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空色少女 再始動編
386 希望を掴む




「赤ん坊の一人くらいいいじゃねーか」

「一人? 貴方はディーノの家庭教師だって言ったじゃない。生徒は置き去り?」

「いや、アイツはその辺で待たせてる。紅奈のいい返事をもらえるまで、車で待っていたんだと」


 いい返事……?
 紅奈は、眉を顰める。何かの話を持ち掛けてきた、のか?


「開けてくれ」


 ひょいっと降り立っては、リボーンは玄関のドアを開けるように催促。

 紅奈は、思案する。

 なんの話か気になるが、マフィアな部下が多い今、入れてもいいものか。


「ここじゃだめなの?」

「お茶」

「……」


 図々しいアポなし客である。

 力で追い返せればいいのだが、どうせ勝てない相手だ。
 素早く話を済ませて追い出そう。


「ん。抱っこしていい?」

「……いいぞ」


 腕を伸ばして、許可を得てから、リボーンを抱える。家に入って、すぐに洗面所に向かう。


「手洗いうがい」

「えらいな」

「あたしの父親と仲良いんでしょ? シャマル先生とも会ったし、あたしが病弱だって聞いてないの? 家の中に風邪菌を持ち込まれたら、あたしが四日寝込むことになるの」


 そうか、とリボーンは一言零す。

 自分の手洗いうがいをすませてから、リボーンもさせては、小さな手を拭いてやる。それから、また抱っこ。


「紅奈は、世話好きなのか?」

「世話好き?」

「初めて会った日だって、なんだかんだでディーノの手を引いてやってたじゃねーか」

「あー。弟に似てドジだから、つい。世話好きに思うなら、それのせいよ」

 話しながら二階に上がれば、隣の部屋が賑やかだ。


「賑やかだな」

「だから、お客が多いって言ったでしょ。お茶でいい?」

「まぁ、先ずは用件を聞いてくれ」


 ランドセルを置きたいと思ったせいで、つい自分の部屋に連れて来てしまったことに、紅奈は気付く。


 リビングでもよかったのに。
 しかも、お茶を要求したくせに、早速用件を言うつもりだ。

 コタツテーブルの上に、堂々と座った。行儀が悪い。赤ん坊だからしょうがない、と割り切って紅奈はランドセルを置いては、向き合うように座った。


「ディーノと話したんだが、紅奈が再三イタリアで待っていた奴を見付ける手伝いをしてやることにした」


 紅奈は、きょとんとする。


「……なんで、貴方達がそれをするの?」

「なんだ? 親切は嫌いか?」


 わからない。どうして、リボーンとディーノがそんな手伝いをすると言い出すのか。


「お世辞でも貴方達への態度はいいとは言えない」

「まぁ、そうだな」

「出逢った日から、互いの印象は悪いはず」

「……そうか?」


 逆によくなる理由があるのか。ますますわからないと、紅奈は眉間にしわを寄せる。


「そういうことで帰ってくれる?」

「断るのか? 相手の情報をくれさえすれば、見付けられると思うんだが」

「この前はお詫びで連れてってもらっただけで、これ以上関わる理由はないでしょ」


 どこまでも、冷めた態度。

 出逢った日からそうだ。

 紅奈の機嫌は、最悪。出逢った日から、まるでその最悪を引きずっているかのような態度。

 それでも。

 リボーンは、食い下がろうとした。
 突き放されようとも、三度も待ち合わせ場所で待っている相手と会わせてやるためにも。


「手伝う必要もないわ」


 リボーンが口を開くより先に、紅奈はきっぱりと言い放つ。


「彼らとは、会えたもの」

「……何? そうなのか?」


 拍子抜けしてしまう。

 紅奈は春休みは日本にいたはず。最後にあの場所に連れて行ったのは、冬休み中だ。

 その間に、どうやってあったのだろうか。疑問だ。

 なんであれ、自分達は出遅れた。早く言い出せばよかった、と舌打ちしたくなる。


 コンコン。


 紅奈が帰りを催促しようとしたら、ノック音が響いた。


「紅奈、僕です。入ってもいいですか?」


 噂をすれば。
 着替えてる、と嘘をついて拒むことが一瞬過ったが、変に会わせることを避けるのは、よくないだろう。


「いいよ。何?」

「教科書が必要だと……おや? 来客ですか?」


 ドアを開ければ、骸はすぐにリボーンに気付く。

 リボーンのおしゃぶりに目を留めて、眇めた。しかし、すぐに笑みを作る。
 しかし、リボーンは、おしゃぶりを見たことに気付いただろう。

 選択を間違えただろうか。


「ちゃおっす。リボーンだ。紅奈の友だちか?」

「こんにちは。僕は骸です。……少々、この家にお世話になっている者ですよ」

「骸、なんの教科書?」

