空色少女 再始動編
380
骸が紅奈の寝顔を眺めていれば、バンが停車したことに気付く。
スクアーロが運転席から降りても、紅奈が起きる気配はない。どうしたらいいのやら。
すると、横のスライド式ドアが、開かれた。
「おぉい、紅奈ぁ。着いたからな」
「ん……」
なるべく静かに声をかけたスクアーロに反応して、紅奈は右手を伸ばす。
それを掴んでは引っ張り起こして、差し込んだ腕で抱え上げたスクアーロ。
膝の上から、重さが消えてしまった骸は、すぐに追いかけようとした。
「感謝しろよ、てめぇら」
抱えた紅奈を確認してから、スクアーロは骸達に言う。
「この三週間、睡眠削って、奔走してたんだからなぁ」
紅奈が今、寝てしまっているのは、骸達のために睡眠時間を削っていたからだ。
ずっと気を張っていた紅奈は、無事目的を果たしたため、気が緩み、眠ってしまった。
そういえば、と骸は気付く。
まだ紅奈に感謝の言葉を伝えていない。
バンが停まったのは、一軒家に見える建物だ。ベルが先回りして扉を開いて、それをくぐった。
ついて行かない、という選択肢はないわけで、骸も怖じ気づいた犬と千種を手招きしてそこに入る。
そこは一時的に借りた活動拠点の建物だ。
居間を横切り、寝室にスクアーロは真っすぐ行く。
居間のテーブルの上には、図面などの資料らしきものが散乱していた。それはエストラーネファミリーの残りの隠れ家を見付け出すためだったのだろうか。
寝室に入る前には、骸達はそれを見付ける。
スクアーロに飛びかかろうとする白い小さな生き物。
厳密に言えば、スクアーロが抱えている紅奈に飛びつこうとしている。
スクアーロは紅奈を起こさないようにと、必要最小限の動きだけでかわす。
かわさなければ、バリっと足を引っ掻かれかねないのだ。
「猫……ではないですね」
明らかに猫ではない。見えなくもないが、手足が太い。
骸は、犬の方を見てみた。犬も顔色悪くして、その生き物を見ていた。
「ら、ライオン……」
「ライオン」
「……」
犬はその白い生き物をそうだと思い、骸に教える。
オウム返しをしてしまう骸の袖を、犬も千種もギュッと握った。
この一年で強くなったとばかり思っていたが、紅奈の与えた衝撃に追いつけず、恐怖の域に達しつつある。
ベルが天蓋付きベッドの上を片付けた。何故か羽毛が舞う。
そこにスクアーロがサッと素早く、それでいて丁寧に紅奈を降ろす。
ライオンらしい白い生き物は、すぐにベッドに飛び乗ると、紅奈の寄り添っては、ゴロゴロと喉を鳴らした。
「ふぁあ。ただいま、ベスター」
のそっと起き上がって、紅奈は両腕でベスターと呼ぶライオンを抱き締める。
ベスターは上機嫌で、紅奈の頬をベロっと舐めた。
そんな紅奈の髪に羽毛がついてしまったため、ベルが手を伸ばしては取る。
ベスターは、目をギラッとさせては、ベルを引っ掻こうとしたため、ベルは手を引っ込めた。
ぽけーっとした目で、それを見たあと、紅奈は周りを見る。
「ベスター。また枕をだめにしたの? 退屈なのはわかるけれど、大人しくしてなさい」
すりすり、と紅奈は口元を擦り付けながら、ベスターに言い聞かせた。
ベスターはただただご機嫌に頬擦りを返しては喉を鳴らす。
……可愛い。
白いライオンらしき小さな生き物を抱き締めてはじゃれている紅奈。
寝室の入り口に立ち尽くしては、骸は眺めてしまう。
それに気が付いた紅奈は、指を差した。
そこに長いソファーが置いてある。座れ、ということだろう。
骸は犬も千種を引っ張る形で、そこに座った。
「……どこまで話したっけ?」
「紅奈、朝まで眠ったらどうですか? まだ眠気が取れないのでしょう?」
まだ眠そうな紅奈を気遣って、骸はそう提案する。
そのせいで、頭が働いていないように思えた。
