空色少女 再始動編
397 守護者の話
本格的な暑さで、陽射しがコンクリートを焼く。
「骸。一戦やらない?」
「いいですが……ボコボコはやめてくださいよ?」
紅奈と骸で買い物に出掛けたが、その前に稽古を一戦やることにした。
骸は武器を持ってきていないので、体術のみの対決になるだろう。
「あたしに勝てたら、アイス、奢ってやる」
「クフフ。マーモンとかいう部下から得たお金を、僕達に使いすぎでは?」
先日、蹴り技をしっかり指南してくれたルッスーリアから、マーモンへ科した罰金を受け取った。
何かと紅奈がそれを使っては、犬達にお菓子を貢ぐのだ。
「いいじゃん。有り余ってるレベル。なんなら、イタリアに戻った時の当分の生活費、あたしから借りる?」
「…どれほどの罰金なんですか?」
「50万にしてやった」
してやった。口ぶりからして、それで妥協してやったもよう。
それは妥当なのだろうか、と笑みを貼りつけたまま骸は小首を傾げる。
「いんだよ、アイツは。守銭奴で、ほんとお金は山ほどあるらしいから」
「はあ……術士、とのことですね。僕と同じく、紅奈のトラウマ克服のために幻覚を使ってもらったとか」
それで罰金を要求したのだと、あとで教えてもらった。
「そ。いつか会わせてやるけど……今は嫌かなぁ」
「何故です?」
「骸にはもっと術士としての腕を上げてから、対決してもらいたいね。霧の守護者、争奪戦してほしい」
いつもの稽古場にやってきては、紅奈はストレッチをしながらも、ニヤリと笑いかける。
「霧の守護者?」
「ボンゴレの幹部の役割、ってところか。六人の守護者がいるんだ。霧の守護者は、確かぁ、ファミリーの実態を掴ませないまやかしの幻影、かな。あたしは骸に、あたしの霧の守護者になってほしい」
元々、そのつもりでスカウトしたのだ。
「クフ。この僕にマフィアの幹部を、ですか? 本当に物好きですね、紅奈は」
幹部として求められている。気分が上がるものだ、と骸はまんざらではない。
もう少しその霧の守護者について尋ねようと思ったが。
「そういうことで、幻覚使って」
「……また、トラウマ克服チャレンジですか?」
想い人を窒息させるのは、本当に気分が悪いものだ。骸の気分は、落下した。
「昨日さ、一対二で幻覚使う暇もあったのに、なんで弱点突かなかったわけ?」
「…紅奈は、弱点を知られたくないと思いましてね。犬と千種にも、言ってませんよ」
「それもそうか……。んー…でも、あえて戦いの最中で水責めの幻覚を受ければ、克服したりしない?」
「紅奈。元から荒治療な方法なのですよ? さらに荒くしてどうするのですか……」
危険にもほどがある。
「一回、一回だけ〜」
「無茶ですよ、紅奈。紅奈に先手を譲られて幻覚をかければ、その時点で紅奈は倒れかけるじゃないですか……」
戦闘が始まらない。成り立たないのである。
一対一だと、紅奈は幻覚を使う暇も与えず、攻撃をしてくるのだ。かといって、弱点を知る者を増やしたくないため、犬と千種の前ではかけないし、それ以前に危険だからやめてほしい。
なんとかトラウマ克服チャレンジは回避したのだが、それで機嫌を損ねたのか、骸は叩き潰された。
ルッスーリアと挨拶した際に、お怒り中の紅奈の相手は気を付けろと警告をもらったのだが、それの片鱗を見た気がする。
頭に血が上っていれば、力任せな攻撃になるはずだが、紅奈の場合は、的確な攻撃を繰り出してくるそうだ。そして怒りを込めている、とか。
「……紅奈に勝てませんね」
「一緒に強くなっていこうよ」
「……一度ぐらい、勝ちたいのですが」
ボスである紅奈の顔を立てて、強さは超えない。というのは、無理だとは思う。
最強のボンゴレボスを目指す紅奈を、例え、超えた力をつけたとしても、意地でも紅奈はそれを超えてみせるはずだ。
