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空色少女 再始動編
382 帰国




 陽射しが差し込む下。一軒家を見上げて骸は呟く。


「庶民的ですね」

「うん」


 聞き取った紅奈は、特に気を害することはない。


「美味い匂いらするぴょーんっ!」


 スンスン、と鼻を鳴らす犬。


「あ。てめーらぁ……出された食べ物は、全部食べろよぉ。残すな」

「「「?」」」

「絶対にたいらげろよぉ」

「「「?」」」


 後ろに立つスクアーロが、しっかりと釘をさしては、呼び鈴を鳴らした。やけに強い釘さしに、骸と犬と千種は、不思議がる。


「おかえりなさいっ! コーちゃん!」


 駆け込むように飛び出したのは、奈々。

 真っ先に娘である紅奈を抱き締めた。
 紅奈も抱き締め返す。


「ただいま、お母さん。いっぱい心配かけちゃったよね? ありがとう、お母さん」

「大丈夫よ! スーくんも一緒だし、コーちゃんならちゃんと帰ってくると思ってたもの!」


 ニコニコとした奈々に、微笑みを返す紅奈。

 母子の仲良さに、骸はついつい笑みになってしまう。こんな光景を見たとしても、冷めた目で見るような人間だと自負していたのだが。

 紅奈だからだろうか。
 微笑ましく思う。


「電話でお話しさせていただいた骸です。改めて、初めまして」


 母子の挨拶が済んだことを確認してから、骸は挨拶をした。


「まぁ! 背が高いのね! 骸くんは、大人びてるわね!」


 やっぱりおっとりした母親だと印象を抱く。
 紅奈を一瞥すると、容姿は似ているとは思う。大半は容姿を受け継いだのだろうが、紅奈は本当に僅かだけ、目がつり上がっている。

