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空色少女 再始動編
391 ご褒美デート




 翌朝の早朝。叩き起こした犬と千種とともに、骸は倒れた。なんとか三叉槍を支えに起き上がる。

 なんて強さだ。
 そして、なんて――――美しさだ。

 圧倒的な強さ。

 三人がかりで挑んでは、倒された。

 一対三。最初こそ、骸達が優勢だった。
 連携攻撃にはそこそこ自信があり、それで追い込めたはず。

 しかし、形勢は逆転された。骸が幻覚で足止めしようにも、ほぼ無反応で突き進み、反撃を受ける。

 叩き潰されては、蹴り飛ばされた。

 一撃一撃が、重い。

 木剣により、蹴りにより、拳により、倒された。

 目にするのは、橙色だ。
 額に灯る橙色の炎。

 あれは紅奈の瞳にあった橙色が、露になったのだろうか。

 こちらを見据える瞳は、いつもよりも強く感じる橙色。

 凛々しく美しい存在として、そこに立つ。
 フッと額の消えれば、紅奈は頭を振っては、後ろで結んだ髪を揺さぶった。


「こんなもんか」


 ふーっと一息、零す。
 炎が消えて、元のブラウンの瞳に戻っても、澄んだもののままだ。


「ん? 何その間抜け面」


 紅奈に笑われて、自覚する。ぽーっと見つめてしまっていた。
 無理もないじゃないか。圧倒的な力でねじ伏せる美しい存在に目を奪われたのだ。


「あ。千種。大丈夫ー? あ、すまない。全然、手当てのこと、考えてなかった」


 ばたん、と千種が、力尽きて地面に突っ伏した。
 とたとたと歩み寄る紅奈は、千種の顔を覗き込む。


「気にしないでください。打撃系の攻撃です。冷やせばなんとかなりますから」

「そう? じゃあ、これからも付き合ってくれる?」

「……努力いたします」


 立ち上がることは諦めて座ってしまう骸に、紅奈が笑顔で今後も本気の稽古相手を求めてきた。

 青あざだらけになる未来しか思い浮かべられず、顔が引きつりそうになる骸。


「冗談だよ。あたしも、アレは毎回出せないんだ。死ぬ気モードって言うんだけどね。通常モードの強さを上げつつ、死ぬ気モードをいつでも発動出来るようになることが稽古の目標。さっきは三人いっぺんに来られた危機感から、イケるって思ってやってみたんだよねぇ」


