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空色少女 再始動編
388 前髪切り




「ねぇねぇ、コーちゃん。コーちゃんの本命は、誰なの?」


 ニッコニコな奈々が、綱吉の口元を拭いてやる紅奈に尋ねた。

 この中にいるのか……? 鬼の形相でコタツを囲む四人を睨みつける家光。

 冷たくされていると言うのに、とんでもなく娘愛の強い父親である。


「本命? 本命の男の子?」


 ゴックン、と咀嚼した鶏肉を飲み込んだあと、紅奈は小首を傾げた。


「いないよ」

「あら〜。そうなの〜?」


 残念がる奈々。

 だがしかし、まだいない、だけなのだ。
 この返答は、諦める要因にはならない。


「今の男友だちはみーんな! ただの友だちだよなっ?」


 にっかりと笑顔で、家光が勝負に出た。まだまだ幼い少年達の恋心を砕こうとする。

 遠回しに、恋愛対象外通告をさせてやる、と。

 スクアーロは、大人げねぇ、と眺めた。


「今は男友だちだけど、将来は恋人かもしれないね」


 またもや、家光を見ることなく、紅奈は答えては、ブロッコリーを口に入れて、もぐもぐする。


「まぁ! ほんとっ!?」

「……!!」


 奈々が目を輝かせる隣で、家光、自爆。

 恋愛対象外通告はされなかったベルと骸は、内心でガッツポーズをした。


 しかし、今の回答は、本心なのだろうか。スクアーロは、一切家光を見ようとしない紅奈を横目で眺めた。

 家光にダメージを与えるための発言なのか。それとも、この中に本当に恋愛対象候補者が……?


(そもそも、紅奈のタイプってマジでなんだぁ? ……前に、細マッチョが好きだとは言っていたが………)


 そそる、と言われてことがあるスクアーロは、骸とベルの体格を盗み見る。細身だ。


(いや、待て。あの時は、オレから車のキーを盗み出すために気を引いたわけで……違う可能性も……)


 紅奈の好みについて、真剣に考え込んでしまうスクアーロだった。身体より、性格の方を考えることを忘れていたりする。


「犬」

「んあ!?」

「おかわり、自分でとっていいよ」


 急に紅奈に呼ばれた犬は、震え上がった。すでに一杯目をたいらげて、大人しく空の皿を見つめていた犬。


「いいんら!」

「足りないでしょ?」

「うっ」


 確かに、まだ物足りない。言い当てられたが、犬はおかわりしに行けない。

 ボンゴレの若獅子と謳われた家光の後ろを通るなど、動物的本能で無理なのである。現に睨まれた。


おかわりは、全部オレが食べる!!!


 大人げない。


「だめよ! 育ち盛りなんだから、譲ってあげて!」


 奈々が咎めた。


「そうだったわ、骸くん達のこれからのこと、話してないじゃない!」


 そう! それそれ!
 スクアーロ達一同は、待ってました、と注目した。


「骸くん達は、育ち盛りなので、いっぱい食べさせてあげたいの! 当分うちで預かってもいいでしょ? あなた」


 ニッコニコな奈々。
 我が子と、同じ年齢の少年三人を預かる。留守がちな父親が許せるはずはない。


(家光! 断れ!!)

(絶対に反対だし!!)

(断ってくださいっ)

(美味いけど、あの量は無理ぴょん!!)

(……断って)



 断れ圧を感じ取って、家光は戸惑う。物凄く断ってほしいようだ。
 ならば、何故来た。お前ら。


「だめだ、奈々。ちゃんと子どもを預かってくれる施設に連れていったりして」

「それはスーくんが引き受けてくれるんですって。でも、その前に! いっぱい食べさせたいの!」
「いやいや、だからって」

「コーちゃんの大事な友だちなのよ!?」

「だ、だが、三人もだ! 三人もいるんだぞ!? オレも仕事があるしっ!」

「大丈夫よ! 三人ともしっかり者で家事を手伝ってくれるんだもの! だから、い〜っぱい食べさせてあげるの!」


 うふふっと夢心地な奈々。
 彼女は、食べさせて食べさせて食べさせないと、気が済まないのだろうか。

 今回の標的にされている骸と犬と千種は、ゾッと悪寒を感じた。

 綱吉もお泊りを続けてほしい、と必死に言おうとしたが、口の中に食べ物が詰まっている。
 こらこら、と紅奈に宥められた。


「年頃の男の子達を三人も預かるなんて、だめだって!」

「もうっ! 決めたもの!」

「なっ……!」


 頑固である。今回の奈々は、決めたことだと言い張って、ふくれっ面をした。
 なんだその顔は、可愛い。家光は打ち抜かれて、胸を押さえた。


「……どうしても、だめ?」


 しゅんと落ち込んだ様子で、奈々は首を傾げて、見上げる。
 悲しげな上目遣い。甘えたような声。
 間近で見て、既視感を覚えたベルは、悟った。


 紅奈の小悪魔は、この人からの遺伝だ。


 ただし、奈々の方は、確実に無意識である。そして、紅奈の方は意図的で巧みに使っているのだ。
 とんでもない遺伝を受け継いだものだと、ベルは思った。って、じゃない。


 負けるな! 断れ!!