「算数です」

「ツナくんのは……これか。はい」


 すぐに机の上から教科書をとっては、紅奈は骸に手渡した。


「ほら、リボーンも帰ってちょうだい。用は済んだでしょ」

「待ってくれ、紅奈。オレはお前を三度も待たせた奴らの顔が見たいんだ。お前が待ってたいう希望って奴らを」


 心の中で、紅奈は舌打ちをする。
 黙って帰れっつーの。


「……希望?」

「骸、戻っていい。貴方達が勝手についてきただけであって、相手を見る権利は持ち合わせてないわよ」

「イタリアに来る度に、座って待ってんだ。気になるのも無理ないだろうが」


 骸の肩を押して、リボーンに拒否を示すのに、またもや余計なことを言った。

 骸が反応してしまう。バッと振り返り、リボーンを見ては、紅奈を見る。


「……なんの、話ですか?」

「………ちっ」


 自分達の話だと、骸が気付いてしまった。めんどくさい、と紅奈はそっぽを向いては小さく舌打ちをする。

 そっぽを向いた先にいるリボーンを睨みつけた。


「イタリアに来る度って……紅奈、一体、何度待っていたのですか?」


 ガッと腕を掴んで、骸は問い詰めてくる。紅奈はその様子を見ては、また舌打ちをしたくなった。


「……そいつなのか。オレが知る限り、三度待ってたぞ。一年以上前に一度、それからこの前の冬に二度だ」

「おい……」


 リボーンが勝手に明かすから、軽く殺意が湧く。


「寒空の下、待たせるとは……よっぽどの用があったのか?」

「っ……!」


 リボーンは、つい。本当に、つい。余計なことを言ってしまった。

 紅奈が、どれほど待っていたのか。知りもしないで、のうのうとここにいるらしい。


「……どれほど、待ったのですか?」

「過ぎたことでしょ」

「どれほど、あそこで待っていたのですか!? 紅奈!」

「……」


 しっかり肩を握り締められて、骸は問いただす。

 答えたくない、そう顔を歪ませた紅奈の顔を見て悟る。
 紅奈は、言えないほど長く、待っていたのだ。


「一年以上前の一度目は、かなり長かったぞ。待ち続けて、待ち続けて」

「おい、リボーン」

「待ち続けても、来なかった」

「リボーンっ」

「希望を待っていたのに、来ないと知って、紅奈はあそこで泣いたんだぞ」


 大人げないとはわかっている。それでも、八つ当たりのように骸に教えた。

 リボーンを見下ろした骸は、愕然とする。

 本当に聞かされていなかったのだろう。紅奈が、希望として待っていたというに。長い時間、待っていたのに。


 強気な紅奈からして、泣いたなど言いそうにもないから、しょうがないが。

 それでも、リボーンは、骸を責め立てた。事実を告げたまでだが。


「……紅奈…。どうして」

「…そんな情けない顔をするなって。時間も、日にちも、決めずに、ただ待ち合わせ場所を決めただけ。逆に貴方の方は何度あそこに足を運ばせてたのよ? そっちの方が多いでしょ? 一年以上も待たせたのは、あたし。その罪悪感で押し潰されそうな顔、やめないと本当に殴るわよ」

「……いっそのこと、殴ってください」


 本当に情けない顔をしている骸を、しょうがないと笑ってやる。

 ぐしゃぐしゃーっと分けてあった前髪を乱してやった。されるがままだった骸は、その手を掴むと。


……希望は、貴女の方です…


 そう呟いた。


…僕達の希望です……


 情けないと言われた顔を隠すように、紅奈の手を自分の顔に押し付ける骸は告げる。

 紅奈が、希望だと思っていたように、骸達だって、希望だと思った。

 契約という名の約束を果たすための再会。


「ふぅん。じゃあ、互いに希望を掴めたってことで、いいじゃない」


 明るく言い退ける紅奈が動ける限り、骸の前髪を乱し続ける。

 目元を遮っているはずなのに、眩しさを感じてならない骸は泣きたい気持ちになりつつも、口元を緩ませる。


 この光を。手放すものか。


「――――」


 紅奈が骸を見る眼差しは、優しい。


 冷めた眼差しばかりを向けられ続けたリボーンは。

 少々。いや、かなり。羨ましさを感じた。

 待ち人と再会した時、どんな顔をするのか。どんな喜んだ顔をするのか。想像していたが、こんなにも嫉妬を覚えてしまうとは、想像出来なかった。

 どうしてこうも、違うのだろうか。


「出逢った日から、互いの印象は悪いはず」


 そんなことはないのだ。

 最初から、紅奈への印象など悪くはない。

 運悪く、紅奈にとって最悪な日に出逢ってしまっただけ。
 紅奈にとってだけ。自分達は、最悪なのだ。

 リボーンも、ディーノも。ただ紅奈の笑顔が見たいと思っているだけなのに。


なぁ、紅奈。オレ達、違う出逢い方をしていたら、こうじゃなかったのか?


