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空色少女 再始動編
381



「う”ぉおい。稼がないといけないなら、やっぱりヴァリアーで働かせるべきじゃねぇのかぁ? 衣食住は確保できるじゃねーか」

「んー。それは最終手段の一つってことにしておこうか」

「僕達は別に暗殺部隊で働いても構いませんよ? どうせ汚れた手ですから、今更です」


 にこっと、骸は言い退ける。今更殺しを躊躇しない。


「……骸達がこの一年で強くなったことはわかるけれど……やっぱ、暗殺部隊に入れるのは嫌だ」

「おやおや。マフィアのボスになろうお方が、手を汚させたくない、ということですか? 暗殺部隊を部下に入れているのに?」

「暗殺部隊は必要な害虫駆除をしているんだ。あたしの手はまだ汚れてはしないが、必要な時は来る。君達が進んで暗殺部隊に入らなくてもいいよ。問題起こして必要最小限度の活動しか出来てない状態だし、人手が足りないわけでもない。あー、でも裏方の方に回せるか? スクアーロ。骸の頭の良さを活かす何か」

「はぁあ? 裏方、かぁ……」


 紅奈の手は汚れていないのは、暗殺部隊の部下が代わりに手を汚しているからだろうか。
 それとも、単にその必要な時が、まだ来ていないだけ。

 どちらにせよ、紅奈は汚れ仕事を、骸達にやらせる気はないようだ。

 そんな暗殺部隊が問題を起こした。どうやら、非公式のボス候補という立場だけではなく、もっと複雑なことになっているようだ。

 しかし、頭の良さを活かす仕事か。ずいぶん買われていると、骸は口元を緩める。
 それに気付いたのか、ベルがナイフを投げつけてきたが、骸は顔を傾げるようにして避けた。


「カッチーン」

「クフフ」



 ベルはベッド上で立ち上げると、ずらりと手にナイフを並べて出す。
 戦うつもりなら、受けて立とう。
 暗殺部隊の隊員を倒して、紅奈に実力を見せるいい機会だ。


「話している邪魔をするな」


 紅奈は、ベルの足を掴むと、引っ張った。ベルが倒れて、羽毛が舞い上がる。


「キングっ! オレだって手伝ったのに!」

「あたしとスクアーロと、清掃係がいれば十分だって言ったのに、ついてくるって言って聞かなかったのはベルでしょ」

「役に立ったじゃん!?」

「はいはい。お疲れ様」

「は!? ご褒美これだけ!?」

「資金云々がないって話の最中に、ご褒美を要求するの?」


 起き上がったベルを宥めるように紅奈は、頭のティアラを避けて頭をポンポンした。
 それでは足りないと、ベルは騒ぎ立てる。
 褒美など、用意出来るわけがない。そう紅奈は呆れた目をする。


