルを背負って、隣の綱吉の教室に向かおうとした時。

 女子生徒が一人。教室に泣きながら、入ってきた。

 むせび泣く彼女に、慌てた女の子達が数人駆け寄り「どうしたの?」「大丈夫?」と声をかける。

 首を傾げつつも、紅奈は綱吉と正一が待っていると、気にすることなく、行こうとしたのだが。


 ドン。


「紅奈ちゃああんっ」


 …………何故か、自分に泣きつかれた。


 よくよく見れば、紅奈の服をブランドものだと、いち早く気付いて騒いだ子である。


 泣いた子をあやすのは、綱吉ですっかり慣れているので、ポンポンと頭を撫でてやった。


「嘘コク?」


 聞き出した内容は、それだ。


 嘘コク。嘘の告白。つまりは、偽りの好きだという告白をされた。


 厳密には、手紙で呼び出された場所に行ってみたら、嘘でしたー! と数人の男子生徒に笑い者にされたらしい。


 バレンタインデーを男子から女子に渡すという逆チョコにした時もそうだったが、小学生は告白が早すぎやしないか。

 まぁ、別に、交際しても、本人の自由だし、紅奈には関係ないのだが。


「じゃあ、その子達の名前、教えて? てか、どこにいる?」


 聞けば、相手は去年同じクラスだった男子だそうだ。つまりは、今年は綱吉と同じクラス。

 綱吉と正一に、少し待ってほしいと伝えるついでに、教室を確認。正一に聞いてみれば、まだランドセルが置いてあるため、帰っていないようだ。

 なら、まだ現場にいるだろう。

 スタスタと行ってみると、何故かぞろぞろと流された女子生徒とその友だち数人がついてきた。まぁいいや。


 場所は、裏庭。

 まだ悪戯成功で気をよくしているのか、ゲラゲラと男子生徒達が笑っていた。


「ねぇ。この子に謝ってくれない?」


 紅奈は、そう声をかけた。
 男子生徒は、ただの悪戯。そんなに泣くのは大袈裟だと言っては、謝罪を拒否。


「悪戯、ねぇ? 可愛い悪戯だと思ってるんだ? 女の子を男子四人で笑い者にして、心を傷付けるなんて、立派ないじめだけど」

「は? だから! そっちが勝手に大泣きしてるだけじゃん!」

「元凶がよく言うよ。女の子を大泣きさせたのは、事実。それがしたかったわけ? 悪いことしたって謝りたい気持ちがないわけ?」

「ね、ねぇーし! ただの悪戯だって言ってんじゃん!」

「ふぅん。そう言い張るのは、自由だけどさぁ。こっちは傷付いたから、謝れって言ってんの。謝らないなら、私も悪戯して君達を泣かすから」


 あくまで悪戯。悪ふざけ。

 謝罪する必要のないこと。

 そう言い張る主犯の男子に、紅奈は淡々と忠告した。
 相手は、四人。紅奈が加勢しても、別に構わないだろう。


「ちなみに」


 手頃な小石を見付けた紅奈は、それを拾い上げた。


「君達みたいに頭がわっるーい子どもには、何言っても理解出来ないだろうから、あたしは暴力で悪戯する」


 にっこりと笑っては、手にした石を中に投げて、パシッと掴んだ。


 その後。四人まとめて謝罪するまで、紅奈の悪戯と言う名の暴力が行われた。


 とはいえ、同い年の子どもを傷付ける気は一切ない。ましてや、カタギ。


 強いて言えば、逃げようとする男子生徒の後ろの襟を掴んでは、引っ張って転倒させた際に、擦り傷を負わせたくらいかもしれない。

 あとは顔面ギリギリに小石を投げ続けた。剛速球にしか見えないそれに、震え上がる。

 それでも謝らないので、寸止めのパンチや蹴りを見せては、恐怖で震え上がらせた。


 男子生徒達は、思い出す。


 今や、人気者の女子生徒ではあるが。


 一年前までは不登校な生徒。それから問題児な生徒として、しばらくは恐怖の対象だったこと。