 冗談で助かったが、三人がかりで挑まれれば、なんとなくあの本気の戦闘スタイルになれると予想されただけだとは。本当に末恐ろしい。


「……紅奈は、再会した時、丸腰でしたよね? ですが、昨日から木剣を振り回してます」

「骸に合わせた」

「………普段のスタイルではないと?」

「あたしは、まだスタイルを決めかねてるんだ。スクアーロに、叩き込んでもらっているから、まぁオールマイティーもいいよねー」

「オールマイティー……」


 紅奈が言うと恐ろしい。本当に恐ろしいな。


「さてと。帰って、学校に行くか」


 紅奈はグーッと背伸びをして、そう言い出す。
 痛む身体を引きずるように、骸達も紅奈の家に帰宅したのだった。




 その日の学校の帰り道のこと。

 家まであと一つの曲がり角というところで、後ろから忍び寄ってくる影があった。
 紅奈は触れられる前に、がしっと相手の顔を掴んだ。


「ベル。仕事は?」

「済ませてきたし」

「ベルくん!」

「はぁ。泊まらせないよ?」

「今日は、とんぼ返り」


 そのまま腕を伸ばしてベルは抱き締めようとするが、紅奈に顔を押し返されてしまう。


「とんぼ返り? 今日はなんの用?」

「うししっ。ご褒美もらいに来た」

「ご褒美?」


 紅奈は、首を傾げた。


「そっ。つーことで、レッツゴー!」

「は?」


 にんまりと笑ってみせたベルは、紅奈のランドセルを奪うと、綱吉に押し付ける。


「綱吉、オレはキングとデートしてくるから。宿題、アイツらとしておいて♪」

「えっ? でもでも、今日はコウちゃんが、ごはん作るって」

「お母さんには、許可貰ったから♪ 勉強して、留守番、しっかり守れよ」

「あっ、こら、ベル!」


 目の前に黒いリムジンが停まったかと思えば、紅奈はそこに放り投げられるように入れられてしまう。

 そして、リムジンは走り去った。
 ポカン、と綱吉はただ見送ってしまう。



 同時刻。
 紅奈と綱吉の共同の部屋を掃除をしていた骸。


「おや?」


 ベッドの奥の奥に、ケースがあることに気付く。
 手を伸ばせば、なんとか届いた。


「おやおや?」


 それは埃を被ったヴァイオリンケース。持っていた雑巾で埃を拭いてから、骸は開けてみた。
 中身は紛れもなく、ヴァイオリンだ。子ども用。


(紅奈……の、ものですよね)


 日常ドジを披露する綱吉が、弾けるとは思えない。見たところ、傷もないのだ。

 普通に考えて、紅奈のものだろう。


(最早、完全無欠ですからね……。弾けてもおかしくはないです)


 戦い方すらオールマイティーを目指す紅奈に、出来ないことはないと本当に思えてしまえる。

 楽器に縁がなかった骸でも、高級さを感じた。
 それが、ベッドの奥の奥にしまわれていた。


「ただいま!」


 そこで綱吉の帰宅の声が耳に届く。

 骸は、刹那迷う。隠していたようなものだし、元の場所に戻すべきだろうか。そうしておこう、と奥にしまった。


「…綱吉くん? 紅奈は?」

「ベルくんとデート、いっちゃった」

「……ほーう?」


 一階に降りてみれば、手洗いうがいを済ませた綱吉が、たった一人。

 またやってやってきたベルが、紅奈をデートに連れ去った。

 口元を引きつらせた骸は玄関を向くが。
 あいにく、土地勘が全くない。心当たりもないのだ。見付け出すことは、不可能。

 悔しいが、大人しく帰りを待つしかない。


「そ、それで、骸くん……しゅくだいを、おしえてもらえないかな…?」


 恐る恐ると、綱吉は頼んできた。

 紅奈が可愛がる綱吉の好感度を上げておこうか。

 学校に通ってもいない自分に教えてもらうのは、些かおかしな話ではあるが、出来ないわけではないので、教えてやろう。


「いいですよ。…ああ、代わりと言ってはなんですが……教えてもらいたいことがあります」

「なに?」

「紅奈は、ヴァイオリンが弾けますか?」

「あっ、うんっ! とっても、じょうず!」


 やはり、紅奈のヴァイオリンだった。
 綱吉は、キラキラと目を輝かせる。


「今は、弾いていないのですか?」

「う、うん。……じこから、ずっと…」


 もう一つ、尋ねれば、しょんぼりと綱吉は俯いた。
 事故から、弾いていない。妙に引っかかる。


「……あれは……一体、誰からもらったのですか?」

「おじいちゃん。とっても、やさしい、おじいちゃん!」

「………なるほど」


 紅奈が弾かなくなったのも、頷けた。

 おじいちゃん。孫娘のように可愛がられた現ボンゴレボスを、きっとそう呼んでいたはずだ。

 彼からの貰い物なのだから、見たくもなく、ベッドの奥の奥に押しやられたのだろう。


(残念ですね………紅奈のヴァイオリンを弾く姿、見てみたかった)


 玄関を見つめてから、骸は宿題を教えるために、綱吉の背中を押して部屋へ促した。





 ベルが欲したご褒美は、紅奈とのデート。
 厳密には、買い物デートである。


「……私を着せ替え人形することが、ご褒美なの?」

「ん? 買い物デートがご褒美だし♪ うししっ」


 ブランド店の中で、ベルはワンピースを紅奈に当てて、似合うか否かの品定めをしていた。


「だから、ベルは手伝わなくていいって言ったのに、勝手に参加しただけじゃない。それならスクアーロにも、ご褒美をあげなくちゃ」

「え? あのカスには、ちゃんと前髪を切ってやるっていうご褒美をあげたじゃん」

「それがご褒美になるの?」


 実は十分、ご褒美になったのだ。帰りの機内、終始前髪に触れていたのだから、うざかったほど。


「つーか、キング。忘れた? キングの服は、オレが決めるって言ったじゃん」

「? ……ああ、ベルが任務中に盗んだ大金で、服を買った時に言ったやつか。そのせいで、ベルってばボロボロに」
「カッチーン。この店の服全部買って、家に送りつけてやる」

