空色少女 再始動編
404 二学期
夏休みが過ぎても、骸達の居候生活は続いていた。
夏休みが終わる前に帰ってきた家光が、イタリアに帰そうと説得を試みたが。
「もうちょっと居てもらいましょうよ〜。コーちゃんは一年でもいいんじゃないかって!」
おっとりと奈々は、笑って言い退けた。
一年は長すぎる。冗談じゃない。
骸達ももう十分だと、それとなく家光に加勢したのだが。
「もっと居てほしいわ〜! それとも、我が家は居心地悪いのかしら?」
しゅんと眉を下げた奈々に、呆気なく一同、戦意喪失。
「それにこんなに大勢なら、十月のコーちゃんとツーくんの誕生日パーティー! 盛り上がるわね〜!」
二回もちゃんと誕生日パーティーが出来なかった我が子のために、すでにルンルンとしている妻に夫はもう何も言えなくなった。
居候生活に終止符を打つのは、まだまだ先のようだ。
紅奈達の誕生日はぜひとも祝いたいが、その際に並ぶであろうご馳走を想像すれば、胃が痛む骸達だった。
小学生三年生、二学期突入。
「ねぇねぇ、紅奈ちゃん! それってブランドの服だよね!」
ふと、クラスメイトの女子生徒が声をかけてきた。
「ん? んー」
多分。ベルが連れ回した店は、全部お高いブランドだった。
「夏休み前も、着てるなーって思ったの!」
きゃあきゃあと、女子生徒に囲まれた紅奈は、遠い目をしてしまう。
本当に今までの服は処分して、ベルが買った服が、紅奈のクローゼットを占領している状態。
どれがどのブランドか。本当に覚えていないので、いい加減に紅奈は聞き流した。
ブランド服を着こなす、そんなクールな紅奈は、やはり一目置かれる女子生徒だ。
「えっと……沢田さん、それはなんでしょうか?」
授業中、教師が紅奈の机の上に、関係ない本が広げられていたことに気付く。
しかも、下にはノートも開いて、授業とは明らかに違う内容が書かれている。
というのも、今の授業は国語。紅奈のノートに書かれているのは、明らかにアルファベットらしき字が並ぶ外国語。
「……ポーランド語の勉強です」
「ぽーらんどごのべんきょう」
「はい。迷惑でしょうか? 邪魔をしているつもりもありませんし、授業内容は理解しているつもりですが……不快になりましたか?」
「ひ、ひえっ、いえっ。ちゃんと授業を理解しているなら、だだ、大丈夫ですよっ」
紅奈なりに気遣ったつもりだが、教師の要注意人物であるため、もう何を言っても「お前の授業は退屈だから、他国の言葉を勉強した方がいい」という解釈をしてしまうのである。
恐怖の対象なのだ。
ほぼ事実だが、紅奈としては授業を行っている教師の邪魔をしているなら、やめておこうか、と考えて小首を傾げた。
しかし、ちゃんと許可をもらったので、続けた。言質取ったり。
クラス中が、ざわめいた。
授業を受けつつ、別に外国語を勉強する小学三年生の女子生徒。
生徒達の間では、運動神経抜群で頭がよすぎるクール美人の女子生徒がいると、学校一の有名人になった。
教師陣では、授業中に外国語を学びつつも、授業内容を頭に入れてしまう異質すぎる生徒だと再認識された。
残暑が終わる前に、ベルが部屋に転がり込んできたため、ポーランド語の発音を教えてもらう。
発音が違うと、ベルにケラケラと笑われた。
「なんでベルは、ヴァリアーの入隊条件クリアしてたの?」
「だって、オレ、王子だし♪」
「…王族のコネ?」
「違うし。天才だから、ちゃーんとソッコーで習得したの! 元々、習得済みだったけど♪」
王族の教育の一環だったのだろうか。
「キングってオレの家族のこと、ぜーんぜん、訊かないよな?」
「ん? 元々、他人の家族構成なんて訊かないけど……スクのも知らんし。興味ないし。……訊くべきことなの?」
「いや、いんじゃね?」
「なら何故言ったの」
「なんか、ふと思っただけー。オレが双子の兄を殺したこと、覚えてる?」
「ああ、初対面で言ってきたもんな。あたしと綱吉に、殺し合わないのかって」
「うっわー、なつかしぃー」
うししっと笑い声を零すベルだったが、前髪の下では、じっと紅奈の反応を窺っていた。
紅奈は難しい発音のところを、ノートに書き込んでは、ブツブツと繰り返す。
「紅奈ってさ」
本当は、怖いと思っていた。
それでも、その瞬間。
ベルは恐怖心などなく。
「自分の家族を皆殺しにしたオレのこと、どう思ってんの?」
ただただ。
興味本位のように、尋ねてしまった。
家族を愛する紅奈に。
死んだ記憶を持つから、死を嫌う紅奈に。
いつだって人を殺しては、真っ赤な手をしている自分は。
「片割れを殺したオレのこと。同じ片割れがいて、大切にしている紅奈は……初対面からどう思って……今もどう思ってんの?」
あ。なんか。オレ。今ヤケクソになってるな。
ベルは、今更自覚した。
手を止めた紅奈は、ベルを不思議そうに見つめる。
それから、手を伸ばす。その手はなんだろうと見てみれば、そっと前髪が下から上げられた。
「どうかした?」
クリアな視界で、紅奈が見つめてくる。
「べっつにぃ? 単に思ったことを、言ってみただけ〜」
そう笑って見せた。
「そう。なんだっけ? うざくて片割れを殺したんだっけ?」
スッと手が離れてしまう。サラッと前髪が降っては、目元を隠した。
もっと。触ってくれてていいのに。
「うん。ゴキブリと間違えたー、うしし」
「ふぅん」
淡白な相槌だ。
笑わない。同じ双子としては、双子の片方を殺したなんて話、笑えないだろう。