「この前はくれたじゃん!!」

「この前?」
「紅奈。話の続きをしましょう」


 何やらその話をさせない方がいいと勘付いた骸は、話を戻す。


「実は住居の方に当てがあるのですが……少々持ち金では足りません。借りた分を働いて返すので、それで住の方は解決しましょう」

「当てがあるってどういうこと?」

「……えっと……それは……」


 ポンポンしていたベルの頭を押さえ込んで、ベッドに沈めつつ、紅奈は首を傾げた。
 骸の笑みが強張り、目が泳ぐ。


「何? 悪さ?」

「そういう、わけでは……」


 歯切れの悪さに、紅奈は疑う。


「ちげーんらぞ! 骸さんが、紅奈のためにって、選んら家があるっぶふっ!?」

「犬!」


 暴露する犬を、骸は取り押さえた。


「一緒に暮らすつもりだった家が、ある」

「千種、お前まで……」


 千種の方も、暴露する。


「あたしと暮らす家? ……ああ、なんだ。あたしが潰せないと思って、用意しようとしたの? ひっどーい。信じてなかったんだ?」

「まさか、貴女がマフィアで暗殺部隊を引き連れて潰すだなんて……夢にも思わないですからねっ」


 もう骸はやけになって白状した。


「女の子を廃墟に住まわせるわけにはいきませんからね。目ぼしい家を見付けただけです」

「一回買った」

「……千種」


 見付けただけではなく、購入したのだ。
 余計なことを言うな、と骸は睨みつけた。千種は縮こまる。


「へぇー? あたしと暮らす気満々だったんだぁ?」


 ニヤつく紅奈の左右で殺気立つ部下が二人いるが、この際どうでもいい。

 同棲を楽しみにしていたとバレてしまい、骸は恥ずかしさに耐えるしかなかった。


「一回買ったとなると、売っちゃったんだ? そのまま暮らせばよかったのに」

「……いいじゃないですか。そこを買い直そうかと思います」


 紅奈がいなければ、意味がない。
 だから、売ってしまった。


「紅奈はイタリアが好きだと言ったではありませんか。お手軽価格の一軒家です。イタリアに来る度に、遊びに来れますよ」


 にこり、と骸はそう提案する。

 当初の予定のように、紅奈とは同棲出来そうにもないが、遊びに来るという形で妥協しよう。

 どうやら紅奈は、イタリアに定住できないようだから。そう提案する方がいいと思えた。


「んーそうねぇ。それで住むところを確保するとして……そのお金はぁ……マーモンに借りる?」

「やめとけぇ……利子が高くなるぞぉお」

「出世払い」

「どれだけ出世払いを溜め込むつもりだぁあ?」

「じゃあ、スクが貸してくれる?」

「……返すっつーなら、貸すが」


 じろり、と相談相手になるスクアーロは、再び骸を見下ろす。


「コイツら、本当に役に立つのかぁ?」

「貴方は紅奈の相談役も務めているようですが……紅奈の右腕、ですか?」


 羨ましいポジションだ、と骸は思った。


「う”ぉおいっ! よくわかったなぁ! そうだ! オレが紅奈の右腕」
「決まってない」
う”ぉおおいっ!