なので、まだまだ未熟な今のうちでも、一本取りたい。
「頑張れ」
「……わかりました、ボス。努力を積み重ねます」
ニヤリ、と挑発的な笑みを返されて、骸は肩を竦めた。
「あっつー。帰りにアイス買おー」
結局、紅奈のお金でアイスが買われる。
骸は、チョコレート味のアイスを黙々と食べた。ついでに、しっかりと綱吉達の分をアイスは箱買い。
二回目に会った際を思い出す。
ピザを買ってくれとお金を渡して買いに行かせば、さらりと一緒に分けて食べさせてもらった。
根が、優しい人なのである。
紅奈が優しさを見せるのは、当然骸達だけではない。
一番優しさが注がれてるのは、綱吉である。
勉強で教えた箇所をすぐに忘れやすい綱吉のために、根気強く教えてやる紅奈。
宿題も噛み砕いて覚えやすくする紅奈。
何もないところで転びかければ、咄嗟に手を伸ばしては助ける紅奈。
次の日の学校の準備をやらせては、チェックする紅奈。
(面倒……見過ぎですよね……)
通常のきょうだい関係はよく知らないが、紅奈は弟の綱吉に過保護な姉だと、ちゃんと認識できている。
ちゃんと自分で出来るように、と見守ることもするが、やはり結局は紅奈の手を借りているのだ。
負担だから、代わりにやると何度か言ってみた骸だったが、大抵は自分がやると紅奈は綱吉のフォローをしてしまう。
それとなく、紅奈に食事を頼んでは、引き離すということをしてはいるが……。
「綱吉くんはそろそろ、一人でお風呂に入らないのですか?」
双子の入浴後。リビングのソファーに腰掛けた紅奈に、髪をタオルドライされている綱吉に言ってみた。
「えっ……でも」
ちらっと、綱吉は不安げな目で、紅奈を振り返る。
「ん? 大丈夫だよ?」
紅奈は、優しく笑いかけた。
ほら、まただ。綱吉に優しさが注がれる。
「んー……わかった。明日!」
一人の入浴に気合いを入れた綱吉。
彼の髪を乾かし終えた紅奈は、ドライヤーを手にした。
「僕にやらせてもらえませんか?」
「ん。」
手を差し出せば、紅奈はすんなりとドライヤーを手渡す。
スクアーロが滞在中も、二人でドライヤーをかけては乾かし合っていたのだ。羨ましく思っていた。
紅奈がやりやすいように、床に座るから、骸はソファーに腰をかけて長い栗色の髪に熱風をかける。
癖っ毛に悩む紅奈は、あまりうねらないようなヘアトリートメントをつけているらしく、オレンジのような匂いが鼻に届いた。
紅奈には、花系の香りの方が似合うと思う。
……プレゼントしたい。
誕生日は、十月だと聞いたため、その前に日頃の感謝だと言って、プレゼントしてみるか。ちゃんと持ってきた所持金を日本円に変えてから、買おう。
「お風呂もだめなのですか?」
「潜るのはね」
一度、熱風を止めて尋ねれば、紅奈はすんなりと答えた。
ブラシで湿った髪を整えてやりながら、不服に思う。
いつも紅奈に頼りきりなくせに、弱点を知っていて、守っているようなつもりでいるのだろうか。
ちらり、とゲーム機で遊び始めた綱吉を見てしまう。
「ツナくんは、あたしの守護者になるのが夢だもんねー?」
紅奈が、口を開くから驚く。
「え? 守護者って……」
ボンゴレの幹部だと聞いたばかりなのだが。
「うん! ぼくは、コーちゃんの笑顔を守る強くてかっこいいしゅごしゃになる!」
こちらを向いた綱吉は、フシュー! と息巻いた。
どうやら、ボンゴレの幹部とは違うらしい。
ただただ単に、守る者のこと。
どうしてそうなったのやら。
小首を傾げつつ、紅奈の髪をとかして、一つの可能性が浮かんだ。
ボンゴレの守護者の話を聞いてしまって、誤魔化すためにも、そう適当に教えたのだろう。それを気に入り、将来の夢にした。
守護者をヒーローだと思って、かっこいい自分を思い描く、年相応の子ども。
(……それを教えてくるとは、また心を読まれましたか…?)
