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空色少女 再始動編
384 明言





 綱吉と共同の部屋。

 そのコタツテーブルの上で、紅奈はスラスラと鉛筆を走らせていた。

 家の事情と称して休んだ分、担任教師が遅れを取り戻せるように、と用意した宿題である。


「紅奈。手伝いましょうか?」


 開いたままのドアから、骸がそう声をかけた。
 紅奈は、一瞥する。


「いい。あたしがやるべきことだし……ただの単純作業。すぐ終わる」


 スラスラと、紅奈は鉛筆を動かし続けた。


「綱吉は?」

「犬と千種と一緒にゲーム中です。奈々さんは、夕飯の支度ですよ」

「そう。遊び相手になってくれて、ありがとう」

「いえいえ、これくらい」


 骸は答えつつも、紅奈の向かい側に座る。


「……難しいですか? 学校の勉強は?」

「難しいと思う?」

「紅奈には、簡単そうに見えますね」


 単純作業だと言ったのだ。ただ書き込んでいるだけと言っても、過言ではない。


「教科書を一通り読めば、それで済むわ。……外国みたいに飛び級制度があれば、学校なんて卒業出来るのにぃ」


 流石の前世持ちの紅奈も、勉強に関しては全てを覚えていないため、先ずは教科書に目を通す。そうすれば、問題はない。

 飛び級制度があれば、簡単に学校を卒業出来る。煩わしい学校行事も、授業も、パスできるのだ。

 唇を尖らせつつも、紅奈はぱたんとノートを閉じては、次のノートを開く。


「見ても?」

「どうぞ」


 その閉じられたばかりのノートを開いては、骸は眺めた。字まで大人びた綺麗なものだ。


(さて……何から聞き出しましょうか)


 こうして二人きりになったのだ。もっと紅奈の事情を把握すべく、情報を引き出したい。


 今はまだ、必要最低限の情報しか、もらえていないのだ。


 紅奈が密かに牛耳るようにした暗殺部隊ヴァリアーが起こした問題も、第二部下のXANXUSが囚われた理由も、まだ聞いていない。


 事故に遭って寝込んでいた一年もの間、スクアーロとベルが、会いに来なかった理由も、また不鮮明。


 紅奈のことは、まだまだ知らないことばかりである。


 奈々が知る紅奈の姿なら、あらかた聞けたのだが、次は10代目ボスを目指す紅奈ついてを知りたい。


 だが、新参者である骸に、どこまで話してくれるのか。どこまで踏み入れていいのか、見極めが必要だろう。


「あたしからこれ以上の情報が欲しいなら、ちゃんと口にしなさい」


 少しの沈黙後、紅奈から、口を開いた。
 ノートを眺めながら考えていた骸は、目を大きく見開く。


「はい?」

「まだ正式に、あたしの部下になるとは明言していないわよ。わざとでしょ」


 また一瞥しては、紅奈は単純作業を続ける。

 紅奈の部下になる、という話は、確かに曖昧な回答しかしていない。

 はっきりと答えは出していないのだ。


「……クフフ。そうです、わざとですよ。今後、紅奈のためにどう動くべきか、どんな働きが出来るのか、明白にしてからがいいと思いまして」

「じゃあ、今後はどう生きたいの?」


 スッと紅奈の鉛筆の先が、骸の鼻に向けられた。


「目標は、とりあえずあのファミリーの壊滅。復讐。それがなくなった今、どうしたいわけ?」

「……それは……」

「あたしは、最強のボンゴレボスになる。本物の忠誠心と本物の絆で繋がったファミリーの最強のボス」


 不敵な笑みで、そう紅奈は宣言する。

 それが、紅奈が目指すもの。生きる目標。

 眩しさを覚えてしまい、骸は目を細めてしまう。


そんなあたしの生き様。そばで見たくない?


 紅奈が目指す先に、ついてこい。

 遠回しに告げられるそれに、今度は目を見開いてしまう。

 くるり、くるり。

 鉛筆が、紅奈の指で回される。
 紅奈は、笑みで待っていた。

 骸のはっきりとした返事。


「………拒否権なんて、ないのでしょう?」

「煮え切らない態度ね。あたしが欲しいのは、本物よ。曖昧について来られても、煩わしい。覚悟を決めなさいよ」


 ぴしゃり。

 前回のような曖昧な回答は許さないと、言葉を返される。
 そして消しゴムのついた鉛筆の先を、鼻に突き付けられた。


「あたし達の契約によって、骸達は救う。復讐という生活から救い出した。そして、マフィアを嫌うな。その条件をつけた。今すぐに全てのマフィアを好きになれとは言わない。ああ、そうだ。なんだったら、元ファミリーのように、あたしも嫌うようなファミリーを片っ端から潰してみる?」


