空色少女 再始動編
403 夏の音
じっとりした暑さ。
遠くで聞こえる蝉の合唱。
深刻そうなXANXUSの顔。
「うぜぇっ!」
「うおっ!?」
拳を振り上げた。
危うくアッパーを食らいそうになったスクアーロだったが、仰け反ってかわす。
「あ? ……なんで、スク、いるの?」
「なんでって……今日来るって事前連絡しておいただろうがぁ……」
「あれ? 明日だったはず……」
「それが今日だぁ。ほら、横になっておけ」
「……ふぅー」
紅奈は、大人しく横たわることにした。
「シャマルの野郎、電話出ねーのか? 雇われ主治医のくせに……」
不満を漏らすスクアーロは、パタパタとうちわで紅奈に風を送る。
相当、暑さで寝苦しくしていたからだろう。
女癖の悪いシャマルのことだ。女性のお尻を追いかけているか、飲んだくれているに違いない。言わないでおいてやる紅奈であった。
「いいよ……たかが風邪だろうし……あと二日寝込めば治る」
「なんで、あと二日もお前が苦しまなくちゃいけねぇんだぁ……」
呆れを零すスクアーロ。
「スーくん。コーちゃんは起きた?」
そこで、奈々がひょっこりと現れた。
おぼんに乗せたのは、紅奈用のおかゆである。
「あらー……お熱下がらないわねぇ。シャマル先生、どうしたのかしら? まさか、シャマル先生も風邪かしら!?」
「そっかー、それならしょうがないねー」
「そうねー。どうしましょうかー」
(紅奈が、いい加減に流してるな……)
母子のやり取りを眺めつつ、スクアーロは紅奈に食べさせるために食べさせてやることにした。
「久しぶりに病院に行く? ずっとシャマル先生が診ててくれたから、ずいぶん病院に行ってないものね」
「えー? 病院きらーい」
「もーう、コーちゃんってばー」
子どもぶる紅奈に、奈々はクスクスと笑いつつも、熱さまシートを貼り替える。
「もう少し待ってみようよ、シャマル先生」
「んー、そうねー……お熱も上がってないし、様子見にしましょうか。シャマル先生が来てくれれば、すぐに治してもらえるものね! じゃあ、スーくん、お願いね!」
「あ、はい。紅奈の面倒は、ちゃんとオレが見るんで」
奈々が、部屋をあとにした。
「熱い。もっと、フーフーして」
「あ、悪いっ。フーフー」
「ぷっ」
「笑うなっ! お前がしろって言ったくせにっ!」
笑われつつもスクアーロは、起き上がって壁に凭れた紅奈に食べさせてやる。
「いつ見ても、スクがお母さんに低姿勢なの、ウケる」
「っ。ボスのカタギの母親にどう接するべきか……わかんねーだろうがぁ」
「失礼のない程度に、タメ口でもいいのに」
「……今更、変えるのかぁ?」
「逆に、変えないの? XANXUSが知ったら、笑いすぎて死んじゃうかもよ?」
「そこまでオレの態度は変なのか? う”お”ぉい」
変だよ、と紅奈は笑っては、もぐもぐとしてから飲み込む。
もう一度、差し出されたスプーンは、手を挟んで拒否。
「もういい」
「う”おい! だめだ! これは完食しとけ!」
「もう嫌ぁ〜」
「だめだ! 食え!」
「えっちぃー」
「それを使い回すな!」
「…吐きそう、ううっ」
「それ先に言えぇえ!」
呻く紅奈の背中を、スクアーロは擦ってやった。
「スクぅ」
「なんだぁ?」
「暇だから、多国語を学ぼうと思う」
「唐突すぎるだろうが……思考力大丈夫か? 寝とけよ。起きたら、食え」
もう食べさせることを一度諦めて、紅奈を横にする。
「ほら、なんだっけ……ヴァリアーって、7ヶ国語以上喋れないとだめってじゃなかった…?」
「入隊条件だなぁ……って、入る気なのか?」
「いや。小学校の授業がクソ暇だから、習得しておこうと思って」
紅奈の長い髪を退かしてやって、スクアーロは顔をしかめた。
小学校の授業を受けつつ、外国語を学ぶ小学生ってなんだ。
……今更、紅奈にこんな疑問は、無駄か。
「てか、スクが7ヶ国語喋れることが、意外過ぎる……頭いいの?」
「お前の中のオレの頭脳は、酷いほど評価が低いのか? あ”?」
目を閉じている紅奈は、絶対にバカにしている、とスクアーロは思った。
「…なんかしてないと……焦って焦って………」
「……紅奈…」
