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空色少女 再始動編
387 父の帰宅




 対決の日。または、父親・家光の帰り。


 玄関で出迎えた家族と、居候五人。家光は笑みを引きつらせた。

 愛妻・奈々と息子・綱吉に、帰りを喜ばれるため、笑みで「ただいま!」を言う。

 紅奈は、そんな家光の腹部に注目していた。

 厳密に言えば、右の脇腹、である。

 ギュッと奈々と抱擁したあと、庇うような仕草をしたし、綱吉のことも抱き上げずに頭を撫でるだけ。


「よしっ! ご飯が食べたいが、先ずは話をするぞ!!」


 紅奈の頭も撫でてから、キリッと真面目な顔を作り、父親の威厳を醸し出しては仕切ってリビングに向かった。


「どうりで遅いわけだ」

「ヘマとは情けねぇなぁ…」


 ボソッと乱された髪を整えつつ、呟く紅奈。
 敏感に血を嗅ぎ取ったスクアーロも、声を潜めて言う。


「だっせーな」


 ベルも笑う。


「僕達には、好都合でしたけど」


 おかげで紅奈と再会出来たのだから、と骸。


「……貴方達は、血に敏感すぎない?」

「いや、オレは普通に右脇腹を庇ったことに気付いただけだし。カス鮫と違う」

「癪ですが、同じく」


 血に敏感すぎる部下だと思ったが、別に血の匂いを嗅ぎ付けたわけじゃない。


「オレだってそうだぁ……血の匂いもしたが」


 怪我を庇った仕草は見逃さなかったとスクアーロは言っておく。血の匂いも嗅ぎつけたことは否定出来ないが。


 廊下でこそこそ喋っている場合ではないので、紅奈達もリビングに入った。


 リビングの中央になるコタツテーブルを壁に立てかけて、そこにどーんと構える家光と、向かいに奈々を挟んで紅奈と綱吉が座る。


 骸を真ん中に犬と千種が、ダイニングテーブルを背に整列して正座。そのダイニングテーブルの椅子に、ベルが傍観姿勢で座っているが、スクアーロはテーブルに寄りかかるようにして腕を組み、話の行方を見守る。


「お母さんを怒らないで!」 


 先手は、綱吉。
 ひしっと奈々に横から抱き付いた。


「ツーくん! 大丈夫よ! 全部お母さんの責任だから!」


 ひしっと奈々も抱き締め返す。


「全部お母さんのせいじゃないよ。怒られるなら、一緒に怒られよう」


 紅奈も反対側から、ギュッと抱き付いた。


「コーちゃん!」


 ひしっと紅奈も抱き締め返す奈々。

 いきなり三人の団結を見せられた家光は、すでに悪者になってしまった気分。

 何より寂しい。仲間に入れてほしい。羨望の眼差しを送ってしまう。


「な、奈々……説明を頼む」

「そうね!」

「申し訳ございません。家族のことから話すべきだとは思うのですが、事の発端である僕達から話してもいいでしょうか?」


 詳しい説明を求めた家光に奈々が話し出す前に、骸は挙手した。

 にっこり、やんわり、物腰柔らかく、控えめに提案。

 これは、紅奈の指示ではない。しかし、話す順番は決められてもいないのだ。


「大切なご家族に迷惑をかけた身として、僕から説明をさせてほしいのです。だめでしょうか?」

「……君は、ずいぶん大人びているな」

「大人にならないと……生き延びられませんでしたので」


 怪訝な顔をする家光に、骸は憂いの雰囲気を醸し出しては目を伏せた。

 これは、紅奈の指示である。

 奈々が目を潤ませるので、同情は買いやすい。案の定、家光は奈々の反応を見て、しぶしぶながらも骸から、ちゃんと話を聞くことにした。


 一年以上前に、紅奈と二回会っていて、そして遊んだ仲であると自己紹介のあとに打ち明ける。

 その時、すでに紅奈には、親もいなく、家もないと話していた。
 また会おう、そう約束したが、一年も会えなかった。そう寂しげに呟く。


「僕達は……悪い大人に……追われていたのです。ずっと逃げて隠れてましたので……もう紅奈に会えないとばかり思っていましたが、紅奈が捜し出してくれたのです。本当に娘さんに感謝しかないです。そして、奥さんと息子さんにも。僕達を助けたいと頼んだ紅奈を行かせてくれたのです。おかげで僕達はこうして無事にいるのですから……命を救われたのも、同然です。本当にありがとうございます」


 嬉しそうな微笑を浮かべては、骸は誠意を込めて頭を下げた。
 骸に任せっきりだった犬と千種も、慌てて頭を下げる。

 涙ぐむ奈々を見ては、家光は頭を下げ続ける骸達を見てから、ギンッとスクアーロを睨むように見上げた。


 悪い大人。定かではないが、奈々達の前では詳しく尋ねられない。

 なんであれ、紅奈ではなく、スクアーロが捜しては見付け出したと予想が出来る。


「紅奈に頼まれたから、捜してやって、手掛かりが見付かったと言ったら、絶対に自分が見付けたいって言い出したんだぁ。時間はかかったが、街の中を捜し回って無事見付けた」

「三週間もか!?」


 紅奈の命令だ。スクアーロは動揺することなく、与えられた役をしれっとこなすまで。


「紅奈が大事に思っている奴を放っておけるわけがねぇだろぉおが。定期連絡はしてたし、危険な目には遭わせてない。一ヶ月かかろうが、頑固な紅奈は捜し続けただろうよ。大事なダチは、とことん大事にするんだってこと……親なら知ってんだろ?」