 鋭い眼差しをしつつも、紅奈は思い付きで半分冗談を言い出す。


愛させてやる。あたしのファミリー


 どうして、こんなにも。

 この少女は希望に満ちているのだろう。

 眩しくて、惹かれる。

 吸い寄せられるように、手を伸ばしてしまう。


「――――クフフ。では、その生き様をそばで見せてください。我がボス」


 骸はようやく、覚悟を決めた。

 明言したのだ。

 紅奈は満足げに笑っては、また作業を再開する。


「いつまで突っ立ってるの、スク」


 部屋の外で盗み聞きしていたスクアーロは、呼ばれてしまって、しぶしぶ入る。

 紅奈のために飲み物を持ってきたのだ。それを受け取って、一口飲んだ紅奈のそばに、スクアーロは腰を下ろす。


「そばって言っても、家光に追い出させられば、オレ達はイタリアに戻るしかねーけどなぁ」


 ちょっと不貞腐れたように、スクアーロはサラッと会話に加わった。

 物理的には、そばにいられないのだ。不服な点。


「それですが、本当にあの打ち合わせ通りで大丈夫なのですか?」


 骸は家光への説明を、紅奈から指示を受けている。無論、スクアーロも関わりがあるため、同じだ。


「流石に暗殺者のスクアーロさんが関わるとなると……紅奈が無関係とは思えないかと」


 紅奈は、マフィア活動を隠している。
 この平穏な日常を手放す気はないから。


「あれで十分だよ。例え怪しんだとしても、あたしに直接尋ねやしない。今のところ、気に入って懐いているスクアーロとベルに執着していて放さない、とか思ってるもん。アホだよな」


 冷え冷えした声である。もちろん、刺々しさもあった。


「今回、スクアーロがヴァリアーを動かしたのは、一応正当な理由がついている。最初に任せていたXANXUSが、ちゃっかり正当な理由を見付けてくれてたんだ。ボンゴレのシマの住人も、被害に遭っていたっていう、ね。潰しておいた理由には十分だ。家光が、調べてスクアーロが任務として最近潰したファミリーと、骸達を結びつけるのは、あり得る。あたしもそれについていったとなれば、いよいよ疑うだろうが………人間信じたいものを信じがち。あたしとの仲を修復改善したいっていうのに、とんでもない秘密に触れるなんて、躊躇するに決まっている」


