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空色少女 再始動編
392 優先順位



 たくさん買ったな……。


 紅奈はリムジンの中に並ぶ紙袋を、腕を組んで眺めた。床を埋め尽くしていて、見えやしない。

 本当に今ある服を処分しないと、クローゼットに収まりそうにないじゃないか。


「夏休みは、もちろんイタリアに来るよな?」

「無理じゃない? 骸達もいるし」

「は? なんで来ない理由がアイツらになんの? ついでにイタリアに置いといちまえよ」

「なーんか、家光がまだ仕事に苦戦してるみたいだから、夏休みはまーたり、家で過ごしかねない」

「またお母さんと二人きりにすりゃあいいじゃんっ! 夏休み! イタリア!
 ハッ!? まさかまたキョーヤって奴のとこに泊まる予定!?」


 駄々をこねるベルが、出した名前は雲雀恭弥のもの。

 以前、夏休みにやってきたベルも、紅奈達が予定していた恭弥の家に泊まり込んだ。
 紅奈は目を見開いたあと、頬杖をついた。


「あー……そういえば、恭弥に会ってなかったな」

「!」


 会っていない。

 それは多分、事故から立ち直っても、会っていないという意味だと解釈が出来たベルは、失敗したと思う。
 忘れていたのならば、そのまま、忘れてくれればいい。


「…………」


 雲雀恭弥。原作では、最恐の風紀委員長であり、不良である。

 だが、今の恭弥は。いや、紅奈が知る恭弥は、無知な子どもだ。

 どんな成長をするのか、楽しみにしていた時もあった。原作のように、群れを嫌い、不良の頂点に君臨することを、変えられるのではないか。
 そう考えたこともあった。


「……コウ? どうした?」


 黙り込んだ紅奈を、ベルは首を傾げて覗き込む。


「…いや、別に」


 視線を落とす。


 変えられると思っていたのだ。何もかも。

 無表情で無感情で無知な子どもであった恭弥を、きっとまともな性格にして成長させる。酷い驕りだった。


 自嘲を零してしまう。


 それを見て、何を感じたのか、ベルは手を重ねてきた。

 そんなベルを見てみる。

 ベルはベルだ。根本的には、変わらない。ただ、心を変えただけなのだ。

 紅奈をキングと慕い、ついてくる。ちゃんと紅奈に合わせて、奈々や綱吉と接しているし、無用な殺しだって控えているくらいだ。

 スクアーロだって、紅奈を10代目にすることを選び、忠誠を向ける。

 それから、XANXUS。

 根は、変わらない。彼らそのものではあっても、心は紅奈を選んでくれた。


「……ふっ」

「な、なんだよっ、コウっ?」


 くしゃくしゃーと、目元を隠す長い前髪を指先を差し込んで見出す。


「恭弥には悪いけど……構ってやれる余裕はないんだよね」


 何を考えているかもわからない、一人ぼっちな子どもの恭弥。

 だが、XANXUSだって、今は一人にされているのだ。冷たい氷の中。

 XANXUSが、優先なのだ。


「遊んでる暇はない。…綱吉も綱吉で、土手で野球したいって言わないなぁ。あたしのせいだけど」


 綱吉が仲のいい友だちとして会いたがる山本武にすら、会っていなかった。十中八九、寝込んでいた紅奈のために、遊びに行かなくなったからだろう。


「すっかり、インドアになっちゃったなぁ……」


 学校の休み時間は一緒に外へ出るが、大半は他の生徒と身体を動かす紅奈を、正一と眺めている綱吉。

 最近は、家にあるトランプやUNOを楽しみ、正一から借りたゲーム機で順番で遊んでいる。ちなみに、千種のヨーヨーに興味津々だったりする。


「ダメツナは、回避しないといけないのに……」


 原作では、何をやってもダメな中学生の主人公ダメツナだった。

 昔よりドジは減ったものの、運動音痴は変わらず、勉強だって紅奈が見ていない間の成績がガタ落ち。

 骸達もいる今、本当に手一杯なのだ。


「綱吉は綱吉で、頑張らせるのもいいじゃん。三週間は頑張れたんだし、次も頑張らせれば? じゃないとさぁ、ボスをいざ助ける時に紅奈が動けなくなるし」


 それとなく。
 それとなく。
 双子離れを、誘導するベル。


「そうねぇ……ちゃんと帰るって言えば、行かせてくれたもの。今はXANXUS救出に専念したいし、時間が許す限りは、鍛える。学校が休みの間は、なんとかイタリアに行っては、実戦を積むための任務参加も出来ればいいし……」


 紅奈はくるくると束ねた自分の髪の毛を人差し指に絡めた。


「アイツもアイツで忘れてるかもな。一度も連絡してこなかったし」

「まー、アイツは何考えてるかわかんねーもんなー。あり得るんじゃね?」


 紅奈にべったりではあったが、よくわからない性格の子どもだったのだ。コロッと忘れた可能性もある。こっちも忘れてしまえ、と思うベルだ。


(どうせ、中学で会うし……多分)


 何をきっかけに不良の頂点になって、最恐の風紀委員長になるのかは知らないが、中学生になれば、会うだろう。

 成長の過程は見てみたい気もするが、本当に手一杯。


(あれ? ……そう言えば、恭弥側って……うちの連絡先、知ってるのか?)


 ふと、過る疑問。泊まる許可を得たのは、直接挨拶しに行った家光だ。その際に、連絡先は取り合ったのだろうか。


 まさか、取り合っていない……?


 首を傾げてしまった。いや、それはないな。四日も子どもを預けては預かったのだ。連絡先を交換するだろう、普通。

 あのべったりしていた恭弥が、一度も連絡を寄越さないのは、意外だが、やはり一年も会えなければ忘れてしまうだろう。子どもだもの。


 紅奈だって、休学明けに登校してみれば、他の生徒に忘れられていた。ちなみに、紅奈も紅奈で大半のクラスメイトの顔と名前が一致してなかったが。


 再会しても、忘れていたりして。


 あり得る、と思いつつも、紅奈はやっぱり、今は会う気にはなれなかった。

 何事も、優先順位があるのだから。










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