空色少女 再始動編 385 訪問者 翌朝。陽が昇りたての下で、紅奈はランニング。 イタリア滞在中も含めて、久しぶりのランニングだ。少々、気合いを入れてしまい、汗だくである。 静かに玄関から入れば、スクアーロが出迎えた。 「無理すんじゃねぇよ。本当に、熱はねぇのか?」 「してないし、熱もない」 スクアーロの差し出すタオルで、紅奈は汗を拭う。 まったく。疑り深い。 「……コウ。なんでアイツをそんなに信用してんだぁ? 何度か会っただけじゃねぇか」 「? スクだって、二回目に会った日に、部下にしたじゃない。喜んで飛びついたわよね?」 ブーメランが刺さる。 アイツとは、もちろん骸のことだ。 「だ、だが、アイツとオレとじゃ事情が違いすぎるだろうがぁ。オレは真っ先にお前を選んだが、アイツはマフィア嫌ってて躊躇だってした。本当に信用してんのか?」 「ええ。だって、あたしが選んだんだもん」 きっぱり言い退ける紅奈。 だから、どこから来るのだ。その自信。ズッコケそうになるスクアーロである。 だが、しかし。実際、紅奈の見る目はあるのだ。 引き寄せたり、会う者は大物だし、優秀で有望なのは間違いない。 「あと二日で骸達をどうするかが決まるけれど……スクこそ、無理してないの?」 紅奈が服の下にタオルを入れては汗を拭い始めたため、ぐるんっと顔を背けるスクアーロ。 相も変わらず、無防備な紅奈である。 「してるわけねーだろ。アイツらを連れ帰り次第、仕事には戻る」 絶対に家光には骸達の居候を取り消させてもらわないといけない。 この無防備な女ボスの安全のためにも! 「あたしは居てくれた方が好都合なんだけどね……稽古相手に困らないじゃない」 紅奈が静かに笑うが、スクアーロとしては面白くない。 自分が稽古相手になれないことが。舌打ちしたいが、堪えておいた。 「あ。部屋のテーブルの上に着替えを置いてあるの。取ってきてくれる?」 「おう」 スクアーロが階段を上がり、紅奈は靴を脱いだ。 それから右手を伸ばした。右の壁に触れる前に、そこは歪む。掴んだのは、顎。 歪みが消えて、驚いた顔の骸が姿を現す。 「幻覚。まだまだね」 「っ…」 掴まれた顎を、ぐいぐいと揺さぶられる。 一を表示した赤い瞳が覗かれた。 「まー、そこはお互い成長しましょう。おはよう、骸」 「…おはようございます、紅奈」 幻覚でカモフラージュをしてまで、盗み聞きしていたというのに、お咎めなし。 (まだまだ……か。僕の自信が砕かれましたね…) 廊下をスタスタと歩いていく紅奈を見送って、骸は掴まれていた顎を擦った。 学校へ行く紅奈と綱吉を見送り、皿洗い、掃除、洗濯を分担してこなす。 「………手放すなよ」 「…何をですか?」 干し終えた洗濯籠を先に持ち上げたスクアーロが言った。 「あの光が見えてても、手が届かないってーのは……結構つらいからな」 あの光? 「まぁ、それを味わう前に、オレが三枚におろしてやるぜ」 鼻で笑い捨てて、スクアーロは行ってしまった。 遠回しに、裏切りをするな、という釘をさされたのだろう。 いや、忠告も含めているのか。 紅奈という眩しい光が、届かなくなった時に、スクアーロ達は痛感したのだろう。裏切りの代償。 あの光が見えても、届かない。 骸は自分の手を見ては、ギュッと握り締めた。 まったく。無駄な忠告である。 手放すわけがないじゃないか。心の中でずっと、待ちわびていた希望なのだ。 ふっ、と笑みを零してしまう。 そこで、ハッとした。 その場を飛び退けば、ナイフが突き刺さる。覚えのあるナイフ。 視線の先には、ニヤリと白い歯を見せては笑っているベル。すちゃっと、ナイフを構えた。 「正式に、紅奈の部下となりましたが……それでも、戦いますか?」 「うしし、知らないね。実力行使で追い出してやんよ」 「紅奈は手の焼ける部下を持ったようですね、やれやれ」 「はぁ? うっぜ、死ね」 ナイフを放ったが、すでにベルは骸の幻覚を見せられている。放ったナイフは、ただ垣根を突き破った。 「う”お”ぉおいっ!! 何しやがってる!?」 「どうしたのー? あっらー! ベルくんも遊びに来てくれたの?」 「どーも、お母さん」 スクアーロが飛び出した次は、奈々もひょっこり顔を出したものだから、サッとベルはナイフを構えた手を背中に隠す。 「コイツは帰らせます!」 「やだし!」 「賑やかでいいじゃない〜。コーちゃんの恋人だもの」 「奈々さん。誤解だって紅奈も話していたじゃないですか。