「どんな報復だよ、やめんか」


 思い出した紅奈がおちょくれば、ベルは妙な仕返しをすると言い出した。ぺしっとチョップを額に食らわせておく。


「また任務中にお金をくすねてきたの?」

「そんなわけないじゃん。オレとキングのお金を使うの。これ、試着な」

「………なんで?」


 むすーっと紅奈は、嫌がる。


「だって、コウ。最近着てる服って、前にオレとボスとスクアーロが買ったやつ、それからまだ綱吉とお揃いの服、あとお母さんが買ってきたもんだろ。髪も伸ばしてきたし、似合うもん着てよ」


 ベルの言う通りだ。まだ着れるものは着ている現状だ。


 ふんわりだが、XANXUSが将来のボンゴレボスにみすぼらしい格好はさせられない、とか言っていたことを思い出す。


 ベルの差し出したワンピースを手に持つ。じっと見た。

 そして、突き返す。


「試着、めんどい」

「……わかった」


 意外にも、ベルは受け取っては、素直に引き下がった。
 かと思いきや。


「これ買い〜」


 そう近くの店員を手招いては、渡した。


「いや、試着してないのに」

「大丈夫大丈夫、紅奈に似合うし、サイズも問題ないし」

「何故わかるの」

「だって、オレ、王子だもん♪」


 ベルは、次の服を選び始める。


「似合うもん、片っ端から買うか」

「やめんか」


 ぺしっと再びベルの頭にチョップを当てた。


「いいじゃん。今ある服は全部処分して、新しいの買おうぜ。これどう?」

「贅沢王子め。これよりそれがいい」


 やれやれと肩を竦める紅奈は、なんだかんだで好みを選ぶ。

 前は、レディースの試着すら断固拒否していたというのに、意外過ぎる。

 ベルは密かに喜びつつ、選んだものをまた店員に押し付けた。


「あ。メンズにも同じデザインあるじゃん。綱吉に買って」

「ええー……しょうがねーな」


 せっかくのデートだというのに、綱吉の名前が出るし、お揃いを求めるし。変わらない点である。

 ベルはむくれたが、ピコンと思いつく。


「じゃあ、オレともお揃いの買おうぜ?」

「いいよ」


 あっさりといい返事が来たものだから、前髪で隠れた下でギョッとした。一切の躊躇なし。


「ベルがよく着るようなボーダー柄、好き」

「りょーかい♪」


 お揃いのボーダー柄の服を選ぶ!

 ベルは、張り切った。とんぼ返りの予定のため、サクサクッと店内を見て回っては、次の店に行く。


(ほんと、レディースの服、躊躇しなくなったなぁ……)


 自分の好みの服を探す紅奈を横目で見ながら、ベルは感心する。

 初めて会った時は、本当に綱吉と瓜二つ。髪型も服装も。
 髪を伸ばすことにしたから、綱吉と合わせることは諦めたのだろうか。


(このまま、弟離れすればなぁ……イタリアに移住もしそうなのに………)


 それは、かなり難しいだろうが。
 ついつい、思わずにはいられない。


「コウ。まじであのカス鮫に付き合って髪伸ばすことにしたん?」

「ん? うん、そうだけど?」

「……へぇー」


 気に入らないな。ムッとした。

 溺愛する綱吉とお揃いを諦めて、スクアーロと同じく髪を伸ばす?