 五人の圧が再び、強くかかる。

 それも虚しく、家光は敗北した。もう白旗を、上げたのである。

 勝者、無意識なあざとさを発揮した奈々。


 決定した居候生活。厳密には、奈々の育ち盛りに食べさせまくる生活。


 骸達は、自分達の胃の心配をした。なんとか、適量を作ってくれる紅奈に、料理をしてもらおうとせがもう。

 紅奈が無理ならば、自分達で作ると言い張ろう。我が胃のために。


「じゃあ、オレも住む!!」

「ふざけるな!! 食べ終え次第、帰れ!!」


 ベルまで居させてためまるか! と家光は即座に一蹴。

 スクアーロとベルは、お帰りである。


「あ。スクアーロお兄ちゃん」

「…あ? なんだぁ?」


 額を押さえて、黙って嘆いていたスクアーロは、紅奈に呼ばれて顔を上げた。


「髪。切ろう」
っ!!!?


 突然の発言に、スクアーロは青ざめては自分の髪を隠すようにサッと腕を上げる。今は紅奈にもらった髪ゴムで、一本に束ねている白銀の髪。


「なななっ、なんでだっ!?」


 これは紅奈が10代目ボスになるまで髪を伸ばすという願掛け。
 何故そんな願掛けの髪を切るなど言い出すのだ。激しく動揺した。


「前髪。目にかかってる。前にも切ったのでしょう? 帰る前に、あたしに切らせて」

「え? あっ、ああ……」


 確かに前髪が目にかかって、うざったいと思っていたところだ。
 ちょっと安心。


「……いや、待て。お前、髪切る自信あるのか?」

「…逆に、自信がないのに言い出す理由があるの?」


 お前は何を言ってるんだ、と言う顔で、紅奈に首を傾げられてしまった。


「あら! コーちゃんは、なんでも出来ちゃうわよ! ツーくんがガムを自分の前髪につけちゃった時も、サクッと切っては、不自然ないくらいに整えてくれたもの!」

「……紅奈。お前は、出来ないことがないのかぁ?」

「んー……心当たりがない」


 キリッと言い退ける紅奈。自信家はブレない。

 というか、綱吉はどうして自分の前髪に、ガムをつけたんだ。そのツッコミは、そっとしまわれた。


「そういえばぁ……コーちゃんもスーくんも、同じぐらい髪が伸びたわねぇ。コーちゃんは女の子らしくしたくて、スーくんはイメチェンかしら?」

「えっ、ええっと、これはぁ…」


 奈々の問いに、ギクリとするスクアーロ。多少の差があっても、同じ時期に伸ばし始めたのだ。
 イメチェン。それが無難な回答だろう。


「スクアーロお兄ちゃんが、どうしても一緒に髪を伸ばしたいって言うから、一緒に伸ばしてあげることにしたの」


 紅奈。爆弾を落とす。


「まぁ! お揃いだったの!? 本当に仲良いじゃない〜! スーくんが、お婿さん有力候補かしら〜?」


 追加で爆弾を落とさないでほしい。


 なんて母子だ。


 家光には、お婿さん有力候補に入ったことに睨まれるが、紅奈が女の子らしく髪を伸ばした始めたきっかけのため、怒るに怒れない。

 なんで一緒に髪を伸ばしたいってせがんだんだ、と呆れを含んだ怪訝な眼差しが注がれた。甘んじて受けるスクアーロ。

 紅奈の10代目就任まで願掛けとして、一緒に伸ばしていることは、秘密にしてやる。さもないと、誰かが切りにかかりそうだ。その際は、受けて立つが。



 そういうことで、スクアーロは紅奈に前髪を切ってもらうことになった。

 紅奈は椅子に座って、スクアーロは床に座る形。床に新聞を敷いて、クシとハサミを用意。

 スクアーロの前髪切りの間、骸達は別室で家光に事情聴取をされている。心配はしていない。家光に渡すべき情報は、わずかと決めている。そこも骸の演技に任せておいた。

 ベルは、綱吉の相手中。


「………」

「………」


 じっと、見上げるスクアーロ。
 じっと、見下ろす紅奈。


「何? 信用出来ないの?」

「い、いや、別に」

「身構えてる」

「刃物を持たれて警戒しない方が無理な話だぁ…」


 仮にも刃物である。条件反射で身体が警戒するのだ。


「前は自分で切ったの?」

「まぁな」

「…剣で?」

「んなわけあるか」


 そう話しつつも、紅奈はスクアーロの前髪を整えては、指で挟んではハサミの先を当てた。


 しゃきしゃき。


 縦から、細かく切り込んでいく。美容師の切り方っぽい。


「その切り方は、一体……」

「テレビで観たやつ、見様見真似」