 サラサラ。ぱたむ。
 紅奈は、また一冊のノートを片付けた。


「あとは、子どもらしかぬ骸の演技力にかかってる。スクアーロは、危ない目には遭わせてなく、単純に街を捜し回っていた。そう言い張ればいいだけ」


 骸にニヤリと笑いかけては、淡々と鉛筆を動かしていく。


「アイツの堪忍袋の緒が切れた際には、あたしが相手するわ」


 しれっと、紅奈は直接対決を宣言する。

 それはそれで、心配だと、スクアーロはしかめっ面を歪めた。

 紅奈に弱い家光だが、今回は許すのかどうか。

 堪忍袋の緒が切れたのなら、いよいよ、修復不可能になりかねない。


「その父親と不仲になった原因である第二部下は、どうして囚われの身になったのですか?」


 詳細を聞かされていないそれについて、骸は問う。

 ギッと、スクアーロは睨みつける。
 部下になったからと言って、調子に乗るな。


「ヴァリアーのボスになってもらったんだが……クーデターを起こした」


 紅奈は手を止めては、真っ直ぐに骸に答えた。

 本物の忠誠と絆を求めた紅奈から、クーデターを知らされるとは……。

 骸は、怪訝な顔付きになる。


「あたしが弱いから」

「コウッ」
「はいはい」


 ぽんぽん、とスクアーロの腕を叩いて、紅奈はいい加減に宥めておく。


「ここの幸せを守ってやるつもりで、先に10代目ボスの座につこうとしたんだ。父親である9代目をボスの座から引きずり下ろそうとして、な」


 ここの幸せ。紅奈が部屋を見回して、知る。

 紅奈のこの平穏な日常を守るために。
 その部下は、クーデターを起こした。


「……第二部下は……9代目の?」

「ああ」


 一番驚いてしまうのは、9代目の子どもだということだ。そんな人物を部下にした。

 スクアーロは、歪ませた顔を伏せる。

 バンの中と同じ。重い空気だ。


「………紅奈の部下のはずが……ヴァリアーはボンゴレも紅奈も、裏切ったと?」


 骸は核心を突く。

 ギリッと歯を噛み締める音が、スクアーロから聞こえた。

 何が本物の絆だ、と骸は軽蔑を抱く。


「それで……事故に遭った紅奈に会えなかった、と?」


 一年越しに、スクアーロとベルが紅奈に会った。そういう事情だったのか。


 紅奈は飛行機事故に遭い、死にかけた。本物の絆で最強を目指していたはずの部下が、裏切ったのだ。

 紅奈の苦しみが、計り知れない。

 すると。ふにっ。
 頬に、鉛筆の先の消しゴムが食い込んだ。


「あたしが弱いせいだ。あたしをマフィアにしない方が、幸せだって。勝手なこと決めてやりやがったんだ」


 ぽいっと投げられた四角い消しゴムが、顔を伏せたスクアーロの脳天に直撃した。当然、消しゴムごときではダメージなどない。


「まったく。勝手な部下どもだよな。あたしの気持ちも考えずに……。敵になるなら、正面衝突して蹴散らしてやろうとは思ったんだが………」


 紅奈は、笑う。裏切られたはずなのに。


結局、あたしの幸せには、コイツらも含まれてるんだ


 二ッと口角を上げては笑い退けた。またもや、眩しい。

 消しゴムが当たった頭を、右手で押さえたスクアーロの僅かに見えた顔は、赤かった。


 骸は瞠目してしまう。


「戒めだな。そんなこと抜かさないようにも、あたしも強くなっていく」

う”お”ぉおいっ!! オレはもう絶対に変えたりしねぇえぞ!! ボンゴレ10代目にぶふっ」
「うるさい」


 声を張り上げたスクアーロに、背中に置いたクッションを顔面にぶつける紅奈は、やっぱり笑っている。


「………」


 規模が大きいが、ちょっとしたすれ違いを起こした。

 それでも、紅奈は彼らを受け入れて、そして彼らも紅奈についていく。

 本物の絆、か。これが………。


「詳細は、また今度話すけど……とりあえず、第二部下のXANXUSの奪還が目標だ」

「奪還、ですか?」

「ああ。首謀者として………アイツは閉じ込められてんだ。取り戻す」


 決意が、強い。

 真っ直ぐに見つめる紅奈の瞳は、揺るがないだろう。

 紅奈を裏切るような真似をした首謀者だとしても、見捨てようとしない。


 これが――――最強のボスを目指す者、か。


「あたしが10代目候補として、相応しいって大きな活躍をするためにも、その好機を虎視眈々と待ちながら、強くなる。今のところは、そのつもり」

「ああ、言っていましたね。どっかりと10代目ボスの座に座る好機を、狙っているのだと」

「表舞台に上がった時、アイツの解放をさせてやる。……まぁ、クーデターという罪で囚われてんだ。相当なデカい手柄を立てるべきなんだけどねぇ……」

「大罪で囚われた者を解放するほどの手柄、ですか。なかなか難関ですね」


 悩ましい、と紅奈は眉間に鉛筆の先の消しゴムでこねた。


 紅奈が望む大きな手柄、か。


 それを寄越すことが出来ればいいのだが……。

 なんて。早速、ボスの紅奈に尽くしたいことを考えるとは、案外部下に向いているのかもしれない。骸は密かに笑ってしまった。


 紅奈の父親である家光次第で、骸達は日本に滞在するか、イタリアに戻るか、どちらかになる。

 イタリアに戻るならば、独自で紅奈の大活躍をする場を探すのもいいだろう。

 案外、やることは、決められるものだ。


「よし。そろそろ夕食の時間のはずだけど……ん? まだお母さん、呼ばないのね」

「あー、まだ作っていたぜぇ……。なんか、量が多い気がしたが……気のせいか?」


 紅奈は一旦作業を中断して、背伸びをした。
 スクアーロの言葉に、骸は笑みを強張らせる。初日の大量料理の悪夢が過った。


「それは聞いてないけれど……ああ、まさか。やっと家光から、連絡が来たのかもね」

「……連絡が来ると、料理が増えるのですか?」

「嬉しいと作りすぎる」


 胃に優しくない大量のご馳走、再びの予感。


 紅奈の予想通り、家光から連絡が来た。

 サクッと奈々が骸達の話をすれば、三日後には必ず帰ると言ったそうだ。


「怒ってた?」

「ん〜どうかしらねぇ……でも、大丈夫だからね!」


 電話の様子からではわからないようだが、奈々はグッと拳を固めた。


「……んー。でもさ、お母さん。お母さんは、ちゃんと美味しい料理でおかえり、したいと思っているけど……今回はごめんなさいってことで、あたしがご飯作ってもいい?」

「まっ! コーちゃんが作ってあげるの!? 初めてねぇ! きっと喜ぶわっ!」

((今まで、作ってやらなかったのか……))


 単なる保険なのだが、奈々は二人の仲が一歩前進したと思って喜んだ。

 聞いていたスクアーロと骸は、娘の手料理を味わえない父親に同情した。









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