紅奈は、またブツブツと発音を確認した。
興味のない話なのだろうか。
したくない、話なのだろうか。
「同じ双子の片割れがいる身としては、一緒にされたくないって思ったね。初対面」
紅奈は、初対面について、やっと答えた。
(まぁ……とーぜん、第一印象は最悪だよなーあ)
「あ〜。出逢い方、違ってたら、どうなってたかなぁ〜」
「はぁ? 何それ」
「えっ。なんでそんなキレそうな顔すんの?」
腰かけた床に足を投げ出したのだが、紅奈が露骨に嫌そうな顔になったため、ちょっと驚くベル。
「なんか、前にも、ディーノの家庭教師も似たこと言ったんだよ。自分と出逢い方が違ってたらどうのこうのってさ」
「は? また来たの?」
「うん。ここで話した」
紅奈はコタツテーブルをポンッと叩いた。
紅奈が部屋に入れたとは、意外だ、と怪訝になってしまう。
ディーノとリボーンには、家光のように冷たい態度だったはず。
「なんで出逢い方を後悔するのよ? いいじゃない、今があるのだから。こうしてあたしといることに、不満があるの?」
「いや……後悔とかじゃなくてさ…」
「今が気に入らないなら、努力して変えれば? 好きな未来に変える努力。過去なんて、やり直せないんだから」
「………」
刺々しい声で放ったかと思えば。
すぐにさっぱりしたように言い切った。
「……コウの性格ってさ。いや、人格? 前世からのもんなの?」
「前世? ……性格については、記憶がないわね」
「絶対にローナ姫と違う性格っしょ、!」
ぴくっと反応したベルは、瞬時に立ち上がると部屋を飛び出す。
「どうしたー? ベル」
「あー……いや? なんか……誰か、廊下にいた気がして」
「足元にゴキブリでもいるんじゃない?」
紅奈が、冗談を言う。
ベルの双子の兄の殺害理由。意外と笑い話にするじゃん。
一応、足元を見てみる。別に、何もいない。
「あのヤローが、盗み聞きしてるかと思ったー。そしたら、殺してい?」
「別にあたしの前世云々は、そこまで重大な秘密でもないけれど?」
「ちぇー」
床に座り直すベル。盗み聞きをするなら、骸だろう。
ポーランド語を落ち着いて教えてもらうために、紅奈が部屋から追い払ったのだ。
恋敵認定しているのだから、きっと気が気ではないはず。
「もっちろん、アイツには言ってねーよな? 前世の話」
「必要あるの?」
「ぜんぜーんナッシング♪」
必要がないから、話すつもりがない。
今後も、紅奈の明かされていないところは、自分だけが知っておきたいと思うベルは、優越感でにんやりと笑う。
「………」
ぴたり、と紅奈が動きを止めた。
「コウ?」
「……結局、なんの話がしたかったの?」
紅奈は、怪訝そうに首を傾げる。
「えーとー……別に! くだらねー無駄な話!」
白い歯を見せつけるように、ニッと笑って見せた。
第一印象が最悪でも、これから変えていけばいいか。
殺し続ける仕事をしていても、それでも紅奈の一番になれるようにすればいい。
殺しの才能を活かして、一番の部下になる。
紅奈の一番の好きで、一番の大切な男になるのだ。
そう開き直ることにした。
「あっそう」
やっぱり、淡白な相槌で、紅奈はノートと向き合う。
「前世は孤独だったから、家族愛なんかなかったはず。でも、今世はある。だからこそ、大事にしたいって気持ちは強い。でもまぁ……家族なんてどこも一緒とはいかないでしょ。冷め切ったり、嫌い合ったり、そんなしょーもない家族だっている」
色んな家族がいる。
「憎くて殺したのは、やりすぎだとは思うけど、過ぎちゃったことだし、別にあたしがどうこう言っても、どうこう思っても、関係ある?」
いや。まぁー。
好きな女の子に、どうこう思われているのか。
大いに関係があって、気になるのだが。
「必要があれば血で手を汚す世界だし、そもそもベル達は血を好む暗殺者だし、骸達だって生き抜くために手を汚してきた。これからだって必要最低限に留めてほしいって思うけど……暗殺部隊は暗殺部隊なりに、ファミリー守ってるんだ」
殺しを嫌う紅奈は、不要な殺しを望まない。
手を汚すことは、必要最低限だけ。
「ベルはこの先も、あたしがボンゴレボスになっても、そういうやり方で才能を活かしては、守ってくれる部下。そう今は思ってる」
今、どう思っているか。
その答えが、それだ。
「それが何か不満? なら、頑張って変えれば?」
「……コウ」
ちょっとだけ。ベルは気が抜ける。
紅奈が嫌う行為を仕事にしているし、好んでやっているベルを、ちゃんと認めてくれていた。
ベルの才能を活かして、そして守っていくのだと。この先も。
「ここ、綴り間違ってる」
「ん? どう間違ってて、何が正解?」
ベルは、ノートに書かれた文字を指差した。
覗き込んだ紅奈の頬に、チュッと唇を押し付ける。
「うしししっ♪」
「……笑ってないで、教えてよ」
特に頬への口付けを気にすることなく、紅奈は教えを急かす。
不満があるなら、紅奈が全然特別な異性として認識してくれないことであるが、それは努力で変えていく。
「くださらない無駄話でも、何か言いたいなら、言えば?」
「ん? んー…わかった」
「しっかり聞くかは別の話だけど」
そこは聞いてやる、って言うべきじゃないのか。
なんて思ってしまっても、ベルは言わなかった。
どうせ、しっかり聞いてくれるに違いない。
……機嫌が悪くなければ。
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