 特別扱いに、ムカッとする。


「どしたー? コウ」


 紅奈がじっと見ている先を見付けようと、コツンと頭をくっつけてみた。


「あれ。ベルに似合いそう」

「……うしし。じゃあ、着る」


 ベルの服を、選んでくれたのだ。上機嫌に戻ったベルは、紅奈の手をしっかりと握っては引いた。

 そして、思い出す。骸を連れてきた時、紅奈は恋人繋ぎをしていたのだ。

 どうせ、スキンシップの多い紅奈のことだから、深い意味は全くないはず。


 ならば、自分がしてもいいだろう。そう思い、スルッと指の間に指を滑り込ませて、ギュッと握った。

 紅奈は特にリアクションなどすることもなく、目に留めた服のサイズを確認する。

 相変わらずだなぁ、と思いつつ、ドキドキしているベルは、何か紅奈の気を引けないかと考えた。

 異性として、意識してもらえるには、どうしたものか。
 そして、ピコンッと思い付く。


「なぁー、コウ」


 紅奈のもう一つの手を取っては、ピタッと自分の腹部に当てた。


「オレ、けっこー筋肉ついたと思わない?」


 ボディタッチをさせて異性アピール。

 細マッチョ好みだと言っていたことを、しっかりと覚えてる。そのために鍛えていたわけだから。


「………」


 紅奈はペタペタと服の上から、腹筋を確認。
 すりすり、と撫でられた。

 わりと薄着なため、上からでも十分わかるはず。

 まだまだ腹筋をつける予定である。今の成果は、どうか。
 いいと思われれば、上々である。


 ズボッ。


 紅奈の手が、裾から入り込んだため、ビクッとベルは震えた。

 直接、触りに来たのだ。紅奈の手が、直に触れてくる。


 ペタペタ。すりすり。


 服の上と同じ動きで、確認してくる。

 じわーっと、ベルは顔を熱くなることにを自覚した。

 紅奈の手が、するーっと上がっていく。胸の真ん中。


 まずい。直に触られて心臓が激しく高鳴っていることがバレる。


 そう焦ったが、すぐにすーっと指先で触れながら下りていく。

 割れた腹筋を一つずつ、なぞるような動きがされた。

 ぷるぷると震えてしまいそうな身体を、ベルは心の中で叱咤しては耐える。

 しかし、その指先が、へそをくすぐったあとに、さらに下へ。下へと下がる。

 ズボンの中まで入りそうになった指。


「キング! 触りすぎ!」


 もう限界だと、バッと離れた。

 見れば、紅奈はニヤリと笑っている。


「これに懲りたら、もう不意打ちでキスするなよ」

「っ……!」


 仕返しだ。

 この前、不意打ちキスをした仕返しが、今更された。

 ぷるぷるしつつも、自分の腹部を押さえるベル。


「お前もまだまだだね。もうちょっと頑張れ」


 そして、ついた腹筋の評価がイマイチ。


「……お前も、って何?」


 なんとなく、聞き流してはいけない気がした。


「………」


 紅奈が珍しく、目を背ける。


「……あの骸って奴に期待してんの?」

「………」

「泊まる」

「いや帰れ」

「泊まる!」

「帰れって」


 嫉妬爆発。
 面倒くさい予感がしたために、紅奈は目を背けてしまったのである。


「気に入らねー! アイツ、何が出来るわけ!?」

「術士」

「マーモンがいればいいじゃん!?」

「まぁまぁ。機会があれば、対決してみてよ」


 後ろからがしっとしがみついて騒ぎ出すベルを、いい加減に宥めておいた。


「なんでアイツらを、ずっと捜してたんだよ。餓鬼なのに」

「これからに期待してるの。ベルも負けないように」

「はぁ? 負けねーし」


 紅奈がずっとスカウトする気でいたのだ。本当に気に入らない。


「むぅ……ムカつく」


 紅奈と同じ家で生活する。捜索中のイタリア滞在中はずっとそばにいられたが、ただそれだけだ。
 短い間しか過ごせないというのに、居候。心底、腹立たしい。


(マジで弟離れさせるか………)

「ベル、何か企んでる? あと暑いから、もう離れて」

「……うしししっ」


 紅奈も鋭いし、綱吉も綱吉で、離れようとする紅奈を引き留める。

 運命共同体な双子。引き離すのは、至難の業だ。

 でも、いつかは完全に引き離せなくても。

 一番を勝ち取る予定のベルは。
 諦めるつもりはないのだ。


「ほっぺにちゅーは、アリ?」

「ん? んー。うん」

「やーりー♪」


 ちゅっ、と紅奈の頬にキスをする。
 それから、ムギュッと抱き締めた。


「だから、暑いって」

「いてっ」


 紅奈にまたチョップを受けたが、もう少しだと言っては、ベルは締め付けたのだった。








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