 双子の弟をいじめていた生徒を殴ったにもかかわらず、いじめた側を猛烈に責め立てては、いじめを見てみぬふりをした担任教師を辞職に追い込んだ恐ろしい女子生徒だと。


 それが、沢田紅奈、なのだ。


 質の悪い悪戯を行った男子四人は青ざめた顔で泣きながら、同じく紅奈の暴力に怯えて固まってしまった女子に謝罪した。
 土下座である。


「あんなバカな奴、きれいさっぱり忘れなよ」


 呼び出しに応じたとなれば、少なからず、その女子は相手に好意があったのだろう。そう紅奈は予想した。

 ハンカチを取り出して、その女子の泣き顔を拭いてやる。


「可愛いんだから、いい男の子と恋、出来るよ」


 そう笑って、またぽんぽんっと頭を撫でてやった。

 紅奈の優しい微笑みを見て、今さっきまで紅奈の寸止め暴力を見て青ざめていた女子達は、ポッと頬を赤らめた。


「あれ? ツナくん、正一くん。来ちゃったの?」


 いつの間にやら、綱吉と正一が、紅奈の荷物を持って来ていることに気付く。


「コウちゃんっ…! また怒られちゃうよっ?」

「えー? 大丈夫だよ。悪いのあっちだもん。怪我させてないし」


 綱吉はまた奈々が呼び出されては紅奈達が、学校側に叱られるのではないかと、心配した。


「それにあたし……どうせ、いい子じゃないし」

「やっぱり悪いこと!?」

「さぁ、帰ろっかー」


 ケラッと笑っては、紅奈は綱吉と正一とともに、帰り道を歩く。


「え? 嘘コク、流行ってるの?」


 正一情報を聞いて、怪訝になる紅奈。


「う、うん……なんか、六年生で流行ってて、他の学年も真似してるんだって…」

「へぇー…」


 何が楽しいのやら。紅奈には、わからない。


 スクアーロを恋人だとディーノにデマを言ってみたのとは、わけが違うよなぁー。


 そう思うが、わりとディーノを傷付けたことに、紅奈は気付いていなかったりする。


「ねぇねぇ。どうして、ウソで好きって言うの?」


 綱吉に、くいくいっと袖を引っ張られた。


「本当は、好きだから恋人になってくださいっていう告白なんだけど……恋人はわかるよね?」

「うん! 好きな人どうしで、いっしょにいて、ちゅーとかして、しょうらいはけっこんするんでしょ! ベルくんが言ってた!」


 ベルめ。いつの間にか、変なことを吹き込んでいないだろうか。

 あとで、綱吉に確認しなければ。
 これは間違っていないし、問題はないが。


「嘘でしたーって騙すの。悪いことだよ」

「どうしてだますの? なんで悪いことするの?」

「どうしてだろうね? やる人は、楽しいと思ってるんだよ。でも、好きな人がの告白してきたら、傷付いちゃうのにねぇ。とっても悪いこと」

「だからあの子、泣いちゃったんだね…」

「うんうん。ツナくんは、そういうことしないよね?」

「しないよ! 悪いことだめ! コウちゃんもしないよね?」

「あたしは、いい子じゃないけど、そんなことしないよ」


 よしよし、と綱吉の頭を撫でてやった。


「正一くんは?」

「えっ!? し、しないよ!?」

「わかってるよ。ところで、どれくらい流行ってるの? それ」

「え? 嘘コク? ええっとぉ……夏休み前からじゃないかな…」

「ふぅん。他の学年まで流行るなんて、それくらい面白がってやる生徒が多いのねぇ…」


 くだらない、と紅奈は肩を竦める。


「正一くんも、あとツナくんも、引っかからないようにしてね?」

「僕達は大丈夫だよ……」


 正一は、乾いた笑いを零す。

 なんて言ったって、紅奈の仲の良い双子の弟と友だちなのである。

 今日のことが知れ渡れば、ターゲットにする猛者などいるわけがないのだ。正一は、重々理解していたのである。










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