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空色少女 再始動編
393 診察





 ベルに買い物デートへ拉致られた翌日。

 主治医シャマルが、診察しにやってきた。


「よぉー、紅奈ちゃん。変わりはないか、って言いたいところだが……なんで居候が三人もいるんだ?」


 そのまま、部屋に通したシャマルは笑みを引きつらせる。

 久しぶりに訪ねてみれば、歳の変わらない少年が三人も居候していると奈々から聞いたのだ。
 どういうこっちゃ、である。


「かくかくしかじかで」

「本当にかくかくしかじかって言われてもな……わからないぞ」

「そういうことなの」

「だから説明がないって……まぁ、野郎なんざ興味はねーから、いいんだけども」


 紅奈にはベッドに腰かけてもらって、シャマルは紅奈の机についた椅子を使わせてもらって、診察。


「なんでも、三週間、イタリアに滞在してたって?」

「うん。あたしとしては、何も自覚症状はないのだけれど……。あたしより、お母さんはどうかな? 無理してそうに見えた?」

「紅奈ちゃんのお母さんか? んーいや。見たところ、元気だったぞ。何か心配な病状でもあるのか?」

「いや、あたしがイタリア滞在中、無理してなかったかなーって思って。あたしから見ても、大丈夫そうだけど……シャマル先生が言うなら、大丈夫だね」


 熱を測れば、正常。

 母親の心配をする優しい娘。微笑ましいと思えるシャマル。
 自分の方が、病気にかかれば苦しむというのに、母親の方を気遣う。


「よし。調子いいな。でもこれから本格的に気温も上がってくるし、油断するなよー」


 問題なし。悪夢病以来、紅奈は調子を崩していない。元気で何より。

 そう思ったシャマルだったが、キュッと白衣の袖を、紅奈に握り締められた。


「ん? どうした、お嬢ちゃん」

「その……」


 やや俯いて、言葉を躊躇う紅奈。

 珍しい、とシャマルは目を瞬かせた。それから、紅奈から言い出すことを待つ。


「………はぁー。来週、プール開きがあるの」


 肩を落とした紅奈は、項垂れて言った。
 シャマルの脳裏に、スクール水着の紅奈が浮かんだ。


「今、スク水の少女を想像したでしょ?」


 ギクリ。
 紅奈の冷めた眼差しを受けた。


「プールか! そんな時期だな! それが……あー…そういうことかぁー」


 みなまで言わなくても、察したシャマルは頭を掻く。

 紅奈には、溺れて死にかけたトラウマがあるのだ。

 シャマルが海から引き上げてから、命を取り留めたあと、目を覚ます度にパニックを起こして、心肺停止状態になっていたほどだ。


「ハワイで一回海に入ったって聞いたが?」

「……」


 俯いた紅奈は、首を左右に振った。
 だめ、か。


「お風呂で潜っても………」

「わ、わかった! それはもうするなよ? なっ?」


 狭い浴槽で潜ってもだめらしい。試したとは恐ろしいと、シャマルは焦った。


 この強気な少女ならば、克服しようと挑みそうで危険だ。そばにいない時に、お風呂場でパニックになっては、助けられないではないか。


 浴槽でも潜れない。プールなど、入れやしないだろう。


 項垂れた紅奈は、いつもより小さな少女に見えた。


 この少女は強い。だが、弱い部分がしっかりあるのだ。

 主治医としては、その弱さを守らなくてはいけない。そんな使命感を、シャマルは抱いている。


「そうだな。医者の診断書を渡しておこう。それでプールの授業は免除だ」

「……うん、ありがとう。シャマル先生」


 紅奈の顔は、暗い。
 本当なら、避けるのではなく、挑みたいのだろう。そう予想が出来る。


「無理は禁物だぞ、紅奈ちゃん。焦るこたねーよ」


 そう笑いかけて、頭を撫でてやった。


「………うん。焦らない程度で……こんな弱さなんて切り捨ててやる

「お、おう……」


 紅奈が怒りに燃えていると感じ取ったシャマルは、ひくりと口元を引きつらせる。