「いや、時間がないんだよ……出来れば、ちゃっちゃと決めたい」
急ぐ理由があるのか。
骸は天蓋の柱に寄りかかって、改めてこちらを観察するように見下すスクアーロを見た。
そして、紅奈に近付きたいが、ベスターに引っ掻かれるため、距離を取るしかないベルを見る。むすっと唇を尖らせて、紅奈の近くのベッド上にあぐらをかいている。
「ん? ああ、紹介がまだだったな。暗殺部隊幹部のスクアーロ。隊員のベルフェゴール。あたしが一年前以上から部下候補に狙っていた、骸と犬と千種だ」
視線に気付いた紅奈は、サクッと一同の紹介をした。
「部下候補って……いつから狙っていたのですか?」
「初めて会った日」
骸はなんとも言えない顔をしてしまう。
すでにマフィアだった紅奈に、部下候補として狙われていたのだ。
「マフィアの抗争から逃げてきた、はずですよね? 初めて会った時は」
「ああ。あたしの部下の一人が暗殺未遂されてね。それに巻き込まれちゃって。先に車で待ってろって言われてフラフラ出たら、迷子になって骸と会ったわけ」
「あ”!? あの日か!? お前っ! いないと思ったらっ、本当に迷子になってたのか!?」
「そう言ったじゃん」
スクアーロが仰天した。紅奈はしれっと返しては、片手でベスターの腹を撫でる。
「部下候補。今後の生活については、さておき。紅奈の部下であるマフィアになれ、ということで間違いないのでしょうか?」
「ああ、そのつもりであの契約を持ちかけたんだ。嫌?」
「……拒めるのですか?」
「好きにすれば?」
確認をすれば、骸にニヤリと笑って見せる紅奈。
不敵な笑みを浮かべる紅奈は、断られるとは思っていないもよう。
早速、惚れた弱みにつけこまれているんだろうか。
骸は顔を引きつらせないように、心掛けた。
「まぁ、いいでしょう」
とりあえず、今は曖昧に回避しておく。
はっきり部下になると答える前に、自分達はどうするか。
どう動くべきか、ということを明白にしておきたい。
「そのお二人は、水面下で動く紅奈の忠実な部下ですか?」
「ああ。コイツがあたしの最初の部下。ベルの方が……三番目か。とにかく、あたしの支持者で間違いない」
スクアーロが最初の部下であり、ベルは三番目の部下。
二番目がいない。恐らく、骸達のために動かされた部下のことなのだろう。
触れてはいけなさそうだと、骸は一先ず次の話に持っていこうとした。
「あ。ちなみに、この子はベスター。ライガーだ」
ひょいっと紅奈は脇を抱えて、ベスターを見せつける。
「ライガー……ライオンと虎の、子ですか?」
「そう。ホワイトライオンとホワイトタイガーのハーフだね」
「それはそれは……とても希少なペットをお持ちで」
「あー、もらったんだよ。……懐いてついてきちゃったから、そのままペットにした」
おや……?
それは暗に盗んだということでは……?
希少すぎるペットは、買ったわけではない。単にどこからか、盗ってきた。
骸はそう正しく解釈が出来てしまう。
「それではそうですね……今後の生活改善のためにも、我々は紅奈をボスにする支持者としての部下となり、マフィアになる。そういうことでいいのですよね?」
「うん、そう。問題は具体的にどうやって生活をするか、なのよね。住処を確保して、それから生活出来るような稼ぎをしないといけないから……。ほんと、子どもって嫌になるわ。10代目になるっていうのに、資金が使えないなんて……ちゃっちゃと表舞台に立って、他の候補者をぶっ潰してしまいたけれど……はぁー」
悩まし気なため息とつく紅奈。
「クフフ。子どもは不便ですよね」
そう骸は、便乗する。
子どもが何を言っているんだ、とスクアーロはおかしな会話にしかめっ面をした。
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