 きっぱりと否定する紅奈に、鼻を高くしていたスクアーロは、ツッコミの声を上げる。

 なんだ。決まっていないのか。
 なるほど。そのポジションは空いているのならば、狙い目ではないか。

 そう密かに目論む骸。


「んじゃースクアーロが家の方は貸すってことで」

「悪いのですが、食費も当分借りてもいいでしょうか? 働き口を模索しつつ、見付けて収入を手に入れ次第、返す形でどうでしょうか?」


 相談役を得ようと、紅奈が決断しやすいように案を出しておく。


「そうね……当分はしのいで、考える方がいいかしら。今日即決出来るわけでもないし……。じゃあ食費の方は」


 ダメもとでベルの方を向いたが、ベルはプイっとそっぽを向いた。


「オレの金は、王子とキングのものだしー」


 拒否である。骸達のために使わせはしない。


「必要投資でもだめなの? あたしの部下よ」

「いらねーじゃん!」

「お願い、ベル」

「……うっ」


 そっぽを向くベルの顎を掴むと、紅奈は揺さぶっては甘えた声を出す。

 前髪の下の頬が赤らんだことに気付いた骸は、ぴくりと眉を動かした。


「紅奈。そのベルフェゴールという彼以外に、当てはないのでしょうか?」


 絶対に恋敵であろうベルに、お金を借りるのは癪だ。


「当てなら……まぁ、ルッスーリアかな。お金、ありそう? ルッスは」

「あ”あ? 知らねーけど……まぁ絞り出してやるぜぇ」


 お金を絞り出させられるルッスーリア。

 誰だかは知らないが、骸達は、少々憐れみを感じてしまう。

 暗殺部隊だからだろうか。それ相応に、物騒である。


「紅奈はどうしても、暗殺部隊で働くことを反対したいのですか?」

「んー。まぁー。ちょっと暗殺部隊に入れるのは、気が引けるというか……直感で、だめだと思うんだ」

「直感?」

「そ。今はスクアーロと……気に入らないしなんとなく信用ならない奴が暗殺部隊を回している状況だから、骸達が入隊するのは得策ではない」

「ほう……」


 骸達に手を汚させることだけではなく、他にも理由があったのか。

 相談役を狙う身としては、全てを把握しておきたいと、骸は顎に手を添えた。しかし、新参者となる骸には、まだ難しいことだろう。


「よし。生活改善はこれくらいで十分か。あとは稼ぎ口。表なんかじゃあ、子どもに仕事はさせてもらえないもんねー……裏しかない。その中で、見つけ出す」

「……紅奈。ありがとうございます」

「ん?」


 紅奈はとりあえずの決定を下しつつも、また骸達が生活するための仕事候補を考えたが、唐突に礼を言われた。
 きょとん、としてしまう。


一年越しにはなりましたが、忘れることなく……約束を果たしてくださり、ありがとうございます


 骸は眩しげに目を細めては嬉しそうに微笑んだ。


「あっ、ありがとう、な……」


 恥ずかしながらも、犬も続く。


「……ありがとう」


 千種も頭を下げて礼を言う。


……あたしが救いたくて救っただけだよ


 紅奈は、柔らかな笑みを返した。


(まーた、魅了しやがって……オレ達のボスは、人たらしにもほどがあるぜぇえ)


 がしがし、とスクアーロは、頭を掻いては肩を竦める。

 一年も前から、救おうとしていたのだ。
 紅奈らしいといえば、紅奈らしい。

 それを自分に聞かせてくれなかったのは、些か不満ではあるが。


「もうあらかた決まったな。ほら、紅奈」

「そうだな」


 スクアーロは、棚に置いたケイタイを手に取り、紅奈に渡した。


「誰に連絡をするのですか?」

「あたしの母親。君達のための時間を無理言って頼んでイタリアに滞在させてもらったんだよ。マフィア云々は知らないから、説得は難しいと思ったけど……三週間も許してくれたんだ。定期連絡条件に」

「マフィア云々は……。それで非公式のまま、なのですか?」

「うん。父親がマフィア関係者だが、私が知っていることはまだ知らないと思う。そういうことで水面下活動なわけ。クソ親父だが、母親は懐が大きすぎないい女だよ、見る目はある」

「そ、そうですか……」


 クソ親父。棘がやけに強い、と感じた。

 笑みがひきつらないように、骸は曖昧に相槌を打つ。

 いい両親だと、言っていたはずなのだが……。

 尋ねたくても、紅奈が電話をかけ始めたため、一度口を閉じる。


「今日何曜日だっけ?」

「日本はぁ、土曜日だな」

おっ。じゃあツナくんいる


 ケイタイを耳に当てながら、スクアーロに確認した紅奈は、嬉しそうに笑みを溢す。

 ツナくん……?

 誰だろうか。骸は首を傾げた。


お母さん! 聞いて聞いて! やっと友だち、見付けたの!

「「「!?」」」


 落ち着いていた紅奈が、一転、きゃぴっとした声音で繋がったであろう相手に話しかける。


「うん! うん! 頑張った! お母さんのおかげ。ありがとう、お母さん」


 コクコク、と頷く紅奈は、年相応の振る舞いをする。電話の相手には見えないはずなのに。

 無邪気さ、全開である。
 骸達は、目を点にした。


「……紅奈の猫被りは、初めて見たのかぁ?」


 いつの間にか、近付いていたスクアーロに、問われて、思わず三人揃って頷く。

 あれは。紅奈の。猫被り。


「一年前の方が、猫被りがすごかったが……やめたとは言え、無理な頼みに頷いてくれた母親に、心配をかけまいと明るく振る舞ってるんだろうよ」

「そう、ですか……」


 一年前の、のところはげんなりした顔ではあるが、スクアーロはそう話してやる。


「ツナくんの声がする。うんっ。話したい! ……ツナくん! 大丈夫? 元気だよね? うんうん! そうなんだー、ふふっ。うん、友だち見付けたの。そうだね、いつか会わせてあげたいね。その時、遊ぼっか」