 気付けば、リボーンはそんなことを口走ってしまっていた。
 紅奈はぴたりと手を止めて、リボーンを見た。


「どういう意味?」

「仲良くしていたのかって意味だ」


 言ってしまったものは、しょうがない。
 もしもの話でも、気休めが聞きたいのだ。


「違う、出逢い……」


 XANXUSを失ったと思い知ったあの日。あの屋敷で、出逢わなかったのならば。


 恐らく、ここで初めてリボーンと会ったはずだ。


 それは、何も変えられず、原作通りの未来の出逢い方だ。

 この部屋で。家庭教師だと自己紹介されて。そして10代目候補だと明かされる。

 決められた道筋に進む。原作のスタート。


「フンッ」


 紅奈は、鼻で笑い退けた。


違う出逢い方なんて、願い下げだ。確かに違う出逢い方をすれば、関係は違ったはず

「!」


 骸の胸ぐらを掴み、引き寄せる。
 じっと、驚きで見開かれたオッドアイを見つめた。数奇な出逢い方をしたのは、骸だけではない。


「でも、今は今だ」


 変えた心がある。変えた関係が、今あるのだ。


出逢い方を後悔している暇があるなら、未来を変えなさいよ


 ニッ、と紅奈は勝気な笑みをリボーンに向けた。
 それから、ベーっと舌を出される。


 打ち負かしたような、そんな気でいる笑みだというのに。どうにも、紅奈のその笑みには、不快さが芽生えない。

 紅奈の笑み。ただそれだけで、気分が良くなるのだ。


そうか。んじゃあ、仲良くなれる希望はあるってことだな

「え。前向きすぎる。そんなつもりで言ったわけじゃないけど……まぁいいや」

「よいしょっ」


 リボーンは、腰を上げた。

 過去は嘆くな、現在で変えろ、未来のために。


(オレも、まだまだだな)


 ハットを深く被った下で、自嘲をしてしまう。


 この少女は、そうしたのだ。

 あの場所で強い意志を宿した瞳で待ち続け、泣いてしまっても、また訪れては待ち。そして、待ち人と再会した。

 負けることなく、諦めることなく、希望を掴んだのだ。


「ところで、紅奈。ベルフェゴールと恋人なのは、本当なのか?」

「違います。ベルフェゴールが勝手に唇を奪ったことで、奈々さんが誤った認識をしただけです」


 ズバッと、骸が間入れずに否定した。

 紅奈に尋ねたというのに、何故お前が答えるんだ。リボーンだけではなく、紅奈も骸を見てしまう。


「そうか。またデマを言っているのかと思ったぞ。そういうことは、ちゃんと誤解を解くべきだ、紅奈。嘘の恋人がいると思われてると、お前を好きだって告白する奴が来なくなるぞ」

「同じことをスクアーロにも言われたけど……すでに恋人がいるからと言って、告白出来ないような想いなんて、知らないわ」

「・・・・・・それもそうだな」



 どーん、と言い退けた少女に、頷いてしまう赤ん坊がここにいた。

 骸も骸で、一理あると思ってしまったのだった。


「無駄話もこれくらいにして、帰って。ディーノはどこ?」

「ああ、いい。紅奈を見たら、いい返事をもらったと、ぬか喜びするかもしれねーからな。一つ、朗報があるだけマシだ」


 紅奈が抱っこするために手を伸ばしたが、リボーンは断る。


「そういえば、この前、ミモザの花をくれたけど……あれ、どういう意味?」

「…ミモザの日を知らないのか?」


 自分でテーブルから降りたリボーンは、紅奈の質問を聞いて足を止める。
 骸の眉が、ぴくりと動く。


「日本のホワイトデーの代わりって認識。男が女にプレゼント。あたしが知る限り、日頃の感謝とかそういう意味を込めるって。でも、あたしはディーノに感謝されるようなこと、何もしてないわよね? また私を轢いた詫び?」

え? ひ…? 轢いた? え?