「ま、まぁ、話は変わるが……ここ、痣が出来てやがるな。また喧嘩でもしたのか? 小学生三年生が、中学生の不良相手に喧嘩はよくねーて」

「いや、もう不良には絡まれてないよ。これは………ぶつけた」

「今絶対嘘ついたな?」

「ぶつけた」

「主治医に嘘を貫いちゃいかん」


 妙な間で考えたに違いないとシャマルが見抜くが、紅奈は言い切った。

 本当に不良と喧嘩はしてない。骸達と会うためにイタリアに行っていたせいか、遭遇はないのだ。


「正しくは、ぶつけられた?」

「どうして疑問形なんだ……」


 左腕についた痣は、骸の三叉槍の棒を受け止めた時についたもの。


「患者にだってプライバシーがあるよ? シャマル先生」

「医者にも守秘義務ってものがあるんだぞ? 紅奈ちゃん」

「もうっ。ワガママな先生」

「いや、ワガママ言ってるのは、紅奈ちゃんだからな」


 冗談言ってかわそうとする紅奈に苦笑を零さずにはいられないが、シャマルは安心する。

 こんなやり取りの中で、ちゃんと紅奈が健康的だとわかるからだ。


「ほら、もう一回、腕を見せてくれ。手当てしよう」

「大丈夫だよ、これくらい」

「いかんいかん。紅奈ちゃんは、女の子だぞ? 傷まで愛してくれる男を見付けるのはいいが、自分の身体をないがしろにするな。主治医の言いつけは守るんだぞ」


 改めて、診るシャマル。


「こりゃ痛かったろ? ちゃんと冷やしたか?」

「うん」

「これなら、あとは温めておけば消えるな。お風呂にしっかり入って……潜らなければ、平気なんだよな?」

「うん、それは問題ないよ」

「じゃあ十分身体も温めておけば、消えるな」


 安心してシャマルは笑みを浮かべた。


「紅奈ちゃんは、色白だから目立つじゃねーか」

「一年引きこもれば、肌も白くなるよ」

「いや、元々が色白なんだよ。柔肌だな……手入れはしてんのか?」

「ルッスおねえさんにも言われたけれど、まだピチピチだから大丈夫じゃない?」


(自分でピチピチ言うのか……)

「なんだ、ちゃんと野郎以外とも交流があるのか。安心したぜ」


 ルッスおねえさんは、男なのだが、あえて訂正することもないだろう。


「確かに今はピチピチではあるが、将来を考えると、今のうちでもケアはいいと思うぞ。お嬢ちゃんは絶対に絶世の美女になるだろうからな」

「それはそれは、お世辞をどうも」

「お世辞じゃねーよ?」


 ケラケラしつつ、シャマルは調子に乗って、紅奈の頬を両手で摘まんだ。

 主治医として気を許されているのか、この馴れ馴れしさは、意外と許されている。

 幼い少女の柔い頬、最高だ……。


「オレの見立てでは、なかなかグラマーボディーな美女になるはずだ……ずっと主治医でいてやる」
「そこの変態は本当に医者ですが?」


 バンッと部屋のドアが開かれた。

 物凄く欲望ただ洩れな発言を聞いてしまい、骸が入ったのだ。


「ねーねー、シャマル先生」


 警戒心丸出しな骸など気にも留めず、紅奈はシャマルの袖を引いた。


「先生の見立てだと、身長はどれくらい伸びる?」


 キリッと真剣そのものの眼差しで尋ねる。少々気圧されたシャマルだった。


「紅奈ちゃんは、母親似だからなぁ……最低でも155センチは行くはずだ」

「それ以上は絶対伸びれる?」

「物凄く鋭い目をするな……」

「いつまでも見下ろされるのは、嫌。…全員地面に這いつくばればいいのに

((物凄く身長を気にしている……))


 地面を這いつくばれとは、とんでもない発言である。わりと本気さを感じるから、おっかない。


「よく寝て、あと姿勢を悪くしないように注意して、よく食べる。それから、カルシウムだな。あとはなんだったか……ああ、そうだ、筋トレのやりすぎはいかんな」

「えっ! 筋トレのせいで身長伸びないの? 奴らは鍛えているのに身長が高いんだけど?」


 解せない! とショックを受ける紅奈。







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