 ツナくん。
 そう呼ばれる相手に代わると、紅奈は優しい笑みとなり、そして優しい声となった。


「ツナくんは、強くなったね。流石はあたしの守護者を目指しているだけあるね……うん、うん……ちゃんと帰るもの。ツナくんのところに、帰るよ」


 優しい声をかける相手の元に帰る。

 誰だかはわからないが、骸は嫉妬を覚えた。
 ベルとは違う。恐らく、一番の敵に思えた。


「紅奈の片割れだぁ。弟」

「……双子の、弟」


 視線をやれば、スクアーロはまたもや、あっさりと教えてやる。

 双子の弟と知っても、骸の嫉妬心は消えそうにない。

 あの優しい横顔は、彼だけのものに思えてならない。


「そういうわけで、紅奈は家族のいる日本に帰る。紅奈の代わりに、面倒見てやるぜ。オレの命令には従えよ?」


 紅奈の細やかな情報をあっさり渡したのは、このためだ。

 紅奈がイタリア不在の間、スクアーロに従わなければいけない。
 不服ではあるが、そうするべきなのだろう。


「お母さん。ん? えっとぉ、しばらくはスクアーロお兄ちゃんが面倒見てくれるって」


 スクアーロお兄ちゃん。

 お兄ちゃんと呼ばれているのか、と骸達はスクアーロを見上げた。何も言うなと言わんばかりに、スクアーロはしかめっ面で見下す。


「……ん?」


 ふと、紅奈が固まった。
 異変が起きたことに、スクアーロ達は気が付く。


「えっ? でも、お母さん……それはぁ、どうなのかな……」


 ちらり、と紅奈は困った顔で、骸達を見た。


「んー……それはそうなんだけども……でもね、お母さん。三人だよ? あたしとツナくんと変わらない、男の子なの」


 骸達の話だ。

 骸達には、何の会話をしているかはわからないが、スクアーロとベルは予想が出来てしまい、冷や汗を流す。

 そんな二人を見ては、骸は困り顔の紅奈を見た。


「それはそうだけど……うん、うん……。待ってて。本人に聞いてみる」


 ケイタイを離してから、押さえた紅奈は肩を落とす。それから骸達に向き直った。


うち来る? 骸も、犬も、千種も

「……へ?」


 間抜けな声を出してしまう骸。
 犬も千種も、ぽっかーんとした。


「お母さんが会いたいって言うの。君達が家なし子ってことはもう話済みだからさ……当分はうちに居候したらどうかって」

「……へっ? ……それは……えっと……」


 紅奈の家に居候。

 またもや、骸は間抜けな声を出してしまう。

 今夜の驚愕の量は、流石に限界突破しそうである。


「いいのですか?」

「いや、よくねぇえだろぉ!?」

「だって、学校が休みでもないのに、三週間もイタリアに滞在を許してくれたお母さんに、だめとか言えないじゃん」


 だから紅奈は、困り顔なのである。
 スクアーロは、わなわなと震えた。


「まぁ……骸達が嫌って言うなら、そう伝えるけれど……その場合、直接断ってよね」


 ギンッ! とスクアーロとベルの鋭い視線が、骸に突き刺さる。

 猛反対な二人がいるし、流石に骸も紅奈の家に居候する図太さはない。

 直接断るしかない、とケイタイを受け取ろうと腰を上げる。


「骸とはイタリアで知り合って遊んだことがあるけど、一年前からずっと会えなくて、警察も動けない事件に巻き込まれたらしい家なし子って言ってある」

「それでよく、イタリアまで行かせてもらえましたね……」


 警察も動けないような事件に巻き込まれているというのに、まだ幼い娘を離れたイタリアに行く許可を出した母親とは一体……。

 紅奈はケイタイを耳に当ててから、骸が話すと一言告げてから、投げ渡した。
 両手で受け取り、耳に当てる骸。


「骸と申します、初めまして」

〔貴方がコーちゃんのお友だちかしら? 紅奈ちゃんの母の奈々です〕


 ……おや?

 とてもおっとりした声である。思わず、紅奈を見てしまう。紅奈の、母親、なのか?


「はい。この度は娘さんに大変お世話になりました」

〔まぁ! とても礼儀正しいのね! コーちゃんがどうしても助けに行きたいって、真剣に頼んだお友だちだもの! とっても、大事なお友だちなのねっ〕


 許しが出たのは、紅奈が真剣に頼み込んだからだろうか。大事な友だちを助けたい。そう頼み込んだ紅奈が、脳裏に浮かび上がる。

 強い瞳が、安易に想像出来た。

 二回しか会っていなくて、それから一年も経っていたというのに……。
 口元を緩ませずにはいられない。


「はい。僕も……大事に想っているのです」


 今は友だちではあるが、これから超えていくつもりだ。

 見つめる紅奈は、不思議そうに見上げつつ、ベスターとじゃれる。


 断れ! と視線がグサグサと左右から刺さるが、骸だってわかっているのだ。もちろん、そこまで甘えるつもりはない。


「僕達のためにも、娘さんに長期滞在を許可したとか。学校もあるというのに、申し訳ございません。さぞ、娘さんが心配だったでしょう? これ以上迷惑はかけられません。あとはスクアーロさんにお世話になることに決まりました」