彼の片想いです」 「あら〜そうなの?」 スクアーロが敷地内から出そうとするも、粘るベル。 そうだった。ベルは奈々に恋人だと認識されているのだった。 しかし、骸ははっきりと誤解を解く。 余計なことを、と前髪の下でベルは睨みつけた。それから紅奈の唇を奪った罰で、スクアーロに腕で首を絞められてしまう。 「じゃあ、コーちゃんって誰が好きなのかしら?」 奈々は素朴の疑問を零す。 「ずっと男の子とばかり遊んでるから……その中に好きな子はいないのかしらねぇ」 「……紅奈は、男の子とばかり遊んでいたのですか? 女の子の友だちは?」 「まだ女の子の友だちは遊びに来てないわねぇ。ツーくんが言うには、人気者だって。でも話題に出るくらい仲の良い女の子はいないのよね」 女の子の友だちがいない。 今現在、男の友だちこと部下しかいないことを考えれば、おかしくはない。 紅奈の精神年齢の高さを考えれば、小学校のクラスメイトで、親しくなる女友だちなど出来ないだろう。出来たとしても、マフィアの部下が出入りする家には、ひょいひょい連れては来ない。 ……もしや、自分達のせいで、紅奈は女友だちが出来ないのではないか? 「初めて遊びに来る女の子は、どんな子かしら〜? 好きな男の子って、誰かしら〜?」 奈々は娘のタイプを想像しては、ルンルンと家の中に戻って行った。 「てめぇ、帰れ、ベル」 「やだし! キングと会うし! だいたいぽっと出の野郎なんかを居候させていいのかよ!?」 ジタバタするが、もうスクアーロにホールドされたベルは逃げられない。 「明後日、家光が戻る! アイツが許すわけねーだろうがぁ。その時、連れ帰る」 「オレもいる」 「これ以上、大所帯にすんな!」 「やだね! コウの命令にしか従わない! オレのキングは紅奈だし! うげっ」 ワガママ王子の首を絞めておく。 「どうして、紅奈のことをキングと呼ぶのですか?」 今度は、小首を傾げて骸が、素朴な疑問を零す。 「教えてやんねーし!」 「ベルが王子で、あたしがキング。ただそれだけのことよ」 ギクリ。 振り返れば、綱吉と手を繋いで帰ったきた紅奈がいた。 「あっ! ベルくん! いっしょにゲームする!? 新しい友だちがいるんだ!」 「おーう、綱吉。遊んでやるよ。オレにいてほしいよな? なっ?」 「? うんっ!」 紅奈の登場に気が緩んだ隙に、スクアーロの腕から脱出。ベルは綱吉から言質をとった。 すっかり、ベルは綱吉を取り込んでいる。 「そうだ、綱吉くん。学校でのお話を聞かせてください。遊びながら、今日の学校のことを話してもらえませんか?」 「え? いいよ!」 骸は骸で、紅奈の交友関係を調べるためにも、綱吉を取り入る気だ。 「コーちゃん、いい!?」 「だめ。宿題してから」 「うっ。はーい…」 構ってもらえるとはしゃぐ綱吉だが、先ずは宿題が優先。 「僕が教えましょうか? 綱吉くんの宿題。紅奈は紅奈の溜まっている宿題があるじゃないですか。教えられますよ」 「はぁ? オレの方が教えられるしぃ」 バチバチと火花を散らす骸とベル。 「えっ!? ほんと!? そうだね! コーちゃん、いっぱいあるもんね!」 「よーし! 行くぞー!」 「あっ。ツナくん、手洗いうがいだよ!」 「はーいっ!」 「ベルも!」 「はぁい」 ベルが綱吉を連行してしまった。 肩を竦めた紅奈は、今日だけは任せて、残りの宿題を片付けてしまおうと決める。 しかし、些か、骸達とベルが心配だ。部屋で喧嘩をおっぱじめないだろうか。綱吉に何かあれば、ただじゃおかない。 スクアーロに目を向ければ、同じく肩を竦めては、頷いて見せた。見張ってくれると言うことだ。 先に家の中に入ったスクアーロを見てから、紅奈は家を見上げた。 平穏な日常を過ごす家の中に、マフィアな連中がいる。 本来、そんな状況は、中学生になってからだ。原作では。 それも、そこには自分はいなくて、綱吉が人生を変えられるのだ。 その原作は、大幅に変えた。 敵側になるはずのヴァリアーも、骸達も、味方になったのだ。 そして、この彼が波乱な日常を告げに来る、未来もない。 「ちゃおっす。紅奈」 「……今日は何? お客が多いのよ。帰ってくれない?」 「相変わらず、つれねーのな。客はもてなさないといけないぞ」 「アポなしで突撃されても、もてなさない。本当に定員オーバーなのよ。帰って」 しっしっと、表札の柱の上に立つリボーンに、手を振る。 [*前へ][次へ#] [戻る] |