クーデターの一年後に、再会した時の紅奈を思い出す。
ここで再会したのだ。まさにこうして、ベッドに横たわる紅奈が、泣いていた姿。
「ごめんな……」
熱で寝込んでいたせいで、XANXUSの話を聞けなかった。その直後にクーデターを起こしたのだ。
紅奈は裏切りをさせてしまったと。過ちを犯させたと。
「…あたしは……ボス失格だっ…」
そう言わせてしまったスクアーロ達の過ち。
「焦んな、紅奈」
そうスクアーロが声をかければ、紅奈はうっすらと瞼を開いて見上げた。
「焦って苛立つなら、全部オレが受けて止めたやるからよぉ。いつでも呼べ。すっ飛んで来てやるからなぁ」
二ッと笑って見せた。
「チャンスは、ぜってぇやってくる。そんでもって、お前ならものにするだろうよ。虎視眈々、だろうが」
獲物に狙いを定めて、食らいつく。猛獣の如く、チャンスを待つ。そして、手に入れる。
10代目の座だって、最強のボンゴレだって。
紅奈なら、手に入れる。そう信じているのだ。
熱に浮かされているせいか、紅奈はぼんやりした目でスクアーロを見つめる。
「……スク。すっ飛ぶと言っても、ロスタイムが大きすぎる…」
「お前はそうやって水を差す……。あとそれを言うなら、タイムロスじゃねぇのかぁ?」
「あ? ああ、そう言えば……日本だと、ロスタイムって言うんだよ……」
「そうだったのかぁ」
これは一体どっちなのだろうか。
また素直じゃない言葉や態度を示しているのか、はたまた本当に熱のせいで思考力が落ちてしまっているのかもしれない。
ちゃんと聞いてないのだろうか。励ましの言葉で支えたいのだ。改めて言うか。
「なぁ、スク」
「どうした」
「イライラしても、連絡していい?」
「……ああ、もちろんだぁ」
「うざったい弱音を聞かせるような連絡も?」
「聞いてやるぜ」
なんだ。ちゃんと聞いていたようだと、スクアーロは口元を緩ませる。
また目を閉じてしまった紅奈の邪魔そうな前髪をそっと退かしてやれば、その手を掴まれた。
ちゅっ。
手の甲に、紅奈の口付けがされた。
そのまま、やや背を向ける形で寝返りを打つ。スクアーロの右手は、紅奈に掴まれたままである。
「………」
スクアーロは、わなわなと震えてしまいたかった。
(う”お”ぉおいっ!!! 今のはなんだぁあああっ!!!)
右手を取り返せず、微妙な体勢を保って、スクアーロは必死に耐える。
寝息を立ててしまった紅奈を起こしてしまわないためにも。
紅奈が目を覚ましたのは、一時間後だ。
「お腹空いたぁー……」
「お、おう……温め直すか?」
「んー、そのままでいいや」
スクアーロの手を持っていたことに不思議そうにしたが、のっそりと起き上がた紅奈は、自分でおかゆをちまちまと食べる。
しかし、三口で手を止めてしまう。
「なんだ? 食えよ?」
「スク、こっち」
「?」
ポンポン、と紅奈がベッドを叩いた。こっち、と言うから多分移動して来いと言う意味だと解釈して、スクアーロはそこに腰をかける。
そうすれば、紅奈はスクアーロの左腕に背中を凭れた。そのまま、ぐったりした様子で、ちまちまとおかゆを食べる。
紅奈が、支えにしている、この体勢。
今後も、弱っていようが、こうして支えてやりたい。
どんどん強くなっていくだろう。
それでも、僅かにある弱さを。
しっかりと支える。
最強のボンゴレ10代目ボスになるコイツを――。
「スクアーロは、左手を切り落とすし、あたしのサンドバッグになるとか言い出すし、ほんとマゾだね」
「う”お”ぉおいっ!! サンドバッグになるとは言ってねぇ!」
「訳せば、そうなるよ?」
「どんな訳しだよ! だいたい、サンドバッグにするほど強くねぇだろうが!」
「言ったな!? ボコる! ボコボコにしてやんよ!!」
ごつごつと腕に頭をぶつけてくる紅奈。多分、両手が塞がっているからだろう。
完治すれば、キレた紅奈の攻撃の嵐が来るのだろうか。
まだまだ、サンドバッグにされるほど、力の差は縮まっていないのだ。
成長は著しいが、それでも、まだ超えさせるものか。
スクアーロ自身も、強くなっていく。
最強のボンゴレボスの右腕に、相応しい実力を備えるためにも。