 とりあえず、にっこりと愛想良くした。


「奈々さんは、紅奈によく似て美人ですね。ああ、違いますね。奈々さんに似て、紅奈が美人なのですよね」

「まぁ! お上手ね! コーちゃんは美人さんだもの


 奈々をおだてつつ、さらりと紅奈の容姿を褒めたのだが、紅奈の反応は全くといいほどない。聞いていない気もする。

 奈々のエプロンを握ったまま、じっと見上げた。

 スクアーロは、カッと目を見開いては、媚を売る骸を睨みつけている。どこ吹く風だ。


「あ、紹介します。同じく紅奈の友だちの犬と千種です」


 ワクワクとした様子で骸の左右にいる犬と千種を見ている奈々に、骸は紹介しておく。


「犬くんと千種くんね! 紅奈ちゃんの母の奈々です!」

「……千種、です」

「犬ら! な、何作ったんら?」

「こら、犬」


 ぺこっとする千種のあとに、犬は中から漂う匂いに耐えきれずに問う。
 がっつくな、と骸は宥めた。


「あらやだ! こんなところで話しちゃって! 入って入って! スーくんも!」


 奈々は軽い足取りで、家の中に戻る。

 スーくん……。柄ではない呼び方をされている、と骸と千種は、スクアーロを見上げた。

 うるせぇ、と視線だけでスクアーロは一蹴した。


「手洗いうがい」


 匂いを辿る犬の首根っこを掴み、先ずは洗面所に紅奈は連行する。


 それから、骸達はリビングのテーブルに並べられた大量の料理を目の当たりにした。


「さぁさぁ! 召し上がれ!」

「はい、いただきます」

「うっひょー! いただきます!」

「いただきます……」


 席について、骸達は早速手につける。


「来て早々ご馳走を用意してもらって申し訳ないですね……美味しいです」

「明日もこれくらいは作ると思うよ」

「え?」


 紅奈の言葉を聞いてから、骸は目を瞬かせる。


「……え? ……明日も、この量を作ってもらってしまうのですか?」

「厳密に言えば……まだ増える」


 ピッと紅奈は、キッチンの向こうの奈々を指差す。

 そう。彼女は鼻歌をしながら、まだ料理を作っている。


 骸達は、目の前に並ぶ料理を見た。

 テーブルにいっぱい並んだ皿は、崩れそうなほどの山盛りだ。これが、増える。

 見張るように腕を組んで仁王立ちしたスクアーロは、深く頷く。さっきの釘さしは、これのことだ。


「紅奈。これはもちろん……歓迎会のようなもの、ですよね? 今日だけでは」

「無理だね。気が済むまで作らせてあげて……全部食べて」


 骸のフォークを取ると、唐揚げを一つ突き刺してはモグモグと食べる紅奈。
 その気が済むまで、とはいつまでだろうか。


「で、でも、紅奈? 食べきれなかったら、もったいないのでは」

「なら、食べなさい」


 当たり前のことだ。

 しれっと紅奈は言い退けた。

 骸は笑みを保ったまま、スクアーロを見上げるのだが、スクアーロはそっぽを向いては助けてやらないと意思表示する。


「君達の栄養も考えてるから、たーんとお食べ」


 くりっと首を傾げて見せて、紅奈はスタスタと離れていく。

 栄養を考えてくれているだろうが、問題は量である。


「……クフフ。犬、千種、全てを食べなさい」

「はい!」

「……はい」


 犬は目を輝かせてはいるが、千種はもう見ているだけでいっぱいいっぱいの様子だが、食べることを再開した。


「お母さん。大丈夫? 疲れてない?」

「大丈夫よ! コーちゃん! コーちゃんこそ、無理してない?」

「ううん。友だちと会えたから、とっても安心出来たの。お母さんのおかげ。ツナくんと二人きりだったから、寂しかった?」

「そうね。寂しかったわ。でもツナ君もいてくれたから! 頼もしかったわ。寂しかった分も、骸くん達にいてもらっちゃう!」


 キッチンの中で、紅奈は奈々の心配をする。
 奈々は冗談めいて、紅奈の顔を両手で揉んだ。
 無理はしてなさそうだと思えるが、紅奈は少々心配である。


「コーちゃんったら、心配症ね。お熱は大丈夫? 出てない?」

「うん、大丈夫だよ。熱っぽくなったら、シャマル先生呼ぶ?」

「それがいいわね! 骸くん達に移したら大変だもの!」


 ぴた、と紅奈の前髪の下に、奈々は手を当てた。熱はなさそうだと、奈々は安堵する。


「あら? どうしたの? 骸くん」


 キッチンの中に、骸が入ってきた。手には空のコップ。


「飲み物をいただこうと思いまして。いいですか?」

「ええ! ジュースもいっぱい買っておいたから! あっ、食べ終えたら、お部屋に案内するから!」

「ありがとうございます。でも、本当にいいのでしょうか? これからも、しばらく居候させてもらってしまって」


 あわよくば、遠慮したい。そう控えめに笑いかけた骸。


「遠慮しないで! 全然大丈夫! オレンジジュースとグレープジュース! どっちがいいかしら?」

「クフフ……ではオレンジで」

「足りないんじゃない? グレープも持っていく」


 奈々が冷蔵庫から取り出したジュースを持って、紅奈はテーブルの方に戻った。


「……熱、とは、なんの話でしょうか? 紅奈は何かご病気を?」

「ん? コーちゃんは、ちょっと身体が弱いのよ。お風邪を引いたら、なかなか治らないの。だから、疲れた時は心配でね」


 すぐに紅奈を追わずに、聞こえた会話について、骸は尋ねた。

 紅奈が、身体が弱い。
 意外だ。少々想像がつかない。
 しかし、一年も引きこもっていたのなら……。


「……会えない間に、紅奈は大変な思いをしたそうですね。紅奈も含めて、奈々さん達も大変でしたか?」


 気遣いがちに、優しく声をかけた骸。
 そうすれば、奈々は悲しげな笑みになる。


「……ええ。でも、スーくんやベルくんが来てくれたら、コーちゃんは元気になってくれたの。一番はツナくんが頑張ってくれたわ。それから、スーくん達が……」

 奈々のその笑みを見て、ただただつらかったのだと予想はした。

 しかし、骸に疑問が湧く。


 スクアーロとベルが来てから。


 それまで、部下であるあの二人は会わなかったのだろうか。事故に遭った紅奈に……?

 尋ねたいところだが、マフィアに関しては知らないため、無駄だろう。


「そのツナ君は、どちらに? 紅奈の双子の弟さんだそうで」

「そう! コーちゃんの双子の弟なの! 前はそっくりでいたいからって、コーちゃんはずっと同じ服着るから、たまに間違えちゃったのよ! ふふっ。でも残念ね、コーちゃんも髪を伸ばしたから、間違えないの。それが残念だなんて変だけど!」


 うふふ、と明るく笑う奈々。


「そういえば、一年前に会った紅奈は、髪が短くてズボンでしたね……。そんなに似ているのですか」

「ええ! もうすぐ帰ってくるわ! 小学校から!」

「ああ、そうでしたね」


 双子の弟は、学校。
 前はそっくりで間違えるほど。そうなると、一年前の紅奈を思い浮かべればいいのだろうか。

 そこで、がしりっと頭を鷲掴みにされた骸。


「何コソコソしてやがる?」

「人聞き悪いですね。奈々さんとお喋りしていただけですよ。遠慮せずに、居候していいとのことです」


 スクアーロだ。骸はその手を離そうとしたが、スクアーロは奈々から引き離そうと引っ張る。


「コイツらの居候の件ですが……オレが面倒見るので、イタリアに連れ帰ります」

「いいのいいの! もう決めたことだから! 当分はうちに泊めます!」


 骸と攻防しながらも、スクアーロは一応、無駄な足掻きだとわかりつつも、言ってみた。

 しかし、きっぱりと決定を下す奈々は、譲らない。

 わかっていた。わかっていたのだが。
 なんで丸込みやすいわりには、こういうところは譲らないのだろう。決意が固い。


「そのぉ……旦那さんは、もう知って?」


 恐る恐ると、スクアーロは確認。


「まだよ。あの人、まだ連絡くれなくて。コーちゃんの友だちなら、許してくれるわ! あの人だってコーちゃんがお友だちのおかげで元気になるなら嬉しいもの!」

「……は、はあ……」


 ケロッと言い退ける奈々だが。

 厳密には、壮絶に嫌われている状態な紅奈の機嫌を損ねないように、泣く泣くスクアーロとベルの出入りなどを許しているだけなのだ。

 家光が来た場合、一悶着が起きそうである。


 大丈夫か、本当に……。
 夫婦喧嘩、するだろうか……?


 とにかく、家光に追い出された場合は、骸達を連れ帰る役目をしなければいけないだろう。スクアーロは肩を竦めた。

 むしろ、追い出してくれ、家光。


「あ。骸くん。ありがとう。コーちゃんがどうしても助けに行きたいってお願いする大事なお友だちになってくれて。これからも、よろしくね」


 にこっ、と奈々はそう笑いかける。


「……はい。こちらこそ」


 にこっ、と骸も笑い返すと、スクアーロに連行された。








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