 紅奈は、冷めた態度を見せようとも、大事な相手を放っておくようなことはしない。根は優しい娘だと、父親である家光だって知っている。

 母である奈々も、弟である綱吉も、紅奈は大事だから優しくしている。今は、自分がそこから外されてしまってはいるが……。

 紅奈にとって、スクアーロもベルも、大事な存在であることはわかっている。だから、一緒にいると理解しているのだ。それから。


本当は……


 紅奈が、呟くように小さく言った。


「ザンザスお兄ちゃんが、見付けてなんとかするって……言ってくれたのに……」

「………」



 顔を伏せた紅奈を見て、家光は言葉を失う。


 あのXANXUSに、骸達を助けてほしいと頼んだ。親も家もない、骸達を救う。

 しかし、そのXANXUSの救いの手が伸びる前に、あの事件は起きてしまった。

 XANXUSは動けなくなったし、紅奈もまた事故に遭っては心身ともに参ってしまっていたのだ。

 その間、骸達は過酷な生活を生き抜くしかなかった。

 まとめて罪悪感をぶつけてやって、紅奈達の責めを軽減させる作戦。


(相変わらずの悪魔っぷりだな〜……)


 傍観者に徹している悪魔の名前を持つベルは、容赦のなさにしみじみ思った。

 責めを軽減させるどころか、お前のせいだと言わんばかりに責めているようなもの。

 事実。紅奈は、XANXUSを解放しない9代目と家光を責めているのだ。おまけに、骸達と音沙汰なしになってしまったことも。


「あっ。火、止めなきゃ」


 冷え切った沈黙の中、ぐつぐつと煮込む音が耳に届いて、紅奈はパッと顔を上げては、パタパタとキッチンに向かう。


「ん? ……んん?」


 紅奈が何故キッチンに行ったのか、家光は目を瞬かせた。


 そして今更ながら気が付く。いつもなら、連絡をする前に帰ってくれば、大量の料理が並ぶはずのテーブルの上には、まだ何もないのだ。


「奈々……今日の飯は?」

「あっ! コーちゃんが作ったのよ!」

!?!?!?

 目が飛び出そうなほど、家光は驚いた。

「コーが? コウが? え?


 プチパニックである。


「え、何、お父さん。紅奈の手料理まだ食べてなかったの? オレ、春休みに振舞ってもらったんだけど」


 にんまり。ベルがマウント。

 しかし、それも耳に入らないほど、動転中。


「コーちゃん、ごめんなさいって込めて、あなたにシチューを作ったのよ! サラダ付き!」

「コーが……コーが……料理………」


 もうすでに感動に打ちひしがれている家光。


 チョロいな、この父親。


 紅奈の部下一同は思った。


 話には聞いていたが、本当に紅奈に弱い。溺愛する家族とは、こういうものだろうか。骸は疑問に思う。

 ……多分、紅奈だからなのだろう。そう答えがあっさりと出た。


「あとあと! コーちゃん! まだお熱、出してないのよ!」


 奈々は、報告をする。


「無理はしないって約束だったけれど、ずっとイタリアにいて、頑張って骸くん達を捜してた間、心配で心配で堪らなかったはずよ。でも、こうして見付かっても、気が緩んでお熱が出てないわ! きっと嬉しいのよ! 大事なお友だちが無事だってわかって! もう元気溌剌ってくらいなのよ!」

「あとねあとね! ぼくもお友だちになった!」


 妻と息子に、嬉々として報告される家光は、完全に叱りそびれていた。

 奈々は家事を全部手伝ってくれると褒めちぎり、綱吉は何して遊んだか、どんな勉強を教えてくれたか、家光に詰め寄る形で話す。


 その間に、スクアーロ達は、夕食の準備を始めた。あっという間に、紅奈が作ったシチューが並ぶ。

 結局、お叱りがないまま、夕食開始。紅奈の料理が冷めてしまう! と家光が自ら話を切り上げたのである。


「……奈々と、同じ味だっ…」


 再び、感動に打ちひしがれる家光だった。

 シチューごときで大袈裟だ、と紅奈は冷めた目を向けたが、すぐにやめて、隣の奈々の方に目を向ける。


「今日は一人で頑張ったけど……やっぱり大人数の分、作るのは大変だね、お母さん。お母さんはすごい」

「ひ、一人で頑張ったのか!?」


 ビックリ仰天。まだ小さな娘が、家族四人分と少年五人分の料理を、一人で作ったのだ。


「まだ、おかわりある」


 家光と目を合わせることなく、紅奈はキッチンを指差す。


「お母さんは手際がいいし、量もいっぱいなのに、美味しい……すごいね。もっと教えてほしいな」

「まぁまぁ! いいわよ! いっぱい料理を作りましょう!」


 仲の良い娘と妻の会話に、視界が潤んでしまう家光。

 美味い料理上手の母から、娘が教わる。なんていい家族光景なんだ。

 母から娘、か。

 ……ゆくゆくは、娘は自分の娘に………。


嫁にはやらんぞ!!!

「うわっ。びっくりした」


 いきなりの怒声に、向けられたベルはビクッとしてしまう。

 家族が揃うダイニングテーブルに、ベルはちゃっかりついている。というのも、リビングのコタツテーブルには、スクアーロと骸と犬と千種でいっぱいなのだ。骸達といると喧嘩をする恐れがあるため、ベルがダイニングテーブルの空いている一面の方で食事中。


「そうだったわ。あなた。ベルくんは、またコーちゃんの恋人さんじゃないんですって」

「え? あ、ああ、そっか…」


 紅奈が否定していたのを聞いていたため、家光はとっくに知っている。

 娘の唇を奪った要注意人物ダントツの一位は、ベルなのだ。






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