空色少女 再始動編
389
イタリア。
独立暗殺部隊のヴァリアーの本拠地である屋敷に、スクアーロは上機嫌で歩いていた。
ほぼ無意識に、切りそろえてもらった前髪を撫でてしまう。
「ああ、帰ってきたんだ。スクアーロ。遅かったね」
「おう、マーモン。悪かったなぁ、任せた仕事を引き継ぐぜぇ」
執務室に入れば、代わりを務めたマーモンと会った。
「いいよ。しっかりその分のお金は前払いしてもらったからね」
少々高くついた代役ではあるが、これも尽くすボスのためである。
問題なく仕事をこなせるようにとやり取りをしたあと、マーモンは部屋を出ようとした。
「う”お”ぉい、待て、マーモン。コウから、伝言だぁ」
忘れるところだったが、スクアーロはちゃんと伝える。
「頼み事はもういい、とよ」
「えっ! もうお嬢の克服は済んだってことかいっ!?」
思わず、マーモンは声を上げてしまった。
幻覚を容易く打ち破る紅奈が、トラウマのせいで溺れる幻覚に呑まれるほど重度のはず。
幻覚で克服するという荒治療が、紅奈からの頼み事。
しかし、危うく窒息死しかけたため、万が一にも息が止まった時のためにも、蘇生役を用意した方がいいと進言した。それっきり、保留だったそれが、いきなり終わったことに驚きすぎた。
「は? 克服だぁ? なんの話だ?」
「あっ」
眉を顰めたスクアーロを見て、ギクリと震えるマーモン。
スクアーロは、頼み事の内容を知らないのだ。
紅奈には、誰にも言うな。そう口止めされたと言うのに。
やばい。まずい。
「なんでもないよっ! じゃあねっ!」
ボンッと、マーモンは逃亡。
「あ”っ!? おいてめぇマーモン!! 待ちやがれ!!」
廊下を飛び出したが、もちろんマーモンの姿は確認出来ない。
「克服? 克服だぁ?」
イライラとしながら、考える。
真っ先に思い浮かぶのは、病の克服。
紅奈は風邪を引けば熱で寝込む病弱さを持っているが、それでマーモンの力が役に立つわけがない。
他に考えられるのは――――トラウマの克服。
スクアーロは、目を見開いた。
紅奈は、死にかけたのだ。それも何度も。
海の中に落ちた飛行機事故のせいで、溺れ死にかけた。
それが、紅奈のトラウマになった……?
いや待て。
紅奈は、ハワイで海を泳いでいたじゃないか。ちゃんと自分で海に入って、シュノーケリングをして……。
スクアーロは、すぐに様子のおかしかった紅奈の姿を思い出す。一人で海から這い出て、木陰に座り込んだ。
ただならぬ雰囲気だと気付いていたのに。
「くそがぁっ!!」
ダンッと、壁に拳を叩きつけた。
(オレに黙ってっ………マーモンの幻覚で、溺れかけたトラウマの克服かぁ!?)
今すぐにでも、日本に戻って紅奈を詰め寄りたい衝動に駆られる。
もう紅奈の弱さを見ても、紅奈を10代目ボスにしたい気持ちは揺らがない。
なのに、隠すのか。
悔しいが、紅奈が隠す気持ちもわかる。
自分の弱さを見られたことで、XANXUSが……。
ギリッと、奥歯を噛み締める。
「スクアーロ。やっと戻ったのか」
「……オッタビオ」
「機嫌が悪そうだな」
ギロッと、廊下の先からやってくる男を睨みつけた。
手には、資料だ。任務。
「……暴れられる任務なんだろうなぁ? う”お”ぉおいっ!!」
ぶんどっては、スクアーロは目を通して、すぐさま準備をすることにした。
スクアーロの脳裏に、謝って泣く紅奈が浮かんだ。
「…あたしは……ボス失格だっ…」
そう言わせてしまった自分の過ちに、怒りが沸騰するように沸き上がる。
何故かスクアーロが来たことで立ち直ったと思われてしまっているが、本当に立ち直らせたのは綱吉だ。
紅奈が苦しんだ一年を支え続けた綱吉だ。
弱い姉でも、必死に支え続けた弟。
(オレだって支えるっ!!)
紅奈の弱さだって、支えてみせる。
「う”お”ぉおおいっ!!! オレが右腕だぁあああっ!!」
「えっ!? 何!? うるさっ!!」
現場で暴れたスクアーロのいきなりの発言に、同行したルッスーリア達は、ギョッとした。
仕事をあらかた片付けたら、紅奈にそれを宣言してやろうと、スクアーロは決めたのだ。
日本。並盛町の森。
骸は監視の目を気にしたが、紅奈はその心配はないと言い切った。
家光は、家族に監視などつけさせないのだ。紅奈の超直感でも、確認済み。
そういうわけで、紅奈と骸は稽古として、一戦を交えた。
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