綱吉が紅奈の弱さを守っているつもりなのか、と思った矢先の紅奈の発言。骸の思考の察しがよすぎる。
ボンゴレの血を引き継ぐ者が持つ、超直感を持つ紅奈だからこそ、わかってしまうのだろう。
気を付けねば。迂闊なことを考えれば、怒りを買いかねない。
きっと稽古で叩きのめされる。
「うっひょー、暑いーぴょーん。アイス食べていー?」
「あっ、ぼくも食べたい!」
犬と千種が、風呂から上がって出てきた。
アイスに直行する犬を、綱吉は追いかける。
「骸の番」
「紅奈の髪を、乾かしたら入ります」
再びドライヤーをかけてやる骸。
紅奈はひょいひょいと、突っ立っている千種を手招いた。
「…何?」
「座って。後ろ向き」
「…めんどい」
「だから、あたしがやる」
熱風が出されている間も、会話をしている二人。
千種はしぶしぶ紅奈に、背を向ける形でそばに座る。頭の上に乗せていたタオルで、丁寧にゴシゴシされた。
「終わりましたよ、紅奈。では、お風呂に入ってきます」
十分に乾かしてはブラシで整えた骸は、ドライヤーを紅奈に渡してはお風呂場に向かう。
紅奈は千種の髪にドライヤーをかけようとしたが、千種は拒む。
「暑いし、もういいよ」
「我慢して」
「……はい」
紅奈に逆らえず、千種は大人しく熱風を受けた。
「千種は全くあたしの名前を呼ばないけど、呼び方、決めかねてるの?」
ギクリと、千種の肩が上がる。
再会してから、一度も紅奈の名前を呼んでいない。
「別に今まででいいじゃない」
ドライヤーを置くと、紅奈はブラシで整えた。
「……でも、ボスだし…」
「君が敬うのは、地獄のようなところから救い出してくれた骸でしょ? 彼が直属のボスのようなもの。あたしのことは無理に様付けする必要はない」
千種は振り返ってソファーの上の紅奈を見上げる。
「君だって救い出してくれた。敬ってる」
ちゃんと感謝しているのだ。付き従う骸のように。
「……ただ…今更変えるのは、めんどい……という…」
「あはは、いいじゃん、今までので。他の奴らだって、様付けなんてしてないもん。心が敬っていれば、それで十分。たまに、ボスって呼べば、それでいい」
「………わかった。…紅奈」
ぽんぽん、と頭を叩かれた千種が返事をすれば、紅奈はタオルを被せてやった。
「ほら、柿ピーも食えよ!」
「…うん」
「コウちゃんも!」
「ありがとう、ツナくん」
四人仲良くリビングでアイスを食べる。
骸が出てくれば、紅奈が手招き。
目を見開いたが、骸は喜んで紅奈に髪を乾かしてもらった。
「平穏ですね……」
骸が呟く。
ドライヤーの音で掻き消えるくらい小さく呟いたつもりが、紅奈は聞き取ってしまったらしい。
「それが、あと十一ヶ月続くよ」
「ほ、本気で一年、居候させるつもりなのですか?」
耳打ちしては、再びドライヤーをつけて熱風をかける紅奈。
問いが、無視された。
千種からアイスを手渡されて、本日二個目のアイスを食べる骸。
「あらあら。仲良しさん!」
奈々がカメラを持ってきたかと思えば、そんな紅奈と骸のツーショットを撮った。
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