シャマルが来たのは、さらに一時間後だった。
「すまん! 紅奈ちゃん! ちょっと、立て込んでて!! 大丈夫か!? 症状は酷くなってないって聞いたがっ」
「……シャマル先生。猫に引っかかれたような傷が、右頬にありますよ」
「うっ。ひりひりすると思ったら…」
「左目にパンチでも受けたアザがあるが?」
「こ、これは……診察するから、ボーズは出てくれ!」
紅奈とスクアーロの指摘通り、シャマルは明らかに女性問題を起こしたあとで、慌てて駆け付けた様子。
二人揃って、冷たい眼差しを注いだ。
本当にこの医者は大丈夫なのか、とスクアーロは心配で紅奈の横目を見たが、紅奈は無反応。指示なし。
仕方なく、スクアーロは腰を上げて部屋を出た。
「紅奈ちゃんは、なかなか熱が下がらねーよなぁ……。まぁ、風邪菌と身体の中の免疫細胞が必死に戦っている証拠なんだが」
「…その免疫細胞が、弱いから、長期戦になっているだよね?」
「え? ええっと……まぁ、そうなる、か」
「クソカス免疫細胞を鍛えるには?」
診察後、キリッと目を鋭くさせる紅奈。
「いやいや。紅奈ちゃんの場合、生活習慣を聞く限り、本当に健康的だ。十分、免疫細胞を強くしてるって」
「……寝込んでるのに?」
「症状は人それぞれなんだよ、紅奈ちゃん…」
お怒りの紅奈を、シャマルはまぁまぁと宥めた。
「オレはオレで、色々とウイルスをよく付着する体質でなぁ。抗体みたいなもん持ってるおかげなんだよ。今こーしていられるのはさ。体質だって、それ人それぞれだってこと。紅奈ちゃんは紅奈ちゃんなりに、よくその体質と上手くやってけてるぜ? 前よりは、風邪で寝込む回数は減ったって聞いたぞ。これからだって、オレが診てやるから、任せておけって」
診察も終え、処方した薬を飲ませたため、紅奈を横たわらせる。
「……電話にも出なかった医者に言われても、任せられると思うの?」
「それは……面目ない…」
グサリと痛いところを突かれるシャマルだった。
「んー……体質ねぇ」
天井をぽーっと見上げた紅奈は、呟く。
「先生は、前世を信じる?」
「前世? 生まれ変わる前の人生ってやつか?」
「うん。もしも、前世が病弱だったら……それも生まれ変わったあとに、継がれると思う?」
「いや……同じ肉体じゃねぇから、それはないんじゃねーのか?」
変な話だと思いつつ、シャマルは苦笑して熱さまシートを取り換えてやった。
「そうね………少なくとも、あたしは病気では息絶えないわよね……」
か細い呟きを聞いて、シャマルは目を見開く。
シン、と静まり返った部屋。
「コウ…」
呼ぼうとしたが、紅奈が寝息を立てていることに気付く。
薬の副作用の眠気の襲われて、寝てしまったようだ。
「……変な呟きをするなよなぁ」
そう小さくぼやく。
「ちゃんと病気では死なせねぇって」
仕方ないと笑っては、紅奈の頭を撫でてやった。
目を覚ませば、熱さも怠さも和らいでいため、紅奈は起き上がっては背伸びをする。
「……?」
コタツテーブルの上には、箱二つが置いてあった。
なんだこれ、と手に取って見れば、メッセージカードが上に添えてある。
日頃の感謝を込めて。骸より。
骸からの贈り物。
なんでまたこんなタイミングなんだと、首を傾げた。
それでも紅奈は、包み紙を丁寧に開けてみる。
小さい方は、ヘアートリートメント。甘めものローズの香り。
「あっ」
中身は、携帯型ゲーム機だ。
テレビを観ていてCMで宣伝していた最新のもの。
なんとなく「へぇー、面白そう」と呟いたことを覚えている。
ちゃんと気になったソフトまで付属していた。
ポーカーで勝ち取ったお金で買ったに違いない。
紅奈から勝ち取ったお金で贈り物を買うとは、おかしなことをするものだ。
紅奈は、ふふっと笑ってしまった。
開封しては、初期設定をする。充電もしないと、と電気コードを差した。
ふと。
窓のガラス越しの蝉の合唱が気になって、振り返る。
炎天下の中、生き急ぐように鳴き続ける虫の声。
「………平穏ね…」
来年の夏に、彼がいるといいな。
ぼんやりと思った。
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