 キラキラな笑みを浮かべてしまう骸。

 なるほど、と納得した。紅奈が見えもしない相手にきゃぴきゃぴしていたのは、こういうことだったのか。


〔でも、ずっとおうちがなかったのでしょう? 心配だわ〜。育ち盛りですもの! しっかり食べさせてあげたいの! コーちゃんと一緒に日本に来たらどうかしら?〕

「え? いえいえ、そこまで奈々さんのご家族に迷惑はかけられません」

〔だめよ〜。大人に遠慮しないの! いっぱい食べさせてあげるから! 任せて! 料理に自信があるから!〕

「いえ、だから、奈々さん? 自分達の心配はこれ以上は」

〔使ってないお部屋があるから、すぐにベッドを注文するわね〜。ああ、でも、流石に三人分が並ぶと狭いかしら……お布団を敷くだけで我慢できる?〕

「それは問題ありません……じゃなくて、奈々さん」

〔じゃあベッドは一個にして、お布団を二人分ね! お洋服は来てからでも大丈夫かしら〜? そこはツナ君のものが入らないのなら、お買い物をしましょう!〕

「ほ、本当に奈々さん。僕達はっ、本当にっ!」

〔うん! 大丈夫よ! 当分はうちに住んでね! じゃあ、コーちゃんに代わって!〕

「…………」


 だめだ。聞く耳を持たない。決定された。

 なんて人だ。おっとりな声をしながらも、強制的に決めてしまった。


 骸は放心しかけつつも、紅奈はケイタイを差し出す。


「……断れませんでした」

「だろうな」


 予想が出来たのか、紅奈は特に驚くことなく、ケイタイを受け取る。

 その際に、ベスターが骸の手を狙って来たため、慌てて引っ込めた。

 そして、気付く。スクアーロもベルも、頭を抱えていた。
 そこまでとんでもない母親なのだろうか。
 紅奈も紅奈でとんでもないが、別物のとんでもなさ。


「オレも! オレも住む!!」

「仕事はどうするんだ、アホ。これ以上は無理に決まっているだろう」


 帰ることを告げて電話を切った紅奈にヒシッと抱き付いたベルを、紅奈は引き剥がそうとした。

 そこでべりっとベスターの爪が、ベルの腕を引っ掻く。
 たらーと血が流れる。そこそこ深い傷だ。

 バッと紅奈はベスターを抱えたまま、ベッドから降りた。

 そして目の前の骸に突撃するようにして、押し退けると距離を取る。


「チッ! スク!」

「まったく! う”ぉおい! クソガキこっちだぁああっ!」

「あ”ぁは〜っ」


 豹変したベルと剣をつけ直したスクアーロが、暴れ始めた。

 状況が読み込めない骸は、一緒に犬と千種と部屋の隅に避難する。


「ベルの奴。自分の血を見ると、暴走する奴でさぁー。ちょっと暴れてから、あたしがねじ伏せて声かければいいんだけど。それまでちょっと待ってて」

「は、はあ……わかりました」


 目の前で激戦が繰り広がれているが、骸の意識はついつい、そこから外れてしまった。

 部屋の隅に押しやられる状況。紅奈が、骸にぴったりとくっついている。

 最早、骸に自分の背を押し付けていると言えた。
 この密着は、激戦が終わるまで続くのだろうか……。


「んじゃあ、とりあえず、あたしの家に居候する間の注意点を言っておく」


 そんな体勢のまま、紅奈が説明を始めてしまう。
 騒音と自分の高鳴る心音の中で、骸は微笑みを絶やさずに、紅奈の声を拾っては頭に入れることに専念した。


 ……とんでもないことになったな。

 骸達三人は、しみじみ思った。
 これ以上は、悪くならない人生だは思っていたというのに。

 これからは、波乱万丈人生になりそうだ、と。
 しかし、なんとなく。
 いい方向に向かうとしか、思えてならなかった。

 



 

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