「………」


 まぁ、なんとなくで、こなせる紅奈らしい。
 もうツッコミはしないぞ。


「本当に大丈夫かぁ? アイツらをここに置いてって」

「しつこいわよ。切りすぎちゃおうかしら」

「やめてくれ」


 そんな会話をしつつも、もう警戒が緩んだスクアーロは、目を閉じて切り終わることを待っている。


 しゃきしゃき。


 どうしてか。心地いい。悪くない時間だ。
 不思議とこのまま眠りたいとさえ思う。


「そうだ。マーモンに、頼み事はもういいって言っておいてくれない?」

「あ? 頼み事だぁ? 別件で何かあるのか?」

「いいの。虎視眈々、よろしくね」


 目を閉じてても、眉間にしわを寄せたしかめっ面のスクアーロ。

 紅奈は、密かに笑ってしまう。

 あとは絶好の機会を虎視眈々と待っては、稽古を重ねては、強くなる。そうするべきだ。


 前髪を端から端まで切り終えたところで、紅奈はぐしゃぐしゃと掻き乱しては切れた髪を振り下ろす。それから整えてやっては、顎を摘まみ上げて確認。


「終わったのかぁ?」

「うん。完璧。さっすが、あたし。天才」


 自画自賛。
 スクアーロが、目を開けば大きめな手鏡に、自分が映し出されていた。


「……ほんと、天才だなぁ」


 自画自賛も頷ける。目にかからないように、不自然なく切りそろえてくれた。


 ちらっと、スクアーロは紅奈を見上げる。


 これからも、前髪が鬱陶しくなったら、紅奈に切ってもらおうか……。
 いや、でも。気分屋な紅奈のことだ。断られるかもしれない。

 だが、今の時間は、本当に悪くないのだ。正直に言えば、もっと欲しい時間。


「次も……頼んでいいか?」

「いいよ」


 ダメもとだったが、あっさりと許可が出る。

 スクアーロは、粘るベルを引きずりながら、ご機嫌に帰国したのだった。




 家光が次の日には、また仕事に出掛けたのは、予想外だ。

 長期に家を空けたあとは、家でダラダラ過ごすというのに。

 ましてや、三人もの居候がいるというのに。


「……それほどの大事、か?」


 少々気になる、と紅奈は見送りをした玄関の壁に凭れては、顎に手を添える。


「怪我を負ったせいで、すぐに戻らなくちゃいけなかったのか……」


 怪我で連絡が出来なかったが、正体不明な居候がいると聞いてすっ飛んできた。しかし、すぐに戻って片付けないといけない仕事がある。


「……紅奈。いっそのこと、僕達を家光さんの組織に送り込んでみませんか?」

「…なんで?」


 そばに立つ骸が提案した。


「諜報機関組織。とても役に立つのではありませんか? 曖昧に伏せた僕達の事情を明かせば、教育がてら入れてくれるかもしれません。紅奈の待っている機会、そこから探すのも、ありでは?」


 昨日、骸は家光の尋問をのらりくらりとかわしたのだ。


 言えないほどの苦しみを与えられて、命からがら逃げだして、それから必死に生き延びて生きた。
 悪い大人については、話したくないという雰囲気を作っては顔を伏せ、生き延びた方法も紅奈のおかげでもうしなくていいと涙ぐんで見せたのだ。

 全て紅奈の指示通りにこなした。

 実は元マフィアで、戦う術がある。それを使ってくれ、と言う感じで売り込めば、チェデフに入れるかもしれない。


「………まぁ、確かに情報収集には最適よねぇ」

「ええ。その手のスキルも、伸ばせますしね」

「……気が進まないけれど、選択肢に入れておこう」


 提案を却下されなかった。いい提案が出来たと、少々優越感を覚える骸。

 大きな手柄を掴むためには、最適な組織ではあるが、家光の管轄。それだけで、紅奈は気が進まない。


「じゃあ、骸。明日の朝、稽古の相手してくれる?」

「わかりました。喜んでお相手いたしましょう」


 こんなにも、早く骸と稽古が出来るとは、予想外ではあるが都合がいい。


「ところで、結局、期間を正確に決めていませんが……僕達はいつまで居候生活を送ることになるのでしょうか?」

「んー? 一年待たせたから、それくらいいれば?」


 スタスタと紅奈が先に廊下を行く。


「え? ……冗談ですよね? 紅奈? 紅奈っ?」


 冗談だと言ってくださいっ、と骸は紅奈を追いかけた。





 

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