 何度も謝罪されてうざいと思っている紅奈は、不機嫌顔になる。その隣で、骸はギョッとした。


「………ミモザの花には、尊敬の気持ちを込めているんだぞ」

「尊敬? あたしを?」


 首を傾げる紅奈は、尊敬される覚えもなく、怪訝になる。


 ミモザの日は、自分にとって大切な女性へミモザの花を贈る。つまりは、特別。特別に想う異性、ということだ。

 はぐらかすリボーンを、咎める眼差しで見下ろすが、骸もあえて教えないことにした。恋敵の告白をわざわざ教えることはない。花束を渡しても、微塵も気付かれない方が、憐れだ。


「日本は、バレンタインデーとホワイトデーがあったな。盲点だった。来年、楽しみにしろよ」

「しない。あたしはそんなイベントごとには興味はない、むしろ面倒」


 お返しとか、ときっぱりばっさりと紅奈は一蹴した。


「でも紅奈。あの日、チョコの入った箱を持っていたよな?」

「……ベルの持ってきた生チョコは美味しかった」


 目敏いリボーンである。
 確かにあの日も、ベルからチョコをもらった。


「生チョコな。最高に美味いやつを贈ってやるぞ」

「だから、要らないってば」


 本音を言えば、最高に美味い生チョコの味は気になるのだが、本当にお返しが面倒なのである。いや、そもそもバレンタインデーで渡してから、ホワイトデーで返す。そういうイベントなのだが、ちゃんと知っているのだろうか。


「またな、紅奈」


 さっさと、リボーンは帰っていく。


「……あれは、アルコバレーノですか?」

「ええ。最強の殺し屋のリボーンよ。骸はもっとポーカーフェイスを上手くならないと。さっきの、気付かれたわよ」

「いたっ……。アルコバレーノが来る可能性があるとあらかじめ言ってくれれば……何か、不都合が生じましたか?」

「んー。まぁ、大丈夫よ。多分」


 紅奈に弾いた指を当てられた眉間をさすりつつも、骸は隣の部屋に戻る。紅奈も自分の宿題を片付けるために、取りかかった。





 一人で戻ってきた家庭教師リボーンを見て、ヤキモキして待っていたディーノは、落胆する。


「……紅奈に、断られたんだな……」


 暗雲を漂わせてしまう。


「仕方ねーだろ。もう再会しちまったんだ、オレ達の出番はなしだ」

「なあ!? ほ、本当か!? じゃあ、もう紅奈はあそこで一人で待たないんだな!?」

「ああ。なんか一緒に暮らしてるみたいだぞ」

「・・・へっ?」


 出番がないのは残念ではあるが、紅奈が一人で待ち続けることはなくなると喜べた。しかし、何やら不穏を感じ取る追加情報で、間抜けな声が出る。


「距離が近いって言うか、かなり親密さは感じたぞ。同い年ぐらいの男だった。まぁまぁ美男子ってところだな」

「なっ……」


 ディーノが絶句した。これはわざとディーノをおちょくる発言である。


「………で、で、で、でもっ! 紅奈には恋人がっ」

「ああ、それが朗報だ。ベルフェゴールは、恋人じゃないそうだぞ。アイツの片想い。唇を奪ったから、そう誤解されたままだったらしい」

「ぬあっ!?」


 もしかしたら、また恋人はデマだとは疑ってはいたが、紅奈の唇を奪った事実は大きすぎた。

 紅奈の唇を、奪った……!


「あと。恋人がいるってだけで、想いを伝えない野郎なんて、知らないとさ。頑張れよ、ディーノ」

「……え? どういう意味だ?」

「……………」


 きょとん、としたディーノ。

 まさか、コイツ。リボーンは、信じたくはなかった。


「……お前、どういう意味でミモザの花を渡したんだ?」

「どうって……尊敬の気持ちを込めて……。リボーンが渡しに行こうって言い出したんじゃないか」

「………はぁ」


 ダメだなコイツ。リボーンは、ため息をついた。

 わざわざイタリアから、大切な女性に直接贈らせた意味を理解していない。


「このヘタレ鈍感へなちょこディーノめ」

「いてぇ!?」


 ディーノは、リボーンに蹴り上げられたのだった。


「まったく。しっかりしろよ。希望はあるんだからよ」


 出逢いは最悪だろうとも、今後は笑みを見せてもらえる仲になれる。努力次第だ。

 まぁ。ディーノの気持ちは、自分で自覚するべきだ。本当にしっかりしてくれ。

 さもなきゃ、希望など、掴めやしないのだから。




 

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